多くのメディア関係者がそうであったように、自分もパンアメリカ1250に大きな期待を持っていなかった。そして多くのメディア関係者がそうであったように、私の、その試乗前の予想は完全に覆された。パンアメリカ1250は、紛れもなくアドベンチャーモデルであり、ライバルひしめくカテゴリーにおいて、デビュー早々、その座の一角をつかみ取ったといえる。これまで頑なに電子制御技術を拒み、エンジンやサスペンションの、そのオールドスクールなメカニズムによってのみ生み出されるフィーリングに固執していたHDが、クルーザーからアドベンチャーへと河岸を変えることで、トレンドの電子制御技術のすべてを装備したのはもちろん、停車および静止時に自動的に車高を下げる電子制御技術を二輪車で初搭載するなど、先進技術においてもその制御のフィーリングにおいても、ライバルたちに引けを取らないレベルに、いきなり到達してきた。これには、本当に驚いてしまった。
挟角60度のV型2気筒DOHC水冷4バルブエンジン=Revolution Max1250エンジンは、これまでのHDが採用してきた挟角45度の空冷OHVエンジンとは異なる生態系から生まれたエンジンだ。したがってHDエンジン特有の鼓動感=三拍子で綴られるアイドリングもない。現行HDのビッグツインモデルに搭載されるミルウォーキー・エイト・エンジンは、再びシングルカムを採用し、1800ccを越える大排気量による低中回転域の太いトルクを特徴とするのはもちろん、高回転まで引っぱって走ることが気持ちいいかどうかは別として、高回転域での振動やストレスは少なく、高い速度域での巡航も得意としていた。
しかしRevolution Max1250エンジンは、そのミルウォーキー・エイトのフィーリングとはまったく異なるVツインエンジンのものだった。エンジンはクランクピンを30度オフセットし、それによって点火位相が90度となることから、90度Vツインや270度クランクを持つ並列2気筒エンジンと近いエンジンフィーリングとなる。またRevolution Max1250エンジンにはバランサーも内蔵。それによって不快な振動もしっかりとキャンセルされていた。
そして2つのDOHCシリンダーヘッドの吸排気それぞれのカム可動部に可変バルブタイミング機構を装備。それによって低中回転域の力強いトルクと高回転域の伸びを両立。今回の試乗は雨のワインディングが中心であり、高回転域をしっかり試すことができなかったが、低中回転域の滑らかさと力強さは素晴らしく、随時行われていたであろうバルブタイミングの変化もスムーズで、試乗中はHDに乗っていることをすっかりと忘れてしまうほどだった。
もうひとつ試乗前に気になっていたのがRevolution Max1250エンジンの高さだ。DOHC4バルブ化に加え可変バルブタイミング機構を持つことで、そのシリンダーヘッドは大きく、それがエンジンの存在感を一段と増幅している。HDの本社エンジニアは、そのエンジンを車体の中心に置き、またエンジンをフレームメンバーとして使用し、ステアリングヘッドを持つフロントフレームと、エンジン後端に結合しリアサスペンション車体側の受けとなるミドルフレーム、そしてシートレールを含むリアフレームと、フレームを3分割することで車体のコンパクト化と軽量化、そして重心バランスの最適化を実現したという。しかしアドベンチャーモデルのトレンドは低重心化へと向かっており、それに対してRevolution Max1250エンジンのエンジン高はデメリットになると考えていた。
しかし雨のワインディングとちょっとしたオフロード走行では、そのデメリットを感じることはなかった。もちろんドライ路面でペースを上げ、ワインディングやオフロードで車体を振り回せば、何か違ったフィーリングを感じることがあったかもしれないが……とはいえ、今回の試乗環境も、ドライコンディションでの試乗とは異なる角度ではあるが、過酷な条件下であったと言える。そのなかでネガティブなフィーリングを感じさせないエンジンとそれを中心とした車体周りの造り込みは、それはそれで素晴らしいものがある。
