3週連続開催の3戦目、2020年第6戦スティリアGPの週末は、(いつものように)じつにいろんなことのあったレースウィークだった。
MotoGPクラスは前戦と同様に、決勝レースが赤旗で中断して2レースになり、この赤旗が選手たちの命運を大きく分けた。12周のスプリント勝負になったレース2の優勝は、ミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Tech3)、2位はジャック・ミラー(Pramac Racing/Ducati)、3位にポールポジションスタートのポル・エスパルガロ(Red Bull KTM Factory Racing)が入った。3名ともウィークを通じて好調さを発揮しており、土曜の予選が終わった段階では、決勝レースの要注意選手、としていずれも名前が挙がっていた。彼らが表彰台を獲得したのは、ある意味では順当な結果、ともいえるだろう。
優勝を飾ったオリベイラは最高峰2年目で、競技生活のかたわら歯科医資格を取得するための勉強を続けていることがときおり話題にのぼるので、その件で彼の名前を記憶している人もいるかもしれない。Moto3やMoto2時代にはチャンピオンを争いを繰り広げ、2015年にMoto3の年間ランキング2位、2018年にはMoto2の年間2位を獲得。2019年から最高峰クラスへ昇格した。今回の優勝により、ポルトガル人として初めて最高峰クラスの勝利を母国にもたらした。
「2回目のチャンスがあってよかった。フロントタイヤを交換できたおかげで、2レース目はさらに高い水準で走ることができた。12周のレースでは、どうなるかまったく予想不可能だし、ジャックとポルはとても速かったので、ふたりをクリーンに抜けるとは思わなかった。最後にポルがさらに追い上げて、ジャックも最後の数コーナーは優勝を目指してがんばっていたので、『うまくこれを利用できるかも』と思った。安全な位置につけて、頭を使ってイン側につけていたので、最後に彼らより先にフィニッシュラインを通過できた」
そう振り返るとおり、オリベイラの優勝に至る最終ラップ最終セクションの攻防はじつに劇的だった。
トップを争っていたミラーとエスパルガロが、ともに優勝を目指して熾烈な意地の張り合いを続け、最終コーナーではともにオーバーラン気味になった。ふたりの背後につけていたオリベイラがそのイン側を巧みについて、立ち上がりで前に出てチェッカー。僅差でミラー、エスパルガロ、と続いた。
このバトルの際に、3名の一番アウト側にいたエスパルガロがトラックリミット(コースの限界)を超えて緑にマーキングされた部分を通過していたことが、後に一部で問題視されることになった。
このトラックリミット超過に対する罰則の適用だが、今回のレッドブルリンク2連戦ではこのルールが非常に厳格に適用されてきた印象がある(ルールの概要に関しては、ここの説明を適宜ご参照ください ※英字サイトに移動します)。
具体的なルール運用の例としては、たとえば、前戦第5戦のMoto3クラス決勝の際に3番手でゴールラインを通過した小椋藍(Honda Team Asia)が、最終コーナー立ち上がりでこのグリーンエリアを通過していたために順位降格処分を受けて4位となり、表彰台を逃す、という一件があった。トラックリミットを超過することによるなんらかの利得を狙った行動ではなく、他車との接触を避けるためには他に選択肢のない回避行動だった、として青山博一監督は抗議をおこなったが、小椋の4位という裁定は覆らなかった。
今回の決勝レースでは、無事に3位表彰台を獲得した小椋に、前回の降格裁定が今回のレース戦略に影響を及ぼしたかどうかを訊ねてみたところ、
「そうっすね、前回は4位になってしまったので、今回はそれが頭の隅にあって、特に最終ラップでは『コースをはみ出しちゃいけない』と思いながら走っていました」
と苦笑まじりの答えが返ってきた。
また、その後に行われたMoto2クラスの決勝では、ホルヘ・マルティン(Red Bull KTM Ajo)がトップでチェッカーフラッグを受けたものの、最終ラップでわずかにグリーン部分をタッチしたために2位へ降格、という厳しい処分を受けている。降格を通知された直後のマルティンは、「グリーンを通過したことでタイムを稼ごうとしたわけではないし、じっさい、先週のレースでも同じようにグリーンに接触していた(第5戦でマルティンは優勝)。でも、そのときは問題ないと言われたんだ」と釈然としない表情で述べたが、最終的にはレースディレクションの裁定を受け入れている。
