2022年のプレシーズンテストがマレーシア・セパンサーキットからスタートした。今年のプレシーズンテストは、2月5・6日にセパン、翌週11~13日に初開催のインドネシア・マンダリカサーキットで行う、というスケジュールになっている。
世界が新型コロナウイルス感染症の蔓延に覆われて今年で3年目になるが、MotoGPがセパンを訪れるのは2020年のプレシーズンテスト以降、これが初めて。2020年のプレシーズンテスト後、マレーシアではテストもレースも行われていかったので、今回は2年ぶりのセパンである。
また、テクニカルレギュレーションの取り決めにより、2021年は新型コロナウイルス感染症の影響を勘案してエンジン開発のアップデートが凍結されていたが、2022年シーズンからは通年どおりの規則適用となる。そのため、ヤマハ、ドゥカティ、スズキ、ホンダ、KTM、アプリリアの各陣営は、3月の開幕に向けてそれぞれバイクの大幅な技術更新を試みているようだ。
参考までに、このコースの公式最速ラップタイムは、ファビオ・クアルタラロが2019年のマレーシアGP予選で記録した1分58秒303。非公式の最速タイムは、この年のプレシーズンテストで、当時ドゥカティファクトリーに所属していたダニロ・ペトルッチのマークした1分58秒239。
今回のテストでは、ペトルッチが持つこの非公式最速タイムが更新された。塗り替えたのは2名。まずはアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)が、2日目のまだ路面温度が上がりきらない午前に1分58秒157を記録。それからほどなく、ベスティアことエネア・バスティアニー ニ(Gresini Racing MotoGP/Ducati)が1分58秒131に到達し、兄エスパルガロのタイムを上回った。ちなみにこの日は午後になって雨に見舞われたため、大勢の選手が夕刻に予定していた最後のタイムアタックを敢行できなかった。雨が降らずにドライコンディションを最後まで維持していれば、ひょっとしたら誰かが1分57秒台に入れていたかもしれない。
とはいえ、トップタイムのバスティアニーニはお見事、である。初日はトップタイム(A・エスパルガロ)から僅差の4番手でドゥカティ勢最上位。初日を終えて、
「GP21はブレーキで深く入っていける。リアも安定しているので、新品タイヤでも(コーナー立ち上がりで)アグレッシブにスロットルを開けて走れる。GP19はタイヤを温存しやすかったけれども、GP21はもっと攻めて行ける。3~4周も走ると(タイヤパフォーマンスが)落ちてくるけど、こっちのほうが速いのでいいと思う(笑)」
と述べていた。この言葉からもわかるとおり、バスティアニーニは昨年仕様のデスモセディチGP21でシーズンインする模様だ。GP21がとにかくよくまとまっているバイクであることは、昨年後半戦でドゥカティ勢が圧倒的な速さを披露して勝ちまくり表彰台に乗りまくっていたことがなによりもよく証明している。今回のテストでバスティアニーニが図抜けた速さを披露したのは、この完成されたマシンの高い水準によるところも大きいだろう。バスティアニーニは、最高峰デビューイヤーの昨年、厳しい予選位置からでも鬼気迫る追い上げを何度も見せて、特にシーズン後半に大きな注目を集めた。課題とされていた予選グリッド(=タイムアタック)については、テスト2日目を終えて
「(一発タイムの改善について)いろいろ言うのはまだ時期尚早だけど、このバイクはタイムを出しやすい。今年の目標はトップファイブ。グレシーニチームは素晴らしいので達成できると思う」
と良好な手応えを述べた。
ドゥカティコルセのジェネラルマネージャー、ジジ・ダッリーニャも、
「エネアはこの2日間とてもよくやった。一発タイムも良かったし、ペースも安定している。この調子でがんばってほしいし、可能な限りのサポートをしていきたい」
と高評価を与えている。
バスティアニーニ同様に大きな存在感を見せたのがアプリリア陣営の兄エスパルガロとマーヴェリック・ヴィニャーレスだ。
初日はトップタイムと2番手のワンツー、2日目も上記のとおり兄が気を吐いて2番手。ヴィニャーレスも1分58秒261で総合5番手タイム。ちなみにこのタイムも、クアルタラロの公式ファステストラップを上回っている。
アプリリアはこの2日間のテストに先だつシェイクダウンテストにも参加しており、他の陣営と比較するとセットアップを煮詰めているため、ラップタイムだけを取って単純に比較することにあまり意味はないのだが(ましてや最初のプレシーズンテストだし)、とはいえ、ここまで高いパフォーマンスを発揮したことは、彼らが着実に性能を向上させていることの証といっていいだろう。
兄エスパルガロは2日間のテストを終えて
「エンジンは昨年よりも良くなっている。旋回性がすごく向上しているのは、車体も良くなっているということ。ただし、チャタリングが気になるので、ここは改善の余地がある」
と、現状での仕上がりについて述べた。
総合3番手はホルヘ・マルティン(Pramac Racing)で1分58秒243。彼がデスモセディチGP22勢の最上位で、ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアは1分58秒265で6番手、ジャック・ミラーは1分58秒645で14番手。14番手とはいっても、トップのバスティアニーニからは0.514秒という僅差である。今回のテストで、どうやらドゥカティはいろいろなことを試していたようで、この22年型に搭載されているらしき、フロント用の新ライドハイトデバイスは大きな注目を集めた。この(おそらく)新機構については、選手たちも技術陣トップのダッリーニャも、尋ねられてもただニヤリとするのみ。今のところはノーコメントを貫いているものの、彼らがまたしても新潮流に先鞭をつけたことは間違いなさそうだ。
