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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:VR46/KTM/Gasgas/Aprilia/Honda/Yamaha

  
 1000GPだそうである。二輪ロードレース世界選手権が最初に行われた1949年6月17日のマン島TTから今年で74年。2016年にはDORNA、IRTA、FIM、MSMAが協業するようになって25年という節目だったそうだし、それ以外にも過去には様々な節目が数え上げられてきた。そういえば、2020年のスティリアGPでは最高峰クラス900戦目と告知されたのだが、それから3年弱で1000GPというのは何をどうカウントしているのかよくわからないところもあるけれども、せっかくの大々的な祝祭なのだから、細かいことに目くじらを立てて水をさすような無粋な詮索はひとまず措いておくことにしよう。うん、めでたい。

#フランスGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
 1000GPという節目のレースだけあって、今回のフランスGPは観客数が過去最多を更新する27
8805人(木曜:14900、金曜:58894、土曜:88319、日曜:116692)を動員した。27万人超とはすごいですね……、とはいっても、じつはこの発表数字は木曜の観客数も含んだものである。従来の観客動員数は金曜から日曜の人数で発表していて、その歴代首位は2015年のチェコGP(ブルノ)で金曜31148・土曜78544・日曜138752、の計248434人。今回のフランスGPは、金曜から日曜の3日間集計が263905人で、この数字を比較しても、いずれにせよブルノの記録を更新したことになる。だから、今回の動員数は充分にスゴい新記録である。ものごとを比較するにしても節目を数えるにしても、なにごとも記録というものは基準を統一しておかないと比較の意味がなくなるのであまりよろしくないとは思うのだけれども、とはいえせっかくのめでたい機会のだからあまり些細なことにはこだわらないことにしましょう。うん、めでたい。

 で、今回のフランスGPは、土曜午後のスプリントでホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が1等賞の金メダル。2等賞の銀メダルはブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)。3等賞の銅メダル獲得が、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。

#33
#43

 日曜午後の決勝レースは転倒者が続出する荒れ気味のレースになったが、先頭グループの熾烈な争いを制して優勝を飾ったのはマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。第2戦アルゼンチンGPに続く、今季2勝目である。前回はウェットレースでの勝利だったが、今回はドライコンディションで、しかもレース中盤でトップに立つと以後はぐいぐいと後ろを引き離して、最後は4秒以上の差をつける独走勝利。サテライトチームのベツェッキは昨年仕様のデスモセディチを駆っている。昨年仕様とはいってもバニャイアが王座を射止めたチャンピオンマシンなのだから、この高パフォーマンスも当然といえば当然だろう。それにしても、ドゥカティの卓越したまとまりにはあらためて舌を巻く。

#72

 2位はホルヘ・マルティン。彼もサテライトチームとはいえ、昨年はエネア・バスティアニーニ(負傷欠場中)とファクトリーのシートを争った結果、現チームに残留、という形になって、マシンは最新ファクトリースペックのGP23を供給されている。土曜のスプリントを制した走りや決勝のレース内容を見ても、デスモセディチはとにかくよく走るしよく曲がるしよく止まるしよく加速する、ということがとてもよくわかる。

 3位はヨハン・ザルコ(Prima Pramac Racing/Ducati)。今シーズンは開幕戦のポルティマオで強烈な追い上げを見せて4位に入り、次のアルゼンチンでもレース後半の怒濤のまくりで2位入賞。今回も3列目9番グリッドからひたひたと追い上げて3位に入った。しかも地元フランスでの表彰台である。クールダウンラップでは、優勝したベツェッキが掲げる1000GPの旗を譲り受けて満場のファンの前を走行した。

 というわけで、今回もドゥカティ勢が圧倒的なパフォーマンスを披露する結果になった。表彰台独占は第2戦アルゼンチン以来の今季2回目で、ドゥカティの表彰台獲得はこれで31戦連続。しかも、このル・マンに限って言えば、2020年以降は毎年ドゥカティが優勝している(2020:D・ペトルッチ、2021:J・ミラー、2022:E・バスティアニーニ)。1000GPという節目のレースでこのような記録が更新されてゆく現状は、いまのMotoGPの勢力関係をはからずも象徴しているようで、なにやら示唆的ではある。

 今回のレースでは、4位にルーキーのアウグスト・フェルナンデス(GASGAS Factory Racing Tech3/KTM)が入ったことも特筆しておくべきだろう。

 KTMのポテンシャルは、前戦スペインGPでの活躍や、今回の土曜スプリントでビンダーが2位に入ったことからも明らかだ。フェルナンデスも、ルーキーライダーとはいえ開幕前のテスト段階から彼の走行コメントを聞いていると、じつに聡明な選手という印象があった。今回のウィークは5戦目にして初めてQ1からQ2へ勝ち上がり、土曜午後のスプリントは転倒で終わったものの、決勝レースは序盤から着実に安定した走りを続けて自己ベストリザルトを獲得した。

