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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:Ducati/VR46/Aprilia/KTM/Honda/Husqvarna Motorcycles


  
 チャンピオンライダーのペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)がシーズン4勝目。ドゥカティは前半戦8戦中7勝。2位はマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team / Ducati)。3位は、レース開始直後に他車との接触でフロント右側ウィングを損傷しながらも、技術と根性で最後まで粘りを見せたアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)。

 そして2023年前半戦を終わってみれば、ドゥカティは2021年アラゴンGP以降の連続表彰台登壇記録を34に更新。しかも、今季前半戦48表彰台(スプリント&決勝)のうち34個を獲得、という圧倒的な強さ。要するに、TTサーキットアッセンのスプリントと決勝は、今シーズンの趨勢をまさに象徴するリザルトになった、というわけですよ。ちなみに、他陣営の前半表彰台獲得数はというと、KTMが7、アプリリアが2、ホンダが3、ヤマハが2。4チーム8台という勢力の大きさもさることながら、ドゥカティの表彰台占拠率70パーセントという数字は、やはり圧巻というほかない。

 それにしても、今回の勝利を含むここ数戦のバニャイアからは、王者の風格が漂いはじめたような感もある。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
「今日は本当に厳しかった。レースが始まるときは、自分のペースが遅いように感じていたので、ヒヤヒヤした。走り始めてみると、皆が同じようなペースだった。今日はとても暑く、路面温度は51℃もあって、狙いどおりに攻めるのは難しかった。タイヤも限界気味で、周回ごとにペースを落として、差が0.9秒になったところで後方との差のコントロールに入った。(タイヤの)右側が厳しくて、旋回速度を稼ぐのが難しくなったけれども、とてもハッピーな結果になった」

 と、このレース展開を説明する言葉の端々にも、余裕のようなものがうかがえる。

 2位のベツェッキは、土曜のスプリントで一等賞を取ったものの、日曜の決勝ではバニャイアにわずかに及ばなかった。

「(レース後半に)ペコとの差を縮めようとして少し攻めてみたら、リアに挙動が出始めた。特に高速コーナーでは大きくリーンできなかった。幸い、うまくマネージできてなんとかなった。できるかぎりのベストを尽くしたので、今日はとても良かった」

 アッセンは、子供の頃にレースを見に来た場所で、そこで自分が表彰台に登壇できたことがうれしい、とも述べた。

「以前にも話したと思うけれども、子供時代にスタンド席から自分のヒーローたちを見ていたその場所で、今こうして多くの優れたライダーやチャンピオンたちとレースをしているのだから、ホントに素晴らしいことだと思う」

#72
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 ロードレースの大聖堂と言われるだけあって、このTTサーキットアッセンは独特の雰囲気がある。コースレイアウトそのものに公道レース時代の面影はもはやないけれども、ここの歴史と伝統をよく知る大勢の観客が〈TTウィーク〉と言われた雰囲気を今に伝える大きな役割を果たしているのだろう。お客さんたちもレースの重要な要素であることは、ここアッセンやスペイン・ヘレスを見ているととてもよくわかる。オランダにおけるアッセンとは、日本で言えば岸和田のだんじりや浅草三社祭のような、その土地の風俗と密接に関わった〈ハレ〉の場なのでしょうね。

 さて、今回の3位争いにはちょっとしたドラマがあった。3番手でゴールしたブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)が、最終ラップのシケインでコース走行可能箇所のトラックリミットを超えてグリーン部分を踏んでしまったために、ゴール後に1ポジション降格処分を受け、これによって兄エスパルガロが3位へ繰り上がることになった。

「つまらないミスで表彰台を逃してしまったブラッドはかわいそうだけど、これもレースだからしかたない。とても厳しいレースでブラッドをオーバーテイクできそうにないことはわかっていたし、立ち上がりの加速でもついていくのが難しかった。だから、できる限り後ろに張り付き、彼を限界まで攻めるように仕向けてミスを誘った。結局、ブラッドは少し早くスロットルを開けようとして、ミスをすることになった」

#41
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 ビンダーは土曜のスプリントでもグリーンを踏んでしまい、3番手でゴールしながらゴールタイムに3秒の加算をされて5位に降格、という失策を冒している。

