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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 2月第1週のマレーシア・セパンテストに続き、11日から13日の3日間、インドネシアのマンダリカサーキットでプレシーズンテストが行われた。MotoGPが当地を訪問するのは今回が初めてだが、レースそのものは昨年11月にSBK第13戦が開催されている。参考までに、その際に記録された最速ラップタイムは1分32秒877(トプラク・ラズガッドリオグル/ヤマハ)。MotoGPは全選手全チームが初めての走行となるだけに、このイコールコンディション下でどの陣営の誰が果たしてどれくらいのパフォーマンスを見せるのかが注目すべきポイントのひとつになった。

 マンダリカサーキットは、全長4310m、左6右11の計17コーナーで構成されている。ビーチにほど近いことや、いつも激しい雨が降りそそぐ気候、さらには周囲の環境に土の露出した道路や場所が多い、等々のいろんな要素が複合的に影響するためだろう。コースの路面は今回のテストを行うにあたり、かなり泥や土で汚れていたようだ。走行を重ねるにつれて、レーシングラインは少しずつ掃き清められていったものの、最終日の3日目になっても狭いベストラインを外すとコースの汚れは相変わらずの状態だったようだ。これはある意味で、カタールのレースウィークでセッションごとに内容を積みあげていくための良いシミュレーションになった、といえなくもない。ちなみに、このコースコンディションはあまりに劣悪だという多くの声に応える形で、最終セクションからコース前半部分の補修が行われることが、テスト終了後に決定した。

 例年なら、カタールではMotoGPが3日間のテストを実施して、その後にMoto2/Moto3クラスが合同で3日間のテストを起こった後に開幕戦のレースウィーク、というスケジュールになる。しかし、今年の場合はテストで選手たちが走行することなくウィークに入るため、路面は例年以上に汚れているであろうことが予想される。そう考えると、今回のマンダリカテスト3日間は、カタールのレースウィークでセッションごとに内容を積みあげていくための良いシミュレーションになった、といえなくもない。

 今回のテストでトップタイムを記録したのは、ポル・エスパルガロ(Repsol Honda Team)。ベストタイムは1分31秒060。

 もともとリアタイヤを酷使する走り方をする傾向があるエスパルガロ弟は、特にホンダ移籍初年の昨シーズンは、マシンの弱点によって自分の持ち味を存分に発揮できず苦戦を強いられた。今年のRC213Vが昨年までの弱点を大幅に見直して刷新を図ったこととも相俟って、乗り味もだいぶ良くなった様子が今回のテストからは伺えた。

「マレーシアでもここでも速いタイムを記録できた。一発タイムも良かったし、レースペースも悪くない。カタールに向けて自信をつけることができた。マレーシアやタイ、そしてここのような路面温度が50℃を越すコンディションでは苦労することが多かったけれども、ここで最速を記録できたことは非常に意義が大きい。こんなに速く走れたことは今までになかったし、ここまでフィーリングがよいこともかつてなかった。とはいえ、これはまだテストで、肝心なのは数週間後の開幕戦。そこに向けてしっかり準備を進めていきたい。戦う準備はできている」

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

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#A・マルケス
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 そう語る言葉からは、落ち着いて自信をみなぎらせている様子も感じられた。ちなみにチームメイトのM・マルケスはエスパルガロから0.421秒差の9番手タイム、弟のA・マルケス(LCR Honda CASTROL)はトップと0.543秒差の14番手、先日に誕生日スペシャルインタビューをお届けした中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は17番手と順位こそ低く見えるが、タイムはトップのエスパルガロから0.627秒差。彼らホンダ勢に限らず、総じて全員が緊密なタイム差の中にひしめいている状態だ。それでも今シーズンのホンダ勢は、高い戦闘力を発揮しそうだとライバル陣営の選手たちが口々に漏らしていた。ホンダ陣営が捲土重来を狙い、開幕に備えて着々と刃を研いでいることは、同じコース上を走る彼らがなによりひしひしと肌身で感じているのだろう。

 ディフェンディングチャンピオンのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)は3日間総合2番手タイムで、エスパルガロからは0.014秒の僅差。ミディアムコンパウンドのリアタイヤで行ったレースシミュレーションはかなりフィーリングが良くなかったようだが、その後にソフトに履き替えたところかなり良くなった、と振り返った。

 また、トップスピードの向上を期待していたけれども、昨年の状況から変わっていない、と述べたことに対して、そこにさらに火をくべて焚きつけようとするかのような報じられ方もちらほらと見受けるが、ヤマハは伝統的にバランスを重視したバイク作りで、コースを一周回ってきたときに速いラップタイムを刻めるようなマシン開発を進めているのは周知のとおり。それは先月末に公開した「行った年来た年MotoGP 2021/2022 ヤマハ篇」の鷲見崇宏氏の言葉にも明らかだ。とはいえ、ライダーとしてはさらに大きい馬力を求めるのは当然だろう。バレンティーノ・ロッシもホルヘ・ロレンソも、ライバル陣営と比較したときの馬力不足は常に課題として挙げていた。それでも彼らがなぜ何度も馬力で優るライバル陣営を押さえきってチャンピオンを獲得してきたのか、ということを考えると、今年のクアルタラロも昨年同様の高い安定性を披露してトップ争いの一角を占めるであろうことは充分に予測できる。

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 そして、今回のテストで総合3番手を記録したのは、じゃじゃーん、ルカ・マリーニ(Mooney VR46 Racing Team)である。ベストタイムは1分31秒289で、エスパルガロ弟からは0.229秒差。テスト3日目はレースシミュレーションに集中し、リアにミディアムコンパウンドを入れて気持ちよく走行できた、と振り返った。また、路面状態は冒頭に述べたとおり理想的なライン以外は汚れているため、前にいる選手をオーバーテイクする(≒わずかでも自分がラインを外して前に出る)ことは非常にリスクが大きい、とも述べた。

 だが、コースレイアウトそのものはかなりお気に入りのようで

「とくに6~7コーナーは、全カレンダーの中でも屈指の素晴らしく愉しいコーナー」

 だと絶賛した。

「今シーズンは一筋縄では行かなさそうに見える。どのバイクもライダーも接近しているので、タイトな争いになって、誰もが良い成績を残す可能性があると思う」

 そう牽制するように話しながらも、最高峰クラス2年目で着実に速さを発揮しているところはやはり、蛙の子は蛙ならぬバレンティーノの弟はルカ、というべきか。

 そして4番手タイムはポルの兄、アレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)。アプリリアは前回のセパンテストからずっと好調で、今回も一発タイムで見る限りでは常勝ライバル陣営たちにひけをとらぬスピードを見せた。兄のベストタイムは 1分31秒389で、弟のポルから0.325秒の差。

「大切なのは、自分たちがやってきたことに自信を持つこと。去年よりも良い成績にしたい。目標は、トップシックス以内にいつも入っていること」

 とポジティブな手応えを述べた。

「新型バイクはとてもよく走っている。今年は去年以上に接近した争いをできるだろう。今まででも最高にチャンスが大きい年になるだろうから、がんばりたい。エンジンは総じてパフォーマンスが良くなっているし、ウィリーも小さくなっている。とはいえ、テストで一発やペースが良くても、レースで勝てるわけじゃないので、気を引き締めて開幕戦へ臨みたい」

 アレイシとポルのエスパルガロ兄弟は、まだ同時に表彰台へ上がったことがない。ちなみに、最高峰クラスの兄弟同時表彰台は1997年イモラの青木宣篤・拓磨兄弟が2位と3位を獲得して以来、誰も成し遂げていない。アプリリアは、昨年後半戦から加入したマーヴェリック・ヴィニャーレスも順調に仕上がってきている様子で、今回のテストも総合8番手で終えている。全力で限界まで攻めるレース時の信頼性には、まだ若干の未知数を残しているものの、今シーズンのアプリリアは、昨年以上に高い水準の走りを充分に期待できそうだし、コンセッションから脱することもけっしてあり得ない話ではない。

