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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:Ducati/KTM/VR46/Aprilia/Pramac Racing/Honda/Husqvarna Motorcycles

  
 第10戦オーストリアGPの舞台レッドブルリンクは、KTMのお膝元である。ここでKTM勢が初めて勝利を挙げたのは2021。ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)が、フラッグトゥフラッグの展開を巧みに制したクレバーな勝利だった。また、当地では過去に何度も、ゴール直前まで熾烈なバトルが続いてコンマ数秒の僅差で雌雄が決する、というレース展開がいくつもあった(20172018、2019)。

 しかし、今年のMotoGPクラス決勝はというと、シーズンの趨勢をまさに象徴するような展開で、ポールポジションからスタートしたディフェンディングチャンピオンのフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)がホールショットを決めると、後ろのビンダーを周回ごとにじわじわと引き離して一度も前を譲らず、最後は5秒差で圧巻の勝利。シーズン5勝目を達成した。バニャイアは土曜のスプリントでも独走で、こちらも今季4回目の一等賞。獲得ポイントではランキング2位のホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing・Ducati)に62点差を開いた。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
 今シーズンは全20戦が予定されており、しかも土曜スプリントで優勝すると12ポイントを加算できる。残り10戦の土日で全勝した場合は370ポイントを獲得できる計算になるため、シーズン折り返しにさしかかった現時点での62ポイントは、まだいくらでも逆転可能な数字のようにも見える。しかし、現在のバニャイアの死角がほぼ見当たらない〈競ってよし引き離してよし〉のレース内容を見ていると、シーズンの流れはもはや確定路線を着々と消化しているような感もある。このゆるぎない安定感は、1990年代にミック・ドゥーハンとNSR500が連勝街道を驀進していたあの頃の無敵っぷりも髣髴させる。

 で、今回の内容はというと、土曜のスプリントと日曜の決勝で、バニャイアはともにバツグンのスタートを決めて、その後は高い安定感を発揮しながらあっさりと独走態勢に持ち込む、という展開だった。

 山肌にペタッと貼り付けたようなレッドブルリンクは典型的なストップ&ゴータイプのレイアウトで、スタートラインから急峻な上りで1コーナーに入ってタイトに右へ曲がり、高速で軽く左へ傾く2コーナーを経てコース全体の最高地点3コーナーでぐっと右へ旋回したあとは、短い直線とコーナーを繋ぎながらメインストレートまで高度を下げてゆく。このレイアウトでのフロントタイヤの過熱や立ち上がり加速、といった要素を勘案すると、レース序盤にいい位置につけていなければ、今のMotoGPでは中盤以降の追い上げやポジションアップはなかなかに難しい。

 そのようなサーキットで、スタートから圧倒的に有利な展開へ持って行ったバニャイアが終始優勢に進めたのは、ある意味で必然の結果ともいえる。で、このバツグンのスタートだけれども、土曜のスプリントで圧勝を決めた後に「この週末はスタート用の新しいモノが入っているので……」と述べていたのだが、それが果たしてクラッチ周りの何かなのか改良デバイスなのか、あるいは電子制御面での改善なのか、という詳細については「あー、それは目に見えない部分。見てもわからないところ」というに留めた。  

 日曜の決勝レース後には、以下のようにさらに少し詳しく話している。

「スタートについては、バイクに何かしら入っているのは確かなんだけど、それはぼくがまず最初に説明するのではなく、ドゥカティの誰かに話してもらうほうがいいと思う。加速の最初の部分で助けになってくれるもので、皆の加速がすごくアグレッシブな分、今まではそこで損をしていた。カーボンのクラッチだと、この種の加速はかなり難しいから。でも、その部分が良くなってだいぶ助けてくれている。両レースで勝てたのは、このスタートのおかげだと思う」  

 そう説明するように、この何モノかがおおいに効果を発揮したのは、土日両日の目が醒めるようなスタートダッシュが証明している。

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 このスタート改良とは別に、バニャイアとチームメイトのエネア・バスティアニーニは今回、フロントフォークカバーから伸びたウィングと、フロントブレーキキャリパーのマウント部分あたりからホイール下部に延伸する格好の空力パーツも使用している。このフォーク部分ウィングは、前戦のシルバーストーンでマルティンが先行トライしていたものだ。現代のMotoGPはまさに空力競争時代であることを改めて視覚的に再確認させる部品で、おそらくこれも他陣営が追随していくことになるのだろう(ちなみにアプリリアは、これよりもかなり短いものをポルティマオテストですでに実装済み)。

