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レース・イベント

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ  ■翻訳:西村 章 ■写真:MotoGP.com
 新しい時代が始まった。2022年は、26年間にわたり、そのカリスマ性で世界を魅了してきた<ザ・ドクター>ことバレンティーノ・ロッシがいない初めてのシーズンだ。だが、DORNA CEOのカルメロ・エスペレータは、これは二輪ロードレースの歴史で過去に何度も繰り返されてきたことで、あくまでもひとつのサイクルが終わったにすぎない、という。「F1が経験したような問題に我々は陥りませんよ」ともエスペレータは言明する。

カルメロ・エスペレータCEO
カルメロ・エスペレータCEO
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―エスペレータさん、パンデミックから立ち直る最初のシーズンがいよいよ始まりました。

「そうであってほしいですね。シーズンが始まった後に状況が複雑化するような事態にはなってほしくない、と心から願っています。2020年の最終戦ポルトガルGPが終わったときは、2021年は通常のシーズンに戻るだろうと思っていましたが、実際にはそのようにはなりませんでした。今年も万全の準備を進めています。マレーシアとインドネシアでのプレシーズンテスト実施は、非常に重要な試金石です」

―とはいえ、インドネシアではいくつか問題もありました。

「2021年にSBKのレースを行ったことは、現地の主催者にとっていい経験になったと思います。今回のテストでは路面の問題がありましたが、我々は迅速に対処しました。対処方法としては、なにもしないか、問題のあった路面を再舗装するかのいずれかでした。なにも対応しない場合だと、レースは実施できなかったでしょう。現地主催者は再舗装に同意してくれました。MotoGPはインドネシアにとって非常に重要で、政府も即座に対応をしてくれたのです」

―今年はフィンランドも初開催ですね。シーズン全戦の実施は可能でしょうか?

「予定を変えずに全戦ちゃんと開催できるだろうと思っていますが、過去2年のことを考えると断言はできません。今でもよく憶えているのですが、2020年にヘレスの2連戦が終わってブルノへ行ったときに、最初の陽性者が出ました。そのときは、もうだめかもしれないと思いましたが、我々は少しずつ対応方法を積み重ねてきました。また、昨年のカタールでは関係者へのワクチン接種を実施したことで、状況が一変しました。アジアのレースはキャンセルになりましたが、オースティンを復活できたのは非常に重要だったと考えています」

開幕戦

―そして今、2022年シーズンが始まりました。

「可能な限り速やかに通常の状態に戻すことが重要です。観客席のファンやパドックのゲスト、現場で働くメディア、すべて我々にとって欠かせない人々ばかりです。一方で、パドックにはあまり多くの人々を入れない方向で変更を進めています。いわばサッカーのロッカールームのように、誰でも簡単に入れるのではなく本当に重要なゲストのみに限る、という方向性で、従来の約半分で検討しています」

―今シーズンは、バレンティーノ・ロッシ氏がいない初めてのシーズンです。2021年は、どの会場も盛大なお別れパーティのような状態でした。その反動が現れるでしょうか?

「バレンティーノがいた時代、彼は二輪ロードレースの価値を本来の姿以上へ押し上げてくれました。私見では、楽観的と言われるかもしれませんが、バレンティーノが連れてきてくれたファンの皆さんは今後もレースを見続けてくださると固く信じています。

MotoGPのスペクタクルな争いを一度味わってしまえば、もうそこから離れるのは難しいのではないでしょうか。昨シーズンのバレンティーノはなかなか好結果を出せずにいましたので、最後まで彼が速さを発揮していたことに気づかなかった方もいるかもしれません。最終戦バレンシアでは10番グリッドでしたが、ポールポジションからは0.8秒差でした。今の時代は、1秒の差がつけば17番グリッドになってしまうような状況です。