#アレイシ
#ポル

 総合5番手タイムは膝の負傷から着実に回復しつつあるフランコ・モルビデッリ(Monster Energy Yamaha MotoGP)で、6番手には昨年後半戦に無類の強さを発揮したペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。新型デスモセディチGP22は、前回テストのセパンでも話題になったフロントまわりのライドハイトデバイスや空力デザイン等、またしてもいろいろなシカケを施してきているようだが、それも順調にまとまりつつあるようだ。

「気に入った(セットアップの)落としどころがみつかったけど、やるべきことはまだまだある。路面に砂があるので一発タイムはあまり出せていない。特に加速面では詰めて行かなければならないことがあるけど、走るたびに確実によくなっている」

 と、ペコはテストを振り返り、カタールへ向けた万全の態勢を強調した。

#63
#42

 7番手はりんちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。チームメイトのジョアン・ミルが3日目は腹痛で走行を見合わせたため、最終日のスズキ陣営はりんちゃんひとりが気を吐いた。開幕に向けては、

「一戦一戦を大切に戦っていきたい。まずはカタールで表彰台を目標にし、それを達成できたら改めて次の高い目標を設定していきたい」

 と、地に足の付いた抱負を述べた。スズキががんばってライドハイトデバイスの準備を進めたと思ったら、ドゥカティはさらにその先を行っているという、まるでアキレスと亀のような状況だが、他陣営の選手たちはいずれも、今年のスズキは総合的に高いレベルでよくまとまった仕上がりを見せており、強力なライバルになりそうだ、と警戒感を強めている。戦うほうは大変だろうが、そうであってくれれば観る側としてはこれほど愉しいことはない。

 KTM勢はファクトリーチームのブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)が陣営最上位の11番手。チームメイトのミゲル・オリベイラは、トップと0.560秒差ながらも順位は15番手タイム。3日目のセッションを終えてオリベイラは、

「レースシミュレーションの内容は上々で、トップクラスのペースを刻むことができたけれども、ライバルたちの内容を精査してみなければまだなんともいえない。最後にはタイムアタックをやってみて、レースウィークに上位グリッドを獲得するための理解もだいぶ進んだ」

 と灼熱のテスト期間を振り返った。

#33
#ビンダー

 彼の言葉からも類推できるとおり、セパンとマンダリカのこのプレシーズンテストを見ただけだと、今シーズンのメーカー勢力関係がどうなるのかは、容易には推し量りがたい。また、選手たちのうち誰が最有力のチャンピオン候補となるのか、ということも今の段階ではまったく想像がつかない。

 たとえば、2020年のプレシーズンテストを終えたときに、ジョアン・ミルがその年のチャンピオンになると誰に予想できただろう。あるいは2021年シーズンの開幕を前に、ファビオ・クアルタラロがあれほどの高い安定感を発揮してタイトルを手中に収めることを予見できた者がいただろうか。

 ことほどさように、長いシーズンの行方がどんなふうに決着するのかは、この段階ではまったく予想のしようがない。しかも、今年は史上最多の21戦が予定されており、今回のプレシーズンテストを実施したインドネシア・マンダリカとフィンランド・キミリンク、という初開催会場がふたつある。これも、シーズン展開を読ませにくくする大きな不確定要素といっていいだろう。

 最高峰クラスのレギュレーションがMotoGPになって21年目を迎える2022年シーズンは、果たしてどんな戦いが繰り広げられるのだろう。できれば、毎回高水準で大勢の選手たちが組んずほぐれつしながら、最後までピンと張り詰めた緊張感を保って先の見えない争いが続いてくれることを期待しつつ、今回のプレシーズンテストレポートはこれにてひとまずの擱筆といたします。では皆様ごきげんよう。

#マンダリカ

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/02/17掲載