MotoGPクラスでも、土曜の予選Q2の終了間際に、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が区間ベストを更新しながら渾身のタイムアタックを続けていたが、最終セクターでグリーンエリアにタイヤ一本分ほどタッチしたため、ラップタイムがキャンセルされる、というできごとがあった。
結局、中上は予選2番手でフロントローを獲得したものの、このラップタイムキャンセルには苦笑いで、「あそこにはみ出したからといって、とくにタイムを稼いだわけではないのですが、ルールはルールなのでしようがないですね」
と裁定処分を受け入れている。
一方、決勝レース最終ラップの攻防では、映像や写真を見ればあきらかなとおり、エスパルガロは1メートル以上も大きくグリーン部分へはみ出している。この行為が処分されないことに対して収まらなかったのが、Team Suzuki Ecstarのボス、ダビデ・ブリビオだ。
あまりに恣意的なルール運用だ、として、レースディレクションに対して書面での抗議を提出した。4位でチェッカーフラッグを受けたジョアン・ミル(Team Suzuki Ecstar)も、エスパルガロに処分が適用されなかったことに対して、レース後に強い口調で疑義を呈している。ただ、ミルは「ポルに対して他意があるわけではない。彼は素晴らしいレースをしたし、とてもいい走りだった」と、週末の仕事ぶりとレース内容を高く評価している。ミルが問題視し批判しているのはエスパルガロ個人ではなく、あくまでも、恣意的に見えるレースディレクションのルール運用である、ということだ。
上記リンクの文章を一読いただければおわかりのとおり、トラックリミット通過に対するペナルティは、レース中の場合、「そこを通過したことによってタイムを損し、自らに不利を招いた場合は処分が科されない」「一度でもそこを通過してなんらかの利得があった場合には即時に処分が科される」、と記されている。また、特に最終ラップに関しては、トラックリミットを超過したすべてのライダーは直接の競争相手よりも低い順位を与える、とも記している。今回のエスパルガロの一部始終を見てみると、9コーナー進入時にはエスパルガロが先頭につけていたが、10コーナー出口でグリーンエリアを通過した際に、イン側からオリベイラに抜かれ、さらに、ワイドなラインになったことで立ち上がりの加速勝負でもミラーに負けて、3番手まで順位を落としてゴールしている。したがって、事実認定としては、グリーンエリアを通過したことの利得を得ていない、とレースディレクションが判断した、と類推できる。
そうはいっても、これはあくまでも処分が下されなかったことに対する推測であり、レースディレクションから公式文書等でなんらかの発表があったわけではない。Moto2クラスでマルティンが不満をもらしていたことなども含めて、恣意的な運用、という指摘に対する若干の疑問は、やはり残る。
このような場合、我々がレース現場にいるときならば、レースディレクションに事実関係と彼らのルール運用に対する説明を求めて、質問しにいくところだ。しかし、ジャーナリストのパドック立ち入りが全面的に禁止されている現在の状況では、そのような活動は当然、不可能だ。もちろん、たとえ現場に入れたとしても、感染防止と衛生管理の厳格なプロトコルが適用されている現在のパドックで、過去と同じように関係者への簡便なリーチが可能になるわけではないだろう。とはいえ、現場にいれば、なんらかのコンタクトを取り、レースディレクションの意志決定について探りを入れる方法が可能かもしれない、とも思う。
いずれにせよ、事実の探求や究明を行うためは、独立した複数の視点による検証が不可欠だ。たとえ限定された人数であっても、できれば早い時期に、何らかの形でジャーナリストの現場取材活動に対して門戸が解放されることを強く望む所以である。
話が逸れてしまった。
時をもどそう(ぺこぱ風に)。
何の話をしていたんだっけ。
そうそう。スズキのダビデ・ブリビオとジョアン・ミルがルール運用の恣意性に疑義を呈している、という件だった。
ミルはレース中断前のレース1では圧倒的なペースで独走しており、初優勝も見えていた。それだけに、このレース結果にはよけいに釈然としないものを感じていたのかもしれない。前週オーストリアGPで初表彰台の2位を獲得したことで勢いを掴んだミルは、今回もウィークを通じて非常に力強い仕上がりを見せていた。じっさいに、第1レースでは優勝を現実的なところまでたぐり寄せつつあるように見えた。