 それにしてもドゥカティは本当に次から次へと新しいアイディアを実現していくものだ。「アキレスと亀」のパラドックスではないけれども、よそが追いつけばドゥカティはさらにその先を行く、ということの繰り返しで、他陣営はこの力関係を一気にひっくり返す何かを導入しなければ形勢逆転はなかなかに難しいのではないか、と改めて思わせる部品導入でありました。

 2位に入ったビンダーは、ミシュランが今回のウィークに用意したリアタイヤのケーシングが自分たちには硬かった、とレース後に述べた。土曜のスプリント後には「シフトチェンジの際にスピンする。タイヤが新しいうちはまったく問題ないけれども、タイヤが減ってくるとスピンが激しくなる」と話し、日曜の決勝後にも「エッジグリップはいいけど、バイクを引き起こして加速するときにかなりスピンする」と同じ症状を述べた。

「それでも予選では昨年より1秒速かったし、バイクは長足の進歩を遂げているので文句は何もない。すべてがうまくいったのでスーパーハッピー」と満足げに振り返ったが、土日のレースをともに2着で終えることができたのだから、チームとメーカーに感謝を述べたくなるのは当然だろう。ちなみにビンダーは、2026年までのKTM契約延長を発表している。これもまた、ランキング4番手で陣営最上位、という彼の成績を考えると当然の結果だろう。

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 3位はマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。今回はチームオーナーのバレンティーノ・ロッシも会場入りしており、アカデミー出身のペコとベズが表彰台に上ったことで、チームとしてもアカデミーとしても最高の結果になった。しかも、アカデミー出身者という点では、Moto2でチェレスティノ・ビエティ(Fantic Racing)がクラス初優勝を達成している。さらにいえば、ドゥカティはこれで36戦連続表彰台。イタリア的には、ひたすら昂揚感と達成感に充ちみちた一日だったことだろう。

 ベツェッキに話を戻すと、来季に向けて明言は避けたものの、おそらくVR46への残留が濃厚な模様。準ファクトリーのPramacへ移るという話も取り沙汰されたが、このシートはおそらくフランコ・モルビデッリが獲得することになるのだろう。知らんけど。

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 さて、今回の週末では金曜からタイム、リズムともにいい走りを終始披露し、予選でも2番グリッドを獲得したマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Racing)だったが、土曜のスプリントと日曜の決勝はともにピリッとせず、それぞれ8位と6位という結果に終わった。

 両レースとも、スタート時に大きく出遅れて中段以降のグループに呑み込まれる格好になった。とくにスプリントでは、複数台が転倒する1コーナーの混乱で大きく順位を落とし、ほぼ最後尾近くから追い上げていく展開。それで8位に食い込んだのだからたいしたものだが、週末の好調さをこんな形で証明したくはなかっただろう。日曜もスタートで遅れを取って、トップグループから離れたところでの順位争いを経て6位のチェッカー。

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 土曜のスプリント後には、

「これがアプリリアクラッチの限界。 僕たち的には良いスタートだったけど、他の皆が速すぎる。 これだとはトップで戦えないし、その点は確かに良くないけれども、それ以外はスピードも発揮できたしリズムも良かった」

 と振り返り、スタートがアプリリアの最大の弱点、と話した。一方で、去年よりもブレーキングが大きく改善されている、とも述べた。

「10周少々の間で何人抜いたっけ。8人から9人くらいオーバーテイクしたんじゃない?」

「ブレーキでは何人抜いたか憶えていないけど、レースじゅうずっといい感じだった」

 土曜の結果を受けて、課題は明らかとはいえクラッチにメカニカルな対策ができるわけでもなく、日曜のレースでは制御を少し触る程度の変更を加えてみたものの、大きな改善は得られなかった、という。

「バイクの最大限を引き出したと思うし、その点では満足すべき結果だと思う。もちろん勝ちたいし、自分たちにはそれだけの力があると思っているけれども、この結果を受けて改善をさらに進めていきたい。このコースは理屈の上でも自分たちとは相性が良くなくて、ライバルファクトリー向きなので、モンメロやミザノに行けばもっといい結果を得られると思う。そのチャンスに向けて準備を進めたいし、どんどん攻めていける自信もある」

