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 2019年のホンダは、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が19戦中12勝、2位6回、という圧倒的なリザルトで最高峰6回目、通算では8度目となる世界タイトルを獲得した。さらにチームとコンストラクターズタイトルも制覇し、3年連続の三冠を達成した。その勝利に大きく貢献した2019年型RC213Vは、エンジンについては正常進化を遂げた一方、車体についてはエアインテーク通路が前面から取り入れた空気を横側へ回して流入させる従来の方式を変更し、前面からそのままヘッドパイプを貫通してエアボックスに直結するという大きな変更があった。ホンダ陣営全体の陣頭指揮を執るHRCレース運営室室長の桒田哲宏氏と、マシンのハード面を統括する開発室室長の若林慎也氏に、まずはそのあたりの多少メカニカルな話を皮切りに、2019年の回顧と2020年の展望をあれやこれやと伺ってきた。
●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:ホンダ https://www.honda.co.jp/motor/

株式会社ホンダ・レーシング 取締役 レース運営室 室長 桒田哲宏氏。
株式会社ホンダ・レーシング 取締役 レース運営室 室長 桒田哲宏氏。
株式会社ホンダ・レーシング 取締役 開発室 室長 若林慎也氏。
株式会社ホンダ・レーシング 取締役 開発室 室長 若林慎也氏。

―2019年のマシンはエンジンが正常進化、車体についてはエアインテークの変更などでチャレンジングなトライを行った、ということですが、それに伴って車体の剛性バランスなども2018年型と2019年型ではかなり異なっていたのでしょうか?

桒田「そんなことはないですよ。そこを変えてしまうとバイクがまったく違うものになってしまうので、前年の良かったところは残しています。エンジンと車体の長所を両立しつつ自由度を上げていく、ということに取り組んでいるので、劇的に剛性のバランスが変わったのかというと、けっしてそんなことはないですね」

―車体の自由度が上がったことで、なにか大きなブレークスルーを獲得できたのでしょうか?

桒田「性能が一気に急上昇すればもっといいレースをできるのでしょうが、実際にはなかなかそういうことは難しいので、トライ&エラーが続いた一年でした。シーズンが始まると、2020年モデルに向けた方向性も探りながら戦っていた一年でしたね」

―では、2018年までと2019年以降のバイクは、大きく変わっていくのですか?

若林「まったく同じバイク、というわけにはいきませんよね。18年から19年で形態は少し変わっているのですが、前年モデルから大きくはずさないようにしながら、2020年はまた大きく進化をさせていく方向です」

桒田「自由度を上げていくことの真価を問われるのが2020年から、ということになるでしょうね。2019年は土台を作り、活かせるところを活かした一年でした。2020年以降は、それをさらに活かして大きくステップを踏んでいく、という年になっていくのだろうと思います。たとえば、エンジンは正常進化と言いながらも、出力を上げて何かを変えていくことによって開発できる領域とオプションが新たにできて、さらに性能が上がっていく。それと同じようなことを今後はフレームでも行っていきたいと考えているので、いろんなことにトライをしましたが、2019年のベースに大きな違いがあったわけではないですね」

行った年来た年MotoGP ホンダ篇 ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2019年回顧と2020年への抱負

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―〈自由度を上げる〉というのは、どのような変化を目指した改善なんですか?

桒田「簡単に言えば、横から空気を入れようとする場合、フレームのその部分には必ず穴を開けなければなりません。そのうえで、剛性をこんなふうにしたい、と考えてフレームを製作していくわけです。つまり、穴があるがゆえに特定の場所の剛性をいじれない、ということが出てくるのですが、そこに穴を開けなくてもいいのなら、より自由に変化させていくことができる。穴があるとどうしても、その穴の周りが壊れちゃいけない、というような制約条件が出てきてしまうけれども、穴がいらないのであれば、その部分を自由に設計できます。そうすることによって、今まで試せなかった形状を試したり、剛性のバランスも見直したりできるようになります」

―その2019年の新しい方向性のチャレンジで、たとえばどちらかといえば不得手であったであろうアジリティや、あるいは桒田さんが以前にも改善項目だと言っていた立ち上がりからの加速などを向上させる助けにはなっていくのですか?

