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エンタメ

第136回 「そばがないならうどんを食べればいいじゃない」

 2022年5月10日、新宿西口広場近くに1966年にオープンしたメトロ食堂街という、昭和風情を残した、なんとなく中途半端な一角にあった永坂更科布屋太兵衛新宿地下鉄ビル店が閉店しました。メトロ食堂街は2020年9月30日閉館と告知されていましたが、同じフロアにあった秋葉原でおなじみの肉の万世、万世麺店、そして永坂更科布屋太兵衛新宿地下鉄ビル店(長い!)の3店だけは、なぜだか引き続き営業していました。ひらがなで表記すると「ながさかさらしな ぬのやたへえ しんじゅくちかてつびるてん」の27字となり、立喰・ソ長い店名大会があれば上位(ひょっとしたら一位?)になったでしょう。コロナ禍や人手不足などが閉店の原因ではなく、ビル再開発に伴う閉店ですから、再開発完了後にはひょっとしたら復活があるやもしれません。期待して待ちましょうか。

 永坂更科布屋太兵衛新宿地下鉄ビル店は、店名の長さだけではなく他にも特徴がありました。ぱっと見はスタンドのみで紛れもない立喰・ソですが、一番安いざるでも760円(価格はすべて最終期の2022年)と、価格的には立喰・ソを逸脱? しておりました。天ぷらは一番人気の肉天をはじめ、イカ天、春菊天(末期は消滅)すべて860円。種物はきつね、月見、山芋みぞれが840円という均一価格でした。私が初めて訪問した2000年代初頭は、たしかざると肉天のみで、どちらも600円(と記憶しています)で、「ざる注文する人なんているの?」と衝撃を受けましたが、麻布に本店を構える220年以上続く老舗(らしい)だけに、お年を召した天ぷら卒業組の常連さんもいらっしゃったようです。ちなみにスタンドの隣には、ちゃんと椅子がある本物? の永坂更科布屋太兵衛もありました。私は椅子に座って食べたことはないので、同じものかどうか確信はありませんが、厨房は同じだと思うので、スタンドでも同じソが供されていたと思います。つまり、立喰・ソとしては高めであっても、本格的な蕎麦という視点で見れば、かなりお得にお手軽にいただけるということなのです。同じソでも視点が違えば、お得になるという経済格差がクロスする(大袈裟)、マクロ経済の見本(←意味不明)のような立喰・ソでした。

永坂更科布屋太兵衛新宿地下鉄ビル店
永坂更科布屋太兵衛新宿地下鉄ビル店
最も古い写真が残っていたのは2004年。この頃は全メニュー(イカ天、肉天、春菊天)がすべて650円。ざるも650円。うどんや温かいソもありましたが、シンプルなかけはなかったと思います。もっと前は、うどんも、温かいソもなく、ざると肉天のみで価格は同じ(いくらだったかは失念)、ストイックなメニューだったと記憶しています。(2004年10月撮影)

スエヒロ
2018年
2004年のあとはなんと14年もごぶさたでした……肉天、イカ天、春菊天800円 きつね、わかめ、月見、山芋みぞれ 780円 ざる710円。(2018年8月撮影)

2020年
2020年
春菊不作で立喰・ソから春菊天が消えた2020年。野菜かきあげ天がワンポイントリリーフで登場。肉天、イカ天、野菜かきあげ天 820円  きつね、わかめ、月見、山芋みぞれ800円 ざる720円。(2020年5月撮影)

2022年
2022年
末期はメニューも絞られてうどんは終了。肉天、イカ天860円 きつね、月見、山芋みぞれ840円 760円ざる。のれんの色は変わっていますが基本構造は最後まで不変でした。こうしてまたひとつ幻立喰・ソに。(2022年5月撮影)

2022年5月
2022年5月
2022年5月10日。長い歴史にピリオドが打たれました。おつかれさまでした。さて、復活は?(2022年5月撮影)

 ご覧のように2004年から較べるとこの18年で210円アップしていますが、昨今はあらゆるものが、恐ろしいペースで値上がりしております。我らが愛する立喰・ソも例外ではありません。今のところ10〜30円くらいですが(中には100円以上という立喰・ソもあるようです)、ネットニュースなどでは「立ち食いそばが一杯1000円になる!?」というようなショッキングな見出しも目にします。「目を引こうとした大げさな見出し」と思いたいのですが……。値上げというと、「ふざけんな!」とか言い出す人が必ずいるのですが、1970年代オイルショックの頃に横行した便乗値上げのようなものではもちろんなく、原材料や燃料費などの急激な高騰による、やむにやまれずの価格改定なのです。

 それでなくても人手不足、後継者不在、施設の老朽化などの多くの難問を抱える個人店が多い中、ほとんど心意気と努力を重ねに重ねて安くてうまい立喰・ソを提供してくださっていたのに……今までたいした疑問も持たず甘受していた「安くてうまい立喰・ソ」という常識は、もはや風前の灯火です。昨年コロナ禍で大打撃を受けて多くの立喰・ソが幻になってしまった以上に、これからもっと大きな動きがあるかもしれません。

 いつかはアダム・スミスのみえざる手がなんとかしてくれると思いたいのですが、1杯1000円の時が来たらどうずればいいのでしょうか?


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2022/06/01掲載