シュッとしたスタイル。
2012年から始まった“ニュー・ミッド・コンセプト”NCシリーズが世に出てまもなく10年。最高速、最大出力といったスペックも一つの魅力には違いないが、日常域ベストを狙ったコンセプトは大きな話題となった。燃料タンクをパッセンジャーシートの下に配置し、タンクだった部分はヘルメットを飲み込むサイズのラゲッジスペースに。それを可能にした前傾シリンダーの2気筒エンジンは、並列2気筒ながら90度位相のクランクシャフトを持つ不等間隔爆発で90度Vツインのようなフィーリングとトルク型の仕立てにより、それまでのスポーツバイクとは異なる路線を提案した。オマケに燃費は250クラスかそれ以上の好成績。いったい、このバイクは何もの? 最初はドギマギするものの、日常性ベストはあっという間に世界に浸透を開始。そして受け入れられてきた。
その後、NCシリーズは750に排気量を拡大。同時に装備の拡充やデザインのメンテナンスを行いながら進化。そして今回、2021年モデルとしてフルモデルチェンジが行われた。
シルエットはこれまでのNC750Xと近い。でありながら各部のデザインはよりシュッとした。ようするにカッコいいのだ。ノーズセクションはさらに伸びた印象で、ヘッドライトはロー/ハイそれぞれのビームが上下に分かれた。サイドパネルなどレイヤーされた奥行き感がありながら、それを厚みに感じさせないように上手にまとめられている。これがシュッとした感じの源泉で「あ、新型!」と一目で分かるアイコニックな部分になっている。
それはテールエンドまで貫かれ、NCらしさの中に上質感を上手く描いている。
軽快さが増したエンジン。
エンジンはNCシリーズの伝統で前傾角62度のシリンダーを持つことに変化はない。しかし、そのエンジンが持つ出力キャラクターはしっかり変わっていた。本筋的な日常域ベストでトルク型、という部分は不変ながら、エンジン各部の軽量化の中でも、ピストン裏側に施された肉抜きや、内部で噛み合うギア類のバックラッシュ精度を向上させ、バランサーギアも軽量化。エンジン単体で1.4㎏の軽量化がされたという。
バルブタイミングの見直しや、スロットルボア拡大、吸排気経路の最適化もなされるなど特性をより回転型に変えているようにも見える。注目はレッドラインがこれまでの6400rpmから7000rpmへと許容回転を上昇させていること。なにより、スロットル・バイ・ワイヤー(TBW)を使ったことで、アクセル操作に対する重みが自然なものながら軽くなっていることも印象的だった。
TBW採用に併せてライディングモードをNCシリーズとしては初めて採用。SPORT/ STANDARD/RAIN/USERと4モードを選択できるようになった。さらに、今回試乗したDCTモデルでは、D-S1/S2/S3というシフトプログラムの変更をシフトスイッチ側からではなく、ライディングモードによって変化するようプリセットされている。
乗り出した瞬間解る進化。
跨がるとそれは乗り馴れたNC750X的なのだが、タンク周り、シート先端周りがさらに細くなり足着き性を向上させるのと同時に、バイクとのフィット感にスポーティさが加わったように直感する。
エンジンを始動すると最初に印象的なのはその軽快さ。アクセルへのレスポンスが軽い。振動も減った。これが内部パーツの軽量化や吸排気のチューニングで得たものなのだろうか。TBWで軽くなったアクセル操作感もそれを助長する。
そしてDCTのセレクトスイッチを「D」に入れ、わずかにアクセルを開ける。その数ミリ開けただけで手首に呼応するようにスムーズにクラッチがつながり、車体がスッと前に出る。その絶妙な制御に磨きが掛かっている。いや、もしかすると、先代NCのやや重めのスロットルリターンスプリングや、持ち前の低速トルクなどにより、ドンと出る印象だったものが是正されただけかもしれない。それにしても発進の滑り出しは気持ちよし。
DCTの持ち味である「エキスパートライダーがクラッチや、シフト操作を肩代わりしてくれている」かのような完成度を、さらに押し上げたような印象なのだ。
ややもすると低回転からドドドドッと怒濤のトルク感を持っていたNCのエンジンだが、新型ではスムーズさを得て、力感そのままに軽く加速する印象だ。鼓動感を少しおさえたような印象になったのも好感が持てた。
