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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Aprilia/Ducati/KTM/VR46/Yamaha/Honda


  
 それにしても、MotoGP第9戦イギリスGPは、土曜のスプリント・日曜の決勝ともに、現在のMotoGPの勢力構図をみごとに象徴するレース内容と結果でありましたね。

 朝からぶしゃぶしゃに雨が降った土曜のスプリントはA・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)が一等賞、M・ベツェッキが二等賞(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)、M・ヴィニャーレス(Aprilia Racing)が三等賞。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
 日曜の決勝レースでは、4~5台のトップグループが最後まで緊迫感のある争いを続け、アレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)が今季初優勝。中段グリッドからの追い上げと、安定感のある勝負見極めと最後の仕掛けがホントに見事でした。いや参りました、という圧巻の走りでしたね。2位はチャンピオンのペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。スプリントは残念な結果に終わったものの、決勝では序盤からレースをリード。最終盤の兄エスパルガロとのバトルに敗れたとはいえ、王者の貫禄を感じさせる高水準の駆け引きでした。

 そして3位はB・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)。中盤あたりの展開では「優勝争いまでは難しいのかな……」と思っていたら、何のことはない、最後にキッチリ追い上げて優勝争いを射程距離に入れてしまうところなんざ、バイクの素性の良さとライダーの自信が相俟って、トータルパッケージとして高い戦闘力を発揮していることがとてもよくわかりました(小並感)。

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……というか、勢力構図を象徴するもなにも、強いライダーと陣営がその力を存分に発揮して優勝を争い、一方で迷走している陣営がその抱える問題ゆえに低位でくすぶるのは当然の話で、見たまんまの結果が今の力関係、というだけのことなのでしょうが。

 ところで、これをお読みいただいている皆様はひょっとしたら御存知かもしれませんが、このイギリスGPが開催された週末、わたくしは鈴鹿サーキットで8耐を観戦しておりました。いやあ、それにしても8耐ってやはりいいものですね。何回観ても、つくづくそう思います。今回、鈴鹿にいたのは、HRC社長・渡辺康治氏の独占インタビューのアポを取れたから、ということも大きな理由だったのですが、そんなわけでMotoGP決勝レースの攻防は、8耐のゴールと優勝式典、それに続く記者会見が終わったばかりのプレスルーム全体がわさわさした雰囲気のなか、PCで8耐関連の原稿を書きつつ、その隣に置いたiPadにMotoGPの決勝レース動画を映してiPhoneのアプリでラップタイムをチェックする、という、おそらくこれをお読みの皆様と同じような観戦環境でレースを見物しておったわけです。したがって、今回はいわば、「感想戦」めいたものになってしまうのですが、そこはヒラにご容赦を。

 というわけで灼熱の鈴鹿にいながらシルバーストーンの冷えて荒れ気味の天候を画面越しに眺めると、あちらとこちらの異世界感はひときわきわだつものですね。シルバーストーンはロンドンから100kmほど北東方向に位置しているわけですが、御存知のかたは御存知のとおり、夏の真っ盛りであろうがなんであろうが、冷えるときは冷えるんですよ。サーキットからホテルに戻って部屋の暖房を入れる、なんてわりといつものことで、そうかと思えば日本と同じかそれ以上にキンキンに強い日差しが照りつけることもあって、そのヘンのひねくれた予測のつかなさがいかにもイギリスのイギリスたる所以。

#イギリスGP

 
 イギリスといえば、近年ではブレイディみかこ氏の著作がその国の様相をじつによく伝えて人気ですが、少し古いけれどもリンボー先生こと林望氏の『イギリスはおいしい』とその続刊シリーズも、彼の国の様子をとても生き生きとよく伝えてくれる名著でありますね。そういえばR・D・ウィングフィールドの人気ミステリ、フロスト警部シリーズでも、「まるでシルバーストーンでレースをしているような云々……」というなにげない比喩が登場して、英国レース文化の浸透を強く感じさせる箇所があったように記憶しています。どの作品だったかは忘れたけど。

