第118回 「すっぺ〜ぇいおはなし」
出勤前のひととき、時節柄というわけでもなく、昔から静かにささっとソをすする店内に、おっちゃんが入ってきました。平日の朝からすでに出来上がっている感じでうらやましい限り。ふらふらっとおぼつかない足どりでしたから、朝からトラブルが起こりませんようにと、見ないふりして耳はダンボ状態になっていると、おっちゃんは元気よく言いました「梅干しある?」。
ん? 梅干し?? ビ○クマンの梅干し割り用ですか。しかしなんで立喰・ソで? 「梅干しだぁ? おととい来やがれ!このすっとこどっこいの唐変木!」と怒鳴って追い返すんじゃないのかとわくわくどきどきが止まりませんという、私の邪(よこしま)な邪推(邪=ねじれた心。邪推=悪意を持った推測。ということは「ねじれた悪意ある邪推」ですからくるり戻って、「清く正しい推測」に戻るのです)に反して「ひとつでいい?」と大将は当たり前の対応です。
え? あるの梅干し!? さすがの師匠もご存じない大スクープと、邪推マシマシでガン見すれば、大将が差し出したのはラップに包まれた黒白三角の物体。なにあれ?? 梅干しじゃないよ??? 物体を理解できませんでした。おっちゃんがラップをはがしてかぶりついた瞬間、はっとひらめきました。
梅干しのおにぎり! マジです。梅干し=おにぎりと結びつきませんでした。普通のサラリーマンが「天ぷらそばと梅干しね」と言えば、おにぎりだと理解していたはず。百歩譲って(誰に?)、「梅干し」ではなく「梅」とオーダーしていたら勘違いしなかったのではないかとも思います(いや、あのおっちゃんだったら、梅=梅割りと直結していたかもしれませんが)。人を見かけで判断してはいけませんということでした。
ちなみに梅干しは誰でも知っていると思いますが、作り方知ってますよね。青い梅を手間暇掛けて漬けると梅干しになるのです。身体にいい食べ物のイメージが強い梅干しですが、青い梅はそのまま食べると死ぬと言われています。青い梅を食べて死んでしまうと「あのひとは梅の毒で亡くなったらしいよ」「え! 梅毒で」と言われかねません。実際は死ぬほど食べないと死なないみたいですが(ある意味当たり前)。
それはさておき、「立ち食い梅干し」って違和感ありませんか? 立ち食いのおにぎり屋さんのことではなく、正真正銘、立ち食いの梅干し屋です。正式には「立ち喰い梅干し屋」という店名で、2020年3月19日にオープンしたそうです。立ち飲みや立ち食い寿司は昔からあります。昨今はイタリアン、フレンチ、焼き肉などもありますから、特に驚くようなことでもないのかもしれません。信じるかどうかは貴方次第。それより口中に唾液があふれたことでしょう。
梅といえば、チェーン店を展開している梅もと。東京駅の八重洲地下街や新宿西口にありますから首都圏のみなさまにはおなじみです。第109回でもちょこっとお伝えしましたが、2020年現在6店舗でいただけます。かつては品川や神保町、神田などあちこちにありました。神田には梅やというお店もありました。夜は飲み屋がメインの二毛作店で、こちらも2018年の夏頃に幻立喰・ソになってしまいました。
梅もとも梅やには梅干しを使ったソがあったのか、たぶんなかったと思います。梅干しを使ったソといえば唯一思い出すのは小田原駅にあった小竹林。第105回でお伝えしたように、2018年3月31日幻立喰・ソになってしまいました。小竹林に梅が入ると「喜びの〜酒〜♪」になってしまうからというわけではないでしょうけれど、私の知る限り梅干しそばがあったのは小田原店だけでした。小田原といえばかまぼこと提灯も名物ですが、かまぼこそばでも提灯そばでもなく、小田原代表として君臨していたのが梅そばでした。
梅と言えば水戸の偕楽園が有名です(生産量では和歌山県がダントツです。ちなみに和歌山県、茨城県の県花はもちろん梅ですが、大阪府、福岡県、大分県も。さらに台湾は国花だそうです。梅やるじゃん)。水戸駅にはかつてすべてのホームと改札外に立喰・ソがある立喰・ソ夢の国のよう駅でした。現在はホームの1店のみ(駅ビルに普通の蕎麦屋さんはありますが)と寂しくなってしまいました。そんな水戸駅の立喰・ソは梅干しではなく納豆推しで、菅原道真公でおなじみ太宰府駅は……立喰・ソはありません。
現在梅干しそばが食べられる立喰・ソはあるのか、ないのか。どこかにあるかもしれません。24時間年中無休の神様のような立喰・ソの一由でリクエストすれば作ってもらえるかもしれません。今までたくさんのリクエスト品が登場しましたが、ほとんどは一発屋で消えていきました。梅干しそばが実現した時、「うめ〜っ!」と舌鼓を打つのか、それとも「大すっぺ〜ぇい」となるのか。いずれにしろ「うめ〜」こといくといいですね(他人事)。
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