―選手たちは、2022年に向けたマシン開発についてパワー面の向上をリクエストしていると聞きますが、そのあたりの状況について教えてください。
「ライダーのコンプレイン、期待はそのとおりです。我々としても、今の状態には危機感を持っているので、最高速を向上し、ストレートでもう少し戦いやすいようにすることを、優先度を高くして取り組んでいます。ただ、現在の強味である高い旋回性などの長所を失うと、ストレートスピードが数キロ上がったとしてもラップタイムは簡単に落ちてしまいます。だから、現在の長所を維持したうえで、弱味を克服していくのは技術的に大きなチャレンジなのですが、その難しい課題に向けていまはがんばっているところです」
―ヤマハの良いところを保ちながら、例年どおりに着実なステップアップをしていく、ということですね。
「本当はビッグステップといきたいところですが、我々としても最大限のところでがんばっています」
―最終戦バレンシアのデータを見ると、ドゥカティのトップスピードは時速337.0kmであるのに対して、ヤマハは時速325.8km。コンパクトなバレンシアサーキットでも、時速10km少々の差がある、という厳しい状況です。来年に向けて、数値的な上げ幅の目標などはありますか?
「もちろん、できれば同じがいいんですが(笑)、状況的に時速数キロ遅かったらまったく戦えないのか、というとそういうことでもなくて、ある程度以内の差であれば戦える幅は増えます。だから、ポジションを守れるスピード、というものが現実的な目標になると思います。スリップストリームを使える程度の差とか、そういったところを考えながら現実的なターゲットを定めて開発をがんばっているところです」
―ライドハイトデバイスについて教えてください。最初に入ったのは、フロントとリアのうち……?
「最初はリア、その後にフロントです。フロントを入れたのは、今年のムジェロ(第6戦)からですね」
―では、シーズン初頭はリアだけ?
「はい」
―リアだけのときもライドハイトデバイスとして使っていたのですか?
「構造上はできます、という答えになるでしょうか。使っていたかどうかについては、お答えできないんですが……(苦笑)」
―ヤマハのデバイスはマニュアルなのですか、あるいは機械的に何かしらのオートマチックな機構を採用しているのでしょうか?
「そこはお答えしにくいですね。この分野はいま、各社ともホットな技術の話題なので、答えはちょっと控えさせてください」
―MotoGPクラスの燃料は現在、化石燃料が使用されています。2024年からはこの燃料に占める非化石燃料の割合が40%以上、2027年には100パーセント非化石燃料を使用する、という発表がDORNAから11月末にありました。非化石燃料、つまり合成燃料等を使用すると、エンジンの出力や動力性能、開発の方向性などには影響を及ぼしますか?
「そうですね、まちがいなく影響します。もうすでに研究を開始している陣営もあるかもしれませんね。2024年って、まだかなり先のように見えてもじつはすぐ目の前ですから。だから、我々ヤマハも燃料サプライヤーと一緒に取り組みを始めたところです」
―非化石燃料だと出力は落ちるのですか?
「出力だけではなく燃費にも影響するでしょう。化石燃料と非化石燃料では、エネルギー密度が異なると思います。どのような材料を使うのかは、ガソリンメーカーによって違うかもしれませんが、化石燃料とまったく同じ、というわけにはいかないと考えています」
―非化石燃料を含めて、自動車産業全体は趨勢としてカーボンニュートラルを目指す方向に進んでいます。この状況のなかで、プロトタイプマシンで争うMotoGPは今後どうなっていくのか、また、どういう方向に進むのがはたして望ましいのか。鷲見さんの考えを聞かせてください。
「カーボンニュートラルは現代社会全体の目標で、ヤマハ発動機としても目指すべき方向だと考えています。その手法については、いまはまだ皆がいろんな方法を模索している段階で、各社それぞれにベストなものを探そうとしている状況だと理解しています。そんななかで決まった2027年の100パーセント非化石燃料化というカーボンニュートラルの方向は、MotoEという選択肢もあるけれどもMotoGPとしては内燃機関でそういう方向性を目指す、ということですよね。だから、我々としては非化石燃料をうまく使いこなして従来と同じようにレースを盛り上げ、見てもらって面白くて愉しいモータースポーツの実現を目指し、同時に我々も、技術的なチャレンジとしてMotoGPを使って将来的なカーボンニュートラルのひとつの方向性を示していきたい、と考えています。
また、我々はMotoGPをただショーのためにやっているわけではなく、実験室としての機能も重要な側面だと考えています。だから、そこで培ったカーボンニュートラルの技術と知見を量産車に繋げていくことも、テーマのひとつです」
―レシプロエンジンを使った競技は、いつまでも続くと思いますか?
「(しばし黙考する)……、続いてほしいなと思います。皆さんがそれを望めば、その方向へ進むでしょう。少なくとも今までと同じ音や匂いといった刺激を維持しながら、それでもカーボンニュートラルの姿を見せること、こういうやりかたもあるんだよ、と示すこと。それが、我々MotoGPの世界が進もうと決めた道なのだと思います。
いまは、たとえばラディカルにすべてを電気モーターにするのではなく、内燃機関と非化石燃料という形で両方の折り合いをつけながらカーボンニュートラルを目指していくこと。それが、モータースポーツの魅力を保ちながらこの競技を長く続けていく方法なのでしょうね。そして、それが正解だったのかどうかは、歴史が判断することなのだろう、と思います」
―2022年は、ヤマハVR46マスターキャンプチームがMoto2クラスに参戦します。ヤマハは将来的にMoto2の車体開発などに取り組む考えはありますか?
「ありません。このチームは、バレンティーノ・ロッシ氏とヤマハが長年コラボレーションをしてきたVR46マスターキャンプという人材育成プログラムの受け皿として、新たにMoto2クラスへ参戦する、というプロジェクトです。
若手選手が育ってステップアップしていくためには、草レースから頂点に至るまでのそれぞれのレベルで上を目指すことのできるプログラムが必要ですが、ヤマハにはたとえば『bLU cRU(ブルー・クルー)』というプログラムがあって、これはヤマハのオンロードスポーツモデルやオフロードコンペティションモデルを使用するアマチュアライダーを全方位的にサポートしようというものです。その出身選手からはすでに、AMAスーパークロスやAMAモトクロスでチャンピオンになった選手もいます。さらにロードレースの世界では、VR46と協力してこれまでもマスターキャンプというプログラムをずっと続けてきたので、このMoto2チームはその延長戦上の活動、という位置づけになります。つまり、メーカーとしての技術的な活動ではなく、人材育成活動を続けてMotoGPへと繋がる場を提供する、ということが目的になります」
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!