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―さきほどの合同取材では、最終戦翌週にヘレスで実施したテストの感触が良かった、という話がありました。じっさいにスズキは2021年シーズンの早い時期から2022年プロトエンジンにトライしていたようです。レギュレーション上、2021年シーズンはエンジンそのもののアップデートが禁止されて2020年と同一スペックだったため、今回は2年ぶりのアップデートになります。スペックの変化は通常の1年分よりも大きいのでしょうか?
河内「ホントは2年分行きたいんですが、1.5年分くらいでしょうか。今回は時間があったので、毎年だとちょっと躊躇するくらいの大きな変更もできました。何回も慎重にテストを重ね、ファーストプロトタイプ、セカンドプロトタイプと来て、いまはサードプロトくらいなんですが、早めに実装してライダーにも確認をしてもらいました。ベンチでの評価には出てこないような、コースを走らせてみたときのフィーリングやコントロール性はしつこいくらいに検証しました」
―その感触がヘレスでも良かった、ということですか?
佐原「そうですね。気になっていたのはやはり、最後にそれを使うGPライダー、アレックスとジョアンの評価でした。アレックスは細かいフィーリングの差に関して、ジョアンよりもむしろ厳しいくらいなんですが、そこでも合格点が出たと我々は判断しています。フィーリングを損ねることなく、性能面でもライダーが充分に感じることのできる向上幅だったので、そういう意味では河内が言ったように、通常の更新よりも全体の向上幅は大きいのかもしれないですね」
―車体に関しても、エンジンの変化に合わせて大きな変化をしていくのでしょうか?
佐原「それもあるし、逆に『車体としてこういうものが求められているから、エンジンもこういう方向に行った方がいいんじゃない?』ということで作ったものが今の(プロト)エンジン、という言い方もできます。エンジンが変わった分、車体が適応していかなきゃいけない部分も出てくるだろうし、車体が変わればエンジンの変化も求められる。だから、常にそういう追いかけっこをすることによって全体のバランスを維持していくのだと思います」
―その車体とエンジンのバランスに、2021年はライドハイトデバイスという要素が入ってきました。スズキの名称ではRHA(Ride Height Adjuster)というこのマテリアルについて、佐原さんたちは「まだ開発途上」という言い方をすることが多いように思いますが、それは自分たちが目標としているところに対してまだ途上ということなのか、あるいは競争相手との相対的な比較としてまだまだ発展途上ということなのか、どちらなのでしょう?
佐原「現在、我々が使っている形式がドカティと同じものかどうかはわからないし、他社はもっと進化した形式だったりするのかもしれません。ただ、我々はいま使っている形式の中でいったん完成をさせたいので、その意味でまだそこには至っていない、と考えています」
―数字で表現するのは難しいかもしれませんが、現在は目標に対して何パーセントくらいの仕上がりなのですか。
佐原「難しいなあ……。もしかしたら、7割くらいは行っているかな。でも、もうちょっと低いかもしれません。まだ3~4割足りない、と我々が考えているところが完成すれば、現在の機構としてはサーキットの加速性能に寄与できると思います。もちろん、いまでも寄与しているんですよ。でも、その目標に到達すれば、ライバルと同じステージに立てるでしょう。そうなればまた新たに次の目標が自動的に出てくるんですが」
―その現在の機構は、2022年の開幕に間に合わせる、ということですか?
