●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Gresini Racing/GASGAS/Pramac Racing/Yamaha/Aprilia
ドゥカティのドゥカティによるドゥカティのためのイタリアGP、あるいはペコ・バニャイアのペコ・バニャイアによるペコ・バニャイアのためのイタリアGP、と言い換えてもいい。それほど圧巻のレースで、ムジェロサーキットのレースはまさにこうでなくっちゃ、というくらい、何もかもがイタリアンな週末だったことに異論のある人はいませんね、いませんよね。いるはずがないですよね。
バレンティーノ・ロッシの現役時代にはコースを取り囲む観戦エリアがびっしりと黄色一色に染め上げられていたこの会場も、引退後は観客動員数にやや翳りが見えていた。だが、ドゥカティの圧倒的な強さや、陣営を牽引する2年連続チャンピオンのバニャイア(Ducati Lenovo Team)が王者の風格を見せていることもあって、今は確実に赤い応援団が優勢になりつつあるようだ。時代は移り変わるものです。
とはいえ、ホームGPのイタリア人選手たちが様々に工夫を凝らし、ユニークなスペシャルヘルメットを披露することは、今も昔も変わらない。今年はバニャイアがロックグループKISSのジーン・シモンズにインスパイアされた’Rock and Roll All Nite’ヘルメットで臨んだことが、おおいに注目を集めた。というわけで、今回のBGMは”ALIVE!”、”ALIVE II”、”ALIVEIII”を大ボリューム連続再生でひとつヨロシクお願いいたします。
それにしてもドゥカティとバニャイアは本当に強い。昨年のイタリアGPでもバニャイアは、ポールポジション・スプリント勝利・決勝レース優勝、の三拍子で完全勝利を達成し、ドゥカティが土日ともに表彰台を占拠したが、今年も昨年と同様かそれ以上に圧倒的な強さを見せつけた。
土曜のQ2ではランキングで首位に立つホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が最速タイム。バニャイアは2番手タイムだったが、金曜午後のプラクティスでスロー走行により他車の走行を妨害したとして3グリッド降格のペナルティ。これにより、2列目5番手からスタートすることになった。
しかし、そんなものは今回のバニャイアにはハンディにもならない。午後のスプリントでは、あっさりとホールショットを奪うと以後は一度も前を譲らずトップでゴール。2等賞はマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)、そして3等賞にはペドロ・アコスタ(Red Bull GASGAS Tech3)。バニャイアは決勝レースでは安定感の高い走りで強さを発揮するものの、土曜のスプリントでは転倒やノーポイントが多く、スッキリしないレースが続いた。今回の勝利はそんなモヤモヤを払拭し、見事な王者の風格でレースをきっちりとコントロールして勝ちきった。ちなみにスプリントでの勝利は昨年のオーストリアGP以来だから、17戦ぶりである。
2位のマルケスも、昨年仕様のバイクながらこれほどの水準で銀メダル獲得はおみごとというほかないが、まあ、この人ならこれくらいのことはやるでしょう、と思わないでもない。この人なら当然だと思わせるという意味では、2戦連続スプリント3等賞で表彰台の常連と化しつつあるアコスタにも似たような印象を抱きがちだ。
が、現実はつい数日前に20歳になったばかりのルーキーである。ホント、速い選手は最初から速い、という箴言を体現する才能の塊である。また、このスプリントに先だち、来シーズンからのKTMファクトリー契約締結も発表された。これはいわば既定路線で誰も驚かないし異論が出る余地もない……とはいえ、ぬきんでた才能の持ち主はこうやってどんどん環境が整えられて、あっという間に華やかな舞台の中心へと躍り出ていくのだなあ、という思うと感慨も一入である。
ちなみにアコスタ自身は、このスプリント後に来季からのファクトリー契約について以下のように話している。
「ファクトリーチームに加入するのだから、ハッピー以外の言葉がない。現在でもファクトリーバイクでファクトリーのスタッフに支えられているので、今のチームを離れる理由はないかもしれないけれども、ファクトリーチームに加入しない理由もない。MotoGPにKTMブランドでステップアップしようと決意してから1年、ファクトリーに行くという今回の決意をできたことをとてもうれしく思う」
ソツが無いといえばそれまでかもしれないけれども、じつに冷静なコメントで、20歳とは思えない落ち着きも窺える。最高峰クラスの最年少優勝記録を更新できるかどうかは未知数だが、いずれにせよ、次世代のMotoGPを思いきり担ってしまうであろう器のデカさは、わかっていたこととはいえ、あらためて感心しますね。
さて、明けて日曜日。この日のドゥカティファクトリーは、イタリアのナショナルカラーである青のスペシャルリバリーで臨んだ。決勝レースは5番手スタートのバニャイアが、またしても唸るようなスタートを決めた。
ムジェロサーキットは右に旋回する1コーナーから切り返して左へ倒しこむ2コーナー、そしてふたたび右へ曲がる3コーナー、とぐいぐい高度を上げていく。バニャイアはこの1コーナーのアプローチでややアウト側へ振り、2コーナーでインを刺してトップに立つと、以後はぐい、ぐい、と前へ出て行った。そして以後の23周を自らのペースで走りきり、圧巻の勝利。前戦のカタルーニャGPで見せた、機を見て差を詰め前へ出る展開もじつに巧みで鮮やかだったが、今回の2番手以降を寄せ付けずに完璧に抑えきる走りもまったく見事で、大向こうを唸らせる勝ち方というのはまさにこういう勝利を指すのだろう。雷電為右衛門級、とイタリア人ライダーを力士に譬えるのもおかしなはなしだけれども、それくらい圧巻の勝ちっぷりということでご理解願いたい。