レッドブルリンクという典型的なエンジンサーキットで、スズキ勢が高い戦闘力を発揮していることについては、〈哲人〉アンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)が選手ならではの観察力でじつに説得力のある分析をしているので、簡単に紹介しておこう。
「スズキはもともと旋回力が高くて、さらにブレーキがよくなってきた。僕たち(ドゥカティ)と肩を並べるくらいのブレーキで、しかも旋回力は僕たちよりも優れている。加速力はウチのほうがまだ勝っているけど、彼らは旋回力があるからコーナーの脱出速度も高い。つまり、そのぶんだけ立ち上がり加速でリアタイヤにかかる負荷が小さくなり、タイヤを長く持たせることができる、というわけ。だから、タイヤに優しい分だけ、リンスもミルも、レース終盤に強さを発揮できるんだろう。一方、僕たちには強靱な加速力があるけど、その分だけタイヤを使うし、コーナーの立ち上がり速度が低いと、前に追いつくまでにそこから加速していかなければならない。(このサーキットで)彼らが高い安定性を発揮できているのは、そういうことだと思う」
このドヴィツィオーゾの分析のとおり、今回のレースウィークでミルの安定感は群を抜いていた。そしてそれが、レース1での圧倒的なペースにつながっていった。
それは、ポールポジションからスタートして3位で終えたエスパルガロが、「今日のレースは僕たちが主役じゃなかった。今日はミルのレースだったよ。彼が最後に結果を出せなかったのは、ほんとうに残念だ」と称えていた事実にも明らかだ。
中上についても、それは同様だ。
フロントロー2番グリッドからスタートし、第1レースでは高い安定感で一貫して2番手を走行し続けた。少なくとも表彰台圏内は確実に手中に収めていた。第1レース走行中に中上は「なにもかもが完璧に噛み合って、すべてをコントロールできている感覚があった」と振り返っている。
だが、運はミルと中上のほうに流れてこなかった。
とはいえ、幻に終わったこの第1レースで、ミルと中上の両選手が大きな手応えと自信を掴んだことは間違いないだろう。中上は、来季に向けた交渉をまだ始めていない、ともこのレースウィークに話していたが、ここ数戦の彼の高パフォーマンスは、HRCに来シーズンの最新ファクトリーマシン供給を考えさせるには充分な内容だろう。
中上についていえば、さらにもうひとつ、次戦がサンマリノGPであるということも、メンタル面で有利な要素として働きそうだ。故富沢祥也と中上は、親友であり、最大のライバルとして切磋琢磨してきた間柄だ。今年は、あれからちょうど10年目の節目にあたる。中上の心中には、サンマリノGPに向けておおいに期するものがあるにちがいない。
「ミザノはいつも、日本GPに次ぐ重要なレースです。ミザノに行くと、いつもいろいろなことを思います。けっして寂しいとか悲しいわけではなく、むしろ前向きでポジティブな気分になれる特別なサーキットです。今回のレースは残念な結果になりましたが、次回もトップ争いをしてみせる自信があります」
今回、レースが赤旗中断になったのは、マーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)のブレーキに問題が生じたことが遠因になった。1コーナーで減速できなかったヴィニャーレースは220km/hで走るマシンから飛び降り、そのまま走り続けたバイクがエスケーブゾーンの先にあるエアフェンスに激突して炎上した。
ヤマハがブレーキに問題を抱えていることは前戦でも明らかになっており、今回はさらに厳しい状況へ追い込まれた格好だ。このヤマハのブレーキ問題については、畏友であるイギリス人のトップジャーナリスト、マット・オクスレイが非常に優れた取材と考察(※英字サイトに移動します) をしているので、そちらをぜひ、ご一読いただきたい。
さらにヤマハについていえば、彼らが以前から問題を抱えていたエンジンについても、封印を開封して対策を施すことを諦めた、と、このレースウィーク初頭に明らかになった。
MotoGPのエンジンは、シーズン中のアップデートを封じるために開幕時に封印されることは周知のとおりだ。しかし、安全上どうしても必要な場合には、MSMA(モーターサイクルスポーツ製造者協会)の会議に諮り、全員一致の賛成を得られればエンジンを開封できることになっている。だが、そのためには、開封が安全上の重要な問題であることを他メーカーに証明する必要がある。企業秘密にもかかわるであろう情報の公開を避けるために、ヤマハはMSMAの会議に諮ることを避けたのではないか、とも考えられるが、じっさいの理由は、当事者である技術者の人々に尋ねないかぎり、あくまで推測の域を出ない。
このエンジンについて、さらにもう一点。
