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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 いわゆる「全部乗せ」のレースである。第5戦フランスGPを制したのは、ジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)。パドックの人気者、みんなのジャックが前戦ヘレスに続き2連勝を飾った。

 それにしても、晴れていたかと思うと一天にわかにかき曇って雨が降り出し、しばらくすれば雲間から光が射して青空が戻り、路面があっという間に乾いてゆく。さらに、5月とは思えない寒さで、日本でいえば冬のような温度条件で推移する……。というこの不安定きわまりないコンディションは、5月中旬のロワール地方ル・マン、ブガッティ・サーキットではいつものことだ。今回はさらに、約4年ぶり(2017年チェコGP以来63戦ぶり)のフラッグトゥフラッグ、そしてその一連の流れのなかで上位選手に対してロングラップペナルティが科される、という、いろんな要素がこれでもかというくらいてんこ盛りになったレース展開だった。カロリー数でいえば、おそらく6000Kcalくらいはあったんじゃないだろうか。

フランスGP

フランスGP
フランスGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





 ドライでスタートした直後に雨が降りはじめ、5周終了時に全員がスリックタイヤからウェットタイヤのマシンに乗り換えた後は、レースをリードしていたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が転倒。先頭になったファビオ・クアルタラロ(Monster Energy MotoGP)を数周後にミラーが追い詰め、オーバーテイク。このときの「風も強くて、雨はまるで壁のように降っていた」(ジャック・ミラーさん談)状態から、終盤になると路面がどんどん乾いてきて「もういちどスリックのマシンに乗り換えることも考えたけれども、ここのピットレーンの長さ(≒60km/hの速度制限が課される距離の長さ)と残り周回数を考慮して、このまま最後まで走りきることにした」(ふたたびジャック・ミラーさん談)という、まるで「人生は山あり谷あり。そこが運命の分かれ道」という、数十年前のタカラ人生ゲームのTVCMのようなレース展開である。この波瀾を制した勝ちかたを見ていると、レースの緩急を掴むことに慣れてきたような感もある。

 彼が科されたダブルロングラップペナルティは、マシン交換でピットイン/アウトする際の速度制限(60km/h)違反だが、これを通知されたときは「何をやらかしたっけ?」と一瞬わけがわからず、「フランス名物のオービスに引っかかったのかと思った」とジョーク混じりで振り返った(ミラーがピットインする際の速度は約70km/hであったことが映像で確認できる)。

「ピットアウトするとマルクがリードしていてファビオが2番手にいた。『これは表彰台を狙えるな』と思った。背後で皆が次々にピットインしてマシン交換していたので、後ろとはかなりの差を開くことができていた。マルクとファビオを追って走っていると、ロングラップとの通知だったので『あー、終わった……』と思った。誰かと間違えてるんじゃないかと思ったけど、やはり自分だった」

 その後、マルケスが転倒して自滅。その直後の9周目に1回目のロングラップを消化。このとき、トップを走るクアルタラロとのタイム差は1.9秒。次の10周目に2回目を消化したときも、クアルタラロとの差は維持。そこから一気に詰めて12周目の前半セクターでオーバーテイクした。この周回では、ミラーに抜かれた直後のクアルタラロがロングラップペナルティを消化(理由は後述)したため、両者の差はこれで一気に4秒に広がった。以後もマージンを広げ続けたミラーは、アドバンテージを維持したまま最後までリードを堅持して、トップでチェッカーフラッグを受けた。

#43
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 この勝利により、ウェット(2016年アッセン)、ドライ(2021年ヘレス)、フラッグトゥフラッグ、と、MotoGPのあらゆるレースコンディションを制して勝利を達成したことになる。その気分をレース後の彼に訊ねてみた。

