インターナショナルGSトロフィー──BMWモトラッドが主催する2年に一度開催されるイベントだ。今回は広大なナミブ砂漠のあるナミビアが舞台に6日間のアドベンチャーツアーが用意されている。日本からは3名の男性ライダー、2名の女性ライダーが参加。いよいよ冒険も後半に入った。
■レポート:松井 勉 ■写真提供:BMW Motorrad ■協力:BMW Motorrad Japan https://www.bmw-motorrad.jp
DAY4 大西洋岸を目指して
GSトロフィーの参加者には全員同じテント、シュラフなどが用意される。スピッツコッペの岩山の麓に整然と並んだテントやGSトロフィーの為に用意されたレストランテントなど、たった二日間だったが、見慣れたこの風景からこの日は大西洋岸を目指して移動をする。224㎞を走るこの日のステージは涸れ川を含む様々な路面が用意されていた。地平線まで広がる無の世界をはじめ、車一台分の轍しかない場所も走ることになる。特別に許可を得てGSトロフィーの通過を許された自然公園の中もあり、参加者達は自然や風景にダメージを与えぬようR1300GSを走らせた。
到着したスワコプムンドは大西洋の寒流からくる冷たい風で気温は夜になると一桁に。海岸沿いにあるキャンプ地で波の音を聞きながらのディナーや朝食時は焚き火がありがたいほどの寒さだった。
この日、行われたスペシャルステージは二つ。最初のステージはADVANTECプル・チャレンジだ。2日を過ごしたキャンプ地から30分ほど移動しただろうか。車一台分の轍を使ってそのステージは行われた。
2本のタイダウンベルトを使いイグニッションをオフにした状態のバイクを他の一台でスタートからフィニッシュまで牽引するというもの。3名の男性チームの場合、1台はそのままスタートし、ゴール地点の近くにあるジェリ缶をフィニッシュラインのところに運ぶのがミッション。日本男子チームはこのステージでタイムロスを喫することに。牽引車の左ステップと被牽引車の右ステップを結び走行するのが定石なのだが、もしリアブレーキペダルに影響が出たら、と考えたメンバーが牽引車の右ステップと被牽引車の左ステップを結んでスタートすることにした。
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ピンとタイダウンが張った瞬間、シフトペダルにベルトが触れギアが入った模様で、それに気が付かない牽引側のライダーはアクセルを開ける。が、当然後輪が回らないGSを引きずることになりほぼその場でスタック。転倒するとこのコンテンツは終わりになることから、被牽引車のライダーもバイクから離れられない。それほどスタート直後は路面が柔らかくなっている。この日、スタート順が後方だったこともあり先行してスタートしたチームの跡が悪さした。先行して走り、すでにフィニッシュ地点でジェリ缶を移動したライダーがバイクを置いて自分の足で猛ダッシュで戻りり、ヘルプに回る。ニュートラルにして、そのまま再スタート。スタートからフィニッシュまで100メートル以上あるこのステージ。ゴールはチーム全員で、というルールのため、スタックをヘルプしたライダーがフィニッシュに戻るまでの時間も加算される結果となった。
女子チームはこのコンテンツをスムーズにこなし、2位。男子は11位に留まった。
再び涸れ川の中を移動して進むGSトロフィーの参加者達。二つ目のステージはザラメの砂、岩場を使ったルーイ・タフェル・トライアルと地名にちなんだステージが用意されていた。スタートからフィニッシュまでチーム全員で走るのはこれまでと同様。コースはタイトでしかも180度ターンもある。速度を緩めすぎたり停めるとスタック必至の難しいセクションが続く。さらに深い砂から岩盤の上にあがり、キャンバーのついたそこでターンをして進む、という設定だ。それでもスキルを磨いてきたライダー達は喜々としてパワフルにR1300GSを扱い、ゴールへとたどり着く。ゴールポストでバイクを停止、両手を挙げると次のライダーがスタートできる。岩盤の上を通過する時、後輪にトルクを伝え過ぎて後輪が下方にスリップ、ノーズが行きたくない方向に向く事案も多発。見応えは充分。
