Facebookページ
Twitter
Youtube

MoToGPはいらんかね

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 長かった夏休みが明けて5週間ぶりに再開したMotoGPの第10戦スティリアGPは、たくさんの話題がぎゅうぎゅうに詰まった週末になった。

 走行が始まる前の木曜日には、まずなんといってもバレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha SRT)の引退発表記者会見が、世界中の大きな注目を集めた。

 彼が今年の末に現役活動の終止符を打つであろうことそれ自体は、充分に予想できていたことでもあるので、発表内容に大きな驚きはない。とはいえ、いざそれが公式に発表されると、やはりこのニュースの持つ重さは世の中を大きく揺るがせた。日本でもどうやらツイッターのトレンドに浮上したそうで、モータースポーツ、特に二輪ロードレースが悲しいほど人口に膾炙していない本邦ですらそのような状態だったのだから、この報せが世界全体に与えたインパクトの大きさたるや推して知るべし、である。バレンティーノ・ロッシというライダーに関するあれこれについては、数日後に改めて別稿を立てて振り返るつもりなので、ここではあえて深く立ち入らないでおく。その特別編は、早ければ今週中頃にお届けできるであろうと思うので、それまでいましばらくお待ちのほどを。

ロッシ
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





 そして、ロッシがMotoGPの舞台から去る発表をした翌々日の土曜日には、Moto2クラスルーキーながらすでに3勝を挙げてランキング2位につけるラウル・フェルナンデス(Red Bull KTM Ajo)の、来季MotoGPクラス昇格が正式発表された。

 初夏の段階ではロッシが去るPetronas Yamaha SRT所属の気配が濃厚とも噂されていたが、水面下で様々な駆け引きなどもあったようで、最終的にはTech3 KTM Factory Racingから最高峰へステップアップすることになった。42歳のロッシが二輪ロードレース最高峰の舞台を今年限りで去ると正式に発表された翌々日に、20歳の若者が最高峰へ新たに昇格してくることが明らかになったわけで、そういう意味でこの第10戦スティリアGPは、なにやら時代の大きなうねりのようなものを象徴する週末になった気もしないではない。

 それにしても、Red Bull KTM Ajoを率いるアキ・アヨのもとを巣立って活躍するようになったライダーのなんと多いことか。マルク・マルケス、マーヴェリック・ヴィニャーレス、ジャック・ミラー、ミゲル・オリベイラ、ヨハン・ザルコ、ブラッド・ビンダー、ホルヘ・マルティン、彼らは皆、いわば〈アヨスクール〉の出身者である。アヨ・モータースポーツ、という小さな所帯で地道にレース活動を続けていた時代を見てきただけに、彼らの現在の隆盛にも、なにやら時代の動きのようなものを感じる。ちなみに、これはまったくの余談だが、現在ブリヂストンタイヤのエンジニアとして二輪モータースポーツ活動を率いる東雅雄氏が現役時代の最終年に所属していたのが、このアヨ・モータースポーツである。

※         ※         ※

 そして、スティリアGPのMotoGP決勝レースは、ホルヘ・マルティン(Pramac Racing/Ducati)が優勝した。土曜の予選ではポールポジションを獲得し、決勝レースでもホールショットを奪ってから終始先頭を走行し続けてトップでチェッカー。げんみつには、ホールショット直後の3コーナーで同じドゥカティ勢のジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)に前を奪われ、数周先行を許すものの、落ち着いて状況を見極め、4周目にトップに立つと、以後は安定してレースを引っ張り、やがてじわじわと差を開いて最高峰クラス初優勝を達成した。

#89

#89
ホルヘ・マルティン

「最終ラップはフロントがかなり厳しくなっていたけれども、さらにハードブレーキングで攻めて、差を広げることができた。レース終盤には、自分をここまで押し上げてくれた人々のことが脳裏に浮かんだ。それもあって、最終ラップはいまいちの走りになったけれども、それでも後ろとの差をうまくマネージできた」

 初優勝を達成したときは感極まる選手も多い。だが、マルティンの場合は、上気した表情や口調から初優勝の昂奮こそ感じられたものの、その目に涙はなかった。

 そもそも、マルティンが速さと強さを兼ね備えたライダーであることは、当初からわかっていたことだ。第2戦ドーハGPで最高峰2戦目、しかもサテライトチーム所属ながらポールポジションを獲得し、決勝レースでもしばらくレースを引っ張って、最後は3位表彰台で終えた。

 あのときも彼の高い資質を紹介するコラムを書いたが、さらに今回のウィークを前に当コラム特別編「前回までのあらすじ」を記した際にも、「後半戦に彼が復調してふたたび表彰台に絡む走りを発揮するようになれば、上位陣の争いに新たな攪乱項が加わって、面白い展開が増えてくることになりそうだ」と、マルティンについて言及している。どうでしょう皆さん。自分の慧眼を自慢していいですか? いや、「そんなこたぁ、おまえに言われるまでもなく誰でもわかってることなんだよ」ってだけのことなんですが。

