DCTを味方にしたエンジン
近頃の大排気量ツアラーモデルとなると、デュアルパーパスタイプ、いわゆるアドベンチャーの人気が高く話題となることが多い。このNT1100はそれとは違う、舗装された道を快適に遠くまで走るところにこだわったオーソドックスで硬派な新型オンロードツアラーモデルだ。ホンダの国内市場には同じカテゴリーに6年ほど前までVFR1200Fがあった。そのVFR1200Fが採用して話題となったのが二輪車用としては世界初のDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)だった。2010年の発売と同時期にあったVFR1200Fの試乗会で初めて最初のDCTを体験。クラッチレバーがないスクーターとはまったく違う段付きオートマチック変速の不思議な走りを鮮明に覚えている。変速のスムーズさも含めて間違いなくメリットはあると認めたが、初期DCTはまだ直感的に扱いづらい部分があり必需品かと問われると返答に困るような感想だった。
あれからDCTはブラッシュアップを続けた。後継機種であるNT1100を走らせて、まずはその進化を実感した。NT1100はCRF1100Lアフリカツインのエンジンとフレームをベースにしている。旧型のCRF1000Lから現行CRF1100Lになって多くの部分でレベルアップしていることに驚いたが、その最たるものが998ccから1082ccになった水冷4ストロークOHC4バルブ並列2気筒エンジンの完成度の高い気持ちよさだった。これもその印象をまるごと受け継いでいる。270°クランクのパラツインエンジンは、吸排気系を専用のものにして、CRF1100Lにもあったスロットル操作に対して素早く反応して、トルクフルで蹴り出すような加速が味わえる。NT1100はさらにスムーズさを増したフィーリング。個性が薄れた、薄味になったのとは違う。バタバタっとしたパルスがしっかりあって積極的に回転数を上げていくのがおもしろく、息の長い加速の角を丸めてなだらかにしている。このエンジンと合わさったDCTは発進の巧みさ、変速の滑らかさ、いろんな場面で違和感が出ないようにした制御の作り込みはなかなかだ。
市街地、高速、ワインディングと走行してみて、選択としてMTモードがあっても私はATモードで十分。通常はATの中で選択できるD(ドライブ)モードで、ちょっと走りを楽しみたければはより高回転まで引っ張って変速していくS(スポーツ)モード。左手の人差し指でギアアップ、親指でダウンができるマニュアル変速用ボタンを使い、ATモードのままでもエンジンブレーキが必要なら親指でダウンするだけと簡単。例えば、コーナー立ち上がりで強めの押し出しを望むなら、進入からシフトダウンしてエンジン回転数を上げた状態にするやり方ができる。流すような走り方なら旋回の途中でシフトダウンしてもいい。その場合でもショックは少なくトラクションが抜けるようなことはまずない。感覚的には最近のクルマが装備しているオートマチックでマニュアル操作する機能とおんなじ。
Sモードだと右手の操作に対する反応が鋭く、開けたり閉じたりしての加減速が大きめに出るので、ツーリングモデルとして心地の良いクルーズなら通常はDモードのほうが変速ショックも含めてなだらかな走行フィールだからオススメ。DCTのD/Sモードの他に、TOUR/URBAN/RAINと2つのユーザー設定項目をあわせた5つのライディングモードもある。プリセットのTOUR/URBAN/RAINでは、それぞれでパワーレベル、エンジンブレーキ、ホンダセレクタブルトルクコントロールが変化。力強い加速を常に欲し、坂道の上り下り、混雑した街から高速合流や巡航など、なんでも無理なく使え汎用性が高いのがTOUR。メーカーによる標準仕様は、それよりほんの少しだけパワー特性が控えめなURBANだけど、TOURで街中でも手に余ることはなく多くの人にとって困りはしないはずだ。RAINはすごくロースロットルになったよう。
とにかくDCTとエンジンの制御は好印象。自我を出して、CRF1100Lから基本的にこのパラツインエンジンが好きなのを白状しよう。程よくパワフルで刺激があり、楽しく速度を上げていける。レブル1100、そしてこのNT1100と使われたのは納得できる。コストや事情もあろうが、それだけではないはずだ。ただし唯一改善してほしいところがある。それはDCTのギアアップ、ダウンスイッチが私には遠いこと。身長170cm、体重66kgで同じくらいの体格の人と比べても手のひらが小さく指が短い。一般的に売られている市販の手袋だと成人用Sサイズがピッタリ。どうしても通常のグリップを掴む位置だと操作したくても指が微妙に届かず、内側に握りなおして、頑張って指を伸ばすことが必要。誰でも気軽にできる位置に欲しい。オートマチックで十分と述べたが、やっぱり触りたいシチュエーションはあるから、とっさにできた方がうれしい。多く並んで最初は戸惑う操作スイッチ類は大丈夫だが、それに隠れるよう下側にあるウインカースイッチもオートキャンセル機能があるとはいえ、いくらか近くてももいいかな。逆の右手側のフロントブレーキレバーに調整機能があるのは大いに評価したい。
こだわったのは上質と快適
前に大きいフェアリングが存在し、ハンドル位置は普通のオンロードスポーツより高めでその後方に盛り上がった20L容量の燃料タンクがどーんとある。ファーストインプレッションは「意外と大きい」だった。車両重量は248kgで決して軽くはない。それでもハンドルを掴んで押すとスルスルと進めて、その数値から覚悟したほどの手応えはない。エンジンを始動して動き出してしまえば、大きさや重さの意識は遠のく。上半身の姿勢は、前傾角を5°に設定したというアップライトなもの。ラバー付ステップはお尻の中心より前にあり、高すぎないからヒザの曲がりに窮屈さはない。燃料タンクをニーグリップするフィット感が良くポジションの自由度は高い。シートは前側の角を大きく落としていて座面の高さ820mmのスペックより足着きは良い印象だ。反面、小柄な人はハンドルをロックトゥロックまでゆとりを持って操作できる位置に腰かけると、座面幅が大きい部分より前に座ることになるからお尻が大きい人(私)は悩ましい。これがもっとスポーツ走行が得意なモデルだと容認できる。でも長時間、長距離を快適に移動することを得意とするなら、楽をすることに欲張りな人間だと前置きして多少気になる。