今季はシーズンが短くレース数も通常より少ないことから、各陣営とも使用エンジンは5基まで、と定められている。ところがヤマハの場合は上記のエンジントラブルのために、ロッシ、ヴィニャーレス、モルビデッリの3名用のエンジンが、それぞれ1基ずつアロケーションからすでに撤収されている。モルビデッリは第5戦でマシンを大破した際に、エンジンも壊れてしまったかとも思われた。だが、じっさいのところ影響はなかったようで、そのときのエンジンを今回の決勝レースでも使用している。
ただ、ヴィニャーレスの場合はバイクごと燃えてしまっているため、このマシンに搭載していたエンジンの再使用はおそらく不可能ではないかと考えられる。であるとすれば、アロケーションからすでに撤収した1基に加え、今回のアクシデントでさらに1基のエンジンを失ってしまったことになる。
都合3基のエンジンで、シーズン残り9戦をまかなえる耐久性を担保できるのかどうかは、技術者ならぬ外野の素人には知るよしもない。参考までに、規定エンジン基数を超えた選手は、そのニューエンジンをおろしたレースでピットレーンスタートを強いられることが、ルール上定められている。
ヤマハ、フランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT)といえば、今回のレースウィーク前半に話題を集めたのが、前回のレースでヨハン・ザルコ(Esponsorama Racing/Ducati)と接触し、あわや大惨事、という事態に至った例の一件だ。
アクシデント直後に、モルビデッリはイタリアの放送局のインタビューでザルコのことを「なかば人殺しのようなもの」と強い口調で批判した。
しかし、今回のウィークが始まるに際し、モルビデッリは我々との木曜の取材で「まず最初に、あのときに強い言葉を発してしまったことを謝りたい」と、いつもの穏やかで冷静な口調で述べた。
「あのときは、事故直後で感情がたかぶっていたから、つい、そんな表現になってしまった。ヨハンは子供の頃からいっしょに走ってきた間柄だし、彼に対しては友情以外の感情は持っていない」
自らの言葉に責任を持ち、行き過ぎた行為を素直に認めて謝罪する彼の謙虚な姿勢は、人間としておおいに尊敬に値する。
一方のザルコは、モルビデッリとの一件について査問を受け、決勝レースでのピットレーンスタート、という処分を下されることになった。くだんのアクシデントでは右手舟状骨を骨折したため、水曜に手術を実施。金曜日のセッションは走行せず、土曜午前のFP3から参加することになったが、午後の予選では3番手タイムを記録した。決勝レースはピットレーンスタートがすでに決定しているとはいえ、この暫定フロントロー獲得は、まさに彼の意地と根性の賜物だろう。
そして、決勝レースでは、波瀾の展開を最後まで凌ぎきってポイント圏内の14位でゴール、2点を獲得した。ザルコの強い意思と意志に充ちた走りも、特筆するに値する。
中小排気量に目を移すと、Moto2クラスでは長島哲太(Red Bull KTM Ajo)が健闘した。
土曜午後の予選では、遅い選手のグループのQ1に組み込まれたが、そこで上位4名に入ってQ2に進出。Q2でもそのままの勢いでポジションを駆け上がり、フロントロー3番手を獲得した。決勝レースは、優勝争いから少し離れて4位でのゴールとなったが、一時期の低迷はどうやら脱しつつある模様。とはいっても、おそらくまだ完璧に噛み合ってはいないため、レースではこのような順位で終えたのだろう。だが、復調の兆しが見えていることは間違いなさそうだ。次のサンマリノGPは、長島にとっても重要な一戦である。そこで是非とも復活を果たし、表彰台へ登壇してほしいものである。
Moto3では、上記のとおり、小椋藍が3位表彰台を獲得。また、前回の決勝で力強い走りを見せた佐々木歩夢(Red Bull KTM Tech3)は、今回も果敢にトップ争いを繰り広げた……のだが、運悪く転倒に巻き込まれてリタイアとなってしまった。これは本当に運が悪い。次回こそぜひ、表彰台を獲得してほしい。
2週間の短いブレークを経て、第7戦は和製イタリア人・鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)の「地元」、サンマリノGPである。それまでしばらくのあいだ、みなさまごきげんよう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
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