このステージで手堅く進むもタイムロスもあり、男子は14位、女子は4位に留まることに。しかしどのチームも苦戦したことから、タイム差はもちろん、足着きペナルティポイントが多かったのが現実だ。フィニッシュできたことが幸運、そんなステージだった。
4日目を終え総合では男性チームが14位、女性チームは3位となる。順位による獲得ポイントは全6チーム、途中からベネルクスチームが負傷ライダーがでたためチーム戦から除外されたこともあり、5位までの中でポイントが加算される女性カテゴリーでは僅差ながら順位変動が大きい。
16位までポイントが付くが、上位と下位ではポイント差が大きな男性カテゴリーではコンスタントに10位以内にいないとなかなか総合で上昇復活が難しい。ガンバレニッポン! という気分なのだが、GSトロフィーの趣旨を考えると確かに順位も魅力だが、冒険ツーリングを楽しみ、どれだけ友を作るか、が重要な課題だとも言える。3日目、4日目あたりになると、全員が顔見知り、友達となり、ライバルから一緒に旅をする仲間という形になっているのが見ていても解る。人生に一度の体験、GSトロフィーもこうして残すところあと二日になった。
DAY5 冷たい霧の中を走る
大西洋沿いの町、スワコプムンド。この町への移動で久しぶりに舗装路を通ったし、GSトロフィー2024ナミビアにおいて初めて訪れる大きな町だ。その海岸線にあるキャンプサイトがこの日の目的地になった。ナミビアの沖合を南極方向から赤道方向に向かって流れるベンゲラ海流。その寒流の上を通過する西からの風がもたらす冷温な気候が特徴だ。
海流が冷たいだけに雲を生成する水蒸気を含む上昇気流が発生しにくく、そのためにナミビア沿岸は極めて雨が少ないという。ナミビア人のスタッフが一年のうち360日は晴れ、あとの5日はせいぜい曇り、と教えてくれた。極めて小雨なのだ。ナミブ砂漠が形成されたのも、この寒流がもたらす小雨を要因とするのだそうだ。またスワコプムンドはこの冷たい海流の影響で朝晩の気温は低い。午後4時ごろに到着した時から感じていたが、吹く風が冷たく、太陽が落ちる前からフリース無しではいられない。キャンプ場内の野外のレストランスペースで夕食を摂る頃には薄手のダウンにウインドブレーカーを重ねたほどだ。それでも手足が冷たくなりあちこちで熾された焚き火から離れたくないほど。
翌朝、その冷たい風がもたらす朝霧が低くあたりを覆っていた。この日はスタート地点となったミッドガードまでの430㎞を移動する長い1日になる。その最初の150㎞は冷たい霧の中を走ることに。雲の中に居るようでライダー達はホコリと霧の水滴で視界が極端に悪い。車載の気温計は6度、7度を指す。海岸を背にまっすぐ東に向かっているが、それでも1時間走って気温は15度を超えるかどうか。寒い。
この霧がもたらす水分を野生動物は逃さぬようにその時間だけ地表に出てこの霧を浴びるのだそうだ。そして太陽がでると地中にある巣に戻る種もあるという。
ようやく霧を越え、太陽が空気を暖めてくれる場所まで2時間弱は走っただろうか。皆にも笑顔が戻る。ナミビアの冒険の旅は終盤を迎えつつも毎日のアクセントで魅了されるばかりだ。ルートを含めGSトロフィーを取材して思うのはその素晴らしいオーガナイズだ。
世界のGSライダー達とこの体験を共有するという点もさることながら、メーカーが主導してGSの世界観を一般のユーザーから選考(ここがポイントで懸賞旅行的なものではない)されたライダー達によって行われることも特筆する点だ。毎日テント泊という「これは冒険だから」というスタンスを保ち、それでいて今回のナミビアでは食事やキャンプ地でのトイレ、シャワーなどの環境面では過去取材したGSトロフィーの中でも1番にあげられるものだった。キリンやスプリングボックを見ることも珍しくなかったスタート地点周辺からまったく生命の気配がない土地をわたり、涸れ川を走り続け、そして大西洋から折り返して今再び暖かい気温に包まれ皆が安堵している。こんなストーリーの描き方も良いし、430㎞走行するこの日はダート路でも1時間で80㎞は移動可能な道を選択している。
