2012年の登場からちょうど干支も一回り、その間、NCシリーズは排気量を大きくしただけでなく、フレームから新設計されるモデルチェンジも経験してきた。熟成を重ねてきた定番商品と、そのNCと共に歩んできたとも言えるDCTシステムについて考える。
まるっきり新しいコンセプトの提案
NC700が登場した時は世の中が驚いた。深く前傾させたエンジン、そのおかげで確保できた大きなトランクスペース。シート下の燃料タンクの容量は少なかったが、それを可能にしたのは超低燃費の新設計ロングストロークエンジン。バイクは高回転高出力こそが魅力という認識もまだ強かった中で、敢えて高回転域を切り捨て、常用域トルクにフォーカスしたエンジン作りに戸惑う人も当初はいたが、その後の好調なセールスがその新たな提案の正しさを証明した。その名の通り、これはN=ニュー/C=コンセプトなバイクだったのだ。
バイクは飛ばしてナンボ、的な考え方ではなく、普通にツーリングを楽しむバイクが欲しい、というニーズが確かにあったのだろう。それに応えたNCはネイキッド版、アドベンチャーテイストのX、そしてスクータータイプのインテグラやよりクルーザー色の強いCTXなどバリエーション展開し、さらには排気量を750ccへと拡大するなど着実に進化を重ねてきた。12年もたった今、そのコンセプトはもはや「ニュー」ではないが、スタンダードモデルとして今もラインナップされている。
ひっそりとフルモデルチェンジ
NCシリーズは2014年に排気量を750ccとし、そしてあまり大きく報じられなかった感があるが2021年にはフレームからフルチェンジを受けている。このチェンジはラゲッジスペースが大きくなったことの他、ETCやグリップヒーターの標準装備化といった実用的なアップデートだけではなく、フレームにも、そして電子スロットル化したエンジンにもよりスポーティでダイレクトなライディングプレジャーを得られるような変更も多く加えられたという。
こういった極スタンダードなモデルが引き続きラインナップされているだけでなく、しっかりと進化もさせてくれているホンダは偉いと思う。そしてもう一点何が偉いって、コレだけの装備でMT版なら924000円なのだ!
ダイレクトなフィーリングは初代への回帰
21年のモデルチェンジ以降初めて乗ったのだが、驚いたのはその瞬発力だ。
初代のNCは高回転域こそ回らなかったものの実は意外とキビキビと走らせることができるバイクだった。特にサスペンションストロークの長いXモデルはワインディングでも良いペースが可能だった。
しかし750ccになった時に、ファイナルがロングになったことや燃費を伸ばす方向にチューニングされたことなどから、初代の活発さは影をひそめ、代わりにリラックスした、どこかラグジュアリーな路線へと移ったように思っていた。
対するこの新型は、エンジンパワーの向上や軽量化が効いてか初代のような活発さを取り戻していると感じさせてくれた。マニュアルモードを選択しないと次々とギアを変えていくDCT搭載車だったが、それでも速くなったと感じさせるのだからそれは確かなものなのだろう。右手にダイレクトな加速感が得られやすく、以前のように「NCは他のスポーツバイクとは違う独自の乗り物だ」といった感覚はとても薄かった。ラグジュアリーな感覚は決して失われていないが、こんなキビキビ感が戻ってきたのは素直にうれしい。ディーゼルターボのようなトルクフルなエンジンを目いっぱい使えば、ノンビリツーリングだけでなく、スポーティな操作も楽しめるというわけだ。
とことん便利!