「今日は、最終ラップまですごくいいレースをできたと思う。それだけに、チームには本当に申し訳ないことをした。とてもがんばっていい仕事をしてくれたのに、表彰台を2回も逃すことになって、皆の努力を台無しにしてしまった。次のシルバーストーンでなんとしても挽回したい」

 と、チームに対してひたすら平身低頭で、自らのミスが招いた結果にはまことに慚愧に堪えない、といった様子。

 この悔しさと辛さ、ライダーならずとも身にしみてよくわかる、と感じる人も多いのではないでしょうか。長い人生ではこういうこと、たしかにありますよね。

#33
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 このトラックリミット超過案件については、じつは今回のMoto2クラス決勝でも似たような出来事があった。ペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)がレース中にロングラップペナルティを実施した際、走行ラインを超えてグリーンを踏んでしまった瞬間を目撃された方も多いことだろう。この模様は映像にもしっかりと記録されている。このように、コースをはみ出した場合はLLPを完遂していないと見なされ、さらにLLPを実施するか、残り周回数が少ない場合には別途ペナルティを科されることになる。これはまさに今回の土曜スプリントでビンダーに科された処分で、レースタイムへ3秒加算されたことで、3番手ゴールにもかかわらず5位という結果になった。少し前の2021年のスティリアGPでは、小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)がLLPの際に白線を踏んでしまい、結果順位に影響はなかったものの、レースリザルトに3秒加算されるという出来事もあった。

 ところが、今回のアコスタに対しては、なぜか処分が科されなかった。2年前の小椋や土曜のビンダーのようにレースタイムに3秒を加算されれば、アコスタは5位で終えていたことになる。ペナルティを科されなかったアコスタ自身にしてみれば、儲けものの表彰台になった格好だ。MotoGPレーススチュワードは、この結果に対して何の公式コメントも発表していない。ルール適用と裁定処分に一貫性がないことは以前から指摘されてきたが、それが今回もまた露見したわけだ。MotoGPレーススチュワードは自らの無謬性に対しては断固として譲る意志がないようだが、これは大いに批判されてしかるべき独善というほかない。ルール適用に一貫性がないところだけはいつも終始一貫している、というじつに情けない体たらくである。

 閑話休題。

 Moto2に話を戻せば、今回は小椋藍が2位表彰台を獲得した。

 開幕前に手首を負傷して序盤戦は欠場したため、復調を果たすまでにやや時間はかかってしまったが、土曜の予選では昨年来の高い安定感を発揮してフロントロー3番グリッドを獲得。日曜の決勝レースでも序盤からトップグループで激しいバトルを繰り広げ、今季初ポディウム。シーズン後半戦は、持ち味のしぶとい強さと速さを発揮してくれることでありましょう。

#79
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 Moto3クラスでは、佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)が最後まで激しい優勝争いを続け、僅差の2位でゴール。これでフランス・ルマン以降4戦連続の表彰台。シーズン序盤はポイントを取り逃すこともあったため、ランキングでは少し離され気味だったものの、おしなべて常に上位を争いつづけて徐々に総合順位を上げ、現在は首位まで26ポイント差のランキング3番手。非常に良い位置につけており、サマーブレイク明けの後半戦も期待大、である。

#79
#71

 
 さて、MotoGPクラスに話を戻すと、日曜の午前にマルク・マルケス(Repsol Honda Team)に出場不適格との医師の診断がくだり、決勝レースを欠場することになった。このところかなり厳しい状態の続いている日本メーカー勢だが、なかでもマルケスは前回のドイツGPでも3日間で5回転倒。今回の週末も、金曜午後はフロントを切れ込ませてあっさり転倒。このときは、グラベルで立ち上がるとバイクを見向きもせずに歩き去って行った。また、土曜の予選ではエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)に後ろからぶつかるという出来事もあった。

 連戦での度重なる転倒で身も心も満身創痍状態のマルケスは、この土曜の転倒で肋骨の負傷を悪化させたようで、現地時間正午頃に行った会見では、土曜夜は痛みで寝つくことも難しかったと述べた。

 マルケスの前にはチームマネージャーのアルベルト・プーチも会見を行い、決勝レース欠場に至った理由とともに、現在のホンダはライバル陣営から大きく後れを取っているため、2ヶ月のサマーブレイクという短期間で一気に巻き返すだけの何かを掴むことはかなり難しいだろう、とも正直に話している。つまり、ホンダがかつてのホンダらしい強さを取り戻すまでにはある程度の長い時間が必要だろう、というわけだ。

