●ダックス125の開発がスタートしたきっかけを教えて下さい
八木 崇(プロジェクトリーダー):スーパーカブ110、クロスカブ110、スーパーカブC125、モンキー125、CT125・ハンターカブという、ホンダが原付二種カテゴリーに投入した各モデルは、通勤や通学というデイリーユースを中心とした原付二種市場に、趣味性の強いレジャーバイクの世界を作り上げることができました。省スペースや燃費の良さ、車体価格や維持費の安さなどなど、原付二種の実用性や利便性はそのままに、スタイリングの良さや走る楽しさ、オーナーの熱い思いを反映することができるさまざまな拡張性が加わり、近場のツーリングからアウトドアレジャーまで、原付二種モデルでバイクライフを楽しみたいユーザーをサポートすることができました。また自動遠心クラッチを採用したカブ・シリーズはAT限定免許で乗ることができ、それによって、そこまでバイクに触れてこなかった新しいユーザーに対してバイクライフをスタートさせるためのハードルを下げることができました。近年、AT小型限定普通二輪車免許の取得者数が増加していることも、カブ・シリーズが貢献したと自負しています。
その成功を経て、次の提案として選んだのがダックス125です。スーパーカブC125やCT125ハンターカブといった、ホンダ・レジャーバイクカテゴリーのクラシックモデル群に相応しい歴史的なモデルであること。そして2人乗りができるモデルであることが、その決め手でした。
また同タイミングで、ダックス好きの社員が、プレス鋼鈑のモノコックフレームには、人の心を満たす合理性があると信じ、自宅ガレージで旧ダックスのフレームに125ccエンジンを搭載してその可能性を密かに探り、それをアピールしてきたことも、我々の心に火を付けました。
プレス鋼鈑を使ったモノコックフレームは、現代でも時代を超えた魅力になり得る。それを証明するためにプロジェクトがスタート。データ上で、初代ダックスをイメージしたプレス鋼鈑フレームに125ccエンジンを搭載した車両を造ることから始めました。
●プレスフレームの難しさ
佐藤 康(プロジェクトリーダー代行):量産開発を進めていくと、先行研究の知見では解決できない課題がどんどん出てきました。それはおもにプレス鋼鈑のスチールモノコックフレーム特有の生産性やコスト、スタイリングが複雑にからみあったものでした。
上坂 徹(車体設計):125ccのレジャーバイク・シリーズは社内でも注目度が高く、特にダックス125プロジェクトは、鋼鈑プレスフレームを再現するということもありその注目度は怖いくらいでした。もちろんそれは、賛否の両方です。鋼鈑プレスフレームは、現在の二輪車の量産には向いていないとか……たしかにコストだけを考えると、パイプフレームに外装パーツを組み合わせた方がいいのは承知していました。だから開発の過程でパイプフレームを検討するようにとの指示も出ました。しかし我々はそれを覆しても、いまのカタチを貫きたいと考えていたし、それを実現するための新しい生産フローを構築できるかどうか、試されていたのかもしれません。
横山悠一(デザイン):いつもの車両開発であれば、設計が造った車体レイアウトのうえに外装類をデザインしていくようなイメージで開発が進みます。しかし今回は、モノコックフレームのなかにさまざまな要件を入れていくという、いままでとは違う開発の流れでした。ダックスのプレス鋼鈑フレームは初代ダックスのイメージを踏襲することで、そのカタチがおおよそ決まっていましたから。
●どうやって課題を解決しましたか。
上坂 徹(車体設計):プレス鋼鈑のモノコックフレームの生産では、いまでは需要が減少している大型プレスパーツを生産することができることはもちろん、スタイリングを考慮した複雑な形状のプレスパーツを生産できる技術力の高い協力生産メーカーの選定にも苦労しました。そこでは、その協力メーカーのなかの職人のノウハウを活用していただくと同時に、プレス方法や溶接時の設定にまで細かく指示を出して、そのクオリティを追求しました。
その結果、3ピースで構成するモノコックフレームの、左右2つのT型プレス鋼鈑材のカタチは1回のプレスで成型。その後に穴開けなどの加工のためにあと2回プレス。合計3回のプレスで完成しています。打ち抜きの工程の増加はコストアップに繋がってしまうので、それも考慮して形状や工程を決めました。
佐藤 康(プロジェクトリーダー代行):また各パーツの開発は試作の段階から、量産メーカーに試作品製作を依頼したことで、開発時の予算を抑えることができました。同時に、車両開発の常として、開発が進むと同時に発売時期などのさまざまなスケジュールが迫り、開発スケジュールの前倒しを余儀なくされます。量産メーカーに試作品製作を依頼するのはやむなくの決断ではありましたが、試作品製作と量産品製作を一元化できたことは、時間的にもコスト的にも良い結果に繋がりました。
横山悠一(デザイン):そしてダックスには、デザインを検討するためのデザインスケッチが存在しません。またクレーモデルと呼ぶ、デザインを検証するために成型用粘土で作った立体サンプルモデルも製作しませんでした。かわりにスタイリングのすべてを3D CADデータで作り、それを設計やデザインなど開発チームで共有して、性能と外観を同時に造り込んでいきました。ホンダはすでに3D CADデータを使った車両製作を行っていますが、ダックス125はホンダの遺産としてそのカタチが存在していたので、それを守りながら、さまざまな条件をクリアして行くためには、新しいバイク造りを推し進めていく必要がありました。
●ダックスは初代があったから造りやすかった?