 閑話休題。

 今回のレースを2位で終えたジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)と3位のファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)も、マルティンの高い資質を以下のように評価している。

「ホルヘは今後、もっと速くなる……というより、安定してくるだろうし、どのレースでも強さを発揮するようになると思う。カタールでもすでにうまくMotoGPマシンに乗っていた。そのパフォーマンスを発揮して、きっと今後もどんどん良くなっていくと思う」(ミル)

「いくつかのコーナーでホルヘのタイヤ温存を見ていると、新人離れしている。自分は2019年(最高峰クラスデビュー年)には、彼のように走れていなかった。Moto2からMotoGPに来ると、トラクションコントロールやマッピング、パワー、エンジンブレーキ、タイヤ、燃料……等々、順応していく要素がとても多い。ホルヘはこれらすべてにうまく対応していて、強さも速さもある。ジョアンが言ったように、今後はもっとコンスタントになってくるだろう。ルーキーイヤーに優勝するのはとても難しいことだけど、それをやってのけた。祝福したいし、将来はトップライダーとして厳しいライバルになると思う」(クアルタラロ)

表彰台
表彰台

 このように「新人」を高く評価するミルとクアルタラロは、世界チャンピオンと今年のランキング首位選手だが、それでもともに、まだ最高峰3年目のライダーたちである。参考までに、この3名の生年月日を記しておくと、

ホルヘ・マルティン/1998年1月29日生まれ(23歳)
ジョアン・ミル/1997年9月1日生まれ(23歳)
ファビオ・クアルタラロ/1999年4月10日生まれ(22歳)

 2018年は彼ら3名はまだMoto2クラスのライダーで、この当時は「ホルヘ」といえば誰もが「ロレンソ」と答えていたが、いまや「マルティン」という時代になった。この2018年は、現ドゥカティファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが彼らと争ってMoto2チャンピオンを獲った年で、ブラッド・ビンダーやミゲル・オリベイラ、アレックス・マルケスたちもその中にいた。さらにいえば、今回の会場レッドブルリンクでMotoGPが再開された2016年はまだ5年前のことだが、その当時はマルティンやミル、クアルタラロたちはMoto3で鎬を削り合っていた。2016年といえば、「シン・ゴジラ」が公開された年である。まさに工員矢野如志もとへ光陰矢のごとし。

 話をレースに戻すと、ミルとクアルタラロの評言に「強い」という言葉が用いられているところに留意をされたい。

 この「強い」ということばは、MotoGPの世界ではごく当たり前に用いられる評価軸で、一方、日本のモータースポーツ界では「速さ」はよく言及されるけれども、この「強さ」に関する評価は、どちらかといえばあまり耳にしないような気もする。バイクの性能を引き出して速いラップタイムを叩き出すスピード能力はもちろん、コース上でライバルたちと戦う際の精神的な強靱さや駆け引きのしたたかさ、勝負勘や戦略を練る頭の良さ、なども広く含意するであろう「強さ」という軸を、はたして持っているかどうか。これが、近年の日本人選手たちが世界の頂点で戦う際に、勝負の機微を左右する重要な要素になっているのではないか、という気もしないではない。知らんけど。

 さて、今回の週末は、スズキがついにリアのライドハイトデバイスを導入したことも大きな注目の的だった。スズキのホールショットデバイスは、フロントサスペンションを固定する方式をずっと用いていたが、今回の装置により、スタート時に前後を固定してしっかりとトラクションをかけられるようになった。さらに、コーナー立ち上がりでデバイスを作動させることにより、加速性能を向上させることができる。他陣営はすでに導入している技術だが、それだけにスズキはやや後塵を拝していた感もあった。

 夏休み期間を経て、いよいよ今回から満を持して使用開始、ということになったわけだが、結論からいえば効果は上々で大成功だった、といえそうだ。

スズキ

 ミルとチームメイトのアレックス・リンスはともに、土曜午前のFP3からデバイスを搭載したマシンとそうではない場合の使用比較を開始。早速、この日の夕刻に両選手は好感触を述べていたが、決勝レースでもしっかりと作動して性能を発揮したようだ。

 ミルはゴール直後のパルクフェルメで、ピットレポーターのサイモン・クラファーから受けたインタビューでも「スズキが新しいモノを持ってきてくれたおかげで、パフォーマンスがさらに良くなった」と笑顔で謝意を述べた。さらに表彰式後の質疑応答でも、デバイスの効果を以下のように高評価した。

「(リアデバイスの導入によって)ライバルたちよりも有利になったわけではなくて、これでようやく同一条件になった。まだプロトタイプなので、これからもっと改善していきたい。ライバル陣営はこのデバイスをずっと使っているのだから、自分たちは(機構の改善を図るためには)もっと情報がいる。その意味で、今週はいい情報を集めることができたし、良いステップを踏むことができた」

「いまは皆がこのデバイスを使って、加速が良くなっている。これがもしもシーズン序盤からあれば、(ランキングで)どのあたりに自分たちがいたかはわからないけども、もっといい位置につけていたとは思う。遅くなってしまったのは事実だけど、スズキは本来、車体に磨きをかけたりエンジン性能を微調整したり、という手法で、このデバイスはドゥカティ的なスタイルのものだけど、技術陣は重要性を理解して開発を進め、持ってきてくれた。感謝している」

