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MoToGPはいらんかね

ジャーナリスト・西村 章さんの「続・MotoGPはいらんかね?」。今回もZoom(Web会議サービス)取材による“仁義なき社会的距離篇”として選手のインタビュー、鋭い考察をお届け。9月に入り今季2度目の3連戦、その緒戦となったミザノでは最高峰クラス6戦中5人目のウィナー誕生、しかも地元で達成! そして“有”観客での開催となりました。
●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 第7戦サンマリノGPは、現在の選手/メーカー間戦力分布、二転三転する今年の戦況など、いろんな意味で〈2020年のMotoGP〉を象徴する内容と結果になった。

 今年の ミザノ・ワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリ は、路面が再舗装されて路面状況が昨年からは変化している。新たに葺きなおしたことによりグリップは向上したようだが、一方でコース全体にバンプ(凹凸)が増える、というコンディションになった。

 この難しい路面へうまく対応できたのが、ヤマハとスズキ。逆に最も苦労を強いられていたのがKTMとドゥカティ、とりわけホンダ勢、というのが土曜の予選までの状況だった。総じて、フロントを使って旋回していくマシン特性の陣営が路面状況などにもうまく対処し、コーナー進入でしっかり減速して立ち上がりでリアを使ってぐいぐい加速するようなバイクが苦戦を強いられるという傾向、といえばいいだろうか。

 土曜の予選を終えて、フロントローはヤマハが独占。ファクトリーのMonster Energy Yamaha MotoGPとサテライトのPetronas Yamaha SRTの4名、マーヴェリック・ヴィニャーレス、フランコ・モルビデッリ、ファビオ・クアルタラロ、バレンティーノ・ロッシが、ずらりとトップ4グリッドに並んだ、一方、ホンダは5列目14番グリッドの中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が最上位。ちなみに、ヤマハが予選トップ4を独占したのは1988年の第4戦ポルトガルGP以来、32年ぶりの快挙である。ヘレスサーキットで開催されたこの大会で、フロントローを獲得したのはエディ・ローソン、ウェイン・レイニー、ケビン・マッギー、クリスチャン・サロンの4選手。決勝結果も、この4名がこの順番で上位4位を独占している。また、ホンダが予選の上位12番手までに1台も入らなかったのは、1982年のグランプリ最高峰クラス復帰以来、なんと初めてのことなのだとか。

ヤマハトップ3独占
バンプの追従性など、路面に対する安定性がばつぐん。





 さて、決勝レースだが、大方の予測どおりヤマハが優勝。勝利を手にしたのは、モルビデッリだ。フロントロー2番グリッドからスタートしてホールショットを奪うと以後は終始レースをリード。中盤以降は後続を引き離して独走態勢を築き、MotoGPの初勝利を手中に収めた。

初優勝フランキー

初優勝フランキー
初優勝フランキー
オーストリアからはホールショットデバイスも入った。

「最後の数周は何も考えられなかった。レース人生、そして人生そのものでもっとも重要な10周だった」
 と振り返るとおり、最高峰昇格3年目、ヤマハで2年目のシーズンに表彰台の頂点へ到達した。第3戦アンダルシアGPで、トップ争いの最中にエンジンブローでリタイアを余儀なくされたあの段階からすでに、今年の彼は調子が良さそうなことは充分に見てとれた。じっさいに、次戦のチェコGPでは2位を獲得。オーストリア2連戦では彼に限らずヤマハ勢全体が苦戦を強いられたが、今回の母国GPでは、思う存分に自らのポテンシャルを発揮した、というわけだ。

 母国といえば、モルビデッリはイタリア人の父とブラジル人の母を持ち、ふたつの祖国を持つライダーである。イタリアのレースでは様々なイタリア人ライダーがスペシャルヘルメットなどのホームGPを記念するアイテムを用意するが、モルビデッリの場合は、独自のバックグランドをうまくあしらった非常にクールなデザインのヘルメットを披露した。

