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MoToGPはいらんかね

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 2021年開幕戦が、毎年恒例の中東カタール、ロサイルインターナショナルサーキットで行われた。新型コロナウィルス感染症の世界的蔓延は、各国で徐々にワクチン接種が始まる一方、感染力の強い変異株発生などもあって、状況はまだ予断を許さない。他の競技同様に、MotoGPも昨年同様の厳格な感染防止体制を敷いてシーズンがスタートした。

 当地では、3月上旬に実施されたプレシーズンテストから今回の開幕戦カタールGP、そして2週連続開催のドーハGP、とじつに一ヶ月にもわたり連綿とイベントが続く。その期間中、選手やレース関係者などは、外部との行き来や接触を断って衛生環境を徹底維持する〈バブル〉の管理下に置かれている。じつはわたくしも現在カタールへ来ており、このMotoGPバブルのなかでレース取材をしておるわけです。現地に入っている活字メディアのジャーナリストは自分を入れて7名程度。僭越ながら、自分がここに入らなければ伝えられないものがあると考えたからこそ来ているわけで、その詳細のあれこれについてはいずれどこかのメディアに何らかの形でまとめたいとは思っているけれども、ともあれ、まずは3月28日に決勝が行われた開幕戦カタールGPの報告をいたします。

カタールGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





 カタールGPといえば、2018年と2019年にマルク・マルケスとアンドレア・ドヴィツィオーゾの間で繰り広げられた超高速接近バトルが、今も記憶に新しい。しかし、昨年はMotoGPクラスの開催がキャンセル。Moto2クラスがメインイベントとなり、その決勝で長島哲太が劇的な優勝を達成したことは、日本のみならず世界の多くのファンに鮮烈な印象を与えた。あれから一年が経過し、MotoGPクラスは二年ぶりのレース開催である。

 上記の2018年と2019年の〈マルケスvsドヴィツィオーゾ決戦〉があまりに強烈だったために、このサーキットはドゥカティが強さを発揮するという印象が強い。全体的にフラットで高低差がなく、メインストレートが1068メートル、と長いことも、ドゥカティに利するレイアウトのように見える。

 じっさい、ドゥカティ勢は今年もべらぼうな速さを披露した。MotoGPの最高速は、356.7km/h(アンドレア・ドヴィツィオーゾ:2020:ムジェロサーキット)が従来の記録だったのだが、今回の週末には土曜のFP4でヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati) が362.4km/hを記録。一気に5km/h以上も更新した。髪の毛が逆立ちそうなこの数字にもはや笑うほかないが、速度が上昇すれば安全環境のさらなる確保も、やがて検討対象になってくるかもしれない。とくにエスケープゾーンなどは、対象が面積だけに数字増分の二乗で考えるほうがいいだろうから、昂奮したり笑ったりしてばかりもいられない。

 話を戻せば、この圧倒的なドゥカティの動力性能は、金曜と土曜の両日で強烈なパフォーマンスを発揮した。金曜のトップタイムは、今年からドゥカティファクトリーライダーとなったジャック・ミラー(Duacti Lenovo Team)。土曜の予選では同じく今年からファクトリーチームに入った、ペコことフランチェスコ・バニャイアがポールポジションを獲得した。

ヨハン・ザルコ
秒速でいえば100.66666666666669m。
ヨハン・ザルコ
ポールポジションのオールタイムレコードを更新。

 さらにドゥカティといえば、シーズン初頭のここカタールで、アイディアを懲らしたニューパーツを毎年のように投入することが恒例のようになっている。今季も、空力に工夫を凝らしたフェアリングをプレシーズンテストで投入しておおいに話題になった。さらに、2年前にドゥカティがMotoGP界に持ち込んだホールショットデバイスも、今ではレーススタートの必須部品として各社の開発競争が熾烈化している。ホンダやヤマハ、スズキ等も後れを取るなとばかりに懸命な研究開発を進めているのは、年末年始の「行った年来た年MotoGP」で報告したとおりだ。

 そのドゥカティ製ホールショットデバイスは、日曜の決勝レースで圧巻の性能を見せつけた。

 現地時間20時のスタート直後、1コーナーへ真っ先に突っ込んでいったのはいずれもドゥカティ。バニャイア、ザルコ、ミラー、そして今年から最高峰へ昇格したホルヘ・マルティン(Pramac Racing)の4台。まるでモルカーの群れを蹴散らす巨大チョロQのような、理不尽なスピードである。

