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 2023年のホンダは、シーズンを通じてパドックの内外から大きな注目を集め続けた。だが、その注目はどちらかといえばポジティブなニュアンスではなかった。成績は「底を打った」と言われた2022年よりもさらに低迷を続け、陣営を長年支えてきたマルク・マルケスは契約期間中にもかかわらず、Repsol Honda Teamから離脱することになった。全20戦40レースを終えた年間総合成績は、マルケスがランキング14位、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)18位、アレックス・リンス(LCR Honda Castrol)19位、ジョアン・ミル(Repsol Honda Team)22位。コンストラクターズランキングでは全5メーカー中最下位、チームランキングは全11チーム中Repsol Honda Teamが9位でLCR Hondaが10位という成績だった。あまりにも厳しかったこのシーズンのふりかえりと、捲土重来に賭ける2024年シーズンに向けた展望を、ホンダレーシング二輪レース部レース運営室室長桒田哲宏氏と開発室室長佐藤辰氏に訊ねた。

●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:本田技研工業 https://www.honda.co.jp/motor/

―ちょうど1年前に2022年のシーズンレビューで話を伺った際、「今はどん底でもうこの下はないので、あとは上昇するだけ」とおっしゃっていましたが、2023年は更に厳しいシーズンになりました。2022年以上に苦戦を強いられた理由は、そもそもどこにあったのでしょうか。

桒田「様々な理由が総合的に絡み合っていて、その意味では23年だけの話ではなく、それ以前から連なっていることなのだろうと思います。22年の課題克服を目指して開発を進め、前年比で見れば改善を果たせたものの、自分たちが望んでいたライバル陣営とのギャップを詰めるまでには至りませんでした。22年までのアプローチが23年の結果につながっているので、23年は『これからはそれを変えていかなければいけない』ということを強く確信したシーズンでした。

 たとえば、ウィリー対策は懸案だった課題のひとつで、そこだけを見ると空力対策で良くなっているんです。しかし、それがほかのところにネガティブな影響を及ぼしていて、そのネガティブな影響がサーキットのレイアウト等によって大きくなったり小さくなったりします。そのひとつひとつを一所懸命に部分最適化して行ったのですが、それによってバイクのトータルバランスをしっかり考えられてなかったのかもしれない、ということにある段階で気づくことにもなりました。要するに、全体としてバイクをどう作っていくのか、というところまで踏み込めなかったことが明らかになった一年だったと思います」

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今回、お話を伺った株式会社ホンダ・レーシングのお二人、(右より)レース運営室長の桒田哲宏氏、開発室長の佐藤 辰氏。
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―2022年は「バイクのスイートスポットが狭かった」という表現をしていましたが、それを見直したことで23年のスイートスポットは広くなったのでしょうか。


桒田「結果的に言えば、おそらくそれほど変わっていなかったのではないかと思います。実際に成績を見ても、自分たちのウィークポイントが大きく出るところはやはりレースで結果が出なくて、それが小さくなるところではそこそこの走りができていました。そういったことも含めたものがスイートスポットなのだと捉えると、先ほど言ったように部分最適化を考えてやってきたことが結果的にスイートスポットを狭くする要因のひとつだったのだろうと思います。だから、スイートスポットの狭さという課題を改善できなかった、というのが正直な印象です」

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―バイクの性能は、22年から23年にかけて性能向上を果たせていたのですか。

桒田「リアのグリップや加速性能など、ライダーたちからずっと指摘されている部分も、前年度と比較をすると良くなっているんです。ただ、自分たちだけではなくライバル陣営も当然良くなっています。たとえ我々が彼らと同じだけ良くなったとしても、それだけだと相手との差は変わらないので、追いつくためには何倍も良くしていかなければならないのですが、そこまで行きつけなかった。それが23年の結果になったのだと思います」

―2023年はマルケス選手もミル選手も転倒が多く、年間トータルの転倒回数はマルケス選手29、ミル選手24、と悪い意味で上位トップ2になってしまった恰好です。なぜこんなに転倒が多かったんでしょうか?

