日本GP後の10月4日(水)、マルク・マルケスは翌年にホンダを離れると明らかにした。2013年にRepsol Honda Teamから最高峰クラスデビューを果たしたマルケスは、これまでに6回の世界タイトルと59勝、101表彰台を達成している。2024年の彼の移籍先はグレシーニレーシングで、単年契約だと言われている。その発表は今週にも行われると思われるが、いずれにせよ、この移籍はかつてバレンティーノ・ロッシが2004年にホンダからヤマハへ移ったたことに匹敵するほどの大きな出来事といえそうだ。そこで、ドゥカティ・コルセを率いるジェネラルマネージャーのジジ・ダッリーニャに、今回の出来事について話を訊いた。
■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章 ■写真:Ducati/MotoGP.com
―ジジ、ホンダからマルケス選手を獲得するのはどれほど困難なことだったのですか?
今回のことはすべて、グレシーニの人々が成し遂げた事業です。ドゥカティが何かをしたわけではありません。
―とはいえ、マルケス選手とはきっと最近、直接に話をしたのでしょう?
そうですね。マルクとはいろいろなことを話し合いました。
―交渉がスタートしたのはいつ頃なのですか?
それほど前ではありません。ひとつハッキリさせておきたいのですが、今回のことはべつに私のアイディアではないんですよ。そうではなくて、ライダーと交渉しようと決めたのはチームの側なんです。すべてがクリアになった現在、とても速いライダーが我々のバイクに乗ってくれることを、私としては非常に光栄に感じています。
―今やドゥカティは、強いライダーたちの大半を自陣に抱えることになりました。チャンピオンシップはさらにワンメークのような状態になって面白くなくなるのではないか、という声も少なくないようです。
今シーズンのペコとホルヘの激しい戦いは、とてもエキサイティングじゃないですか。それは声を大にして言いたいですね。来シーズンも、いい戦いがいくつもあるでしょう。平板なチャンピオンシップにはきっとならないと思います。
―ドゥカティに乗るマルケス選手を早く見たいですよね。
もちろん。今まで何勝も挙げてきたライダーで、史上最も際立った人物のひとりですから。そこに異論のある人はいないですよね。
―マルケス選手がドゥカティに乗ると、あっという間に他の選手たちを圧倒してしまうのではないかと思う人も多いようです。
ドゥカティには優秀なライダーが多く、数々の偉業を達成しています。ほぼ毎戦コースレコードを更新する勢いなので、我々が素晴らしいライダーたちに恵まれていることをほんとうにうれしく思います。
―プラマックもマルケス選手獲得に動いていたようですね。
それもありえたのかもしれませんね。
―マルケス選手は1年契約ですよね。
そうだと理解しています。契約先はドゥカティではなく、グレシーニレーシングです。
―2025年にマルケス選手がドゥカティの機密を持って他陣営へ移ることが心配になったりはしませんか?
ヨハンは来季ホンダへ移ります。それと同じことですよ。彼が蓄えている情報や知識は当然、彼とともに移動します。知識の移転は常に発生します。ヨハンがドゥカティに移籍してきたとき、彼はそれまでの経験と知識を持って我々の陣営へやってきました。それを元に、我々は彼と仕事を進めてきました。つまり、そういったことも含めての勝負だということです。
―そういえば、ドゥカティからKTMへ移った技術者たちもいますね。
我々にとってはあまり喜ばしい話ではありませんけれどもね。
―マルケス選手は彼のスタッフを伴ってグレシーニにやってくるのでしょうか。
いや、彼はひとりでやってくると聞いています。グレシーニの人々はしっかりと仕事をしてくれており、ドゥカティの連携もうまくいっています。チームにはドゥカティ契約の人たちもたくさんいますしね。
―マルケス選手が来シーズン使用するバイクは、バニャイア選手やその他のファクトリーライダーたちが今年の最終仕様として走らせるものになるのですか。
最終仕様にするのか、それとも最終バージョン前の仕様にするのか、ということについてはまだ検討中です。しっかり検討して評価をしたうえで判断したいと思います。サテライトチームに問題のある仕様を供給するわけにはいきませんからね。これに関しては、近々決定するつもりです。
―一部の報道では、バスティアニーニ選手をグレシーニに降格させてマルケス選手をバニャイア選手のチームメイトにするのではないかという推測もあるようですが。
それはまったくの的外れです。
―バスティアニーニ選手はインドネシアで復帰するのでしょうか。
そうなってほしいですね。エネアとは頻繁に連絡を取り合っていますが、日々体調は良くなっているようです。
―マルケス選手はすぐに優勝争いをできそうですか?
過去の実績を振り返ると、実際にそういうことを成し遂げてきた選手ですからねえ……。
―タイトル争いも可能でしょうか?
ベゼッキも昨年仕様のバイクでタイトル争いに絡んでいますから、マルクなら充分に可能でしょう。もちろん、彼次第ではありますけれども。
―マルケス選手が加わることで、今のバランスが危うくなる可能性は?
そこは確かに少し気になることでしっかりと対応すべきことですが、我々は個性豊かで強力なライダーたちをうまくマネージメントしていくことができると思っています。マルクがやってくる以前から、ドゥカティはチャンピオンに対してきっちりとした対応をしています。そこにさらにひとり、何度も世界タイトルを獲得してきた個性的なライダーが加わるわけですが、我々は対応の仕方を充分に心得ています。
―ところで、そろそろ明かしていただけるのではないかと思うのですが、ホンダからあなたに対して雇用の打診があったのですよね?
何というか、ああいう状況ではそのようなことが起こるのはままあることだろうと思うのですが、まあ、ちょっと話はしました。
―魅力は感じましたか?
私はドゥカティで快適に過ごしています。我々が皆さんから目標として捉えていただくようになるまで、それこそ大変な努力を積み重ねてきました。なので、今ここを去るのはおそらく賢明な判断ではないと思います。一方では、ここでなすべきことはひとまず達成した、ということも事実です。勝てるようになるまでの厳しい道のりは、踏破しました。もちろん、ホンダで挑戦することはとても面白そうだし、大きな挑戦でもあるでしょう。とはいえ、難業を達成したあともここで引き続き仕事を継続する方が理にかなったやり方だと私は思います。
―それでもホンダから声がかかるのは、喜ばしいことではありますね。
私はホンダに対して絶大な敬意を抱いています。だから、本当にうれしく思いました。
―では、最後に今年のタイトル争いについて聞かせてください。シーズンは残すところ6戦です。
ペコとホルヘは、ここまで素晴らしい戦いを繰り広げてくれています。スポーツの醍醐味に充ちた両雄のこの対決を、最後まで続けてほしいですね。
―バニャイア選手はナーバスになってきましたか?
そんなことはありませんよ。ペコはプレッシャーが大きければ大きいほど強さを発揮する選手です。昨年がまさにそうでしたよね。これからのレースでは、今までにないほど最高のペコを見せてくれるものと期待をしています。
―マルティン選手も大きな成長を見せていますね。
ホルヘは、ライディング技術という面で大きく成長をしています。昨年は厳しい面もあったのですが、なによりレースマネージメントという点で成熟してきたと思います。
―ベツェッキ選手は、現状ではこのふたりから少し引き離されています。
ポイントではまだそんなに離れていませんが、ペコとホルヘはファクトリーバイクなので、私見ではそこがふたりに有利になるかもしれません。
―今シーズンの現段階で、バイクの差は大きいのでしょうか。
それほどでもないですね。とはいえ、たとえばスタートデバイスなどいくつかのパーツはファクトリーバイクが有利なのも確かです。
(■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章 ■写真:Ducati/MotoGP.com)
【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。