「最初のテストからベストのバイクである必要はない。開幕戦のカタールでベストバイクになっていればいい」
というミラーの言葉は、テストに臨む姿勢としてまさに至言といっていいだろう。
さて、総合4番手タイムはりんちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。ベストタイムは1分58秒261。チームメイトのジョアン・ミルは1分58秒529で12番手。
両選手とも揃って好感触を強調していたが、課題もあるようだ。スズキ陣営にとってライドハイトデバイスの仕上げが喫緊の急務であることは「行った年来た年MotoGP・スズキ篇」でもお伝えしたとおりだが、今回のテストではリンスがその課題の一部について以下のように言及していた。
「他メーカーは、進入でボタンを押したら立ち上がりで自動的にリアが沈んでいるようだけど、うちの場合は毎回押さなければいけない。そこを改善していきたい」
上でも言及したとおり、ドゥカティはリンスがここで説明している技術のさらにもう一歩先を見据えたアイディアに着手しているようなので、ライドハイトデバイスに絡む熾烈な開発競争は、どうやら今後もまだしばらく続きそうである。
昨年チャンピオンのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)は総合7番手。1分58秒313で、自身が2019年の予選で記録したタイムとほぼ同じタイムだった。ヤマハは、トップスピード面では図抜けた動力性能を誇るライバル陣営に一歩譲る傾向があるため、その部分の改善は常に注目の的となる傾向がある。だが、優れた旋回性やアジリティ等を活かすことで戦闘力の高いトータルパフォーマンスを発揮する、という特徴が昔からの持ち味なので、トップスピードの優劣のみをあげつらって云々してみてもあまり意味がない。
「(2日目は)走り出しから自分らしいライディングをできたので、とてもハッピー。最後にタイムアタックするつもりだったのが雨でできなくなったのはちょっと残念だけど、中古タイヤを入れたセミロングランでも安定したラップタイムで走ることができた。自分らしい自然な走りをできたのでよかった」
今回のテストを終えたクアルタラロの総括を聞くかぎりでは、現状でとくに気になるほどの大きな問題やライバルと比較した際の出遅れなどを感じているわけではなさそうだ。昨シーズンのチャンピオンを獲得した高い安定性を、今年も引き続き発揮しそうな雰囲気を漂わせた2日間だった、といってもよさそうだ。
ホンダは、複視のため冬の間はほぼずっと静養に充てていたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が陣営トップの1分58秒332。マルケスは、過去のセパンテストでも右肩や左肩の手術から復帰して臨んだことが続き、この数年はいつも万全の状態ではない印象がある。とくに今回は、1月末にようやく本格的なトレーニングを再開したばかりという状況で、体力的にはやや厳しさを感じていたようだ。
「フィジカルトレーニングは2週間前に始めたばかりだから、2018年や19年(のセパンテスト)と同じコンディション、とは言わない。昨日は走り出しから良い感じだったし、今朝もプッシュしようと思ったときに、充分に攻めることができた。でも、高いペースや速いタイムでずっと走ることはできなかった。なので、一旦止めて、午後にまた走り出そうとしたけれど、あいにく雨が降ってきた。とはいえバイクに乗るのが最高のトレーニングだし、バイクを理解するためにニューマシンでテストをできたのでよかった」
と今回の2日間を振り返った。ホンダは、昨シーズンに選手たちがリアのグリップやトラクション不足を挙げ、HRCもそこが2022年に向けた大きな課題と捉えていたことは、「行った年来た年MotoGP・ホンダ篇」でも紹介したとおりだ。この課題については、総合13番手の1分58秒607でトップタイムから0.476秒差だった中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が以下のように話している。
「昨年の最終戦が終わったヘレステストで2022年プロトタイプを試したときも、リアのグリップはだいぶ良くなっているという印象でした。今回のテストでも、総じて似た印象で、どんなコンディションでも良くなっているのはいい傾向だと思います」
さらに、中上自身の課題として、2022年型マシンにソフトタイヤを装着したときの攻め方をもうちょっと追究したいので、次回のマンダリカテストではそこにも取り組みたい、と述べた。中上貴晶の単独インタビューは近日中に公開する予定なので、そちらもぜひお愉しみに。
これらの各陣営と比較すると、KTMは話題と生彩をやや欠いた格好の2日間になった。陣営トップはミゲル・オリベイラで総合15番手、チームメイトのブラッド・ビンダーが18番手。サテライトチームのルーキー、ラウル・フェルナンデスとレミー・ガードナーはそれぞれ19番手と23番手でセパンテストを終えた。次のマンダリカサーキットテストでKTM陣営に何か面白い動きがあれば、その際にはまた詳細をお伝えしたい。
というわけで、今回はひとまずここまで。では週末のインドネシアに備えて、『ザ・レイド』で英気を養うといたしましょう。では。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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