若林「桒田が言っていたように、穴の制約がなくなったことでフレーム本体としての自由度は上がっていくので、剛性のバランス等も変えていきやすくなります。したがって、そこから違った性格のバイクを作っていくことも可能ではないかと思います」

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―その新しい方向にうまく対応できたのがマルケス選手で、ケガもあったとはいえロレンソ選手と、クラッチロー選手が対応に苦労をした、ということになるのでしょうか?

桒田「まあ、そういうことになるでしょうか。マルクについては、彼の適合性が高いことのあらわれでもあるでしょうし、マシンのポテンシャルを引き出す能力が高いことの結果でもあるんでしょうね。では、他のライダーがその能力が低いのかというと、けっしてそういうわけではなくて、たとえばカルの場合はマシンの性能を引き出せる領域にうまく入ったときはいい結果を得られるけれども、バイクの性能がその領域に入りきらなかったときは、自分が望む限界点まで攻めきることをできず、いいリザルトも得られない、ということだったのではないかと思います」

―桒田さんは、シーズン終了後に「2019年のバイクはけっして乗りにくいわけではない」と言っていたように思うのですが……。

桒田「乗りやすかったわけでもないとは思いますよ(笑)」

―日々の走行後の囲み取材でも、マルケス選手は「ホンダのバイクはけっして乗りやすいバイクではない」とよく言っていました。

桒田「私たちは、ホンダのバイクが乗りやすいとは一度も思ったことがないですよ。ただし、何をもって〈乗りやすい〉〈乗りにくい〉というのか、これは非常に難しいところがあって、体力をすごく要求する、ということなのであれば、体力を使わなくても同じスピードで走るバイクを作ることができれば、いろんなライダーがそのスピードで走ることができるようになるのかもしれない。切り返しが重い、ということなのであれば、それを軽くすることを考えなければなりません。あるいは、ライダーが『なんかオレ、すごくがんばってるんだけどなぁ……』と感じてそう表現しているのかもしれません。そうなのであれば、あまりがんばらなくても同じスピードで走るためにはどうすればいいのか、ということを我々は検討していかなければなりません」

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マルク・マルケス

―ホンダはフィジカルなバイク、という表現は正しいですか?

桒田「皆がそう言うので、きっとそうなんだと思います。マシンの強みは各社それぞれありますが、逆から見れば、その強みの部分はライダーに対する要求が高い、ということなのでしょう。たとえばブレーキングが非常に優れているバイクがあったとして、他社のバイクが100mかけて停まるところを50mで停まれるとしたら、そのぶん減速Gが高いわけだからそれだけの負担がライダーにかかります。でも、それで速く走れるのであれば、それは性能が優れていることの証かもしれない。仮にそうだとしても、ではライダーの負担を和らげるにはどうすればいいのか、ということは考えていかなければなりません。だから〈乗りやすい/乗りにくい〉ということの中身は非常に複雑な要素が絡み合っているので、ひとくちでコメントしにくいことではあるんですよ」

―リザルトを見る限りだと、クラッチロー選手は2018年よりも2019年のほうが苦労をしていたようです。

桒田「おそらく、そうですね。2019年のバイクはいいところがたくさんある反面、たとえばコーナリングの性能は18年に比べるとある程度ナーバスだったのも事実なので、そこはパッケージとしてのネガティブ要素だと考えて、解決をしていきます。なにかがあったときに解決する手段を知っておくことは非常に大事なので、シーズン中も様々なトライをしてきました」

―2019年は、とにかくマルケス選手が勝てるようなバイクづくりを目指した、ということではない?