桒田「ひとつの理由はやはり、バイクの性能不足が転倒の大きな要因になっていたのだと思います。我々のバイクは、コーナーエントリーのトレールブレーキング(傾けながらブレーキングする領域)はフィードバックが良くて長所のひとつなので、ライダーたちはそこを使ってライバルたちと戦うことになります。そうやって限界ギリギリで走りながらポジションを上げていこうとすると、やがて外的要因も含めて様々な事象が発生する可能性も高くなり、ラインを少し外したりブレーキングミスも発生したりして、フロントからの転倒が増えてしまったのだと思います。

 特にマルクは限界ギリギリまで攻めるライディングスタイルなので、その影響もあって前半戦では転倒が多くなりました。我々もバイクの改善を進めた結果、後半戦に入ってからはその傾向も少し落ち着いてきたのですが、やはりライダーはひとつでも前に行きたいので、そういうところを使ってギリギリの勝負をせざるを得ない状況でした。マルクもジョアンも、ここ一発の勝負をするスキルを充分に備えた選手ですが、とはいえレースの20ラップ全てでずっとそれをし続けるのは難しいと思うんです。これは、ライダーたちからもずっとリクエストを受けていた部分です」

―佐藤さんは2023年10月に開発室長に就任する前から、ずっと歴代のRC211V、212V、213Vの設計を担当されてきましたよね。

佐藤「量産車やワールドスーパースポーツの車体設計を経て、2003年からMotoGPの車体プロジェクトリーダーとしてRC211V、RC212V、RC213Vを担当し、2016年から18年までラージプロジェクトリーダーとして関わっていました」

―2016年から18年といえば、RC213Vとマルケス選手のコンビネーションが最強だった時代ですね。2023年に開発室長として戻ってきて、当時と何が違うと思いましたか? 現在の苦戦の原因はどこにあると思いましたか?

佐藤「2016年からウィングが適用されるようになり、それ以降2017年、18年とどんどんウィングが大型化されて、各社とも空力の大きな影響に気づいて開発に乗り出していきました。我々もそこに取り組んでいったのですが、空力の効果を出していくに従って、それまでうまく取れていたバイクのバランスがどんどん崩れていった、というのが正直なところです。そこを崩さずにうまくバランスを取っていったのがヨーロッパメーカー、というか、Honda以外の陣営です。我々はそこのバランスを、ある意味で少し際立った方向へ持って行ってしまったのだろうと考えています」

―ウィングレットが最初に導入されて以降、エアロパーツの形状や形態は年々変わってきましたが、それをHondaのマシンに最初に導入した当時からすでにバランスが崩れていく予兆みたいなものはあったのですか?

佐藤「当時の我々は、空力パーツはあくまで付加物的な位置づけという考え方で、あまり影響を及ぼさないような設計や設定をしていました。しかしそれ以降のMotoGPでは、空力を主体としたバイクづくりが主流になっていきました。Hondaもその潮流に乗っていったのですがうまく適応できず、ある意味では自分たちでバランスを崩していった、という傾向があったのかもしれません」

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―Hondaやヤマハの日本メーカーは入念に安全性を検証してから部品を投入するので、現場ではめったにトラブルが発生しません。ただ、そのために投入まで時間がかかってしまうという側面もあります。そのアプローチがヨーロッパ企業とは違うように見えるのですが、去年はミザノテストで使用した2024年用のプロト車体をシーズン後半戦に積極的に投入していきました。今までのHondaとは少し方針を変えてきたのかなとも見えたのですが、実際にそこは意識して積極的に進めてきたのですか。

桒田「確かに、例年とは少し違うことをやったのは事実です。やはり状況が状況でしたし、24年のことを考えると、23年に少しでも早く何かを見つけたほうがいいわけですよね。我々がトンネルから抜け出るために何をしなければならないのか。技術的なアプローチも含めて何かが足りないと思っていたので、それを見つけようとしたことがそのような行動になった、ということですね」

―その「状況が状況だった」というのは、マルケス選手がHondaに残留するか離脱するかという状況のことですか。あるいは、低迷が続く現状をなんとかしなければならない状況、ということでしょうか。

桒田「底を打った状況、ということです。我々は当然、ライバルたちと互角以上に戦えるものを作ろうといつも努力しているのですが、23年シーズンが始まってみると非常に厳しい状態が続きました。また、結果的にマルクはHondaを離れることになりましたが、彼が離脱するかどうかということも、要因はやはりマシン性能なんですよ。そういう意味でも、マシン性能を自分たちの思うように上げられないことに対する危機感が非常に強かった。それが第一ですね」