「MotoGPの勝利はいつも格別だよ。今回のフラッグトゥフラッグは、さほど精神的にキツいわけじゃなかった。先週のヘレスは、トップを走っているときにペコ(・バニャイア/Ducati Lenovo Team)とフランキー(・モルビデッリ/Petronas Yamaha MotoGP)にずっと追われていたから、かなりキツかった。でも、この勝利はとても気分がいい。肉体的に厳しかったわけではないけれども、集中力が勝負を左右するレースで、次のコーナーがどういう状態なのか、天気がどう変化していくのかを常に予測して読み続けながら走らなければならなかったことが、もっとも大変なことだった。だから、今日のレースはいわば、精神的な消耗戦のようなかんじだったね」

 この勝利により、ミラーはランキング首位に立ったクアルタラロと16ポイントの4番手。ランキング2位は、前戦終了時に首位だったバニャイアがクアルタラロに1ポイント差。3番手につけているのは、序盤2戦段階で首位に立ち、今回のレースは2位で終えたヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)。こちらはクアルタラロまで12ポイント差。そして現状4番手のミラーはザルコの4ポイント背後、とじつに緊密な状況である。

「いまのところは自分が唯一のドゥカティの優勝ライダーだけど、今日のレースで速さを見せていたペコも遠からず優勝するだろうし、ヨハンも速いので、そのうち勝つだろう。それに、まだ5戦終わったところだから、(シーズンの帰趨は)まだなんともいえない。最初の3レースはヤマハが勝って、この2戦はぼくが連取した。厳しいシーズンで、誰が有利とはいえないね」

 2位のザルコは、中盤以降に猛烈なペースで追い上げて中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)とクアルタラロを次々とオーバーテイク。開幕2連戦以来の2位表彰台を、まさに「もぎとる」という表現が妥当なほどの強烈な追い上げを披露した。

「マシンを乗り換えた後は、5番手でピットアウトできた。その後、雨が激しくなってきて風も吹いてきた。やがてタイヤが温まってきたので攻めはじめて、優勝も脳裏をよぎったけれども(タイヤ交換後の)序盤にかなりタイムをロスしていたので、その差を埋められるとは思わなかった。優勝こそできなかったけれども、2位で終われて良かった。どんどん路面が乾いてリアのフィーリングも良くなり、前に追いついていくのも愉しかった。

 中上を抜いた後、最初は見えなかったファビオの姿が見えてきた。これは抜けるな、と思ったとおり追いついて、パスした後は、ジャックとの差がかなり開いていた。追いつければ勝てたかもしれないけれども、周回数がもう残っていなかったし、20ポイントを獲れたのでよかった」

 開幕以来、ドゥカティ陣営が強さを発揮していることについては、以下のように話した。

「カタールの序盤2戦でランキング首位に立って、タイトル争いもできるかもしれないと思ったけれども、ポルティマオでミスをして転倒し、ノーポイントレースになってしまった。次のヘレスでもあまりフィーリングが良くなかったけど、(8位でチェッカーを受けて)なんとか8ポイントを取った。今回は2位で、レースでの状況をうまくコントロールすることができた。ドゥカティは非常にポテンシャルが高いと思う。ヘレスで1‐2だったし、今回も1‐2。ドゥカティにとってはとてもいいことだし、メカニックたちもライダーも雰囲気がすごくいい。今後も力強く戦っていけると思う」

#5
#5

 3位のクアルタラロは、前戦でレースをリードしていたにもかかわらず、腕上がりのため途中からえぐるように順位を落とし、今回のホームGPを前に手術を実施した。土曜の予選ではトップタイムでポールポジションを獲得し、体調面に問題がないことは充分に覗えた。課題の精神面も、不得意とされてきた雨絡みの難しいコンディションで初表彰台を獲得した今回のレース結果を見れば、確実に強靱さとしたたかさを増しているのであろうことがわかる。

 クアルタラロもマシン交換後にロングラップペナルティを科されているのだが、彼の場合はピットレーンの速度違反ではなく、ピットインした際に間違ってチームメイトのヴィニャーレスの場所に入ったことに対する処罰、とされている。このときの状況を、クアルタラロは
「(ピットロードの路面に貼ってあるバイクナンバーの)目印を見て入っていったけど、違うところに入ってしまい、しまった、と思った」
 と振り返っている。