若林「それはないですよ」

桒田「そこは全然違いますね。そんなことをしたら、他のライダーが来てくれなくなりますよ(笑)。ホルヘだって世界チャンピオンですから、ああいうレベルのライダーが来てくれた以上、我々の願いはふたりにチャンピオン争いをしてもらうことで、それを実現させるために、ホルヘに対しても専用パーツを山のように作って投入してきたんですよ」

―エンジン出力は、どれくらいずつかはわかりませんが、年々、上がっているのですよね。

桒田「そうですね」

―一方で、燃料の容量は22リットルのままだから、燃費は年々厳しくなっていくのですか。というのも、2019年はマルケス選手がゴール後にガス欠を起こしたことが何度かあったように思うのですが、今のマニエッティ・マレリの制御で燃費を管理するのは限界に近いところまで来ているのでしょうか?

若林「制御が限界、というわけではないと思います」

桒田「レースが終わったときにエンジンが止まるのは。見ていてたしかにあまりかっこいいものではないですよね(笑)。でも、あれが理想の形で、狙いはそこなんですよ。燃料を最大限に使って速く走っている、ということですから。出力が上がれば燃費が厳しくなるのは事実です。その条件のなかで、我々としても燃料をレースで使い切ることを一所懸命考えてやった結果のあらわれが、格好はたしかに悪いんですが、ゴール後に停まったことなのではないかと思っています」

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―2020年は20戦になります。レギュレーション上は、20戦までは現在のエンジン基数で戦うことになっています。レースを運営するDORNAの方向としては、今後もレースを増やしたい意向のように見えます。そうなると、21戦以上になった場合に今のセッション数とスケジュールだと、7基で回していくのは厳しくなるのでしょうか?

若林「そこはたぶん大丈夫じゃないかと思いますよ」

桒田「たとえば、5基でやりなさいといわれれば、シーズンを5基で戦えるエンジンを作りますよ」

―たしかに、数年前は5基で戦っていたわけですからね。

桒田「それはやると思います。レギュレーションで7基を使えるのであれば、7基を最大限に使えるように運営するし、走行距離が増えていく方向なのであれば7基でその距離を保証できるエンジンを作って、それで最大限の出力を出せるように取り組んでいきます。極端なことを言えば、F1のように3基や4基で戦う時代が来るかもしれません。そうなったら、今の出力を維持したうえでマイレージを二倍にも三倍にも延ばすことができれば、耐久性という面ではものすごい技術の進歩になりますよね。もしもそういう時代が来るのであれば、我々は耐久性と出力のバランスをベストのところで取ろうという試みを続けていくと思います」

―レース数が増えた場合にはセッション数を減らすという発想は、バイクを開発してセットアップをしていく技術者の視点からどう思いますか?

若林「もしそうなったとしても、全員が同一条件のイコールコンディションですから、先ほどのエンジン基数の話題と同様に、決まりとしてそうなるのなら、そのなかでどうやってうまく切り盛りしていくかということですね」

桒田「レースウィークの走行時間を短くすることのメリットとデメリットはそれぞれあると思います。たとえばレース数が22戦に増えると、ライダーやスタッフの負荷もそれだけ増えることになるので、走行時間を短くしましょうという案も、考えかたとしては当然出てくると思います。
 あとは、ホンダやHRCという立場ではなく、あくまで個人的な意見を言わせてもらうなら、レース数が増えて走行時間が減ると、新たにチャレンジする課題が生まれることにもなります。新しい挑戦のアイテムがあることは、けっして悪いことではないんじゃないかとも思いますが、それはあくまで技術的な観点でしかないので、その場合には安全性を充分に確認できる距離を走行できるのかどうか、ということも慎重に検討しなければなりません。いずれにせよ、安全性が一番大切なポイントになると思います」

―今後はプレシーズンやポストシーズンのテストが減って、レースが増えていきます。その意味では、チームや技術者にとってはクリアすべき課題が増えていく傾向になるということでしょうか?