 13番グリッドからのスタートで7位のチェッカーフラッグを受けたリンスも、ミル同様にこの新しいアイテムを高く評価し、今後の改善点としては「全体的な重さなどをもう少し絞っていきたい」と述べている。

 レーススタート時の映像を見ていても、ミルのマシンがスタート直後からぐいぐい伸びて、ポールポジションのマルティンに迫る勢いで1コーナーへ入っていく姿が、とくに上空からのショットではっきりと確認できる。ライダーがさらにこの機構に順応し、チーム側も性能にさらに磨きをかけていけば、スズキ陣営の戦闘力がさらに向上するであろうことは明らかで、そうなればシーズン後半の戦いはさらに興趣が増すというものである。

#36

 表彰台から少し離れてしまったものの、レース終盤に熾烈な4位争いを繰り広げていたのが、ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)と中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)、ヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)の3台。最終ラップは中上が2台に先んじていたが、コース最終盤の9コーナーでビンダーが中上のインを差して前を奪い、そのまま僅差で先んじてゴール。ビンダー4位、中上5位、ザルコ6位、という結果になった。

 最後のバトルでビンダーに前を許してしまったことを振り返り、中上は次戦へ向けて電子制御に磨きをかけたい、と話した。

「コーナー立ち上がりでのトルクをよくしたいです。いまはパワーが出過ぎていてスピンしてしまい、そこにトラクションコントロールが介入して出力をカットしている格好です。その影響もあって、ビンダーのほうがうまくコーナーから立ち上がっていて、それが今回、9コーナーで抜かれた原因になりました。しっかりとタイヤをグリップさせて次のコーナーにうまく繋げていく必要があるし、他にもやるべきことはまだたくさんあります」

 次のレースは2週連戦で、しかも同じレッドブルリンクで戦うことは、上記の課題を煮詰めていきたい中上にとっては、むしろ好材料となるだろう。

中上貴晶

 ところで、今回のレースは、スタート直後の2周目にレースが赤旗中断し、約40分後に当初の予定よりも1周少ない27周で再スタートとなった。原因は、2周目3コーナー立ち上がりでダニ・ペドロサ(Red Bull KTM Factory Racing)が転倒し、そのペドロサのマシンにロレンツォ・サバドリ(Aprilia Racing Team Gresini)が突っ込んで2台がコース上で炎上したためだ。

 2018年末に現役生活の終止符を打ったペドロサは、現在、KTMのテストライダーとして活動している。今回は、来年型のマシンを駆り実戦開発を兼ねたワイルドカード参戦だった。久々の参戦で大きな注目を集め、木曜午後には特別記者会見も行われるほどの高い注目度は、さすが〈リトルサムライ〉である。決勝レースでは、また別の注目を集めてしまった格好だが、ペドロサはこの転倒の原因について「なぜ転倒してしまったのかわからない。おそらく白線を踏んだか、あるいはまだタイヤが冷えていたのか……」と話し、転倒の巻き添えを食らわせてしまったサバドリへの謝罪も述べた。

 レース開始直後の赤旗中断で、再開後のレースはオリジナルグリッドのスタートとなるため、ペドロサも第2レースに参加。10位で完走を果たした。一方、サバドリは転倒の際に右くるぶしを骨折。手術後、第12戦シルバーストーンでの復帰を目指すという。

ペドロサ

 サバドリのチームメイト、アレイシ・エスパルガロは、第1レースがスタートして1コーナーへ入っていった際に、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)と接触。アウト側へ大きくはじき出された。第2レースの1コーナーでも似たような状況になって、またしても大きくはらんでしまう。5周目にはマシンに問題が発生したため、コースサイドにバイクを停めてレースを終えた。

 リタイアはともかくとしても、マルケスとの接触に兄エスパルガロは憤懣やるかたない様子で、怒髪天を衝く、いわゆる「ばば怒り」というやつである。

「なんでペナルティがないのか理解できない」と怒りを隠そうともしなかったが、もう一方の当事者である兄マルケスはこれらのできごとを振り返って、「アレイシの性格はよくわかっているし……」と、彼の発火しやすい性格を暗に指摘。「自分はミルとも大きな接触があったけど、それに対して別に文句はない。レース1でミスしたのはたしかに自分だけど、レース2はアレイシのミスだった」と話した。互いに自分の主張からは引く様子もなさそうで、おそらく大きな遺恨になるようなことはないだろうけれども、連戦で今週末に行われる第11戦で妙にギクシャクしなければよいですね。ギクシャクしても、まあそれはそのとき、ということなのでしょうけれども。

 というわけで、今回は以上。

 では、今週末の第11戦オーストリアGP終了後にふたたびお目にかかりましょう。

スティリアGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


[MotoGPはいらんかね? 2021 第9戦| 第10戦 |番外編]

[MotoGPはいらんかね目次へ]






2021/08/10掲載