 ヘルメットトップには、モルビデッリ自身を戯画化したとおぼしき男性が、ラスタデザインっぽい衣装で、”Time Out!”と叫んでいる。このイラストを見れば、わかるひとならすぐにピンとくるだろう。そう、スパイク・リーの映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』で、若き日のサミュエル・L・ジャクソン演じるラジオDJ、ミスター・セニョール・ラブ・ダディが大声でまくしたてる、あのシーンだ。

 ミスター・セニョール・ラブ・ダディが人種同士の諍いや罵詈讒謗に対して「いーーーかげんにしろ、おめえら。もうおしまいなんだよ、おしまい。とにかくおちつきやがれ(YO! HOLD UP! Time out! TIME OUT! Y’all take a chill! Ya need to cool that shit out!)」というあの場面。さらに、モルビデッリのヘルメット後頭部には、〈平等〉を意味する言葉が、日本語を含め多様な言語で記されている。昨今はアメリカ合衆国での人種差別反対運動BLMに大きな注目が集まり、世界各地で是正されない様々な不平等にも広く注目が集まっている。そして、それに対して、多くの著名人が差別や抑圧に反対する声をあげている。モルビデッリの場合は自らの意思表示を、けっして声高にではなく、ホームGPのスペシャルヘルメットデザインという意匠で世に伝える、じつにスマートな方法を採った、というわけだ。

バニャイア
バニャイア

バニャイア
バニャイア

 彼がこのヘルメットをお披露目した土曜の夕刻に、フロントロープレスカンファレンスの場で、このデザインに込めた彼の思いを訊ねてみた。その質問に対する彼の答えは、MotoGP公式サイトで、彼がこのヘルメットに託した思いを語る映像として公開されている。ひょっとしたら有料会員のみのペイコンテンツなのかもしれないけれども、視聴可能な環境にある人は、モルビデッリの叡智に充ちた物静かな口調をぜひとも自分の目と耳で確かめてみてほしい。

 参考までに、そのときに彼が語ったことばを以下に全文、紹介しておく。

「今回のレースでスペシャルデザインを採用しようと考えたとき、なにか大きなテーマ、そう、人種差別を扱いたいと思ったんだ。しかも、この2020年という年をまるごと表してみたかった。今年は年始から良くないことが起こって、好ましからざることもたくさん発生した。でも、ぼくたちは観客の人たちに向けてモノを見せる立場で、見ている人たちには愉しいと感じてほしいと思っている。だから、そういったトピックをシリアスでストレートに出すのではなく、できれば軽いかんじで表現したかったんだ。

 で、スパイク・リーの映画で、このテーマをとてもうまく扱った『ドゥ・ザ・ライト・シング』という作品がある。これはぜひ皆に観てほしいんだけど、そのなかで、ある登場人物が〈お互いに憎しみあうのはもうおしまいだ! タイムアウトなんだよ〉というシーンがある。そのキャラクターの姿を自分自身に擬して、ヘルメットに描いてみたんだ。

 そしてもうひとつ、いろんな言語で〈平等〉というメッセージも伝えたかった。これは、皆が胸に留めておくなにより大切なことだから。皆が平等であるということは、新型コロナウィルスが悪い形で認識させてしまった。でも、ぼくたちはいい意味での〈平等〉ということを忘れないようにしなきゃいけない。これは最高のメッセージだと思うし、そういったことをできるかぎり軽いかんじで伝えいんだよ」

 モルビデッリの穏やかな人柄とも相俟って、このメッセージはじつにスマートかつしゃれた伝達方法だと思うのだが、いかがでしょうか。

 そういえば過去には、米国のイラク侵攻に際して、バレンティーノ・ロッシがレインボーカラーのヘルメットに〈PACE〉(peace ;平和、の意)という文字を配したヘルメットで無言のメッセージを伝えたこともあった。たとえば、もしも日本人選手がロッシや今回のモルビデッリのように、意匠を通じてなんらかの意志を世に伝えようと考えた場合、日本のメーカーやチーム関係者、スポンサーなど二輪業界は、果たして彼らの企図を支える立場を鮮明にするだろうか。そうであってほしい、と思いたい。