 アメリカ人ライダーたちが全盛だった時代の凄味を話してくれる人々もいますが、当時の結果を見ると、予選で1秒差があっても充分にいいグリッドを獲得できました。しかし今は、その1秒以内に20名のライダーがひしめくような状態なのです。バレンティーノは、皆の目標でした。マルケスはバレンティーノのような選手になることを目標にしていました。クアルタラロにしても同様です。バレンティーノは、いわば彼の技倆によって皆の水準を押し上げたのです。そして、彼がここに残していったものは継承されてゆきます。いまやバレンティーノはチームオーナーとなり、そのチームで彼の弟のルカ(・マリーニ)がプレシーズンのインドネシアテストで非常に速いタイムを記録したのは非常に印象的でした。バレンティーノが引退しても、この競技は近年はトップスポーツとしての地歩をさらに固めているといえるでしょう」

#46

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―イタリア勢やスペイン勢が強すぎる、という声もあるようですが。

「そうですね。したがって現在は、様々な地域でタレントカップを開催して才能を発掘する努力を続けています。スペイン勢とイタリア勢が二輪ロードレースで力を持っているのは、サッカーでブラジルとアルゼンチンが強いようなものでしょうね。我々がすべきことは、様々な選手権で才能の萌芽を見せている若い才能を見いだすこと、そして、それらの才能を伸ばしてゆくお手伝いをすることです」

―安全性の向上、という面では、昨年のムジェロで発生したジェイソン・デュパスキエ選手のような悲劇を繰り返さないためにどんな対策を取っていますか?

「世界選手権参加の最低年齢を上げる、という対応を既に取っています。ただ、運悪くそのような事態が発生してしまうこともあります。アクシデントが発生した場合、ダッシュボードでライダーへ警告を発する方法について研究を進めており、年齢の若い選手たちに対しては教育をしていく必要性も感じています」

#50
ジェイソン・デュパスキエ選手

―レースディレクションやスチュワードパネルの決定には以前から批判もあります。

「現在のシステムはうまく機能していると考えています。人はときに過ちを犯すことがありますが、システムはしっかり機能しています。スチュワードパネルの人員はできるだけ交代させない方がいいと考えています。そのほうが統一感のある判断を下せますから。また、これまでの仕事にもけっして不満足というわけではありません。他の競技で発生する様々な事象を見てみても、うまく行っているのではないでしょうか」

―昨年のF1最終戦、アブダビGPが比較するには良い例かもしれません。あの判断をどう思いましたか?

「私はF1に大いに敬意を抱いています。したがって、彼らの判断にDORNAとして意見を差し挟むことは何もありません」

―あなたはF1の代表、ステファノ・ドメニカリ氏と懇意な関係ですね。

「友人で、多くのことを一緒に取り組んできました。彼がムジェロのレースディレクターだった1992年からの付き合いです。モータースポーツ界における私の親友のひとりですよ。バーニー・エクレストン氏とも良好な関係を続けていますし、リバティ・メディアの関係者とも良い関係です。ただ、経営関係者が多いので単純な比較はできませんが。ステファノの場合は、レースについてよく話をします。この15年間、メッセージを交換しなかったレースは一度もないですね」

―エクレストン氏がペトロナスチームを買収しようとしていたという噂は本当ですか?

「彼がMotoGPのチームを所有したがっていたのは事実です。何度か話し合いを持ちましたが、結局は実現しませんでした」

―マルケス選手の目に問題が生じたとき、復帰できないのではないかという懸念はありましたか?

「複視については、さほど心配していませんでした。むしろ、腕を負傷したときのほうが、復帰できるだろうかと心配でした。ヘレスでの負傷は運が悪い出来事でしたが、いまも彼の上腕はまだ100パーセントの状態ではないようです。現在は違う走り方で対応しようとしているのでしょうね」

―ヘレスの転倒直後にレースを許可したことは、医師、DORNA、ホンダ、そしてマルケス選手自身も含めて、すべて判断が間違っていたのではないですか?