で、”Rock and Roll All Nite”ヘルメットでの勝利だけに、ウィニングランではエアギターを披露したかと思えば、コースサイドで待ち構えていた応援団からギターを受け取って、それを背負ってパルクフェルメへ戻ってきた。テーマがKISSだけに、このギターがIbanezのポール・スタンレーモデルなら完璧だったのだけれども、さすがにそのような些末な細部にまではこだわらなかったようで、ぱっと見はブラッキーっぽいストラトキャスターモデル(22フレット仕様)かなとも思ったのですが、よくよく観察してみたところ、どうやらbehringer社のUSBギターiAXEシリーズのようですね、好事家の皆様 。ギターを背負って走る姿はちょっとジローを髣髴させましたが、サイドカーでもなければカワサキでありませんしね。
……というようなよしなしごとはさておき、バニャイアはレース後に、ジーン・シモンズからビデオメッセージを受け取っていたことを明かした。
「今だからいうけど、朝からとても幸先がよかった。レジェンドからビデオメッセージが届いて、その中で『今日は、きっとあなたが勝つよ』と言ってくれていたんだ。最高だよね。とてもうれしくて満ち足りた気持ちで、誇らしかった。この週末は素晴らしかった。昨日はすごくいいレースだったし、決勝もスタートがうまく決まった。今日は1周目からレースをリードすることが重要で、ひたすら自分のペースで走り抜いた。1周目の最初のふたつのコーナーで前に出る作戦は、あれ以上は不可能なくらい完璧に決まった」
バニャイアが王者の走りを続けた後方では、マルティンが前に迫りきれないものの2番手を安定して走行していたかと思ったら、最終ラップの最終コーナーでもうひとりのファクトリーチームライダー、エネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)がぐいぐいと攻めてきてオーバーテイク、劇的な逆転2位をもぎ取った。
「今シーズンはあまり運に恵まれなかったけれども、今日はやっとリザルトを手にすることができた。マルク(・マルケス)に抜かれたときは、目を閉じてさらに攻めた。最終ラップではホルヘがすぐ目前にいたわけではないけれども、ターゲットにできると思った。最終コーナーでは思い切り攻めて、旋回速度を乗せていくことができた。自分もうれしいけれども、今日のバイクはとてもいい状態だったので、チームのためにもハッピーな結果になった。とてもレースを楽しめた」
一方のマルティンは、最後の最後に大逆転を食らった恰好だ。
「人は経験から学ぶことができる。今日の最終コーナーは、じつに苦い経験になった。今後は二度と同じ失敗を犯さない。失敗を糧にできるのがいいライダーだと思う。今日はルーキーのような痛恨のミスを犯してしまった。来年のムジェロでは、最終ラップは終始しっかりとインを閉めるようにしたい」
というわけで、今年の決勝レースもドゥカティ勢が表彰台を独占し、圧倒的な強さを見せつけた。KTM勢の最上位はアコスタの5位、優勝者とのタイム差は7.501秒。アプリリアはM・ヴィニャーレスが最上位で8位、トップからは+11.683差。一方、金曜の様子ではやや好転の気配がきざしているかにも見えたヤマハは、終わってみるとA・リンス(Monster Energy Yamaha MotoGP Team)が優勝から+23.613秒差の15位で1ポイントを獲得。F・クアルタラロはポイント圏外の18位。どうやら腕上がりで思うように走れなかったのだとか。
ホンダ最上位はヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)の19位。トンネルの出口が見えず、苦しいレースが続くホンダ勢だが、今後に向けた情報としては、前回のカタルーニャGPで今季限りの引退を発表したアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)が来シーズンはテストライダーに就任するともいわれている。ホンダ側もエスパルガロ側も正式に発表したわけではなく、決勝レース後にこの件について訊ねられたエスパルガロは「何もいえませン!」と答えているのだが、誤報であれば明らかに否定するはずだろうから、これは事実上の肯定といっても差し支えないだろう。
Moto3クラスでは、5シーズン目を迎える山中琉聖(MT Helmets – MSI)が3位を獲得。ここ最近は先頭集団の激しい争いに加わりながらも表彰台には届かない、なんとももどかしいレースが続いただけに、ようやく獲得したMoto3初表彰台は、本人はもとより、ずっと応援してきた日本のファンや世界じゅうの見巧者たちもきっと感無量だったことでありましょう。これではずみがついて今後もトップ争いを続ければ、Moto3クラスをいっそう盛り上げてもらいたいものです。
さて、次戦は少し間が開いて今月末のダッチTT。会場は〈スピードの大聖堂〉こと、伝統と格式のTTサーキットアッセン。サーキットへ向かう道路沿いには、オランダ名物の風車はもとよりじつは牧場もそこここにあって、原子心母な風景も愉しめたりします。KISSからフロイドへ、というわけではないけれども、それまでしばらくごきげんよう。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Gresini Racing/GASGAS/Pramac Racing/Yamaha/Aprilia)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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