―2023年シーズンは、スプリントが土曜午後に入ったことで週末のフォーマットが大きく変わり、各セッションで試せることもかなり減ったのではないかと思うのですが、どうでしたか。

桒田「そこは我々が予想していた以上に、できなくなりました。たとえば、新しい部品を入れて2台のバイクで比較するという従来のような進めかたは、実際に何度かトライもしてみましたが、現実的にはほぼ無理だというのが結論でした。

 レースの戦い方も、自分たちが持っているバイクの性能を最大限に引き出すことが時間的にもどんどん厳しくなり、結果的に予選が厳しくなってレースも厳しくなる、ということになってしまいます。だから、今年は去年の反省を踏まえて、レースフォーマットに合わせた戦い方や開発にしていかなければなりません。それが23年のレースフォーマット変更から学んだことですね」

―レースフォーマットに合わせた戦い方は、ある程度見えてきたのですか?

桒田「我々には4人のライダーがいますが、これまではどちらかというと各チームごとに作業を進めていたために、データ活用などもうまくリンクできなかった側面も否めません。しかし、これからは4人のライダーにうまく割り振って、予選までにマシンのポテンシャルを最大限に引き出す、という取り組みかたにしてゆきます。そこは今までとは変わってくるところですね」

―たとえばドゥカティの場合は、サテライトチームを積極的に実戦開発に活用して新しいパーツを積極的に投入し、その結果を見てファクトリーチームでも試す、という進めかたをしているようです。日本のメーカーの場合は実績のあるものをサテライトに投入し、最新パーツはファクトリーに投入する方式だったと思うのですが、Hondaは今後、LCRをもっと積極的に活用していくということでしょうか?

桒田「じつは我々も、昔から積極的にサテライトチームに投入してきたんです。ではその頃と何が変わったのかというと、まさに成績が影響しているからです。2019年までの我々は、今の話にあったことを実施できていました。カル(・クラッチロー)がいた頃は、彼が先に試して、その後にマルクとダニ(・ペドロサ)に投入する、といったことをやっていました。ところが、成績が低迷すると結果が当然求められるようになり、優先するのはどうしてもファクトリーチームから、というふうに、そこの順番が変わっていきました。一昨年はレースウィークでまだなんとか工夫できていましたが、去年はもうまったく無理だった、というのが現実です。その現実を認めたうえで、これからはやり方を変えていかなければならない、と認識しています」

―日本メーカーの陣営で走るライダーたちはおしなべて、「ヨーロッパ的なアプローチをもっと取り入れていってほしい」と、とくにこの数年は口にするようになりました。彼らの言う「ヨーロッパ的なもの」とはつまり、どういうことだと考えていますか。

桒田「安全確認の慎重さに対する考えかたは、ヨーロッパメーカーと我々で違うところがあるのかもしれないし、それが部品投入のスピードに関係しているのかもしれません。また、ものづくりに関しても、日本とヨーロッパを比べると、たとえば日本の国内である特定技術を持った企業が2社しかないとしても、ヨーロッパの場合だとEU全域が対象地域になるので対応できる企業数も多いだろうし、それがものづくりの迅速さにもつながってきます。さらには、レースの文化的側面も含めて、日本にはないリソースや情報がヨーロッパには潤沢にあるのかもしれません。我々もそういったものを積極的に活用していくアプローチで、スピードアップに繋げていきたいと考えています」

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―2024年からマルケス選手がいなくなる影響は、やはり大きいと思いますか。

桒田「もちろん、小さくはないです。だからといってマルクがいなくなったことに頭を抱えていてもしようがないし、むしろHondaを去って失敗したと彼に思わせるくらいの強さを発揮することが我々の目標です。じっさいにマルクとも『2024年はあなたと戦って倒すことが我々の目標だから、ガンガン攻めていくよ』と話しましたよ」

佐藤「我々にしてみれば簡単な話で、要はライバル陣営のハードの性能を超えればいいだけのことなんです」

―対戦相手の性能を超えるという話題でいえば、2024年のHondaにはコンセッション(優遇措置)が適用されます。この適用でエンジンのシーズン中アップデートや開発ができることになりますが、これは従来よりも多くの作業工数が必要になるということでもあるわけですね。予算と人員は、今までよりも大きく投入するんですか?