「スプリントで転倒し、今朝(のウォームアップ)も転倒してしまった。少し自信を失いかけたけれども、昨日(のスプリント)はフロント用にミディアムを入れたのが間違いだったと考えて、決勝はソフトで最後まで走りきることにした。フィーリングが良く、スタートも決まってレース中は集団の中で争うことができた。最終ラップではアレイシ(・エスパルガロ)とのバトルになって、自分のポジションを守りきることができた。すべてが上手く行ったし、とてもハッピーだ」

#37
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 今回の好結果が以後のレースに繋がってゆくかと問われた際には、冷静で慎重な姿勢を崩さなかった。このあたりにも、彼の聡明さの一端が窺える。

「少しは前進できたと思うけれども、シーズンについて語るのは時期尚早。今週末はずっと好調に走ることができたけど、新しいパーツが入ったわけではなく、より快適にバイクに乗れるようなポジションに多少の変更をした。乗りやすくなってきてフィーリングがいいので、他のコースでもいい方向に向かうと思う」

 テルミンのアンテナのようなリア用エアロパーツなども含め、KTMの独特の方向性にはこれからも要注意かもしれない。

 最後はフェルナンデスに競り負けて5位に終わったアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)も、ルーキーの健闘を讃えた。

「アウグストのレースはクレイジーだった。素晴らしいね。他のKTM(ジャック・ミラー)を追い抜いて、しっかりとしたペースで走りきった。アウグストの走りはとてもうれしく思う」

 自身については、5位という順位はうれしくないけれども納得の結果、と述べた。

「シーズン序盤は出来不出来の波が激しかったし、昨日の予選ではミスをしてグリッドを大きく下げてしまったので、今日のレース結果に納得はしている。特に、スピードを発揮できたのは良かった。たくさん追い抜けたのは大きな進歩だと思うし、上位陣にも近づいている。6月の3連戦でいい走りをして、サマーブレイク頃にはランキングのトップファイブに入りたい」

#41
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 と、このように欧州メーカー陣営の活躍が目立つ一方で、どうにも厳しいのが日本メーカー勢である。今回は、ホンダがかねてから噂されていたKalex製シャシーをマルク・マルケス(Repsol Honda Team)とジョアン・ミル(同)に投入。開幕戦ポルトガルGP以来となるマルケスの復帰ともあいまって、大きな注目を集めた。

 大物パーツを投入とはいっても、魔法の杖ではない以上、それで現状の苦況を出して劇的に何かが大きく変わるようなシロモノではない……、と思っていたら、マルケスは予選でなんと2番グリッドを獲得し、スプリントは5位。そして日曜の決勝レースでは序盤からトップグループで熾烈なバトルを繰り広げた……、がラスト2周で転倒し、リタイア。復帰初戦でこれほど高水準の走りを見せるところがマルケスの凄味でもあるだろうし、その彼ほどの卓越した能力をもってしてもこのような結果に終わってしまうところが、現状のホンダ陣営のポテンシャル、ということであるのかもしれない。

 とはいえ、マルケス自身は久々のレースで思いきりバトルをできたことに清々しさも感じていたようだ。

#93

 
「正直なところ、今日のレースにはとても満足している。残り1周半でクラッシュしてしまい、いい結果を残せなかったのは残念だけれども、フィーリングよく走ることができた。こういう感覚で走れたのはじつに久しぶりだ。バイクというよりも、自分自身がうまく乗ることができた。スライドしながらコーナーに入ることができたし、ブレーキも深く入っていけて、他のライダーたちと戦うことができた。それがうれしい。結果を残せなかったのは残念だけれども、表彰台を争う準備がまだ自分たちにはできていないのかも。でも、10位で終わるよりはこういう負け方をするほうがいい。楽しんで走ることができたし、今後に向けて改善を進めていきたい」

 また、今回から投入されたKalexシャシーについては、以下のように述べた。

「もちろん少しの違いはあるし、多少の助けにもなっている。だからといって、それで(自分たちの問題が)解決するわけではない。御存知のとおり、ミルも同じシャシーを使っていて、世界チャンピオンの彼が苦戦を強いられていた。(決勝では)後ろの方を走っていて転倒に終わった。だから、今後に向けて、もっと高い戦闘力で安全に走行するためにも、何かを変えていかなければならない」

 そのミルはというと、現在の苦戦傾向について以下のように話した。

「フィジカル面(で厳しいと言われるホンダのバイク特性)よりも精神的な意味で、いわばナイフの刃の上にいるような状態で、あらゆる細部に集中しなければならない。超精密で正確でなければならず、フロントと戦いながら限界を超えないようにしないといけない。そこがちょっと難しいし、今まで自分が経験してきたバイクとはまったく違うところ」