#93
#93

 
 その質疑応答の場で、プーチは苦戦を強いられている理由について、概要として以下のような見解を述べている。

・日本メーカーは元来あまり激しい変化を好まず傾向としてはコンサバティブだったが、ここ数年はかなりのリスクを取るようになった。リスクを取るということは失敗を犯すということでもある。

・欧州にいるよりも、日本にいるほうが物事への対応は時間がかかるものなのかもしれない。アプローチを変えて、従来以上に迅速に対応していくほうがいいのかもしれない。

 いずれも、ここ数年の日本企業勢の苦戦を説明する際によく指摘されてきた項目だ。

 これらのプーチの指摘はあくまで彼の私的見解だろうし、チームの中にいて感じてきたことでもあるのだろう。たしかに、新型コロナウイルス感染症が蔓延した2020年以降しばらくは、日本人技術者たちの日欧間移動が厳しかったのも事実だ。この時期、欧州メーカー勢のほうが情報収集やテストチームとの協働、物資の配送などを含め、たしかに日本メーカーよりも有利だっただろう。

 ただし、その移動制限が厳しかったまさに真っ最中の2020年にチャンピオンの座を獲得したのはジョアン・ミル(スズキ)であり、翌2021年はファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)がタイトルを獲ったことを考えると、とくにこの2年、日本企業が欧州企業にどうしようもないほどの後れを取って苦戦を強いられているのは、レース現場とファクトリーの本拠が地理的に離れているため、ということが大きな理由ではなさそうにも思う。意志決定に時間を要するのは、もっと別の、ひょっとしたら日本企業におしなべて共通するなにか構造的な問題なのではないか。

 かつて、ダビデ・ブリビオがスズキのチームマネージャーだったころ、彼からこんな話を聞いたことがある。

「ヤマハで長年仕事をしてきたから、欧州企業の場合だと意志決定まで2ステップ程度のものが、日本企業の場合には3ステップも4ステップもかかることはよくわかっている。朝に出社して数時間で決定する欧州方式と、稟議を回して最終決定まで何日もかかる日本方式はそれぞれに長短があるけれども、日本企業の意思決定プロセスとはそういうものだ、とこちらが理解してものごとを進めていけば、様々な交渉ごともよりスムースに進むものだ」

 そして、スズキレーシングカンパニーができたことで、以前なら4ステップほどかかっていた意志決定プロセスが半分くらいに短縮できるようになった、とも述べていた。

 とはいえ、ホンダもヤマハも何十年もグランプリを戦ってきた経験があり、何度も世界の頂点に君臨してきた企業だけに、迅速な意志決定の重要さなど、ここで訳知り顔の素人に言われるまでもなく充分すぎるくらい知悉しているだろうし、豊富なノウハウも蓄積しているだろう。だが、それでもおそらく、現在の彼らは欧州企業勢と比べて、意志決定に時間を要し、組織としての機敏な動きが難しくなっているのかもしれない。

 さらにいえば、これは年末年始のシーズンレビュー「行った年来た年MotoGP」でもここ数年ずっと指摘してきたことだけれども、かつて不等間隔爆発やクロスプレーンクランクシャフト、ニューマチックバルブ、シームレスシフト等々、自由な発想に支えられた先進的なイノベーションが、ここ10年ほど日本メーカーからは出ていない。近年のMotoGPを牽引する技術的トレンドはすべてドゥカティ発、といっていい状況だ。そこにも、何かのカギがあるのだろう。

 栄枯盛衰は世の習い、とはよく言われることで、現在の圧倒的に見える勢力差も、いずれはパワーバランスが大きく変わるときがやってくる。その変化は、誰もが見逃すようなチョウのごく小さな羽ばたきが少しずつ積み重なって、やがて大きな力の波へと成長してゆく。その小さな羽ばたきはすでに起こっているのかもしれないし、ひょっとしたらその羽ばたきを起こすことが、じつはとてつもない難業なのかもしれない。

 第9戦イギリスGPは、5週間のサマーブレイクを挟んで8月上旬の開催。さて、どうなりますやら。

 
(●文:西村 章 ●写真:Ducati/VR46/Aprilia/KTM/Honda/Husqvarna Motorcycles)

#オランダGP


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/06/26掲載