そしてHD初のセミアクティブサスペンションと、同乗者や荷物の重量を感知してリアのプリロードを自動的に調整するビークルロードコントロール、停車を事前に感知して自動的に車高を調整するアダプティブライドハイト(ARH)もパンアメリカ1250を特別な存在にしていた。このセミアクティブサスとARHはパンアメリカ1250の上級グレードであるパンアメリカ1250スペシャルに装備されている特別装備。
このスペシャルにはスクリーン下に配置するコーナーリングライトやステアリングダンパーも装備する。しかもスポーツ/ロード/レイン/オフロード/オフロードプラスの5つの走行モードに合わせて自動的に設定されるサスペンション特性は、カスタムモードでさらに細かく設定が可能。コンフォート/バランス/スポーツ/オフロードソフト(初期減衰力減少で追従性を向上)/オフロードファーム(初期減衰力強化しアグレッシブ。砂漠などの柔らかい土質走行時に推奨)という、サスペンション特性をさらに細かく変化させるプリセットも用意されている。砂漠の走行を想定したサスペンションのプリセットなど、じつにアメリカ的ではないか。
ビークルロードコントロールを含むセミアクティブサスとARHは、サスペンションブランド/SHOWAのセミアクティブサスペンション「EERA/イーラ」と車高調整機構「EERA HEIGHTFLEX/イーラ・ハイトフレックス」がベースとなっている。今回パンアメリカ1250スペシャルは上記のSHOWAのハードウェアを使用し、その制御プログラムをHDが独自に開発したもの。したがって、2020年9月にSHOWAのテストコースで体験したそれらの制御( Showa Technology Experience2020 一足先に「明日の体験」。新しい制御の効果に驚く https://mr-bike.jp/mb/archives/15998 )とは微妙に異なるはず、と高をくくっていた。
しかし、その違いはほとんど感じられなかった。そしてなにより、セミアクティブサスとARHの恩恵のみが光った。最低地上高こそライバルたちに及ばないものの、250kg近い車重を190mmのストロークを持つ前後サスペンションで支えている車体なのに、ARHが効いた停車時は身長170cmのライダーの両つま先深くを地面に着くことができ、交差点やオフロードで足を着く場面でのその安心感たるや、絶大なものだ。しかもこのARHは、車高を下げるタイミングを早くしたり遅くしたり、また機能させない、が選択できる。
唯一気になることがあるとすれば、いずれの走行モードにおいても、パンアメリカ1250スペシャルではもう少しサスペンションの動きをライダーに伝えても良いのではないか、という点だ。セミアクティブサスを持つパンアメリカ1250スペシャルはどの走行モードでも乗り心地が良く、ヘビーレインのコンディション下でもしっかりと接地感もあり、安心感を得ることができた。
ただサスペンションの動きが緩慢で車体の動きが重く感じてしまう場面があった。そのかわり、セミアクティブサスを持たないスタンダードのパンアメリカ1250では、加減速やコーナーリング時のサスペンションの動きは大きいが、その動きと連動したアクションをライダーが起こしやすく、結果車体が軽く感じたのだ。長距離走行などでの乗り心地の良さや、高い足着き性がもたらす絶対的な安心感はスペシャルに軍配が上がるのに、ワインディングなどを走る楽しさはスタンダードにある。うーん、悩ましい。
スタイリングも、好き嫌いが分かれるかもしれない。試乗会前に、報道機関向けに公開された動画版プレスカンファレンスで、スタイリングデザインの副責任者であるブラッド・リチャーズはパンアメリカ1250のスタイリングを「アドベンチャーツーリングモデルにアメリカ的なタフなデザインを組み合わせた」と表現し、それはライバルたちとは一線を画すると自信を示した。
アドベンチャーモデルのトレンドデザインである”ビーク=くちばし”のデザインを排除し、燃料タンクからテールエンドへと向かうストレートな水平基調のボディラインを作り上げ、HDがラインナップするパフォーマンスクルーザー/ファットボブを連想させる横一文字のヘッドライトと、同じくHDがラインナップするフレームマウントの大型カウルと大容量リアバッグを持つパフォーマンスバガー/ロードグライドとシンクロするフロントカウルのラインを持つ。