桒田「現在のMotoGPは、各メーカーやライダーのレベルが非常に接近しています。それはそれですごくいいことなのですが、我々技術者の視点でいえば、何か課題があるということは、相手に差をつけるチャンスがある、という考え方もできるんですよ。自分たちがうまく達成できた水準に相手が追いついてこなければ優位に立てるし、逆の場合もまたしかりで、相手に優位に立たれてしまう場合もあり得るということです」

―2019年のプレシーズンテストでマルケス選手が少し乗って、シーズン中の事後テストなどでテストライダーのブラドル選手が乗っていたいわゆる〈Bento Box〉(リアカウルのエキパイ部分に設けられた何らかの格納スペース)は何だったんですか?

桒田・若林「何なんでしょうね(笑)」

―たとえばドゥカティの〈Lunch Box〉はマスダンパーだろう等々、いろいろな推測があるようですが……。

桒田「何か機構を入れようとすると、スペースは必要になってきますよね。世の中ではマスダンパーなのではないか等々いろいろな推測があるようで、マスダンパーは振動を抑制する目的があるのだろうと私は理解していますが、その目的はマスダンパーでなくても達成することができるのかもしれない。あるいは、たとえば振動を抑えるとメリットがあるのかどうかを確認するために何かを備え付ける、ということもあるのかもしれません。メリットがあるのなら、他の手段も含めてその長所を得られる方法を探っていくし、どうやって効率的に効果を得ることをできるのかと常に考えていろんなトライを続けている、というようなところですね」

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―では、あれは今後も出てくる可能性はある?

桒田「まあ、なくはないでしょうね」

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―2019年の開幕戦では、ドゥカティがスイングアーム下部に取り付けた〈スプーン〉が話題になりました。彼らはルールの抜け穴を探すことに非常に長けていますが、HRCも彼らのようにルールブックを熟読して〈禁止されていない〉ことがらを探したりするものなのですか?

桒田「自分たちが『こういうことをできればいいね』と思いついたことがルールに抵触していないのかどうかを調べるアプローチもあるだろうし、その逆のアプローチもあるでしょう。ただ、たとえ抜け穴を見つけたとしても、その抜け穴を使って何をやるのかということがそもそもなければ、捜してもしようがないですよ。こういうことをできればいいね、というアイディアがたとえば10個あったとして、そのうちルールに抵触していないものは何個あるんだっけ、という、たぶんドゥカティもそういうアプローチなんじゃないかと思います。ルールの抜け穴を捜してそこから何かを作り出しているわけではないんじゃないかな……という、これはあくまでも想像ですけれどもね」

―あのスプーンは、やはり整流効果があるものなのですか?

桒田「おそらくあるから、みなさんが使っているんでしょうね」

―名目上の装着理由はタイヤの温度を上げないため、ということのようですが、それはデータ上にもあらわれているのですか?

桒田「そこはけっこう微妙な部分なんですよ。装着しているときとしていないときを比較するために、まったく同じコンディションで走るのは非常に難しくて、5℃や10℃違えばデータにもハッキリと出てくると思いますが1℃下がるかどうかという差を見るのは難しいですよね。でも、風の流れは見えていて、風が当たっているということは冷えているのだろう、ということはできると思うし、数字的なシミュレーションもできるでしょうが、実測は難しいと思います」

―ただ、それを装着することで実際にライダーのフィーリングとラップタイムにどれだけ影響するのか、という肝心の点については……。

桒田「タイムへの影響が非常に小さいとしても、その小さいものを積み重ねて大きな差にしていくことがこの世界では重要なので、何か良さそうな可能性があるのであれば、ネガティブな要素がないかぎり使っていくのではないかと思いますよ」

―ライダーに関する質問に移らせてください。マルケス選手は、2019年に非常に高い水準の成績でチャンピオンを獲得しました。彼自身も、レースキャリアで最も高い水準で走れたシーズンだと言っていましたが、そこは同様の意見ですか?

