西村 章 続・MotoGPはいらんかね? 2023
第4戦 スペインGP(ヘレス・サーキット)
They’re Red Hot
●文:西村 章 ●写真:Ducati/KTM/Aprilia
高水準の安定感といい勝負強さといい、そして気合いが入ったときの図抜けた速さといい、ドゥカティはやはり強い。さすがチャンピオン、というフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)の走りを存分に見せつけたスペインGPの決勝レースだった。
金曜の走り出しから土曜までを視野に入れれば、KTMのまとまりも非常に強い印象を残した。土曜午後のスプリントはブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)が勝利して、チームメイトのジャック・ミラーが3位。日曜の決勝では、ビンダーが最後までバニャイアと熾烈な優勝争いを演じて2位、ミラーが3位、という成績である。
さらにいえば、今回ワイルドカードで参戦したKTMテストライダーのダニ・ペドロサが金曜午前の走り出しでトップタイム。土曜午前のQ2にもダイレクトで進出。そのQ2では、ポールポジションのアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)から0.367秒差の2列目6番グリッドを獲得。決勝レースも7位でゴール。すでに現役を退いて4年半が経過しているとは思えないレベルの戦闘力もさることながら、このように上位ポジションで走ることができる人物をテストライダーに擁することがKTM勢飛躍の要因であることは、誰しも容易に納得できることでありましょう。
というわけで、まずは上位勢の決勝レース振り返りから。
バニャイアは2022年のスペインGPでも優勝しており、ヘレスは2年連続勝利である。とはいえ、昨年のウィークは金曜からトップタイムで土曜予選でポールポジションを獲得。日曜のレースでは、僅差で肉薄するファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)に対してトップの位置を守り抜き優勝を飾るという、堂々のレース運びだった。
一方、今年のウィークはというと、初日の順位は総合13番手。土曜午前の予選でQ1からQ2へ勝ち上がって、2列目5番グリッドを獲得。午後のスプリントではKTMのビンダーに迫れなかったものの、最後の最後にミラーを交わして2位入賞で銀メダル。そして日曜の決勝レースでは、KTMのふたりを追い上げて激しいバトルを続け、終盤でトップに立つと、最後はビンダーを抑えきってチェッカー、という結果。まさに、「少しずつ積み上げて、最後に最高のリザルトを掴み取る」という言葉を絵にしたような展開である。
「昨年の上々の走りが頭にあったけれども、今年は走り出しが非常に難しく、フロントは厳しいし旋回性も昨年のようにはいかなかった。チームが素晴らしい仕事をしてくれたおかげで、優勝争いをできるバイクに仕上がった。バイクは金曜から少し変えていったので適応するのは容易ではなかったけれども、タイヤをうまくマネージして安定感のあるペースで走れたし、オーバーテイクもできるようになった」
と、3日間の変遷を振り返った。
この決勝レースでは、序盤の5周目にミラーをオーバーテイクした際、挙動がアグレッシブだとしてレースディレクションから1ポジション降格のペナルティを通告された。これに対して、レース後にバニャイアは以下のように話している。
「ペナルティについては、あまり話したくない。それを受け入れたということは言っておきたいけれども、将来的には(ルールの)一貫性が必要なように思う。(オーバーテイクが)それほどリスキーだったとは思わないけれども、今シーズンの他の接触行為にも同様の処分が下されるのであれば、納得をしたい」
ダッシュボードにポジション降格の通知が表示されたときは一瞬カッとした、とも正直に明かしている。
「必死に攻めているときに、1ポジション落とす通告を受け、ピットのサインボードを見たら後ろのライダーが0.6秒差だとわかれば、その瞬間はちょっとムッとする。だって、自分が前に出てアドバンテージを稼ぐために必死で走ってきたわけだから。その瞬間はカチンときたけど、レースはまだ先が長いし表彰台の可能性もあるわけだから、落ち着くように自分に言い聞かせた」
レースディレクション(MotoGPスチュワード)のペナルティ適用に対しては、選手やチームから適用基準の一貫性がないというクレームや不満がこれまでも度々上がっていた。複数の選手が明かしたところによると、次戦のルマンで選手たちはこのスチュワードを務めるフレディ・スペンサーたちと協議を持つという。