 このときに、クアルタラロはヴィニャーレスの雨用マシンをかわして自らのマシンのもとへ小走りで急ぎ、ピットアウトしていった。このちょっとした混乱により、クアルタラロは若干とはいえ他選手よりもマシン交換に時間がかかってしまっているため、ミスの過失責任は自身のタイムロスとして相殺されているような気もしないではないのだが、レースディレクションは「ルールはルール」として厳密に適用した、ということなのだろう。知らんけど。

#20
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 ともあれ、結果は3位で、上述のとおり難しいコンディション下での初表彰台である。

「MotoGPではウェットで初めての表彰台。Moto2やMoto3でも(このコンディションで表彰台に)上がったことがないので、とてもうれしい。しかもフランスGPだから」

 そう、今回のフランスGPは、ヨハン・ザルコとファビオ・クアルタラロのフランス人選手2名のホームレースで、ふたり揃って表彰台に上がるという、じつにめでたい結果になった。スペインやイタリアでは地元選手が表彰台に上がるのは特に珍しくもないことだが、国籍面でフランス勢以上に劣勢にある日本人としては、彼らが達成した今回の「地元言祝ぎ感」のめでたさは、非常によくわかるような気もする。ちなみに、フランス人選手がホームGPの最高峰クラスでダブル表彰台を達成するのは、調べてみたところ、1954年(P.Monneret-1st, J Collot-3rd)以来の快挙である。

ヨハン・ザルコとファビオ・クアルタラロ

「(ウェット用タイヤは)ソフト/ソフトの選択で、ラスト10周はリアがとてもスピンした。フロントもブレーキングで挙動が大きく、安定しなかった。それでもペースを安定させて、ラスト5周を走りきった。後ろからペコが2秒以上速い、ものすごいペースで追い上げてきていただけに、さらに2周なくて助かった」

 と、クアルタラロが終盤の展開を笑顔で振り返った。このことばにもあるとおり、ラスト数周はクアルタラロが1分42秒後半で周回していたのに対し、4番手のバニャイアは40秒台で猛烈なチャージを仕掛けていた。チェッカーフラッグを受けたときには両選手の差が1.704秒差だったのだから、計算上では、早ければ次の周回、遅くとも翌々周には余裕で追いついてオーバーテイクされている計算になる。バニャイアはミラーと同様にマシン交換時のピットレーン速度違反でダブルロングラップペナルティを科されていたため、レース後に
「ロングラップペナルティがなければ、トップ2に近いところで終われたかもしれない」
 と、やや残念そうな表情で振り返るのもむべなるかな、である。とはいえ、ルールはルールなのでしかたない、ともバニャイアは述べている。

 そして5位にはダニロ・ペトルッチ(Tech3 KTM Factory Racing)。今季初、つまり、ドゥカティファクトリーからKTMへ移籍して以来、初めての上位リザルトである。MotoGPクラスの他選手と比べて大柄なペトルッチは、平素はその体格が不利な要素として作用することもあるが、今回のような雨絡みの難しいコンディションでは逆に体重がトラクションを稼ぐ要素としても作用するため、ウェットコンディションや路面が生乾きのレースでは強さを発揮することが多い。彼自身、「雨で走るのは好き。今朝のウォームアップではは久しぶりにトップタイムを記録できた」と話している。

「今回は厳しいウィークで、金曜は最後尾だった。ずっと雨のセッションならもっと良い結果だったかもしれないし、今日のレースでは表彰台も可能かも、とも思ったけど、表彰台は次回に狙いたい」