現在、国内では100台を超える予約注文が入っており、既存HDユーザーの増車と新規HDユーザーの割合は拮抗しているという。この良い意味で他のアドベンチャーモデルと似ていない、HDのDNAを感じるスタイルは、想像以上に市場に受けられていると感じる。筆者の知人のなかでもハードコアなHDユーザー2人に、すでに「パンアメリカ1250スペシャル」が納車されている事実をみると、走ることに楽しみを見いだしたHDユーザーには、意外なほどすんなりとパンアメリカ1250が受け入れられるのかもしれない。
パンアメリカ1250は、HDの威信をかけたプロダクトだ。2018年7月に発表された、2018~2022年の中長期経営戦略『More Roads HARLEY-DAVIDSON』において、電動バイク/LiveWireとともにコンセプトモデルとして登場したパンアメリカ1250。そこではEVのほか、市場の要求にあった新しい価値とテクノロジーを持った新型車の投入を予定していると発表した。
しかしその後、メインマーケットである北米での販売台数の不審にくわえCOVID-19蔓延による経済の停滞により、More Roadsからの修正を余儀なくされ、その修正版である『Rewire』を2020年4月発表。そして今年/2021年2月に、現CEOであるヨッヘン・ツァイツの就任とタイミングを合わせるように2021ー2025年の中長期戦略経営計画『The Hard Wire』を発表した。その変遷のなかでLiveWireとパンアメリカ1250は常に、次期HDの中核になると綴られていた。
しかしLiveWireはHDから独立したブランドとなりHDから離れたことで、HDの近しい未来はこのパンアメリカ1250と、パンアメリカと同系統のRevolution Maxエンジンを搭載した新型車「スポーツスターS」(https://www.harley-davidson.com/jp/ja/motorcycles/sportster-s.html )に委ねられることとなる。パンアメリカ1250の開発陣は、そのプレッシャーに堪え、素晴らしい車両を発表したと言えるだろう。
私自身は、2018年7月に発表されたプロトタイプ発表時にも、2019年のEICMAで実車を見たときも、既存のアドベンチャーモデルとは違う雰囲気を纏っていると感じた。個人的にはアメリカで絶大な人気を誇るピックアップトラック「フォード F150」的スタイルであり、そのパフォーマンスも二輪市場における立ち位置も、アドベンチャーモデルではなく、ブロックタイヤを履いたアメリカン・ピックアップトラックだとイメージしていた。しかしそのイメージは、今回の試乗によって見事に覆された。
たしかに、パンアメリカ1250で、HDの新章の幕が開けたと言えるだろう。あとは市場の反応とともに、開けた扉のその先にある物語をHDに紡いでいってもらいたいと願う。
(試乗・文:河野正士)
■エンジン種類:水冷V型2気筒DOHC 4バルブ ■総排気量:1,252cm3 ■ボア×ストローク:105.0×72.0mm ■圧縮比:13.0 ■最高出力:112kw(152PS)/8,750rpm ■最大トルク:128N・m/6,750 rpm ■全長× 全幅× 全高:2,265 × — × –mm ■ホイールベース:1,580mm ■シート高:–mm ■車両重量:245kg[258㎏] ■燃料タンク容量:21.2L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ(前・後):120/70R19 60V・170/60R17 72V ■ブレーキ(前・後):油圧式ダブルディスク(ABS)/油圧式シングルディスク(ABS) ■車体色:ビビッドブラック、リバーロックグレー [ビビッドブラック、ガーントレットグレーメタリック、デッドウッドグリーン、バハオレンジ×ストーンウオッシュホワイトパール] ■メーカー希望小売価格(消費税込み):2,310,000~2,339,700円 [2,680,000〜2,7350,000円] ※[ ] はPan America Special