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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:Ducati/VR46/KTM/Aprilia/Honda

  
 なにせ強い。卓越する、ということをまさに絵に描いたような週末だった。

 2023年第6戦イタリアGPで、ドゥカティ陣営は週末を通じて速さ・安定感・機敏さの全方位的に優れた性能を見せつけ、チャンピオンライダーのフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)はバイクの性能を最大限に引き出す能力と揺るぎない落ち着きと巧さを存分に発揮して、土曜のスプリントと日曜の決勝レースで連勝。しかもこの両レースの表彰台6つを、すべてドゥカティ勢が占拠した。

 ホームGPでようやく勝利を達成した、とドゥカティが歓喜に沸いたのは2017年(A・ドヴィツィオーゾ)。それ以降、ムジェロサーキットの勝者はJ・ロレンソ(2018)、D・ペトルッチ(2019)、F・バニャイア(2022)と、圧倒的な強さを見せてきた(ちなみに2020年はパンデミックの影響で中止、2021年の勝者はF・クアルタラロ)。バニャイアは当地2年連続優勝で、今シーズン3勝目。ドゥカティの表彰台独占は、アルゼンチンGPとフランスGPに続き今季3回目。さらに言えば、ドゥカティが優勝から4位までを独占(1-バニャイア、2-J・マルティン、3-J・ザルコ、4-L・マリーニ)するのはこれが初めて。過去の記録で単一メーカーによるトップ4独占は、2011年オーストラリアGPのホンダ(1-C・ストーナー、2-M・シモンチェッリ、3-A・ドヴィツィオーゾ、4-D・ペドロサ)以来。

#イタリアGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
 なにせ、昨年シーズン三冠を達成した陣営だけあって、今回のレースウィークも地元イタリアのファンは大盛り上がりである。3日間の入場者数は18,403人(金)、39,346人(土)、77,921人(日)で、3日間の総計は13万5670人。昨年はというと、金曜が10,815人、土曜19,602人、日曜は43,661人で合計74,078人。今年は決勝日の来場者数だけで昨年の3日分を上回ったわけだ。ご記憶の方も多いと思うが、バレンティーノ・ロッシ全盛期のムジェロは圧巻の来場者数で、コースを囲む観客席の至るところが黄色一色に染め上げられていた。決勝日ともなれば、レースが終わって夜8時や9時(というかこの時期の欧州は日が長いので感覚としては夕刻だけれども)を過ぎても駐車場から出て行く観客の車列が途切れず、サーキットのゲートを出て一般道になっても高速入り口まで、ひたすらながーい渋滞でできていたものだった。

 余談(というかこのコラムすべてが余談なんですが)になるが、たしか2000年代のいつ頃だったか、パドックを行き来する人の数が例年以上に稠密になったことがあって、その原因はどうやら偽造ゲストパスが多数出回ったかららしい、と言われたことがあった。たしかその翌年だったかに、関係者のパスにはすべてバーコードを印刷するようになったのだが、このバーコードによるパドック入出場管理システムは、このときのムジェロの偽造パス事件がきっかけだった、というような本当かウソかよくわからないまことしやかな話をだいぶ昔に聞いたことがある。

 ホームグランプリで、自国出身のチャンピオンが圧倒的な強さを披露して勝利するカタルシスと熱狂は、どこの会場でも共通している。とくにムジェロはロッシ時代に様々なパフォーマンスで会場のファンを大いに喜ばせた。中でも白眉は、チェッカーフラッグ後に警官が待ち受けていてスピード違反切符を切られるという、たしか2002年の寸劇だったと記憶するが、オールドファンの中にはご記憶の方もきっと多いことだろう。

 今年のレースで優勝したバニャイアも、クールダウンラップでファンクラブが寸劇を準備していた。コース上のグラベルでバーベキューのセットを用意したところにバニャイアがやってきて、そこで作りたてのホットドッグを食べる、という趣向。Moto2クラスでも、優勝したペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)がウィニングラップでリュックを背負い、アコスタピザを配達する、というパフォーマンスを披露した。そのふたつを見ながら「おや、これって要するに『MotoGPでメシを喰う』(三栄書房)ということではありませんか」と思ったりもしたのだが、それはまあそれとして閑話休題。