#12
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 今回のオーストリアGPウィークは、ヨハン・ザルコ(Prima Pramac Racing/Ducati)の去就にも注目が集まった。ウィーク前からLCR Honda行きが取り沙汰されていたが、日曜のレース後に、自身の口でそれを認めるコメントを発した。ドゥカティが提示していたのは〈1年のドゥカティ残留(Pramac以外のチームでバイクはGP23)+翌年のSBK転籍〉、LCRのほうは〈2年+1年のオプション、HRC契約〉という条件のようで、最強陣営とはいえ将来性に限定感のある条件を呑むか、あるいは現状で苦戦が続くホンダとはいえ安定した雇用条件を選択するか、という両天秤だったようだ。なんというか、まるで降格人事を内示された現職場に留まるか、冒険に近い転職に踏み出すかという狭間で悩む同僚から話を聞いているような、じつに身につまされる「人生の選択」である。

#ヨハン・ザルコ
#ヨハン・ザルコ

 
「Pramacに残ることができないのなら、たとえ現状で最強のバイクとはいえ他のチームで再挑戦することに気乗りがしなかった。どうせチームが変わるのなら、新しいプロジェクトに挑戦するほうがいい。しかも、2年が確保されている。33歳のスポーツマンとしては、これはちょっと検討する余地がある内容だ。この3年は、いつも1年契約で毎年毎年が勝負の連続だった。毎年5~6戦もすると、翌年残れるかどうかを心配しなければならなかった。だから、ホンダが関心を示してくれたことはとてもうれしく思っている」

「ぼくはまだまだ高い能力を持っているし、それを試すちょうど良い機会でもある。2年間が確約されているから肩の荷も下ろせるし、もう少し先を見据えて違うものを作っていこうという気にもなる」

 この情報を知った元LCR Hondaのアレックス・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)は「頑張ってね」と言って笑いを取ったあと、こんなふうに話した。

「彼の決断には心からの敬意を払いたい。そういう環境変化にはリスクもあるけれども、来年どうなるのかなんて誰にもわからない。いいマテリアルを得ることができるだろうし、ホンダがこの状況をどう変えていくかにも注目したい」

 また、今回の決勝レースを4位で終えたルカ・マリーニ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)も、ザルコの新たな挑戦にエールを贈っている。

「ホンダはいい条件を提示したのだろうし、そのチャンスを受けいれるのは正しい判断だと思う。ホンダはきっと復活する。1年だとまだその途中かもしれないけれども、非常に強いメーカーなのだから、2年のうちには今までになく強靱になっていると思う」

 さて、そのホンダ陣営では、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)が決勝レースを12位でフィニッシュした。マルケスが決勝でポイントを獲得するのは昨年のマレーシアGP(7位)以来、じつに301日ぶり。

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「今回はウィークを通じていろんなことを試した。走行のたびに違うバイクのような状態で、たとえば今朝のウォームアップでは大きく変えてみたけれど、それで最下位になったので(23名中22位)、この方向ではない、ということがはっきりした。決勝でさらに少し変えてみた。昨日のスプリントからは大きな変更で、ウォームアップとは反対の方向性だった。新しいエアロパッケージでバイクがだいぶ変わってしまうから、そうやって一歩ずつ、段階的に分析を進めている」

 総じて今回のレース結果を見ると、あと一ヶ月少々に迫った日本GPも、おそらく似たような週末になるのではないか、という予感もする。モビリティリゾートもてぎは、レッドブルリンクほどの激しい高低差はないものの、ともに典型的なストップ&ゴータイプのレイアウトで、シーズン中でも一、二を争うブレーキに厳しいサーキットだ。フロントタイヤのマネージや加速性の優劣が勝負に大きく影響するという点を考慮すると、「たぶん今回みたいなレース展開になるんじゃないのかなあ……」という気がしないでもない。とはいえ、レースは一戦一戦が別もので、まったく予想もしなかった様相を呈することも往々にしてある。なので、じっさいにどんな展開になるのかはフタを開けてみるまでわからないのですけれども。

 オーストリアGPの中小排気量クラスについても、言及しておきましょう。Moto2では小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が3位。ここに来て復調してきたことは明らかで、今後に期待。Moto3では、佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)が最終ラップの最終コーナーまで激烈な優勝争いを繰り広げて3位。スバラシいレース……とはいえ、いやじつに惜しかった。優勝したデニス・オンジュ(Red Bull KTM Ajo)からは0.119秒の僅差。んー。

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 次戦モンメロのカタルーニャGPにも期待をしましょう。気分はオコンコレ・イ・トロンパでよろしく。では。

 
(●文:西村 章 ●写真:Ducati/KTM/VR46/Aprilia/Pramac Racing/Honda/Husqvarna Motorcycles)


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/08/21掲載