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エンタメ

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後(しょうぜんけいご)」。

第15回 本田宗一郎氏生誕の地を訪ねて -ものづくり伝承館とカブミーティング 大集合in天竜-

「ポンポンCLUB浜松」代表の宮地武夫さんから電話をいただいたのは、今年の1月頃でした。5月3日にカブファンのミーティングを開催するので、スーパーカブをテーマに講演して欲しいというものでした。私には荷が重い相談ですが、本田宗一郎氏生誕の地を訪れてみたい気持ちのほうが強く「私でよろしければ伺わせていただきます」と、即答しました。
 会場は、浜松市天竜区二俣町の「天竜壬生ホール」駐車場で、講演はホールの一室で行う段取りでした。このイベントは、私よりもカブ経歴が長い人たちが圧倒的に多いわけで、知ったかぶりをするととんでもないことになりそうです。以前に講座用として作成した資料がありますので、これをベースにして改廃すれば何とか聞いてくれるものになりそうです。テーマは「スーパーカブロングセラーの秘密」としました。
 移動は、もちろんスーパーカブ110(60周年記念車)です。リアのB0Xは大きいものに変えて、2泊コースにしよう。など久しぶりのロングツーリングに備えていました。そのような中、新型コロナウィルスの勢いは収まらず、残念ながら中止となってしまいました。

 ここで、「ポンポンCLUB浜松」の紹介をさせていただきます。代表の宮地武夫さんは、本田技研工業のOBで、郷土の偉人本田宗一郎氏の顕彰活動を20年ほどおこなっている他、バイク仲間との交流イベントや、安心・安全なまちづくりなどのボランティア活動も精力的に行っています。活動の一環として、「本田宗一郎かるた」を今年の4月に完成させました。構想から7年の歳月を要した力作です。読み札は、公募も実施。絵札は、地元の子供たちにも参加して創り上げたものです。

本田宗一郎かるた
一枚、一枚に苦労された跡がうかがえます(かるたは、一般販売はしていません)。

 それから1か月くらい経った6月頃に、宮地さんからまたお誘いの電話がありました。今回は、「本田宗一郎物語」と題した講談を行う。講談は有料だが、その前座としてカブの講演を行ってほしいという相談でした。無料であれば、「素人の私でもなんとかなりそう」なので即OKの回答をしました。
 数日後、立派なポスターが送られてきました。「本田宗一郎生誕115年 没後30年記念イベント」という重厚なものでした。気候の良い9月23日(木・祝)ですから、移動はスーパーカブ110に決めました。
 9月に入り、12日に予定されていた緊急事態宣言は、あっさり9月30日まで延長されてしまいました。静岡県でも感染状況は思わしくなく、このイベントも中止の判断になりました。主宰者の宮地さんは「本田宗一郎をテーマに掲げているので、万一でも感染者を出すわけにはいかない。準備万端整ったがあきらめるしかない。またの機会によろしく」と、気持ちの切り替えが早い。「またの機会」は無いだろうな。と思いながら、宮地さんのご苦労には頭が下がる思いでした。
 そうこうしているうちに、宮地さんから「またの機会」の電話がありました。
「11月14日にカブミーティングを考えているんだけど、来てくれる? 会場は用意した」
「分かりました。伺います。パソコンを持っていけばいいですね」
「講演の会場には、カブを3台ほど飾ろうと思っているんだ。いい場所だよ」
「話は素人なので、私が携わった書籍とかパンフレットや古いカタログを持っていきます。テーブル1つあれば、皆さんに自由に見てもらえると思います」
 そんなやりとりがあり、いよいよ三度目の正直です。

 カブミーティングの前日は、顔合わせと準備の後に、本田宗一郎ものづくり伝承館を初めて訪れました。建物は、旧二俣町役場を改修したもので、中に入ると地元産の木材をふんだんに使った「人と自然のぬくもり」を感じる空間です。