 ホンダのバイクは、マルケスが卓越した能力で優れた性能を引き出してきた反面、うまく噛み合わずに己の能力を充分に発揮しきれなかったホルヘ・ロレンソやポル・エスパルガロなどの例も過去にある。ジョアン・ミルはその轍を踏むことなく、早い時期に本来の力を出し切れるような方向性を見いだしてほしいものである。

#36
#30

  
 今回の週末、Kalexシャシーを使用したマルケスやミルの走りを観察した中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は、その可能性について以下のようにコメントしている。

「マルクのデータを見ると、進入からコーナー半ばまでのブレーキングで少し信頼感を持って入って行けているようですが、これが車体から来るものかどうかはなんとも言えません。それでもマルクは上手く乗っていたし攻めることもできていて、今後もKalexシャシーを使っていくようなので、ポジティブなところがきっとあるのだと思います」

 中上自身は9位で終え、あまりいいところのなかったレース、と振り返っている。

 日本メーカー勢では、ヤマハも苦戦が続いている。2021年チャンピオンで今回がホームGPのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)は、7位でレースを終えた。

「前にいた6人が転倒した結果なので、ポジションを上げていったわけではない」
 と冷静に話した。今回の決勝では、いつもレース前に受ける腕のマッサージがキツかったため、レース中ほどから腕上がりが起きてしまったのだとか。

「それがなければもっともっと速く走れたはず」
 という言葉は逃がした魚は大きいと考えがちな心理的合理化機制だとしても、今回のウィークは2021年のセットアップでスプリントと決勝を走り、
「それで少しフィーリングが良くなったけれども、ものすごく良くなったというわけでもない。それでも、いままでさんざん試してきたことよりはだいぶいい感じだった」
 とのこと。

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#フランスGP

  
 いずれにせよ、日本メーカー勢がドゥカティやアプリリア、KTMと互角の勝負をするには、まだあれこれと様々な改善が必要であるようだ。そしてその改善とは、目の前の部品やセットアップや制御ひとつひとつというよりも、それらの背景にある日本企業独特の意志決定プロセス等に根ざす構造的な何かなのかもしれない、というふうにも思う。ただの感想レベルの域を出ない素人考えにすぎないけれども。

 ところで、今回のレースウィークでは、金曜夕刻のセーフティコミッションの際にライダーたちが、ペナルティの裁定をするFIM MotoGPスチュワードたちとミーティングの場を持った。スチュワードの裁定に一貫性がないことや、ペナルティの妥当性に関する疑問は、以前からたびたび指摘されていた。今回のセーフティコミッションでは、直近のレース等で議論になった裁定やペナルティの判断基準についてスチュワードから選手たちに説明が行われたようだが、土曜のスプリントでその説明と矛盾するような裁定が下ったため、またしても選手たちのスチュワードに対する不信が大きくなったようだ。

「もっと一貫性を持たせてほしい。今日の(スプリントのレース中に発生した行為に対する)裁定は、2週間前のものと違うように思う」(F・バニャイア)

「スチュワードについては、あまり多くを語りたくない。我々はもっと一貫するようにお願いしたのだし、今後はそうであってほしい」(J・マルティン)

 等の言葉は穏やかな方で、直情径行型のA・エスパルガロに至っては、いかにも彼らしい皮肉に富んだコメントを述べている。

「スチュワードについては、意味がないからもうこれ以上は話したくない。今日から最終戦のバレンシアまで、もうこのことは質問しないでほしい。聞かれても答えないよ。何を言っても変わらないので、自分にできることを最大限に楽しみたい。自分はクリーンなライダーなのでクリーンに乗るし、もしも誰かに接触したのであれば、彼らが罰したいなら罰すればいい。ヘレスのときと同じようなことが今日(のスプリントで)発生しても、向こうは何もリアクションがないのだし。こちらからは以上。彼らはレフリーなのだから、彼らにできる最大限のことをしてほしいと思うけれども、これからも同じようなことが続くなら、自分にとってはもはや存在しないも同然」

 誤審が発生した際に、審判行為の無謬性をどこまで担保するかという議論は、様々な競技で長年にわたって議論されてきたし、合理的で科学的な解決法も模索され続けている。古くはマラドーナの神の手や、シドニー五輪柔道の篠原信一など、誤審に関する悲喜劇や明暗を分かつ事例は枚挙にいとまがない。また、揉め出すととことん厄介になるのが、ルールと裁定を巡る問題の難しさでもある。裁定の公平性に対する信頼がこれ以上毀損されることのないような、良い方向への解決を見いだしてほしいものです。

 ということで、今回は以上。では、また。
(●文:西村 章 ●写真:VR46/KTM/Gasgas/Aprilia/Honda/Yamaha)

#フランスGP


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/05/15掲載