「金曜のセーフティコミッションでスチュワードたちと話をしたいといつも訴えてきたけれども、叶えられなかった。(それがようやく実現するルマンでは)我々側の見解も伝えるためにも、ざっくばらんな話をしたい。他のクラスではもっとアグレッシブに見える挙動でも処罰対象にならないので、ルールに一貫性を感じられない。罰則の適用や判断の基準について、納得したいだけ」
第4戦のペナルティということについていえば、土曜のスプリントでフランコ・モルビデッリ(Monster Energy Yamaha MotoGP)ほか数名が転倒して赤旗中断。しばらくののちにレースは1周減算して行われた。日曜の決勝でもファビオ・クアルタラロ他数名が転倒し、このときも赤旗中断となり、仕切り直しのレースは当初の25周から24周になった。これらのアクシデントでは、モルビデッリとクアルタラロに対して決勝レースでのロングラップペナルティが科されたが、彼らに対するこの処罰の妥当性についても疑問の声はあったようだ。ペナルティの適用基準について、ライダーたちとスチュワードのお互いが納得できる合意に至るのかどうかは、ルマンのミーティングまで待つとしましょう。
2位のビンダーは上述のとおり、土曜のスプリントで他を圧する走りを見せて優勝の金メダルを獲得。日曜のメインレースでも序盤から快走を披露した。終盤にバニャイアにオーバーテイクされてもそのまま引き離されてしまうことなく、懸命に食らいつき続けた。最終ラップの24周目にレース中の自己ベストタイムを記録しているところにも、彼の気魄がよくあらわれている。ただ、残念ながらほんの少しだけバニャイアには及ばなかった。
「終盤はペコの方がペースが良かった。最終ラップは必死で攻めて自己ベストを記録した(けれども届かなかった)。最終コーナーに入っていくときは(勝負を仕掛けることも)一瞬考えたけど、転倒で台無しにしてしまう可能性もあった。今日は20ポイントを獲得できたし、KTMはダブル表彰台を達成した。皆にとって上々の一日になったので、この調子で次のルマンでもがんばりたい」
「ペコがオーバーテイクを仕掛けてきたときは、僕がオーバーテイクするときよりもずっとクリーンな抜きかただった。僕はすでにリアタイヤのいいところを使ってしまっていたので、(コーナー進入で)バイクを減速するのに苦労したし、旋回速度も稼げなかった。エッジが終わってしまったので、止めて曲げて行くのが厳しかった。そこがペコは本当にうまかった。あれが今日の勝負を分けたと思う。今後にむけて、僕たちはこの部分を改善していきたい」
3位のミラーは、KTM移籍4戦目でスプリントとメインレースの土日連続3位。こちらもたいしたものである。
「バイクは今年、ずっといい走りをしてくれていた。毎週、ペースは良かったけれども、ちょっとここが足りなかったり、あそこをもっとなんとかできたはずだったり、というのもあった。今週は、万事がピッタリとハマってうまく行った。チームは週末を通して、最初から最後まで素晴らしい仕事をしてくれたので、バイクの調子がとても良かった。自分のライディングも悪くなかったので、ちょっとしたショーをお見せすることができたかな」
今回のレースでは、三者三様に後ろにつくことがあり、それぞれの走りを観察する機会があった。ドゥカティとKTMの相違について訊ねられた際、バニャイアは以下のように回答した。
「KTMはトラクションとブレーキングが優れている。ドゥカティは旋回と安定性」
このコメントに、ビンダーも「異議なし」と即答した。
一方、昨年までドゥカティのファクトリーライダーで今年からKTMに移籍したミラーはというと、いかにも彼らしい言葉で応じた。
「両方のバイクに乗っているけど、どちらもとても良いね。違いは片方が赤くて片方がオレンジ、ということくらい。ここが悪いあそこがダメだと不満ばかり言うライダーもいるけど、そういうのに限って何もしない。そんならよそに行けばいいんだ」
KTMの飛躍を支えるテストライダー、ペドロサの言葉も紹介しておこう。レース後にはアレイシ・エスパルガロがKTMのスタートの良さとバトルの強さを指摘し、褒めていたが、それについて訊ねられると、じつに彼らしい冷静な言葉で答えた。