佐原「そうですね。簡単ではないですが、やるつもりでいます」
―このようなデバイスが登場したことで、セットアップの考え方やレース戦略の組み立ては、デバイスがないときと比べて変わってくるものなのでしょうか。
河内「まだ、いいところとわるいところがあるんですよ。他社を観察したり自分たちの良くなった分を見たりしながら、RHAありきで考えなければいけない。RHAを装備すると重量も増えるしバランスも崩れます。いまはそのバランスを探している最中なんです、作業として。だから、RHAが出てきたことによって、取り組みではないけれども、ちょっと考えを変えなければならない部分はあると思います」
―セットアップが変わるということですか。
河内「セットアップは、知らない間に変わっているかもしれない。でも、RHAが付いたからって、意識して何かやってるという部分は……まあ、あるにはありますね」
佐原「単純なことを言えば、重量は増えるわけです。でも、オートバイがただ重くなってしまうのは面白くない。その重量を相殺できるように、他の部分の軽量化を含めて順次変えていかなければならないところはありますね」
―現状で何キロくらいかというのは……
佐原「それは差し控えさせていただきます(笑)」
―2021年は、ドゥカティが良く曲がるようになった印象があります。それはライダーによる力なのか、あるいはバイクの変化なのか。それとも、特に何も変わっていないのか。この点について、佐原さんと河内さんはどうお考えですか。
佐原「難しいのですが、バイクとライダーの両方だと思います。2年前のバイクで走っていたバスティアニーニ選手も、速いところでは速かったじゃないですか。だから、彼らの陣営内でその都度速いライダーの走り方を研究していたところもあるんじゃないでしょうか。このコースに行ったらこのライダーが速い、他のコースに行ったらこの選手が速い、ということでそれを研究して全体的にレベルアップし、ドゥカティ全体の速さに繋がっていた気がします。ドゥカティのバイクも速くなっていると思いますが、2年前の仕様でも速くなっていることを考えると、何かが大きくガラッと変わっているというよりも、たとえば制御の部分で変わっているのかもしれません。だから、コーナリングでも減速時のエンブレの効かせかたや立ち上がりの加速も含めて良くなった結果、今のドゥカティになっているのかな……、と状況証拠からつなぎ合わせた推測ですが、私としてはそう思います」
佐原「バレンシアでアレックスがドゥカティの後ろを走っているときに『旋回性は自分のほうが優位性があるように感じる』と言っていました。それもあって今シーズンは、『ここで抜こう』と思って無理をして転んでしまうこともあったのかもしれません
―DORNAは、2024年から合成燃料の使用を40パーセント以上、2027年からは100パーセントにすることをアナウンスしています。これは、動力性能や燃費なども含めてエンジン開発の考え方に影響するものなのでしょうか?
これは、そのようなルールができたから仕方なく対応する、ということではなくて、むしろメーカーが率先して進めていかなければならないことだ、と我々は考えています。レース運営そのものの継続性やサステナビリティを考えれば、当然やらなればいけないことだし、社内のレース部門である我々の立場としても、カーボンニュートラルやサステナビリティの研究開発をすることで将来的に量産車輌や製品に反映させていくという使命があります。その意味でも、この方向性は是非とも前向きに捉えていきたい課題です」
―合成燃料にすることで、燃料としての効率そのものは落ちるのですか?
佐原「理屈としては、そう言われていますね。その差が無視できる程度なのか大きいものなのかはまだわかりませんが、何かしらの影響はあるでしょう」
―自動車産業自体はEVやFCV、ハイブリッドという方向へ進み、スズキもその方向に向けて精力的な製品開発をしています。そんななかで、二輪車のプロトタイプコンペティションとしてのMotoGPは今後どういう方向に進むべきだと思いますか?
佐原「20年や30年という長期的スパンだと話は違うかもしれませんが、少なくともそれ以下の短い期間を考えると、レースに限らず中型大型のオートバイでガソリンエンジンはしばらく生き残っていかなければなりません。そのためには、燃料への対応が重要です。これは燃油企業さんだけの仕事ではなくて、その燃料を使う車輌のエンジン開発という意味で、MotoGPも同じ方向を目指して行くと思います。(合成燃料を使用する)ガソリンエンジン開発という目的も含めてレースを続ける。一方では、さらに遠い将来に向けて、各メーカーはEVや水素エンジン等、様々な手法の模索を続けています。我々も、企業としてはそこの研究開発も進めながら、MotoGPや二輪量産車は、当面はガソリンエンジンを使うカーボンニュートラルやサステナビリティの追究が大きいところを占めていくのではないでしょうか」
河内「MotoEの現在を見ていても、簡単に電動にスイッチするわけにはまだちょっといかないでしょうし、個人的には希望的観測として、燃料の工夫等で内燃機関が残ってくれればいいなあ、と思っています」
―レシプロエンジンを使った競技は今後も続いていくと思いますか?
佐原「いつまでも、ということはおそらくないでしょうね。でも、できるかぎり長く続いてほしいとは思います」
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!