今の時代にコレをどうするのか
今の世の中は難しい。コンプライアンスだのドラレコだのユーチューブだの炎上だの、かつてのように「法はそれなりに遵守していこう。でも迷惑にならないところでは常識の範疇で楽しみたいよね」が許されない相互監視社会になってきてしまっているのは事実だ。そんな世の中でハイパワーなバイクを走らせるのは……たとえ意図していなくてもすぐに法を踏み越えてしまうことが多いため、なかなかリスキーとも言えるし、そんなバイクを販売するメーカーも色々苦心することだと思う。
しかも例えばGSX-Rのようにサーキットを前提としたモデルならば「性能を存分に楽しむのはクローズド環境にしてくださいね」と注意喚起できるが、ハヤブサのように公道向けのバイクの場合この手は使えない。そんな中、どうやってこのアルティメット・スポーツを正当化させ、かつライダーに楽しんてもらうのか。改めて難しい問題だし、「4速でメーター読み270km/hぐらい、そこから5速に入れても加速が鈍ることはない」なんてことはもちろん公道では経験できないし、決してしてはいけない行為のため当然書くこともできない。よってバイクのあらゆる領域での性能や、魅力の核の部分を伝えたいと常に思っているこちら書き手としても悩ましい。ちなみに後日、サーキットにおける試乗会が予定されているため、超高速域でのインプレッションは改めてお届けする予定である。
「金かかってる」バイクは一味違う
しかし270 km/h出さなくても、アルティメットは変わらない。例えばVFR750R(RC30)といったレーサー直系のバイクや、もしくはかつてのライバルZX-14Rといったフラッグシップマシンは、常識的な速度域においても楽しめるのは事実。各部の建て付けの良さ、エンジンや操作系の精度、作り込みから「お金かけてるな」がヒシヒシと伝わってくるのだ。そういったバイクは本当に街乗りだけでも、得も言われぬ「良さ」があるものだ。
そして新型ハヤブサ、これにも間違いなく「お金かけてるな」というのを感じさせる。ハヤブサはいつもフラッグシップとして当然お金は十分にかかっていたのだが、新型はルックスにも、各部操作系にも、乗り味にもさらにそれを強く感じさせる完成度だ。
スズキはVストローム1050から 「スズキもお化粧を覚えました」と言っており、全体的なデザインだけでなく細部の、例えばボルトやナット、配線の隠し方などにおいて、スキのない高級仕上げを取り入れているが、新型ハヤブサはこのアプローチのおかげで細部まで高級感が宿っているし、見た目だけでなく乗ってもそのスキの無い高級感が続く。
クラッチの軽さ、電子スロットルの節度、ミッションの入り方、いやいや、それ以前に押し引き時のフリクション感の少なさなど、いちいち先ほどの言葉「金かかってんなー!」が飛び出してしまう。先代に比べるとずいぶんと値上げされているのだが、それは電子制御の充実といった新採用の項目ではなく、むしろ細かい部分の徹底した作り込みに費やされた費用ではないかと感じるほどだ。
ハヤブサは270 km/h出さなくても、クラッチ繋ぎしなの27 km/hでも高級さとスズキの本気を感じられるのである。
でも、飛ばしてこそ面白い
ここまで書いてきたことは事実であり、相互監視社会における何かの言い訳でも何でもない。確かに「27km/hでも楽しめる世界がある」のだが、そうはいってもアルティメットスポーツである。いくらかアクティブに走らせた方が楽しいに決まっているのだ。
まずはワインディングへ。速度が乗るワインディングではスーパースポーツと違ったドッシリとした接地感で、地面を這うようにズバーッと寝かせていく感覚がとても楽しい。コーナーのRが一定で、バンク角も一定のままずーっと旋回し続けるような場面での安心感・安定感は極上だ。また速度域に関わらずフロント周りの手ごたえが一定なのも大きな安心項目。大きくアクセルを開けてもフロントが即座に持ち上がってくるようなこともないし、ハードブレーキングでも車重がフロントタイヤをいじめている感じもない。長めのホイールベースと重めの車重により、スーパースポーツほどピッチングが起きないのがかえって安心感を生んでいる上、アンダーステアやオーバーステアの類とは無縁。思いのままに旋回ができる。
しかし本当に驚くのは細かい峠道での身軽さだ。1.5車線ぐらいの、舗装林道に毛が生えたような峠道は国内に多く存在しツーリング先でも出くわしがちだが、こういったところでもハヤブサは非常に身軽だったのだ。キャスターやトレール値が先代と比較して減りスペック上ハンドリングは軽快な方向へと変わっているのはわかるが、それだけではなくサスの作動感や前後のバランス、ハヤブサが本来持っている重心の低さなどから、想像をはるかに超えて軽快にバンクし切り返すことができてしまい、その時にハヤブサの重さを全く感じさせない。
こういった峠道は路面状況も良くないことが多いが、そんな場面でもハヤブサが本来持つ懐の深さが活きて怖さは少なく、かつ新型では各種の電子制御も充実しているためいざとなったらサポートしてくれるはず。というか、もしかしたらこの日のペースでも既にサポートしてくれているのかもしれないが、それを感じさせないのがまた素晴らしい。
高速道路もまた、ただ6速に入れたまま走っていると飽きやすい環境ではあるが、ここでも2・3・4速を駆使しながらアクティブに走ると大変楽しめる。特に加速時は、スーパースポーツモデルだと軽量ゆえにしがみついている感じがあったり、コンパクトだからこそスクリーンが近く、アクセルを開けたらフロントが持ち上がってきて、ウイリーコントロールが作動してフロントが落とされ、そのタイミングでヘルメットをスクリーンにぶつける、などということもよくあるが、ハヤブサはそんなことはない。