「いや、違います。誰かが誤った判断をしたとは、わたしは考えていません。何らかの事象が起こった後に批判をするのはたやすいことです。でも、たとえば2013年のアッセンで、ロレンソ氏が鎖骨骨折手術の2日後に5位でフィニッシュしたとき、皆は彼をヒーローだと絶賛しました。あるいは、ドゥーハン氏がレースに復帰してその直後に歩けないほどの状態だったときも同様です。マルケス選手の場合は、リスクを取ったものの、それがうまく行かない結果に終わりました。しかし、メディカルチェックの映像を見ればわかるとおり、自分自身が医師のもとを訪れて走れる状態であることを示した以上、どうやって制止することができたでしょう?」

#93
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―今季のドゥカティは8台態勢ですが、多すぎるのではないかという声もあります。

「ならば、他の誰かがさらに良い条件でオファーすれば良かったのではないですか。参戦権のあるチームにマニュファクチュアラーがバイクの提供をオファーするという現在の方式は、うまく機能していると思います。そこから先は、市場とビジネスのプロセスになります。我々は、最初の二台をリースすることについてはマニュファクチュアラーへ財政支援を行いますが、それ以上は関知をしていません。では、なぜドゥカティを選ぶチームがこんなに出てきたのか? それはきっと、ドゥカティのオファーする条件が魅力的だったからでしょう。自由市場なのですから、わたしが何かを強制できるわけではありません」

―アプリリアが強くなっているのはいい兆候ですね。

「アプリリアは非常に重要な存在です。そしてそれはまた、コンセッションシステムがうまく機能していることの証でもあります。このシステムを受け入れてくれたホンダとヤマハには本当に感謝をしています。ドゥカティ、スズキ、KTMはこのコンセッションシステムを活用して力をつけました。いま、コンセッションション陣営にとどまっているのはアプリリアのみです」

―ヴィニャーレス選手とアプリリアのペアはうまく行くでしょうか?

「テストを見る限りでは、うまく行っているようですね。今季の行方に注目しましょう」

#アプリリア
#アプリリア

―今後のMotoGPはどうなっていくのでしょうか。

「2026年まで、22戦を超えることはありません。2023年には、スペインの開催地が順次交代になるでしょう。たくさんの候補地が待っている状態ですから。アフリカではレースを開催していませんし、ブラジルもそうですね。ただ、レースをするにも妥当なサーキットがないのですが」

―F1はNetflixでドキュメンタリーシリーズを配信して好評を博しましたが、MotoGPでは「MotoGP Unlimited」がAmazon Primeでスタートしましたね(日本未配信)。これで、さらに人気が上昇するでしょうか?

「そうであってほしいですね。この番組でMotoGPのことを知らなかった多くの人々に面白さを知っていただく好機になるのではないでしょうか。F1の場合と比較しても、チームやライダーたちが積極的に協力してくれたので、今まで見ることのできなかったような面もあらわになっていると思います」

―次の時代のMotoGPを担う最有力候補は誰でしょう?

「皆が候補だと思います。次のバレンティーノ、を探すことに意味があるとは思えません。バレンティーノは125ccでデビューしたときから独自の異彩を放っていました。また、クアルタラロはフランスでのMotoGPの認知を大きく変えてくれました。我々がMotoGPに関与したのは1992年からで、1993年にはウェイン・レイニー氏の事故がありました。あのときは、彼のいないグランプリはいったいどうなってしまうのだろう、と皆が不安に襲われました。やがてドゥーハンの時代になり、まったく違う個性とアプローチでファンを魅了しました。やがて彼も去り、将来はどうなってしまうのかと思ったところにクリビーレとロバーツJrが王者を獲得し、バレンティーノが登場しました。人工的に潮流を作り出すことが我々の仕事なのではありません。このスポーツはそれ自体がすでに充分素晴らしいものなのです」

―F1はフォーマットを変更して、スプリントレースの要素を導入し始めています。MotoGPも何か変更を検討していますか?

「F1には常に敬意を抱いています。我々と共通の問題もあれば、それぞれ別個に抱えている課題もあります。少なくともショー的な面で、我々には課題はありません。あちらにはその問題があって、解決を目指しているようです。MotoGPは土曜にレースをする必要があるとは考えていません。予選はとても見応えがある内容で、観戦している方々もそれを楽しんで観てくださっていますからね」

MotoGP


【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


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2022/03/16掲載