本田宗一郎ものづくり伝承館
本田宗一郎ものづくり伝承館。歴史の重みと懐かしさを感じる外観です。

 1階では、ホンダコレクションホール所蔵のレーシングマシンが目に飛び込んできます。ともに世界選手権ロードレースでチャンピオンを獲得した500ccクラスのワークスマシンです。

RC181
左は1966年にメーカーチャンピオンを獲得した「RC181」。空冷4ストローク4気筒エンジンを搭載し、最高出力85馬力以上、最高速度260km/h以上を誇りました。ゼッケン4は、マイク・ヘイルウッド選手のマシン。右は1997年に、ライダー&メーカーチャンピオンを獲得した「NSR500」。全15戦15勝という圧倒的な強さを誇りました。ゼッケン1は、マイケル・ドゥーハン選手のマシン。2台のマシンには約30年の時間が流れています。その技術の変遷を間近に見られます。
企画展
2階は、令和3年度企画展が開催されていました(11月28日まで)。本田宗一郎氏直筆の絵画や絵皿などが一堂に展示されていて、天才発明家であるとともに、芸術にも秀でていたことが分かります。

かぶ
野菜の「かぶ」は、「カブ」を連想しますので、しばし鑑賞していました。
思い出の二俣城
「思い出の二俣城」 二俣の地で見ると、格別なものがあります。

ホンダ関連書籍を自由に閲覧できるコーナー
日本や世界各国から授与された勲章の数々をパネルで紹介しています。こちらは、ホンダ関連書籍を自由に閲覧できるコーナーです。私が取材などに携わった書籍もあり、嬉しい限りです。

 本田宗一郎ものづくり伝承館は、本田宗一郎という天才発明家が手掛けた製品の紹介よりも、人柄、精神性、人間性を知ってもらいたいという願いが込められています。素晴らしい展示内容はもちろんですが、笑顔で迎えてくださるスタッフの方々や家族連れで見学に訪れている人たちを見ていますと、「本田宗一郎さんは愛されているなぁ」と感じ入ってしまいました。何度でも訪れたい場所です。

 11月14日(日)は、天候に恵まれ東京から来場されたカブオーナーさんもいらっしゃいました。

受付
受付は、ボランティアスタッフがてきぱきと行います。
開会式
開会式。主宰のポンポンCLUB浜松の代表者、宮地武夫さんによる歓迎のあいさつとミーティングスケジュールの説明です。

スーパーカブ
スーパーカブ系は70台を超えるエントリーです。
開CT
ハンターカブ誕生60周年(C105H ハンターカブが全日本自動車ショウに出品されたのは、60年前の1961年でした)を記念して、CTシリーズが30台以上集合しました。もちろん、最新のCT125ハンターカブのオーナーも駆けつけてくれました。

アクティ
今年で生産終了したアクティ トラック。「ありがとうアクティ トラック」として、働くクルマとして長年愛用されてきたアクティシリーズが集合。宮地さんもオーナーの一人です。
天竜壬生ホール
講演会場となった「天竜壬生ホール」です。会場入り口には、なんとももったいない看板が(クリックすると出現します)。

講演会
「スーパーカブロングセラーの秘密」をテーマに、40分ほど自作の資料で紹介させていただきました。
講演会
天竜壬生ホールは、天竜材をふんだんに使い音響にも配慮した施設とのことです。私のような話の素人には不釣り合いですが、このような会場を手配してくださったポンポンCLUB浜松の皆さんには頭が下がる思いです。

 本田宗一郎氏生誕の地で、創業者自ら指揮を執って創り上げたスーパーカブをテーマにお話しできたことは、恐悦至極です。 この二俣の地で、末永くスーパーカブやオートバイの集いが続けられる事を願い、再会を約束して天竜を後にしました。


高山正之
高山正之(たかやま まさゆき)
1955年山形県庄内地方生まれ。1974年本田技研工業入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。1994年から2020年の退職まで二輪車広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードのホンダ党。


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2021/11/25掲載