バニャイア

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 さて、サンマリノGPに話題を戻しましょう。

 2位には、ペコことフランチェスコ・バニャイア(Pramac Racing/Ducati)が入っている。バニャイアは2019年に最高峰へステップアップして今年が2年目のシーズンになる。将来性の高さは昇格時から折り紙付きだったが、飛躍の年となるはずの今季は、8月のチェコGP初日のFP1で転倒して右脚脛骨を骨折。手術の後、欠場が続いていたが、今回のレースから復帰を果たした。とはいえ、まだ松葉杖をつく状態での戦列復帰で、「一週間前には、予選で2列目スタート、決勝では表彰台に上がれるなんて思ってもいなかった」と振り返る。

 ただし、負傷前のヘレス2連戦ではスペインGPで7位、そして、アンダルシアGPでは猛烈な追い上げで表彰台争いへ食い込んだ、まさにその矢先にエンジンがブローしてリタイアとなったことを想起されたい。これらの事実と、今回の表彰台を見れば、2020年の彼が本格的にポテンシャルを発揮しはじめていることは誰の目にも明らかだろう。そして、ドゥカティ勢をはじめ、ホンダ、KTMなど傾向としては似た特性の陣営が結果的に総崩れとなった今回のレースで、バニャイアひとりが気を吐いて2位を獲得、という事実も明記しておいてもいいかもしれない。

バニャイア
バニャイア
3戦欠場したにもかかわらず、ランキング首位まで「たった」47ポイント差。

 3位はジョアン・ミル(Team Suzuki Ecstar)。3列目スタートから周回ごとに着実に順位を上げていった。レース終盤は、チームメイトのアレックス・リンスをオーバーテイク。さらに最終ラップにはその勢いを駆って、表彰台が確実とも見えたバレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP)をも抜き去って3位でゴール。いやすごいすごい。

 レース途中まではチームメイトのリンスのほうが勢いがあるようにも見えたし、じっさいにリンちゃんは中盤周回では3番手を走行していたのだけれども、ペースを維持できなかったのは、「残り10周くらいになって腕上がりの症状が出てきた」からなのだとか。リンちゃん自身の説明によると、ヘレスで負傷した肩は痛みこそもう感じないものの、それでもある程度は庇う動きになるために、その負担が腕に出てしまうのだとか。

 とはいえ、リンちゃんもジョアンも、今季はどちらの選手が表彰台を獲得してもおかしくないほどの高いパフォーマンスを発揮している。昨年に、チームマネージャーのダビデ・ブリビオが「トップライダーを獲得できないのなら、我々は自分たちの手でトップライダーを作り上げる」と話していたことがあるが、まさに彼の遠大な計画は着々と実現しつつあるといって良さそうだ。

 マシン面でも、全方位的にまんべんなくまとまっていて、大きな欠点の見当たらない2020年型GSX-RRの〈ソツのなさ〉が、会場ごとにパフォーマンスを上下させる他陣営の大きなムラッ気と比較して、非常に安定した成績を挙げていることも心強い要素、といっていいだろう。なんというか、今年のスズキは、荒波やさざ波に抵抗なく追従していく、まるで釣りの浮子みたいな存在だ。

ジョアン
ジョアン
現在ランキング4番手。スズキ悲願の王座獲得も可能か!?

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 一方で、表彰台を手中に収めていたかに見えたバレンティーノ・ロッシが、最終ラップで3位を逃すという今回の結果には、世界中の多くのファンがさぞや歯噛みをしたことだろう。もしも表彰台を獲得していれば、最高峰200表彰台という前人未踏の大記録を、自宅から10kmという文字どおり地元のミザノで達成していたことになるのだから。さらにいえば、ロッシが3位を獲っていれば、優勝:モルビデッリ、2位:バニャイア、3位:ロッシ、とVR46アカデミー卒業生と師範が揃って表彰台に上がってイタリア人の表彰台独占という、いわば惑星直列並みの記録が達成されていたことになる。