アクセルを思いっきり開けても、フロントがジェットコースターのようにレールにしっかりとロックされているように路面に張り付いたまま、それこそとんでもない加速をしていく。車体が大柄ゆえに筆者のように長身でも腰をひいて上半身に余裕をもってスクリーンに潜り込むことができ、排気量の余裕と新型で増強されたトルクによって中回転域からのものすごい加速が存分に楽しめる。しかもその加速も常に高級感に包まれており、静かで振動が少なく、高級車が苦もなくすっ飛んでいく上質さがあるのだ。
いずれの環境においても常識を守って法も遵守して楽しみたいが、しかしやはりハヤブサの高級感だけでなく本来の愉しみも味わいたいのならば、その速度域は時速27 km/hよりは、もう少し上の方にあると言わざるを得ない。
便利な新機能
今回のモデルチェンジで話題となっているのは充実した電子制御。トラコンや優れたABSシステム、ドライブモードセレクターなど多岐に渡るのだが、基本的にはVストローム1050以降のハイエンドのスズキ車に備わる各種機能のバリエーションといった内容だ。そのすべてを把握するのは大変で、189ページにもわたるオーナーズマニュアルをよくよく読み込まないとフルに理解するのは難しいだろう。しかし、シンプルにライディングモードを好みに合わせて選択するだけでも十分楽しめるため、全てを理解する必要もないと思う。さらに言えば電子制御は脇役に徹してくれている感覚があり、基本はバイク本体とライダーとの対話であることを優先してくれているとも感じた。
しかしその中でも便利だと感じたのは、2モードあるクイックシフター。シャープなシフト感とソフトなシフト感を用意してくれているため、街乗り(低速・低回転域)でもソフトな方にしておけば有効利用しやすいと感じた。もう一つは自分で設定できる速度リミッターの装着。ハヤブサほどのパフォーマンスを持っていると知らずうちに大幅な速度オーバーをしてしまっている可能性があるため、あらかじめこの速度リミッターを設定しておけばそうした意図しない速度超過を抑えられるというわけだ。これは実際にとても便利な機能に感じた。
充実した電子制御は奥が深いが、しかし今回の試乗ではその電子制御に意識をそんなに向ける必要はないとも感じた。複雑だとそれに頭を悩ませてしまうようなこともあるが、先述したように良き脇役に徹してくれているため、電子制御は気にせずハヤブサというバイクが本来持っている機械的な魅力を味わってよいと思う。
最高だけど、バリエーションモデルに期待
ゆっくり走っても高級感が得られ、飛ばせばアルティメット・スポーツを満喫でき、どんな場面でも全てが洗練されていることを感じられる新型ハヤブサ。色々難しい世の中において各種ジレンマもあったことだろう、そんな中でよくぞ出してくれた! と心から歓迎したい。公道環境において楽しみやすい究極のロードゴーイングスポーツバイク、ハヤブサはやっぱり凄いと実感できた試乗であり、ジレンマや矛盾も置き去りにできる魅力があった。さらなる究極速度域については後のサーキット試乗で改めてレポートもしよう。
ただ、公道環境、特に都市部を中心に考えるとなかなか大きく重いというのは事実。そして何よりもポジションがかなり前傾であること、またウインドプロテクションもカウルに意図的に潜らないと得にくいなどの事柄にも気づいた。これらは海外での200 km/h以上という速度域での巡航やドラッグレース的にアクセルを思いっきり開けるような場面を考えた場合、真っ当な構成だとは思う。300 km/hという速度を出すことも考慮するとある程度前傾していなければとても出せないし、空力も大切だろう。しかし日本だけでなく世界中で公道における無責任な超高速運転は法が、そして世の中が許さなくなってきている中、もう少し想定速度域を下げて、その代わりにハンドル位置を上げても良いんじゃないかな? とも思う。
かつてB-KINGというハヤブサのネイキッド版があったが、あれほど個性的でなくとも、シンプルにアップハンで、その体勢でより防風効果が得られるようなハーフカウルをつけてはくれまいか、と妄想も膨らむ。イメージとしてはかつてのバンディットSだろうか、それとも現行のGSX-S1000Fか……。究極性能はそのままに、また広いタンデムシートや低重心設計、低いシート高もそのままに、「より日常的に使える」アルティメット・スポーツがあっても良いようにも感じるのだ。
(試乗・文:ノア セレン)
■型式:8BL-EJ11A ■エンジン種類:水冷4ストローク直列4気筒DOHC4バルブ ■総排気量:1,340cm3 ■ボア×ストローク:81.0×65.0mm ■圧縮比:12.5 ■最高出力:138kw(188PS)/9,700rpm ■最大トルク:149N・m(15.2kgf・m)/7,000 rpm ■全長× 全幅× 全高:2,180 × 735 × 1,165mm ■ホイールベース:1,480mm ■シート髙:800mm ■車両重量:264kg ■燃料タンク容量:20L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ:120/70ZR17M/C/ 190/50ZR17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク(ABS)/油圧式シングルディスク(ABS) ■車体色:マットソードシルバーメタリック×キャンディダーリングレッド、グラススパークルブラック×キャンディバーントゴールド、ブリリアントホワイト×マットステラブルーメタリック、この他カラーオーダープランも有 ■メーカー希望小売価格(消費税込み):2,156,000~2,222,000円
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