自動にシフトチェンジをするDモードでのシフト感、シフトタイミングも上々。ライディングモードで見ると、スタンダードよりレインモードのほうが従来のシフトスケジュールに近いような印象だった。スポーツでは低いギアで回転の高い領域までシフトチェンジせずホールドすることで、ライダーはアクセルワークに集中できる設定になっている。3000~5000rpmでの領域でも低回転域同様、アクセル操作へのツキはよくてもドンと出るような印象は緩和されている。
むしろこの辺にトップエンドを上方に移動させ、回転の上昇によるトルク感のつながりをスムーズにしたかったのかもしれない。そうだとしたらそれは狙い通り。楽しさが膨らんだ印象なのだ。
気がつけば、乗り心地の良さ。
新型で褒めたいのが乗り心地の良さだ。装着しているタイヤはダンロップ製のもの。サスペンションはショーワ製のものと、先代で採用したものと同様のコンビネーションだが、その作動性の向上と動いた直後から減衰を生み出すチューニングが絶妙で、乗り心地に高級感が出ている。フレームの改良も行われているからそうした総合的な結果だとは思うが、ロードホールディング性の良さによるグリップ感の向上、それでいてハンドリングは今まで以上にナチュラルで軽い。しかも直進から微蛇を当てて曲がる時のフロントの切れる所作に見事な一体感がある。街中、ツーリングなどでも頻繁に使う領域での扱いやすさの向上は、バイクを走らせる楽しさ、悦びに直結する部分だと思った。
そうした足の動きの良さがDCTの変速やブレーキングの上質感まで引き立てている。バイクのチューニングはどこかを盛るだけでも、引くだけでもなかなか上手くいかないと聞く。全体のチューニングを徹底した結果ではないか。NCの開発者達がじっくりと取り組む姿が目に浮かんだのである。
DCTもアップデイト。
全体が上質になった関係でDCTのココがこう変化した! と言い当てにくいが、DCTのクラッチワーク、シフトワーク、エンジン始動後シフト可能になるまでの時間がさらに短くなったように感じた。また、始動直後の所作もアップデイトされているように思う。
3月の朝、気温の低い中、すぐに走り出してみた。暖機ゼロ。エンジンオイルをクラッチの断続やシフト操作の油圧システムに使うホンダのDCT。オイル温度が低く油圧が高い状況でもより普通に走ってくれる。
先代では、そんな時の発進では新型より少しドンとクラッチがつながるような印象があった。水温が上がればその兆候はなくなるのでわずかな時間ではあるのだが、そうした部分も含めてファーストタッチから「新しくなった!」という印象がある。
水温、油温が適温になってからは持ち前の滑らかな発進、シームレスなシフトチェンジを見事に行うあたり、DCT自体にも、車体やエンジン同様磨きがかかった印象が強い。そして、スタンダードモードでは、従来の早めのシフトアップを心がけるようなシフトプログラムよりは500~1000rpmほど高い回転域までギアをホールドし、市街地などでの減速、再加速にも備える走り方にシフトしたようだ。
これはワインディングでも同様で、気持ち良いトルク域を維持しつつ走れる。従来モデル同様、低い回転でシフトアップしてゆく感触が好みであれば、レインモードを選ぶか、スタンダードのモードにあるシフトプログラムのパラメータを好みに合わせて高回転までホールド側か、シフトアップ側に調整出来るのも特徴。その上でパワー特性、HSTC、エンジンブレーキの強さも含め調整可能なユーザーモードもあるから、好みのレンジを反映するパーソナライズが簡単にできる。
また、カーブの手前で必要となるシフトダウンでも、後輪がバックトルクでスキッドするようなスキを与えないほどスムーズでシームレスなシフトチェンジは相変わらず。DCTの大きな魅力の一つだ。変速時に起きる後輪の回転トルクの変動が極めて少ない(ほぼ感じない)。MTモデルではアシストスリッパークラッチが装着されクラッチ操作力も軽くなったそうだが、シフト時の変動トルクをここまで均一にすることはなかなか難しい。アップダウンとも対応するクイックシフターを完璧に操作するのに等しい完成度なのだ。
クロスオーバー性にはDCTが頼もしい。