桒田「そうですね。2019年の結果は、マルク自身の進化や彼のポテンシャルによって得られた側面が非常に大きかった、といえるでしょうね。冬に肩の手術をして万全ではない状態で2月のセパンテストへ臨み、ようやくカタールの開幕戦からなんとかまともに走れるようになった状態であれだけの結果を残してきたのは、やはりすごいことだったと思います」

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―2019年は競ってOK、ブッチギリでもOK、という多彩な戦略で勝ってきました。この戦略の幅は、やはりマシン性能の余裕に支えられた面もあったのでしょうか?

桒田「余裕、というと語弊があるかもしれませんが、たしかにエンジンはトップスピードが速くなりました。彼も言っているとおり、それがレース戦略の幅を広げることになっていたので、マシン側からの助けとして彼にオプションをいくつかあげることはできたのかなと思っています」

―HRCの人は昔から「できれば全部のレースで勝ちたい」と言いますよね。実際には相手のいることなのでなかなかそうもいきませんが、マルケス選手を見ていると、彼は全戦勝てると考えて走っているのではないか、という気もします。

若林「彼自身は、全戦で勝つつもりで走っていると思いますよ。しかし、我々のバイクがハード的にいいところと悪いところがあり、コースによっては他社さんに負けているのが実際のところなので、ハードを上げていけば彼は全部勝つと思います。将来的には、全部のレースで勝てるバイクを作りたいですね」

―その方向に進めていますか?

若林「いやあ、まだまだです」

桒田「そう簡単なことではないですよ。各メーカーにはそれぞれ特徴があって長所と短所が出るので、どこに行っても速いバイクを作るハードルはどんどん高くなりますよね。それを実現できればもちろん素晴らしいとは思うけれども、それこそ素晴らしいライダーと素晴らしいチームと素晴らしいマシンがすべて噛み合っていなければ達成できません。そんなことができればいいなあ、とは思いますが、なかなか現実的ではないのも事実です」

―ここ数年、三冠を連覇しています。そこに向かって確実に進んでいるという実感は?

桒田「いいですねえ。一度でいいから全戦全勝をやってみたいですね!」

若林「MotoGPになってからは、全勝記録はないですよね」(註:1997年にNSR500で全戦全勝を達成している)

桒田「ライダーひとりでもいいし何人かのライダーででもいいので、ホンダで全勝を達成するのは大きな大きな目標ですね」

―ロレンソ選手に関しては、シーズン序盤に苦労をしていましたが、第7戦のカタルーニャGPでは転倒する前の序盤2周は非常に良さそうに見えました。あのレースでは、何か突破口が見えていたのでしょうか?

桒田「見えていましたね」

若林「あのレースの前にホルヘが日本に来て、彼の好みのパーツや要求しているモノ等をカタルーニャへ持って行くことができたんですよ。その成果をある程度出せたのかな、というレースウィークでした」

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ホルヘ・ロレンソ

―つまり、あのレースではかなりパーツを投入したのですか?

桒田「そうですね」

―その後、彼はアッセンで大きなケガをするに至ります。負傷前と復帰後では、彼がマシンに対してコメントする方向は変わったりしたのですか?

桒田「そこは変わらなかったですね。シルバーストーン(第12戦)から復帰して、体力的に厳しいなかで少しでもいい結果を出すにはどうすればいいか、ということが最終戦まで続きました」

―結局、ロレンソ選手は引退に至り、桒田さんとしてもやり残した感がある、と言っていました。とはいえ、彼と一緒に試行錯誤を続けてきた取り組みは、今後のHRCにとって重要な財産になっていくと思いますか?

桒田「それは間違いないですね。実際にそうなっていますよ。ホルヘが移籍してくると決まったときから彼に合ったマシン作りのトライが始まりました。我々が今までやっていた範囲から外れたことをやってみるとそれが案外効果的だった、ということがたくさんあるので、ホルヘが来てくれたことによって我々が獲得できたものごとは本当にたくさんあります。残念ながら最高の結果を得ることはできませんでしたが、非常に貴重なものを我々にたくさん残していってくれました」

―2020年はロレンソ選手の後釜としてアレックス・マルケス選手が入ってきます。アレックス選手はルーキーなので、序盤はあまりいろんなことを試さず、まずは習熟に集中することになると思うのですが、ということは、ファクトリーの中でクラッチロー選手のプライオリティが上がることになるのでしょうか?