#バニャイア
#バニャイア

 ホームレースで圧倒的な強さを見せつけたチャンピオン、バニャイアの〈巧さ〉については、4位で終えたルカ・マリーニ(Mooney VR46 Racing Team)がこのような洞察をしている。

「ペコは最終コーナーがとても巧くて、毎周、そこでコンマ数秒を稼いでいる。自分がペコのようにブレーキしようとしても、彼のようにうまく旋回へ持っていけない。あと、左コーナーでは、リーンアングルが他の選手よりも5度くらい浅い。だから、タイヤのグリップもいい。しかも、リーンアングルが浅いのに誰よりもよく曲がる。バイクのセッティングがとても良く乗り方も巧いので、すべてが適確に作用する。ペコが週末を通じて誰よりも強かったのも当然だ。

 ドゥカティの話では、旋回時に体を深くイン側に入れているので(リーンアングルが浅くても)重心が低く、それでうまく曲がって、しかもタイヤを温存している、ということだった。同じことをやってみようとしたけれども、自分の場合は(ペコよりも)体が大きいので、たとえば引き起こしてから切り返しで逆側へ倒す動作がとても遅くなってしまう」

#10
#10

 このコメントを聞いて思い出したのが、(以前も記したかもしれないけれども)バニャイアが初めてデスモセディチに乗った、2018年最終戦後のバレンシア事後テストでのある出来事だ。

 ピット前を歩いていると、ある陣営の日本人技術者に呼び止められた。その技術者氏はコースサイドで様々なライダーを観察していたそうなのだが、何よりバニャイアの走りに驚いた、ということだった。当時のデスモセディチは、トップスピードではどこにも負けない動力性能を誇っていたものの、とにかく曲がらないことでライダーたちを悩ませていた時期だ。

「ドゥカティであの旋回はすごい。あれで初めてMotoGPに乗っているのだとしたら、まちがいなく天才」

 とその某陣営技術者氏は語り、どこかでこっそりデスモセディチのテストをしたことが本当にないのかどうか、ドゥカティ関係者か親しいイタリア人などにそれとなく聞いてみてくれないか、というので、とあるイタリア方面の知人にその質問を投げかけてみた。すると、

「たしか、ミザノで1回パニガーレに乗ったことはあったと思う。けれども、デスモセディチに乗るのは、今回がホントに初めて」

 と、うれしそうな表情で明かしてくれた。当時のバニャイアは鳴り物入り、というほどではなかったとしても、ドゥカティやイタリア人関係者の期待はかなり大きかったようで、その資質を鋭く見抜いていた某陣営関係者の慧眼もまた、さすがたいしたものである。

#1

 
 さて、今回のイタリアGPに話を戻すと、トップ4を占拠したドゥカティ勢に続き、5位に入ったのはKTMのBBことブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)。

「昨日のスプリントではポイントを獲得できなかったが残念だけど、厳しい状況での(決勝レース)5位は、まあまあ悪くない結果」

 と前置きしたうえで、ドゥカティの優越性については以下のように説明した。

「スタート直後から彼らについて行こうとしたけれども、向こうはまだ余裕があって抑え気味なようにも見えた。今年は彼らと一緒に走ることができて、気持ちよく争えていると感じていたけれども、今日はとにかく攻めなければならなかったし、それでもついていくことができなかった。ここは彼らにとって庭のようなコースだから、速く走るコツも心得ているんだろう。自分たちで思っていたよりも苦戦を強いられたという意味では、今年初めてだったけれども、次のレースでまたがんばりたい」

#33
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 6位はアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)。

「バイクがあまり良くなかった、というのは簡単だけど、それは事実じゃない。バイクは本当によくなっているし、今年のアプリリアは去年と比べると、大変革ではないにしても着実に進化を遂げている。全部が少しずつ良くなっている。とはいえ、自分たちが3パーセント進歩していても、他陣営が7パーセントの前進を果たしていれば、自分たちは4パーセント遅れていることになる。いま起きているのはまさにそういうことで、自分たちはトラクションを改善しなければならないし、フロントグリップの旋回性も良くする必要がある」

#41
#41

 
 そして、自分たちが後塵を拝しているドゥカティ陣営については、このように表現した。

「ドゥカティの取り回しの良さは、かなりすごい。見た目はトランスフォーマーのようだけれども、コース上では極めて俊敏だし、パワーをぐいぐい路面に押しつけていく」

 ……と、このようにライダーたちの評価を聞いていても、現在のドゥカティは非常にバランスのよいアジリティと、卓越した動力性能を兼ね備えたバイクであることがよくわかる。