色んな所で書いてきているが、グリップヒーターというのは快適装備ではなく安全装備である。どんなに凄いブレーキシステムを持っていても、それを操作する指先がかじかんでいたのでは話にならないのだ。BMWはスーパースポーツモデルにも標準装備していたりするが、国内メーカーはそこの所、少し遅れをとっていると感じる。しかしNCはそのグリップヒーターが標準装備。素晴らしいことである。ETCの標準装備も普及しつつあるが、NCにもこれが標準装備され、それでいてこの価格に抑えたのは素晴らしい。
NCシリーズがスタートしてからの個性であるラゲッジスペースだが、今回の試乗でまた改めてその利便性を痛感した。非常に気軽であり、肩掛けカバンなどを当たり前のように放り込んでおけるし、このラゲッジスペースに入れておけば雨にも濡れず、防犯対策としても助かる。最近はツーリングライダーならば後ろに箱をつけるのも一般化はしたが、箱は確かに便利な一方、あくまで後付けでありそれなりにコストはかかるし、特に高速走行時などには乱気流を引き起こしたりすることも珍しくない。そして何よりもスタイリングを阻害することがほとんどなのは紛れもない事実である。こういった視点から、改めてラゲッジスペースは大変にありがたく今回の試乗でも重宝した。
快適に距離を稼ぐ
活発さを取り戻したとはいえ、NCのメインの活躍の場はやはりツーリングだろう。新型になってもそこに妥協はなく、低いシート高や前後17インチホイールによる手の内感、快適なシートや確かな防風性を持つスクリーンなど、快適性だけでなく付き合いやすさという意味でも素晴らしい熟成を重ねていると感じられた。
特に全体的な重心の低さは特筆したい部分。近年は重心を高めに設定して運動性を引き出す、といったことがトレンドのようだし、「高い着座位置の方が車体の本来の運動性を楽しみやすい」といった向きがあるのも良くわかるが、しかし、現実問題、やはり足がベッタリと地面に届くことの安心感と言ったらないのである。NCは足着きに優れ、かつ走り出しても車体の重心が低く感じられ、かつその低い重心にライダーの重心も近く、決して小さいバイクではないにも関わらず、常に安心感や自信を持ってあらゆるシチュエーションで距離を稼げてしまうのだ。
ホンダの良心
深く寝かされたシリンダーやラゲッジスペースの下側を通るフレーム、そして実用車的な使い方にも応える性格から、NCは登場した時から「大きなカブみたい」と言われることがあった。12年たった今も、やはりNCは「大きなカブ」といった印象があった。別段なにか特別秀でている部分があるわけでもないし、瞬間的な興奮と言ったものを提供してくれるタイプのバイクでもない。それでも、いつでもこちらの要望に応えてくれ、かついつ乗って何に使っても快適でエコノミカル。確かな実用性能があるからこその、その先の趣味性が見えてくるという、まさにカブなのである。
こんな大排気量車を辞めることなく作り続け、しかもリーズナブルに展開してくれているのはホンダの良心でしかあるまい。
Eクラッチ元年はDCT終焉を意味するのか
最後にDCTについて少し書いておこう。筆者はDCTが世に出てこのかた、その進化には驚かされることも多かったものの、しかしついぞこの機構が好きになることはなく、選択肢があるのならば常にMTを選んできた。
クラッチ操作を苦にしない程度のベテランだから、ということもあるかもしれないし、もしくはスポーツマインドを持ってバイクに接したいため、どのギアで走るかの選択肢は常に自分で持っておきたいという気持ちがあるからかもしれない。スクーターのようなオートマは決して嫌いではないのだが、DCTのようにギアが変わってしまうと、エンブレのかかり具合が変化したりして、特に低速走行時は車体が意図せずにバランスを崩したりするのが苦手だったのだ。
一方で、DCTファンがいるのも解る。アフリカツインやゴールドウイングにまで搭載されているのだから、ニーズも確かにあるのだろう。
しかしDCTが世に出てはや14年、その間にクイックシフターは劇的に進化し、そしてクラッチそのものもアシスト&スリッパークラッチなるものが一般化しものすごく軽い入力で操作できるようになった。さらにはホンダからセミオートマのような「Eクラッチ」が発表されたではないか( https://mr-bike.jp/mb/archives/42983)。こうなってくると、複雑な機構と複雑な制御が必要で、かつ高価でもあるDCTはそろそろ役目を終える時が来たのではないかとも思うのだ。
DCTファンは今のうちに買っておいた方が良いかもしれないが、一方であのEクラッチも大変楽しみではないか。
(試乗・文:ノア セレン、撮影:富樫秀明)
■型式:ホンダ・8BL-RH09 ■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒OHC4バルブ ■総排気量:745cm3 ■ボア×ストローク:77.0×88.0mm ■圧縮比:10.7■最高出力:43kW(58PS)/6,750rpm ■最大トルク:69N・m(7.0kgf・m)/4,750rpm ■全長×全幅×全高:2,210×845×1,330mm ■ホイールベース:1,525[1,535]mm ■最低地上高:140mm ■シート高:800mm ■車両重量:224 [214]kg ■燃料タンク容量:14L ■変速機形式:電子式6段変速(DCT) [常時噛合式6段リターン] ■タイヤ(前・後):120/70ZR17M/C・160/60ZR17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式ディスク ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:グランプリレッド、パールグレアホワイト、マットバリスティックブラックメタリック ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):990,000円[924,000円] ※[ ] はMT
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