#9
#9

 6、7、8位はホンダ陣営が続く。

 6位のホンダ最上位はアレックス・マルケス(LCR Honda CASTROL)。7位は中上貴晶。8位はポル・エスパルガロ(Repsol Honda Team)。彼ら3名はいずれも、マシン交換後のフロントにミディアムコンパウンド、リアはソフトコンパウンドのタイヤを装着している。マルケス弟が猛烈な追い上げを見せて今季ベストの6位フィニッシュを果たしたのに対し、中上は表彰台圏内の3番手から順位を落として7位、エスパルガロも存分に攻めきれないまま8位でゴールした。中上とエスパルガロ弟は、レース終盤にはソフトコンパウンドのリアがスピンしてまったくグリップせずに苦労した、と述べたのに対し、マルケス弟も同様の症状を指摘しながらも、
「確かに自分も終盤はペースを維持できなくて、ペトルッチに抜かれてしまったときも対応しようがない状態だったけれども、路面が乾いてく状況ではそういうことはあり得る。ウィークのすべてが良かったわけじゃないけど、レースは悪くなかったし、今回の結果は今後の走りやモチベーションに向けても良いと思う」

 と非常にポジティブな口調でレースを振り返ったのは、19番グリッドのスタートから上り調子でレースを終えたマルケス弟と、どちらかといえばレース終盤に向けてリズムを落としていった中上・エスパルガロの、レースを終えたときの〈ベクトル〉の違い、のようなものなのだろう。

#73&41
#30

 7位の中上は、今回がフラッグトゥフラッグ初体験。土曜午後には「(フラッグトゥフラッグになった場合の)プランは特に立てていませんが、おそらく他のライダーたちがピットインするタイミングを見て、それについていくことになると思います」と述べていた。

 レースでは全選手がいっせいに同じタイミングでピットインしてマシン交換をしたため、ピットインのタイミングがレースの戦況を左右することにはならなかった。マシン交換は良い位置につけ、一時は3番手を走行していたものの、やがて少しずつ順位を下げていった理由は上記のとおり。

「ホンダ勢は自分だけではなく、総じてリアのグリップに苦しんでいたようです。今回はいろんなことが起こって非常にタフなレースで、最後に7位で終えたことは残念だけれども、ミスをしたわけではないし、チェッカーフラッグを受けることができたのは良かった、と前向きに考えたい」

 そう話す中上に、リア用にソフトではなくミディアムコンパウンドを選択する余地はなかったのか、と訊ねてみた。

「イエス、とはいえないですね。ミディアムは今週、ウェットコンディションで試していなかったので、リアはソフトで行きました。これは去年のレースと同じ選択です。終盤はストレートでスピンして非常に厳しかったのですが、データもなく走っていないミディアムを使うのはバクチのようなものなので、今回のタイヤ選択は間違っていなかったと思います」

 エスパルガロも中上と同様の症状を訴える一方で、
「今週はドライコンディションでとても力強い走りができて、ドライセッションでは常にトップ5にいることができた」
 と、ポジティブな手応えも強調した。たしかに、土曜の予選では終盤にエスパルガロ、マルケス兄、中上の3名がフロントローを占拠しそうな勢いを見せていたのも事実だ。今シーズンは苦戦傾向が続くホンダ陣営だが、エスパルガロの話すとおり、今後のレースに向けて光明が兆しているのも事実ではあるだろう。

#44
#93

 復帰3戦目のマルケス兄は、決勝レースでじつに久々にトップを快走するシーンも見られたが、転倒して順位を大きく下げた。その後、復帰して後方から追い上げを狙ったものの、2回目の転倒を喫してリタイア。

 第5戦のレースウィークでは、前回までとくらべて上位につけるセッションも少なくなかったが、それは彼自身が「グリップが低いために皆が限界まで攻めていたわけではないことも奏効した。もっと攻めなければならない環境ならば、もっと苦労をしただろうと思う」と土曜の午後に分析していたことがすべてを物語っている、といえそうだ。

 いかにもフランス・ル・マン、という不安定かつ予測不能なコンディションに対する読みと対応が明暗を分けた今回のレースウィークで、3日間の総転倒数は117。最多転倒場所は3コーナーの37。約3回に1回は誰かがここで転んでいる計算である。

 さて、次回はイタリア・ムジェロ、そしてスペイン・カタルーニャ、とシーズンはいよいよここから前半戦の佳境を迎える。これらレースの本場では果たしてどんな戦いが待ち受けているのか、手洗いを励行し社会的距離を維持しつつ、愉しみに待つといたしましょう。ではまた。

フランスGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2021/05/18掲載