JRの西明石駅前の商店街を抜けるとそこにカワサキの本拠地があった。セキュリティーゲートをくぐるとどこか下町風情だった街並みから一転、綺麗な建物が広い敷地にあった。その経営と営業関係が入るビルに入ると、ボーイング787用のジェットエンジンがまるで巨大な和太鼓のごとく鎮座する手前に、NinjaH2とメグロK3、そしてサイドバイサイドのスポーツマシン、テリックスKRX 1000が鎮座している。
バイクはともかくこのサイドバイサイド、日本ではあまりなじみがないので解説をしておくと、北米やヨーロッパでも人気を持つオフロードビークルだ。名前の由来は、ドライバーとパッセンジャーが横に並んで乗る、というところからきている。見た目はATVの兄貴分的キャラだが、そのサイズは驚く。ジムニーシエラが並んでもまったくひるまないような体躯は現物を見ると圧倒されるほど。
DOHC並列2気筒エンジンの排気量は999㏄。それをスペースフレーム後部に搭載し、4輪独立懸架の足周りは巨大なFOXショックで支えられている。15インチのビードロックタイプのホイールが小さく見えるタイヤは、外径が30インチを誇り、4輪駆動だけに前後のタイヤサイズは同値だ。
展示車はプレミアム・ルーフやライティングパッケージなどのオプションを装着しているようで、アメリカでのプライスはおよそ250万円というところだろうか。ボンバルディアを始め強豪ひしめくこのカテゴリー。ターボ付すら珍しくもないホットゾーンだ。地味に見えるなんて商品性にならないのだろう。
「ホントはZX-25Rを買って5時間耐久に出たいんですが、
まずは私が乗るよりお客様のバイクを確保です!」
記者会見に現れた(株)カワサキモータースジャパンの新社長・桐野英子さんは、ストライプの入ったグレーのスーツを着こなし、フォーマルウエアを纏ってもどこか活発さがにじみ出る女性だった。
就任の率直なお気持ちは? という問いかけに「大役であり重責を負うため身が引き締まる思いです」と語り始めた桐野さん。しかし大相撲のインタビューのような硬い感じはこの一問だけ。ザックバランに行きましょう、と自ら空気を変えて見せた。
1991年に川崎重工業(株)への入社以来、一貫してモーターサイクルと関わってきたという。Ninja H2Rの商品企画を担当し、その他にもKXシリーズやZXシリーズなどパフォーマンス系モデルを多く担当してきた。その職歴の中にはフランスのカワサキ販社で代表を務めた経験もあり、経営手腕は高く評価された人なのだ。
フランス時代にはER6でのワンメイクレースがあればリーズナブルにモータースポーツが楽しめる、というジャーナリストからの提案があり、それを実践。現在、ZX-25Rで展開しているワンメイクレースも、ビギナーへの門戸を開きたいという思いは変わらないそうで、ご自身でもサーキット、SPA西浦を走ってきたばかりだという。「本当に楽しかった! ZX-25Rのクイックシフターは最高、気持ちイイですよ!」とバイク好きな発言が輝いていた。
「ZX-25Rのワンメイクレースですが、楽しんでいただいている姿は予想通り。しかしもっとビギナーの人に向けたクラスやトレーニングなども増やしてゆきたいと思いました。ショップのツーリングでサーキットに出向き、そこで走れるような手軽さがあればさらに裾野が広がるとも思いました」
自らのサーキット体験はもちろん、フランス時代に触れた生活に根付いたバイク文化の影響も多分に受けている様子。
「フランスで24時間の耐久レースがあるとAMラジオで生中継が入り、それを老若男女が楽しみにしている。サーキットにレースを見に行く時に高速道路を走ると、そこを横切る橋の上からライダーに人々が手を振る姿もあるんです。やっぱりしっかりと文化が根付いている感じ、深いですね」
「ホントはZX-25Rで5時間耐久に出たいんですが、コロナ禍による生産の遅れもあり、まずは私が乗るよりお客様のバイクを確保です」とキッパリ。生産の遅れに関してはコロナウイルス感染状況が生産を担当する国、サプライヤーの状況が異なりその改善は一筋縄ではいかない、というのが理由だそうだ。
「漢カワサキ、というイメージはほんとうに有り難い」