 今季の勢力関係はドゥカティ陣営が先頭を走り、それをKTMとアプリリアが追いかけている一方で、ホンダとヤマハが苦戦を続けてかなりの後塵を拝していることは、これまでにも繰り返し述べてきた。あまりこういうことばかり言いたくもないのだが、今回のホンダはさらに泣きっ面に蜂、藁打ちゃいつも以上に手を打つ、という状況になった。

 ジョアン・ミル(Repsol Honda Team)は、金曜午後の走行で転倒して右手小指にクラックが入ったとのことで、翌戦以降の2連戦に良い体調で走ることを考慮して今回は以後の走行をキャンセル。アレックス・リンス(LCR Honda CASTROL)は、土曜午後のスプリントで転倒。右脚脛骨と腓骨を骨折し、少なくともサマーブレイク明けまでの欠場を強いられることになった。決勝では、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)が転倒。こちらは幸いにも負傷なし。

 ちなみに、決勝レースでのマルケス転倒で、今シーズンのホンダ陣営の合計転倒数は28になった。唯一、週末を最後まで走りきった中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)の決勝レースリザルトは13位。

#30
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 それにしても、またしても長期欠場者である。今シーズンは近年稀なくらい、転倒負傷に伴う欠場選手が頻出している。今年から導入された新フォーマットの影響で、金曜の走り出しから常に、毎セッション全力走行を強いられることが転倒と負傷のリスクを高めていることは、ライダーたちが開幕戦以降口々に指摘してきた。とはいえ、ここ数戦はチームとライダーの側に、緩急の見極めがある程度定まりだしたようで、レース展開そのものについては、多少の落ち着きも見せるようになってきた。今回のスプリントも、開始直後の数回と比べれば、緊密さはありながらも肝を冷やすような一触即発の状況はさほど見られなかったようにも思う。とはいえ、選手たちは週末を通じて毎セッション全力で攻め続けなければならないために、どうしてもリスクを背負う機会は大きくなる。

 イベントを運営して放映権を売るビジネスや、来場者の関心を惹いて収益を最大化するためのマーケティング的観点からは、今風に言えばエンゲージメントやインプレッションを獲得して絶えず向上させ続ける方向へと向かうのが、おそらく必然的な流れなのだろう。とはいえ、果たしてそれがそのスポーツ本来の競技性と娯楽性をビジネスの収益性と両立させ、高めることにつながっているのか、それとも大切な何かをむしろ毀損することになってはいないか、ということについて、もう少し時間をかけた冷静な議論があってもいいように思う。これはメジャーリーグベースボールのピッチクロック導入の是非などとも、どこか通底する、「コスト/タイムパフォーマンス偏重問題」のひとつの現れのような気がする。というか、ただそんな気がしているだけで、深く思考して整理できたわけではないのですけれどもね。

 さて、今週末は3連戦のふたつめ第7戦ドイツGP、ザクセンリンク。全長が短く小さなコーナーが多い典型的ミッキーマウストラックで、反時計回りコースを得意とするマルク・マルケスが最高峰クラスに昇格した2013年から2021年まで、毎年優勝を飾ってきた(2022年は右腕手術のため欠場)常勝サーキットでもある。2010年の125cc時代から数えれば、11連勝を続けている。だが、今年はあまり勝算を見込めないことも予測しているようで、日曜の決勝後にはこんなふうに話していた。

「最高の状態でザクセンリンクに乗り込んでいくわけではない。厳しい状態から臨むわけだから、たとえザクセンリンクといえども厳しいことになるだろうと思う。全力を尽くして週末を迎え、土曜になれば状況も見てくるだろう」

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 ホンダはここで、またしても辛い現実を直視することになってしまうのか。それとも何らかの希望の光を見いだせるのか。ヤマハにとっても、厳しい状況に変わりはない。あるいは、ここでまたしてもバニャイアとドゥカティが圧倒的な卓越性を見せつけるのかどうか。いろんなものが明確な形を取って、皆の目の前に晒される週末になりそうな気がいたしますが、さて、どうなりますやら。では。

(●文:西村 章 ●写真:Ducati/VR46/KTM/Aprilia/Honda)

#イタリアGP


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/06/12掲載