毎回2年の時間をかけて準備し開催されるGSトロフィーは、BMWモトラッドによるGSのための最高の作品でありマーケティングツールだと思う。これは取材した他国のジャーナリストも異論はないはずだ。
この日、行われたステージは3つ。一つ目は移動途中のボスア峠で行われたLEATTプッシュスタート・チェレンジだ。これは移動ルートで通過したボスア峠の展望台スペースをスタートとして行われた。制限時間内にエンジンを停止状態からスタート。2本のコーンの間を通り左へとまがり、下り坂を使い勢いを増し、いわゆる押しがけをする。エンジンが始動したら完全に停止して終了。スタートからエンジン始動、停止までの時間を競う。ライダー1名、他のメンバーはバイクを押しだし、加速を着ける。下り坂、ダート路なので後輪をいかにグリップさせるか、クラッチの繋ぎ方などが勝負を分けた。
このステージで日本男子チームはエンジン始動に手間取り12位、女子は3位となる。
スペシャルステージ2はミッドガードに戻ってから行われた。キャンプ地に近い場所に設営されたそのステージは、ミッドガード・スロー・トライアルと名付けられ、スタートからフィニッシュまでできるだけゆっくり走り、チームの合計タイムが長いほど上位に入るというもの。ただし、途中で車輪を完全に止めるステアンディングスティルは許されない。ホイイールが止まる、足を着く、指定されたコースを外れるなどはその場でタイム計測終了とり、次のライダーに委ねなければならない。
遅ければ遅いほど、という心理がライダー達のミスを誘う。ルート前半はR1300GSがギリギリ通れる程度の細い谷間を進む。峡谷の道はコの字型というよりUの字型。しかも岩や段差のあるルーズな路面だ。初見でゆっくり走るのに、バランスを崩さず足を着かずというのにはリスクが伴う。後半は広場に出てゴールまで左に曲がりながら走るようにパイロンで仕切られている。全長は短いがライダー達をできるだけゆっくりというルールが翻弄するのだ。
日本男子はここで2人が足着きで途中でタイム計測が止まる。残るひとりはそうした情報をもとに(ライダー達はSENAのヘッドセットで状況を伝えあっている)慎重さと大胆さを使い分けていた。低速走行で頑張れば頑張るほどミスを誘発するこのステージだった。女子も同様、1人が途中で計測中止、2人目が完走して時間を稼いだ。これにより日本男子は全体の12位、日本女子は3位でこのステージを終えている。
ランチタイムにはペーパーテストも行われた。R1300GSの最高出力、最大トルクは、R1300GSとR900GSの排気量と足すと何㏄? ナミビアの人口は? 等々が10問。制限時間は3分。チームメンバーで相談は可能、もちろんスマホ検索はナシ。突然始まる試験のようなもので、面食らいながらもしっかり取り組み、日本男子は6位。日本女子は5位となった。ちなみに出題は全部英語なので、英語力は必須です。
さらにこの日、提出してあったフォトチャレンジ2の成績も発表された。このチャレンジで日本男子は7位、女子は3位を獲得。
日本男子は総合で14位、女子はトップと16ポイント差ながら5位と実働チームの中では最下位となる。最終日は1つのスペシャルステージが行われる。ダブルポイント、リバースグリッドスタート。これが吉と出るか凶と出るか……。なじみのあるキャンプ地に戻り、手慣れた様子でテントを設営する参加者達。最終日を控えその夜は次第に卒業式を控えた高校三年の教室のようなムードに包まれてゆくのだった。
DAY6 バイク仲間が、増えた
昨日、スタート地点となったミッドガードに戻ったころからGSトロフィー全体が「もうすぐ終わってしまうね」という空気に包まれていった。昨夜の夕食、そして結果発表が行われたレストランでも参加者同士で連絡先の交換やスマホで写真を撮りあうなど、残された時間を一刻でも大切にしよう、という雰囲気だ。あちこちで友情の交歓が続く。大きなテーブルを囲みながら冒険を共にした仲間、家族にちかい血縁が結ばれるような深い結びつきを感じさせる時間が流れていた。