「バトルについては何と言えばいいかわからないけれども、要はブラッドとジャック、彼らのチームがフィーリングを研ぎ澄ませて、戦えるバイクに仕上げていった。毎週末、走っているのは彼らなんだから。僕にはオーバーテイク用のセットアップはできない。自分にできるのは、良いブレーキング、良い旋回、良いコーナースピードを発揮するためのバイク作り。そのセットアップを進めていくことはできても、レースの瞬間をシミュレートすることはできない。ブラッドとジャックは本当に素晴らしく、アグレッシブでありながらバイクをコントロールしているように見えた」
実るほど頭を垂れる稲穂かな、という諺を地で行くようなこの謙虚さこそ、リトルサムライのまさに面目躍如である。
上で触れたアレイシ・エスパルガロの言葉も紹介しておこう。
KTM勢の卓越した走りを賞賛したエスパルガロはしかし、その言葉に続いて「でも自分たちのバイクのほうが向こうよりもいい」とも述べている。
「ジャックもブラッドも、KTMのチーム全体もホントにクレイジーな仕事ぶりだ。でも、自分の感覚では、こっちのマシンのほうが優れていると思う。だから、よけいに悔しい。レースでは、彼らのバイクは本当にアグレッシブにとてもよく走っていた。タイヤのコンセプトや2023年のレースのやりかたをよく理解しているから、彼らは僕らよりもいい走りをしていたのだけれども、これは要するに、そこのところをどれだけ理解しているかという問題であってね。僕のバイクは単独で走るとすごくいいんだけれども、レースになるとそうじゃない」
この「2023年のレースのやりかた」をどう理解するかというところに、勝敗のカギを握る機微がありそうだ。
「今日のレースではスタートで順位を落とさず、1周目をトップか2番手で走り出せていれば、優勝や2位を争えたと思う。でも、彼らに抜かれた時点で、僕のレースは終わってしまった」
結果は、優勝から4.760秒差の5位。
「今日はバイクが良くなかった、走らなかったと言ってしまえば簡単だけれども、そうじゃない。僕のバイクは全グリッドで最高のもののひとつだと思うし、本当に素晴らしい。実際に、金曜日には最速タイムを記録しているんだし。
ところが、いったん集団に呑み込まれてレース終盤になると自分のライン取りができず、思い通りに走れない。前に迫ろうとするとフロントは切れこむし、旋回もしない。これは空力的な問題なのか、空力プラス、フロントタイヤの温度や空気圧の問題なのか、ということを理解する必要がある。ザルコが目の前で転倒して少し冷えた空気が当たるようになると、自己ベストに近いタイムを出すことができた。でも、レースだからオーバーテイクをできなければならないけれど。今のバイクではそこがうまくできない」
で、このような展開のレースを終えて、第4戦終了段階でのランキングは、前戦まで2番手にいたバニャイアが首位に立った。第3戦終了段階では11ポイントの差をつけてトップの座にいたマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team)は、今回の土曜スプリントが9位で1ポイント、日曜のメインレースは転倒リタイア。その結果、一気に22ポイントの差を開かれてしまった。
何せ今年のポイント獲得システムでは、土曜と日曜でともに勝てば、12+25=37ポイントを一気に稼げる。土曜のスプリントが荒れ気味になる傾向があるだけに、ちょっとしたミスや不運で獲得ポイントは大きく変動してしまう。麻雀で言うなら今年の卓は昨年よりもレートが高くなっているわけで、点0.5だった卓がいきなり点ピンになってさらにワンツーのウマがつくようになった状態、とでもいえばいいでしょうか(不謹慎な喩えですみません)。まさに油断一秒怪我一生、である。
で、このように鎬を削るドゥカティ、KTM、アプリリアという欧州メーカー勢の争いから日本メーカー勢に目を転じてみると……、「もうよい、皆まで言うな」という声がどこかから聞こえてきそうな厳しい状況である。個々の選手たちはかなりのムリをしつつ最大限の健闘をしていると思うんですけども、ねえ。
以前にも記したと思うけれども、この状態は様々な産業分野で日本企業が後塵を拝している現象がこの世界にもあらわれているようで、その点で非常に象徴的にも見える。
さて、次戦の第5戦フランスGPは伝統と格式のルマン、ブガッティサーキット。最高峰クラスは1949年のグランプリ開始以来1000レース目、という節目になるそうです。では。
(●文:西村 章 ●写真:Ducati/KTM/Aprilia)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!
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