 さて、それはともかくシルバーストーンのレース結果に話を戻すと、今大会はアプリリア陣営のレベルの高さがとてもよくわかった週末でありました。決勝のリザルトは、優勝、4位(ベストインディペンデント勢)、5位、10位、と陣営の全員がトップテンフィニッシュを果たしており、土曜スプリントでもキッチリと3等賞を獲得。ただ、フルウェットコンディションでの安定感では、ドゥカティのほうにまだ一日の長があるようにも見えるので、死角のない強さを発揮するためには、そのあたりが今後潰しこんでいく課題のひとつなのかもしれませんね。

 また、今回はドライコンディションのセッションが低い温度条件で推移したことも、ひょっとしたらアプリリア勢には有利に働いた側面もあったのかもしれないと感じました。昨年も兄エスパルガロはシーズン序盤から高い戦闘力を発揮して、秋口まではチャンピオン争いに食い込む走りを続けていたけれども、温度条件が極端に高い場所でのレースが続く後半戦では厳しい戦いを強いられて、そのあたりの耐久性とパフォーマンスの保証が課題だ、とよく口にしていました。今年のRS-GPは、その課題についてどのような改善を果たしているのかは、シーズンが大詰めにさしかかる東南アジアラウンドなどでハッキリしてくるでありましょう。と、それをひとまず措くとしても、今回のイギリスGPで見せたパフォーマンスは、総じてじつにお見事、のひと言に尽きますね。

 ウェットコンディションや、その濡れた路面が徐々に生乾きになっていく難しいコンディションでのコントロール性は、やはりドゥカティが優れているようですね。つまり、バイクからライダーへのインフォメーションがそれだけ繊細で豊富、ということになるでしょうか。

 さらに、今回のスプリントでマルケス弟とベツェッキが優勝争いを繰り広げたことからもわかるように、ドゥカティのデスモセディチGP22は昨年型マシンとはいえ、いまも依然としてライバル陣営と互角以上に戦える性能を持っており、この事実を見ても彼らの開発水準の高さがよくわかります。

#イギリスGP
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 で、日本メーカー勢になるわけですが、土曜スプリントでは全員がポイント圏外。日曜の決勝はF・モルビデッリ(Monster Energy Yamaha MotoGP)とファビオ・クアルタラロ(同)が14位と15位。ホンダ勢は全員ノーポイントで、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が16位、負傷中のアレックス・リンスの代役として参戦したイケル・レクオナ(LCR Honda CASTROL)が17位。Repsol Honda Teamのマルク・マルケスとジョアン・ミルはともに転倒リタイア。いまさら口に出して言う必要もないのかもしれないけれども、ほんとうに状況は深刻であります。

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 このMotoGP決勝レースの数時間前に、日本の鈴鹿8耐ではHRCが圧倒的な強さを見せて優勝したわけですが、それとこのシルバーストーンの結果のなんと対照的なことか。MotoGPのリザルトを見ると「どうするんだよこれ……」と思わざるを得ないのですが、そのあたりについては上で紹介したHRC渡辺社長のインタビューをご覧いただくとして、この8耐とMotoGPの激しい落差を観ていると、鈴鹿入りする前日の水曜夕刻に、全く別件の用事で話を伺った神奈川大学教授・大庭三枝氏とNHK報道局・別府正一郎氏の会話を、ちょこっと思い出したりもしました。

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 おふたりにはウクライナ戦争とグローバルサウスに関する事柄をいろいろと聞かせていただいたのですが、その中で印象的だった話題のひとつは「日本はこの数年で一人当たりGDPが大きく低下しているとはいえ、日本国内にいる限りでは非常にコンフォートレベルが高い。そのコンフォートレベルの高さに満足して外を見ないままずっと沈んでいっても困るので、もう少し外の世界に向けて国際秩序への貢献を真剣に考えてほしいし、日本経済を外に広げていけるような努力もしてほしい」という指摘でした。なんというか、二輪モータースポーツの現状を考えると非常に示唆的な言葉だったな、と、鈴鹿とシルバーストーンのふたつのレースを観終えて改めて思ったりもした、そんな週末でした。

 というわけで、今回の感想戦は以上。次の第10戦はオーストリア・レッドブルリンク。では赤牛弥五右衛門によろしく。

(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Aprilia/Ducati/KTM/VR46/Yamaha/Honda)


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


[MotoGPはいらんかね? 2023 第8戦 オランダGP|第9戦 イギリスGP|第10戦 オーストリアGP]

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2023/08/11掲載