上坂 徹(車体設計):それによって車両のアイデンティティを、開発陣全体で早い段階で共有できたと思います。
もちろん苦労も多かったです。初代ダックスは、シート下に燃料タンクはありましたが、そのほかのアイテムはフレーム内には収められていません。しかしダックス125は、現代の二輪車には不可欠なさまざまなパーツを収めなくてはなりません。しかもそのアイテム数は多く、各パーツも大型化してます。それをダックスのイメージを維持したまま収納するのは、本当に苦労しました。
倉澤侑史(吸排気設計):エアクリーナーも、モンキーのように、ステアリングヘッド下に配置するアイディアもありました。しかしデザイン的にもそれがダックスかという話になり、できればシート下に収めようと決定しましたが、シート下の混雑具合は相当なものでした。
このプレス鋼鈑モノコックフレームは、ステアリングヘッドパイプ下端からエンジン前側のハンガー部分までの曲線を再現することで、強度を確保するとともに新製品に必要な部品配置を行っています。具体的には燃料タンク容量の確保。エアクリーナーボックス容量の確保と吸排気系統の設置。運動性能を高めるため、バッテリーなどの重量物を車体中心に集中配置するなどして、従来のダックスには存在しなかったパーツを配置し、可能な限りスリムに仕上げました。また各部品に複数の役割を持たせることで、その高密度な部品配置による省スペース化を可能にしました。例えばエアクリーナーボックスにはバッテリーボックスやキャニスターを固定する機能を持たせています。そのエアクリーナーボックスに支えられている燃料タンクのマウントラバーにはフレーム内側から一定のテンションが加わる役割を持たせ、プレス鋼鈑モノコックフレーム特有の共振を抑える効果も狙っています。
佐藤 康(プロジェクトリーダー代行):そのためには、複数の部品を同時に設計する必要がありました。ひとつのパーツが再検討となると、それは複数パーツの形状やマウント方法にも関係してきます。それを解決するためには、いつも以上に開発セクションの垣根を越えたコミュニケーションが必要でした。
上坂 徹(車体設計):解析技術も徹底的に活用しました。デザインチームからスタイリングのイメージをもらうと、それを設計チームがすべて解析。成形性、操縦安定性、振動や強度、剛性などを検討し、提案されたデザインに対して、フレーム側面の曲率の変更など、実現可能なディテールの変更を再提案しました。解析は多岐に渡るため、正確な数字は数えていませんが、300回以上は解析を掛け検証しています。通常、車体設計とデザインは離れた場所で作業していますが、ダックスの開発時はデザインの人間が設計のオフィスに常駐して、常に解析データとデザインの比較検討を行っていました。
車体設計チームだけがフレームを製作すると、ダックス125の製品に採用したような、抑揚が付いた表情を造り上げることができません。設計チームが解析を掛け、あと3mmだけこの面を凹ませて下さいという依頼を掛けながら、デザインチームはその凹ました形状に沿って表面をスムージングする。そんなやり取りをやり続けることでダックス125のフレームが出来上がっています。
横山悠一(デザイン):あとは騒音の問題ですね。フレームの表面積が広いため、さまざまな騒音や振動を増幅させてしまいます。そこでリブを入れて面の剛性を高めたり、シート下に収めた燃料タンク周りにラバーパーツをセットしたり、さまざまな手法で音や振動を軽減する対策も行っています。製品ではフレーム裏面を見ることはできませんが、必要な場所にはガセットなども入れてフレーム強度や剛性を高めながら、騒音と振動の対策も行っています。
●出力特性についても、ダックス125らしさは存在しますか?