桒田「それはもちろん、我々にできることはすべてやる方向です。だから、今までにないくらいのリソースを投入して取り組んでいくつもりです」

―予算も人も?

桒田「リソース、というのは両方ですよ(笑)」

佐藤「オールホンダで取り組みます。そこが、ある意味ではホンダの強みでもあります。四輪にもジェットにも、いろんなところに人材はいますから」

―コンセッションの活用で、2024年じゅうにトップ争いをするレベルまで復帰することは可能だと思いますか。もしくは、24年のコンセッションを踏まえて、中長期的に戦闘力の復帰を目指していくのでしょうか。

佐藤「戦う以上は当然、負けると思っていませんし、チャンピオンを目指しています」

桒田「コンセッションはシーズンの半ばで一度見直されるじゃないですか。だから、シーズンの半分まで来たときにコンセッションがなくなるのが、我々がまず目指すべきことです。だから、そこまでにできることをいかに迅速に進めてゆき、そのタイミングでコンセッションから抜けること。それが我々のターゲットです。コンセッションから抜けることができていれば、結果的に上位争いもできているはずです」

―昨年末のバレンシアテストでは、2024年型のRC213Vは8kgくらい軽くなっているという噂を聞きました。8kg軽くするのは尋常なことではないと思うのですが、そんなことってありえるのでしょうか。

桒田「あるかもしれませんよ、すごくデブのバイクなら(笑)。そのような噂は、えてして数字だけがひとり歩きして尾ひれがつきがちですが、ただ、軽いことはレーサーにとって何ひとつ悪いことがないんですよ」

佐藤「物理的にいえば、絶対に軽い方がいいんです。軽いことは正義ですから」

桒田「バイクを軽くしていくことは大事な要素なので、我々もそこは重要なポイントのひとつになってきますね」

―たしかに、バレンシアテストでミル選手は「すごく軽くなって好感触だ」と非常にポジティブなコメントを述べていました。

桒田「軽い、という表現でいえば、もちろんマシン自体の軽さもあるんですが、ハンドリングもあると思うんですよ。去年のバイクはハンドリングが非常に重くて、切り返しが多いコースではライダーもフィジカル面が厳しく、我々もその点について彼らからたくさん指摘を受けました。そういったところも含めて改善を進めてきたのが、おそらくジョアンのそういった言葉にも繋がっているのではないでしょうか。だから、意味合いとしては両方が含まれていると思います」

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―もうひとつ気になっていたのが、去年のシーズン後半から適用されたタイヤの内圧規定違反です。多くの選手が違反警告を受け、2回目の違反で3秒加算のペナルティを受けた選手もいました。しかし、Honda陣営のライダーはマルケス選手がタイGPの決勝で警告を一度受けただけでした。レースのどこで争うかにもよると思いますが、Hondaにとってこのルールは予測と対応が可能な範囲だったんでしょうか?

佐藤「そこは、どこまでマージンを読むのか、ということ次第ですね」

桒田「たしかに、レース展開によって全然違ってきます。接戦の中で走るのか単独で走っているのかという状況次第でも左右されるファクターです。

 ただ、ルールはルールなのでやはり守らなければならないし、そのルールは何のためにあるのかというと、その規定値を下回るとバーストする可能性がある、という安全に関わることだからです。もしも我々がギリギリの設定をして、何らかの理由で内圧が低くなったためにタイヤがバーストしてライダーが怪我をするようなことは絶対にあってはならない。だから我々は、このルールは安全のためにもしっかりと守らなければならないと考えています。それにそもそも、ペナルティが適用される前から我々はこの適正範囲を外すことは滅多になかったんです。だから、このルールが始まったからやっているわけではなくて、昔から我々のやり方は変わってないんです」

―つまり、充分に遵守可能なルールで、予測不能な不確定要素に左右されるものではない、ということですか。

佐藤「ないですね」

桒田「結果的に、違反にひっかかってない選手もいるわけです。だから、けっしてできないことではないと思います。規定内圧を下回るメリットもひょっとしたらあるのかもしれませんが、安全性を考えるとそこは狙ってはいけないところなのではないか、というのが我々の考えですね」

(インタビュー・文:西村 章、取材協力:本田技研工業)

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/01/19掲載