 しかし、じっさいにはなかなかそういうマンガのような結着にはならないところが、スポーツという〈現実〉の醍醐味でもあるのだろう。

 とはいえ、最後まで表彰台を争うことのできる肉体と精神を、41歳のロッシが現在も維持していることを地元コースで満天下に示したことは充分に意義深い。おそらく、今季のうちに、ふたたび表彰台を獲得するチャンスが高いことはこの日曜の結果が示しているとおりだし、それは早ければ今週末のミザノ2連戦2本目、エミリアロマーニャGPになるのかもしれない。

 その反面では、モルビデッリ、バニャイア、ミル、という今回の表彰台の顔ぶれが示すとおり、時代は明らかに、新たな世代が主役となりつつある傾向を見せつつある、ともいえそうだ。

ロッシ
ロッシ
今季屈指の好内容。この結果が次戦に向けた弾みになるかも……。

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 日本人選手の中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は、5列目14番グリッドからスタートし、8番手でゴール。しかし、最終ラップの攻防でトラックリミットを超えてしまったために、リザルトはひとつ降格されて9位、という結果になった。

 今回は、ホンダ勢が総じて路面のバンプへの対応に苦労を強いられており、おそらくこの傾向は次回のエミリアロマーニャGPでも変わらないだろう。レース前の火曜には、各チームがテストを実施するようだが、そこで少しでも現在の問題を最小化するなにかを見いだすことが、中上を含む全ホンダ陣営にとって喫緊の急務となるのだろう。

 中上といえば、今回のレースからホールショットデバイスを使用しているようなのだが、これについては次回に詳細をお伝えしたい。

中上
火曜のテスト内容が気になるところ。

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 で、現在のランキングはといえば、前戦まで首位を維持していたファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)が転倒によりノーポイントとなったため、2番手につけていたアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)が首位に浮上した。とはいえ、6戦を終えて獲得ポイントは76。ランキング9位の中上貴晶までの差は23ポイントという、ある意味、大接戦の状態になっている。

 過去数年と比較してみると、昨年の第6戦終了段階での首位はマルク・マルケスの115ポイント。ランキング9番手(このときも偶然ながら中上貴晶)までのポイント差は75ポイントも開いていた。さらにいえば、2014年を見てみると、マルケスが第6戦終了段階ではすべてのレースで優勝しており、無傷の150ポイント。ランキング9番手の選手とは116点の差を開いていた。

 そういった過去の事例と比較すると、今年のくちゃくちゃな混戦状況は選手たちの獲得ポイントにも如実に反映されている。なんといっても、ここまでの6戦で優勝者は5名、しかも3回表彰台を獲得した選手はまだひとりもいないのだから、この低い点数状況もむべなるかな、である。

 これはつまり、負傷欠場中のマルク・マルケスというライダーが現在のMotoGPにとっていかに大きいな存在であるか、ということの証でもあるのだろう。それにしても、今年のMotoGPのチャンピオン争いは、まるでプロレスのエリミネーションマッチみたいな様相を呈している、といってもいいかもしれない。

ファビオ
最大の優勝候補だったはずが……。
ドヴィ
上位8選手で全戦ポイント獲得は唯一彼ひとり。

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 最後に、Moto3について少しだけ。

 今回も小椋藍(Honda Team Asia)が2位表彰台。昨年のサンマリノGPで感動的な初優勝を飾った鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)は、小椋たちと激しい優勝争いの結果、3位でゴール。いまやトップ争いの常連である彼らが表彰台に上るのは珍しい風景ではなくなりつつあるが、じつは最小排気量クラスで日本人選手2名が表彰台を獲得するのは2001年の南アGP(優勝:宇井陽一、3位:上田昇)以来なのだとか。まあ2名とは言わず、どうせなら近いうちに日本人3名で表彰台を独占しちゃってください。もしなんなら今週末のエミリアロマーニャGPでもこちらは全然結構ですので、Moto3日本人選手のみなさま、ぜひともひとつよろしくおねがいします。

Moto3日本人選手
日本人選手の表彰台登壇は、もはや見慣れた光景に。

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。


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2020/09/14掲載