八木 崇(プロジェクトリーダー):スタイルだけじゃなく、出力特性にもダックスらしさを追求しました。同系統のエンジンを搭載するモンキー125は一人乗りで、ライダーがバイクとの対話を楽しむモノ。それにモンキーは、モーターサイクルのセカンドバイク的な意味合いもある。だからより操る楽しさを追求するためにクラッチ付きの5速ミッションを採用しました。
しかしダックス125は、ダックスである以上、4速ミッションなんです。それに「ファミリー&レジャースニーカー」というモデルコンセプトを考えると、マニュアルよりも、より気軽な使い方が可能なATの方が合っているんです。自動遠心クラッチを採用した4速ミッションというディテールが、そうやって、必然的に決まりました。
佐藤 康(プロジェクトリーダー代行):ただレジャーバイクの4速ATって前例が少ない。CT125ハンターカブは、自動遠心クラッチの4速ミッションを採用していますが、そのキャラクターはトレッキングバイクですから、ダックス125とは用途が違う。そう考えると、開発の初期段階では、ダックス125の出力特性は、その目標が曖昧だったんです。だから最後まで、その設定を決めるまで時間が掛かりました。
そこでダックス125という乗り物のキャラクターに合った走りとはなんぞやと考え続けました。そして、とにかく試行錯誤を続けました。そしてダックスのキャラクターを考え抜いて、それに相応しい出力特性を造り上げました。
その議論のなかで、街乗りからツーリング、2人乗りで楽しく走るというダックス125のモデルキャラクターを考慮し、低速域での扱いやすい動力特性を造り上げることにしました。
倉澤侑史(吸排気設計):シート下に収めたエアクリーナーボックスは、その配置だけでなく、そこで必要な空気をいかに取り込むことができるかが重要です。そこでボックスからスロットルボディ、そしてインテークマニホールドをストレートに配置することによって充填効率を高めました。またエアクリーナーボックスへの空気取り入れ口はシート下のフレーム内にあり、そこにどうやって空気を導くかもシミュレーション技術や実走でのテストを繰り返して造り込んでいきました。
佐藤 康(プロジェクトリーダー代行):またミッションはCT125ハンターカブと同じです。しかしホイール径やファイナルを変更したことで、乗り味は違っています。そして前後輪分担加重を最適化したり、12インチホイールを採用してもクイックすぎない落ち着いたハンドリングを獲得するために、ハンドルウェイトの形状や重さをチューニングしたりしています。くわえてライダーが乗車したときに前後サスが適度に沈み、コーナーリングなどでバランスが取れた減衰力特性を造り込み、ライダーからの入力を優しく受け止める車体挙動を作り上げました。
●最後にダックス125を購入した、または気になっているユーザーにメッセージをお願いします
八木 崇(プロジェクトリーダー):現在の交通事情にはダックス125が搭載した125ccという排気量のエンジンと、プレス鋼鈑モノコックフレームを中心とした車体パッケージは非常に良くマッチしています。カタチだけじゃなくて、しっかりと走る。新たにプレス鋼鈑モノコックフレームを構築するために、いままでのホンダとは違うアプローチで車体設計を行っていますが、ホンダのバイクらしい、キビキビした走りも楽しめます。
従来から家族が増えるタイミングなどで、バイクを手放すケースを耳にします。ダックスは、いまその状況にある若いご家族に可愛がって頂きたい。そう考えています。また、いままでバイクに接したことがなかった飼い主の方々にも可愛がって貰えるように、躾けました。
軒先に犬小屋くらいのスペースがあれば、何とか所有できるのではないかという車体サイズにも収めた。そんなダックス125が、家族のハッピーに少しでも役に立つことができたら、と考えています。ぜひ、機会を見つけてダックス125を走らせてみて下さい。
(取材・文:河野正士)
■エンジン種類:空冷4ストロークOHC単気筒■総排気量:123㎤■内径×行程:50.0×63.1mm■最高出力:6.9kW(9.4PS)/7,000rpm■最大トルク:11N・m(1.1kgf・m)/5,000rpm■変速機:4段リターン■全長×全幅×全高:1,760×760×1,020mm■軸間距離:1,200mm■最低地上高:180mm■シート高:775mm■車両重量:107kg■燃料タンク容量:3.8L■タイヤ(前・後):120/70-12 51L・130/70-12 56L■ブレーキ(前・後):油圧式ディスク(ABS)・油圧式ディスク■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):440,000円
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