桒田「プライオリティ、というと語弊がありますね。アレックスは最初のうちはバイクとMotoGPに慣れることが優先なので、いろいろと変えていくことはないかもしれませんが、ある段階に至って慣れてくれればレプソル・ホンダのライダーとして、今までの選手たちと同じような扱いになっていくでしょう。カルはカルで、最初の数戦は違うかもしれませんが、先行パーツを試してもらったりテストをやってもらったり、という役割は2019年と変わらない形になっていくと思います」

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アレックス・マルケス
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カル・クラッチロー

―クラッチロー選手は、2019年は苦労が続きましたが、2020年は良くなっていきそうでしょうか?

若林「ライダーの要求に対して100パーセント満足をしてもらえるところまでは永久に行かないのかもしれませんが、満足度が上がるように開発をしているので、2019年より20年のほうがよくなるはずです」

桒田「カルから上がってくるコメントは、結局はマルクと同じことを言っているのだろう、ということが多いんですよ。マルクで良ければカルでもいいし、カルで良ければマルクでもいい。そういう関連性があるので、カルがコメントしてくるところを治せばマルクや他のライダーにも効果的なのだろうと思います」

―中上選手は毎年単年契約の3年目で、毎シーズン、前年よりも高い結果を求められてきたのだと思いますが、3年目の2020年は具体的にどういう結果を求められていくのでしょうか?

桒田「各メーカーが接近しているので厳しいところはあるのですが、トップテンには常に入ってもらいたいですね。去年もケガをするまではいい頻度でトップテンに入ってくれていましたし、5位フィニッシュも一度ありました。2020年はトップシックスの回数を増やしていってもらいたい、というのが我々の期待です。それだけのスピードは持っているライダーだし、可能性も充分あると思います」

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中上貴晶

―アレックス選手がレプソル・ホンダに加入し、兄弟でファクトリーのチームメイトという歴史的にも非常に珍しいチーム構成になるわけですが、身内だからシェアするデータが増えるような可能性はあるのですか?

桒田「ないと思いますね。いったん同じガレージの中に入れば、最大のライバルは隣にいるチームメイトです。だから、レースが始まればそこは今までとまったくいっしょです。家に帰れば兄弟で何か話したりすることはあるでしょうが、我々はマルクの弟だと思って扱わないし、あくまでMoto2のチャンピオンを獲得した選手と契約している、という考えです。Moto2でチャンピオンを獲っていなければ、彼とは契約をしていなかった可能性も高いですからね。少しでもいい成績を獲得できるように、他のライダーと同じように扱いますし、ガレージの中のやりとりはホルヘやダニの時代やっていたことといっさい変わりません。逆に言いえば、隠していることが何もないので、これ以上はオープンにしようがないんですよ」

―ありがとうございました。2020年も連覇する自信はあるんですよね?

若林「まあ そうですね。自分達にプレッシャーをかけるという意味でも」

桒田「自信がなければ、やっていないですよ。勝つためにレースをやっているんだから、もしも『自信がないです』と言うようになったらレースをやめますよ(笑)。もちろん、天狗になってはいけませんが、やり遂げられるという自信と目標があるからやっているわけで、その意味では、高いモチベーションを持って皆が戦っているわけです」

―目標は三冠の連覇?

桒田「もちろん」

―勝ち数は、2019年以上を狙えそうですか?

桒田「達成できればいいですね。少しでも高みを目指しますよ」

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。2月下旬に書き下ろしノンフィクション『再起せよースズキMotoGPの一七五二日』を刊行予定。

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2020/01/29掲載