GSトロフィー2024ナミビアの最終日。晴れ渡った空の元、50㎞ほどのループステージへとライダー達は走りだす。古き良き時代のパリダカールラリーでいえば、ダカール郊外の海岸線をラック・ローズに向かって走るビクトリーランのようなものだ。
キャンプサイトであるミッドガード周辺、ブッシュの中を縫うように走る道、丘を登り下る。だれもが最後のナミビアのライディングデイを楽しんでいるのがよく分かる。そして休憩時間には素晴らしい風景を背に仲間同士で写真を撮る。わずか6日間でホコリだらけになったR1300GS、同様にナミビアの大地の粉で覆われアイボリーとブルーのジャケットは思い出の埃で霞んでいる。
残りわずかなGSトロフィーという時間を楽しむようにR1300GSを走らせている。初日、この周辺を走り始めた時、砂地や転がる岩を慎重に越えていたライダー達が今はそれらをものともしない走りでファンライドを楽しんでいる。1300㎞近い悪路を走りR1300GSも水を得た魚のようだし、ライダーにも逞しさが増したのは誰の目に明らかだった。
この日のスペシャルステージは一つ。ザ・ファイナル・コースと銘打ったルートで、縦100メートル、幅20〜40メートルほどの長方形の縦長かつ周囲を土手で囲まれたような場所を使って行われた。WRCのスーパースペシャルステージのように、チーム男子3名、女子2名が同時にスタートする方式で行われ、土手のキャンバー部分を取り入れたコースレイアウトになっていた。
その途中には中空の一本橋やタイヤを越えるセクションなど視覚的に惑わす「難所」はもちろん、男子用ルートにはキャンバー部分を多く取り入れ、土手をバンクよろしくウォールライドをするように仕立ててある。その後、低速バランスとタイトターンが続くセクションやジグザグなスラロームをへてスタート地点へと戻る。スタート&フィニッシュは白線で仕切られたボックス状になっていて、参加者は自分がスタートしたボックスに戻る必要がある。
足着きなどは減点が摂られるほか、最終日のステージはポイント2倍となるボーナスステージだ。しかもスタート順は総合順位のリバースグリッドとなる。路面は堅い土と柔らかく崩れやすい土が混合しており、特にキャンバー部分は盛大に土埃が上がるほど柔らかい。これは圧倒的にスタート順が速いほうが有利だろう。
このステージ、最初は女子カテゴリーから。トップスタートは日本女子の2名だ。路面が荒れる前の利点を活かしいくつかのペナルティポイントはあったものの見事1位タイムでこのステージをまとめる。これにより大量50ポイントをゲットし、僅差の得点だった上位との差を一気にひっくり返す活躍を見せ総合で2位に浮上してみせた。
男子も前日までの14位だったため3番手スタートとなりまだ荒れる前のコースを巧く攻略し7番手タイムで10ポイント×2を獲得。最終的に総合13位でGSトロフィー2024ナミビアを終えている。
その夜、表彰式も兼ねたフェアウエルパーティーが行われた。キャンプサイトの横で深夜を過ぎてもGSトロフィーライダー達の祭りは続く。このイベントを成功に導いた主催者達の勝利と参加者達の感動を讃えるものにも見えた。バイクで仲間と旅をする──つまりはそういうことなのだが、参加するための努力はもちろん、バイクというフィルターがライダー達のバックグラウンドすら消し去り一つにする素晴らしさは見ていても引き込まれるほど。
GSというプロダクトの高い走破性と旅力、それに関わる人達のスキルや互いへの包容力をふくめ人生に一度の体験はだれにも忘れられないものになった。取材という立場で参加していてすら感謝の気持ちが沸いてくる。そう、それほどの体験がここに詰まっていたのだ。そして2025年。来年に開催される予定の10回目になるインターナショナルGSトロフィーの国内選考会が開催される予定だ。おそらく3月下旬にはその詳細がアナウンスされるはず。そう、GSトロフィーの歯車はその動きを止めることなく着実に回り続けているのだ。(完)
(レポート:松井 勉、写真提供:BMW Motorrad)
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