少しだけダート路も走ってみた。実は初代NC700XのころからDCTとこのバイクが持つクロスオーバー性を掛け合わせると、まるでアドベンチャーバイク的扱いやすさになると感じていた。
例えばスタンディングポジションでダート路を走る時、シフトチェンジやクラッチ操作は慣れを必要とする。その両方をお任せで行けるDCTはその点本当にストレスフリーだ。その浮いた分の注意力を路面のギャップやタイヤを通すラインに振り向けられる。しかも深く。そこなのだ。
この深く集中して走った時に得られる充実感は、マニュアルミッション車と比較すると一段高い、と思っている。
その部分を味わいながら行くと、本来アドベンチャーバイクが持っているサスペンションストロークや運動性までは持たないNC750Xでも、そうとう楽しめるのだ。滑りやすい路面に上手くパワーを伝えるHSTCや、きめ細やかなABSの設定もそれを助けてくれている。逆に言えば、アドベンチャーバイクより低い車高が安定感に寄与し、ちょっと入ってみようかな、とダート路を見つけてもその気持ちをサポートしてくれている。
なるほど良くできたライフスタイルトランスポーターだ。
結果的に万能性が全方位拡張。
結論を言えば、まさに全方位に高い満足度をもたらしてくれる新型NC750X。中でもDCTとのコンビは抜群。エンジン特性の変化も、高速道路の一部で制限速度が120km/hになった区間があるが、そうした道でも余裕でクルーズできる。
トルク重視型だった先代までも問題なく走れたが、気がつくと90km/hぐらいで巡航していることが多かった。それはエンジン特性が知らぬ間にライダーをその領域に導く、とでも言ったらよいのだろうか。だからこそ自然と高速道路の巡航でも抜群の燃費を記録したし、普通に走ってもいわゆるナナハンクラスが出す燃費記録ではなかった。
新型はその点でエンジンの回転がよりスムーズになり80km/h、100km/hなど様々な速度域で巡航しやすいエンジン特性になった。燃費は相変わらず持ち味といえる。丸一日NC750Xと過ごして思った唯一の望みは「これでクルーズコントロールが付けば……」である。
日常の移動をアグレッシブな気分に変える! “URUBAN TRANSPORTER”をキーワードに開発された新型は、高速道路でもいままでのNCよりも気持ちよさが増幅しているため、知らず知らずのウチに追い越し車線を楽しんでいた。ならばECOスイッチ代わりにクルーズコントロールを使いたい、と思ったからだである。
いずれにしても、これはスゴイ進化の幅だ。過去のNC-Xシリーズも、どの世代をとっても魅力的だったが、最新型は「こうきたか!」とうなる出来映えだった。
(試乗・文:松井 勉)
■型式:ホンダ・8BL-RH09 ■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒OHC4バルブ ■総排気量:745cm3 ■ボア×ストローク:77.0×88.0mm ■圧縮比:10.7■最高出力:43kw(58PS)/6,750rpm ■最大トルク:69N・m(7.0kgf・m)/4,750rpm ■全長×全幅×全高:2,210×845×1,330mm ■ホイールベース:1,525[1,535]mm ■最低地上高:140mm ■シート高:800mm ■車両重量:224 [214]kg ■燃料タンク容量:14L ■変速機形式:電子式6段変速(DCT) [常時噛合式6段リターン] ■タイヤ(前・後):120/70ZR17M/C・160/60ZR17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式ディスク ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:グランプリレッド、パールグレアホワイト、マットバリスティックブラックメタリック ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):990,000円[924,000円] ※[ ] はMT
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