今シーズン、最終戦までもつれたチャンピオン争いを戦ったジョナサン・レイとカワサキ。そのSBKで強さとドラマを演じるZX-10RR。その強みをZXファミリー、Ninjaファミリーで共有できるよう、KRTエディションを用意することで、カワサキNinjaのファミリーを訴求する施策もしているが、それは狙い通りだという。
そんなカワサキは、現在プラザ店展開が進む中、デジタル化を取り入れた販売施策にも積極的に取り組んでいる。2017年からの取り組みで成果を元に他国へも展開を考えているという。
同時に、デジタル化の進歩は早く、対応にはコストも掛かるため、販売店レベルで対応するのは難しい一面もある。また、デジタル化により販売店ではなく、カワサキモータースからの直販的なことも考えられるし、そうした声もあるが、桐野さん達はカワサキモータースジャパンのような販社こそ顧客の安心、安全への対応に必須と考えている。
「ここまで進めてきたデジタル施策の一例として、若年層はプラザ店へ、ベテラン層は正規販売店でカワサキ車をお買い求め頂くケースが増えている。これもデジタル化で新規顧客をプラザ店に誘導できた一例」
と話す。また、プラザ店への入りやすさも心がけた一つだという。また、LINEやInstagramへの展開も加え、さらに若い人へのアプローチも強化するという。
今後、オートバイのある楽しい生活を提供するために桐野社長は、現在80店舗であるカワサキの正規販売店数を120店舗まで拡充することで現在販売店から遠い、無いという不便をカワサキユーザーから取り除きたい意向だ。
「漢カワサキ、というイメージは本当に有り難いこと。私が持っているカワサキのイメージは、バイク作りへのこだわりが上手く伝わっていない不器用で洗練されていない部分は確かにあります。海外と日本でも異なる部分があって、ヨーロッパでのバイク選びは、ライダー自身の技量、車両価格と相談をして選ぶのが一般的です。対する国内ではフラッグシップモデルへの注目が高い。乗ること、持つこと双方に満足を求めるからなのでしょうね」
と丁寧な分析もする。
「自分の例でいえば、Ninja650以上大きく重たいと乗るのがしんどいです。それぞれのモデルのキャラクターで異なるのがバイクの設計要件なので、当て嵌まらないモデルもあるものの、重量、シート高という入り口のハードルは下げたモデルを増やしたいですね」
そしてまた、
「ツーリングしているライダーを見るとオンオフモデルの人気が根強い。軽く何所へでも行けるバイク。若い方にも人気がある。このジャンルは今後しっかりフォローしたい。同時に、エンデューロ人口が増えていることへの対応もしっかりと視野に入れ、しっかり注力したい」
と今後の積極な取り組みも聞くことが出来た。
今後は「4輪の販売も計画している」という
将来的なビジョンとして、カーボンニュートラルへのアプローチとして、電動、ハイブリッドを上梓する計画を発表したカワサキモータース。もちろん、全てがそうなるのではなく、適材適所で必要なエリアに電動、水素などを使いカーボンニュートラルに取り組む計画だという。
またカワサキと言えば、メグロブランドの復刻やビモータブランドを傘下とするなど裾野はもちろん、プレミアムな展開にも力を入れている。カワサキ2輪の展開はますます力強くなりそうだ。
そんな中、サイドバイサイドの販売も視野に入れている。
「ミュール、テリックスというモデルを持つカワサキですが、4輪の販売も開始する計画です。走破性が高くドライビングが楽しい。その性能は社会貢献にもお使いいただけるはず。海外とは走れる環境が異なる部分もあるので、エンデューロレースをスキー場で開催するように、走る場所、遊ぶ場所の提供も含め市場の開拓をしたい」
これは楽しみ。カワサキと言えば、ジェットスキーなどパーソナルウォータークラフトの世界では開祖的ブランドだ。そのモデルも含め展開を拡げる計画だ。販売店はそれぞれが専門化されるだろうが、ワクワクするようなモータリングが今後カワサキから発信されるのは間違いなさそう。そんなタイミングでカワサキモーターサイクルジャパンの社長に就任した桐野さん。社是であるLet the good times roll(楽しんじゃえ!)を標榜するブランドだけに、今後の活躍とカワサキに大いなる可能性を感じたのである(取材・文:松井 勉)。