山道や低速で交差点を曲がったりする時のフットワークは軽く、どの速さでも安定感を保っている。フレンドリーなエンジンもあり、たちまち馴染んで思うように動かせた。いつでもハンドリングには落ち着きがあり前後の荷重バランスも絶妙。曲がる一連の動きに特別なテクニックを必要とせず従順。スポーティーすぎず鈍くさくもない。好いところをついている。ネットを介したインタビューで、LPL(開発責任者)の清野高司氏が、オートバイとしての上質さにこだわってほしいと開発陣にお願いしたと話したが、それが理解できる乗り味。SHOWA製SSF-BPフォークにはトリプルレートのスプリング、リアのプロリンクのショックユニットにはダブルレートのスプリングを使って、サスペンションのビギニングが速く奥で踏ん張るプログレッシブな特性。
リアの駆動系にはCBR1000RR-Rのものを流用するなどバネ下重量を軽くしてもいる。クルージング時はソフトにいなしてゆすられるような動きにならず、アクスルストロークが前後150mmと大きいサスペンションがスピードを上げて入り込んでもへこたれるような頼りなさ、不安定さはない。タイヤは路面をとらえ続け安心が途切れない。ぐっとフォークが入り込みつつフロントブレーキレバーを強く握り込んで、締め込むように減速できるのは好みだ。後方の安全を確認してエマージェンシーストップシグナル機能によってハザードランプが高速点滅するまで急減速させても問題なし。乱れもしない。
快適さと走りを突き詰めると電子制御サスペンションという選択も思い浮かぶ。しかし車両の売価を考えるとそれは現実的じゃなく、機械的に煮詰めたこの仕様にうなずけた。制限されたマテリアルを使い上手くチューニング。極端にネガティブな部分がなくバランスがとれていると言える。38°と大きめに切れるハンドルと、DCTのエンストしないイージーさも加わりUターンをしやすいから、初めての旅先でうろうろしたい気持ちを削がないだろう。一点引っかかったのは、極低速で180°方向転換をやろうとして、スロットルを閉じDCTのクラッチが切れ駆動が途切れると内側に倒れ込み、スロットルを微妙に開けるとクラッチが繋がり思ったより前に出るさじ加減。半クラッチを自分で調整できないから慣れが必要か。
ストレスフリーで行こう
最後に語る重要項目は空力だ。これはかなりこだわった仕様になっている。先端から末広がりになりライダーの体をカバーするフェアリングとスクリーン、そして足元にあるディフレクターによる防風効果はとても高い。試乗日は2月の寒い日だったので、その恩恵をリアルにあずかれた。高速道路で速度を上げていっても向かってくる風に体が押し戻されるようなところはない。けっこうな高速域でも上体をふせる必要はなく穏やかな世界。5段階に高さ調整できるウインドスクリーンがいちばん低い位置でも、風が当たる感じは肩より上のヘルメット部分で、最も高い位置にして防風効果を最大にすると平和さが増す。グリップヒーターを標準装備しており、それはもうカンフォタブル。この高さ調整が運転中にできないのはやや残念。
NT1100は、ライダーを興奮させるようなケレンをきっぱりと捨てて、どこまでも楽ちんに走り続けられることに注力した正統派大排気量オンロードスポーツツアラーだ。鋭い目つきでアグレッシブに見えても、乗ってみると個性は強くなく質実剛健。いろんなライダー、いろんな場面にフィットする汎用性の高さが魅力。ジェントルな大人の世界がある。こういうのを待っていたライダーは確実にいる。走り続けることをいとわない。日本で売るのはDCT仕様のみ。バイクとしての使い勝手、走行性能においてそれで不満なく受け入れられる。乗り物としてできあがっている。それを踏まえてもせっかくなら欧州で売っているマニュアルトランスミッション仕様も欲しいとわがままを言いたい。ユーザーにとって選択肢が増えることは不利益にならない。それで価格がより抑えられたらなおさらだ。
(試乗・文:濱矢文夫)
■型式: 8BL-SC84 ■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒OHC4バルブ ■総排気量:1,082cm3 ■ボア×ストローク:92.0×81.4mm ■圧縮比:10.1■最高出力:75kW(102PS)/7,500rpm ■最大トルク:104N・m(10.6kgf・m)/6,250rpm ■全長×全幅×全高:2,240×865×1,360(スクリーン最上位置1,525)mm ■ホイールベース:1,535mm ■最低地上高:173mm ■シート高:820mm ■車両重量:248kg ■燃料タンク容量:20L ■変速機形式:電子式6段変速(DCT)■タイヤ(前・後):120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式ディスク ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:マットイリジウムグレーメタリック、パールグレアホワイト ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):1,683,000円
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