カタールGP

 しかし、エンジン性能だけで勝負が決まるわけではないところが、二輪ロードレースの醍醐味であり面白さであり難しさである。

 序盤からトップに立ってレースを引っ張るバニャイアとザルコ、ミラーの3台は後続に1秒以上の差をつけていたものの、やがてヤマハファクトリー(Monster Energy Yamaha MotoGP)のファビオ・クアルタラロとマーヴェリック・ヴィニャーレスが肉迫。2台はやがてミラーをパスし、バニャイアとザルコの背後につけた。その後、クアルタラロは少し順位を下げてしまうものの、ヴィニャーレスは前の隙を窺いながら、旋回性とトラクションという武器を使って差を詰めてゆき、15周目にはついにトップに立った。その後は少しずつ、だが着実に後方との差を開いてゆく得意の勝ちパターンへ持ち込んで、トップでゴール。開幕戦を制した。

「コーナースピードが素晴らしかった。ヤマハがとてもがんばって、バイクの前回りを改善してくれた」
 と、自分たちのアドバンテージを存分に活かして勝負を制したことを喜んだ。従来はどうしても最高速で後塵を拝しがちだかったヤマハが、今回のレースでドゥカティ勢と互角以上の勝負をできた理由については、以下のように説明した。

「最終コーナーの立ち上がりで、しっかりとトラクションを稼げていた。3速4速と上げていってもウィリーしなかったので、前について行くことができた。5速6速では(ドゥカティが)引き離していくけれども、自分たちも思っていたよりずっとよく走れていた。今年はエンジンが昨年と同じ仕様だけど、(車体の)この領域は改善できるので、トップスピードの差をカバーできる。今日はストレートが向かい風だったので、それも自分たちには利したと思う。フロントのフィーリングが序盤からとてもよく、リアタイヤをムリして使うこともなかった。なので、レース後半もとてもスムーズに走れた」

 なによりも、今回のヴィニャーレスの勝ちっぷりが印象的なのは、彼の弱点としてよく指摘されていた精神的な脆さを克服したであろうことが、勝負内容からも見てとれるからだろう。昨年までは、トップ争いから離れていったん後方に呑み込まれてしまうと、精神的な余裕がなくなるのか、そこから這い上がるのが難しい展開が何度もあった。だが、今回は焦ることなくしっかりと勝負どころを見極め、レースリーダーの座を奪うと、最後は戦いをコントロールしてトップでチェッカーを受けた。この成熟がホンモノであれば、今年のヴィニャーレスは強靱なタイトル候補になりそうな感がある。

マーベリック
マーベリック
カタール優勝はヤマハ移籍初年の2017年以来2回目。

 この精神的な強さは、チームメイトのクアルタラロにも共通する。今回のクアルタラロは、一度は表彰台圏内に食い込んだものの、そこから上位陣の最後尾7番手まで順位を下げた。去年の彼なら、そこからさらにずるずる下がっていくか、ムリに追い上げを図って転倒に終わることが何度もあった。

「マーヴェリックに抜かれたときはリアのフィーリングがよくなくて、その後もどんどん(タイヤパフォーマンスが)落ちていったけれども、フロントのフィーリングが良かったので乗り方を変えて対応していった。その意味ではハッピーな結果。去年はそこからムリして転んだりしたけど、今回は5位で終わることができた。マーヴェリックの3秒差という結果も、そんなに悪くはない」
 このことばの端々に、彼の成長と成熟がよく表れている。

 強烈だったのが2位争いである。

 レース中盤からひたひたと追い上げを開始し、ザルコとバニャイアに迫っていったのがディフェンディングチャンピオンのジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)とチームメイトのリンちゃんことアレックス・リンス。リンちゃんはやがて表彰台争いから脱落してしまったけれども、このふたり、3列目最後の9番グリッド(リンス)と10番グリッド(ミル)のスタートである。そこから周回を経るごとにぐいぐい追い上げていくのは、昨年に何度も見られたスズキ勢のお家芸だが、安定性の高さは今年も健在のようである。

 最終ラップにはミルが15コーナーで乾坤一擲の勝負を仕掛けて2番手に浮上 したものの、最終コーナー立ち上がりでラインがややワイドにはらんでしまい、 最終コーナーまでの直線でドゥカティ勢の加虐的な速度の餌食になってしまった。

「開幕戦なので勝負をしようと思った。最終セクターでザルコを抜いて、2位で終われれば上々だと思ったけど、後ろには怒り狂ったドゥカティが2台いて、フィニッシュラインまでの直線では2台がロケットみたいに追い抜いていった。そりゃ悔しいけど、100パーセントでがんばった結果」
 と、勝負そのものには悔いがない様子である。

ミル
敗れて悔いなし。粘り強さは今年も健在。
開幕トップ3
三者三様の持ち味を存分に発揮しました。

 一方、2位で終えたザルコは、
「最終ラップは、できるだけタイトなラインでがんばった。ジョアンが後ろにいて終盤に抜かれたけど、バイクのおかげでストレートで抜き返して2位で終わることができた」
 と、この勝負を振り返っている。

「カタールでの(全クラスで)初めての表彰台なのでとてもうれしい。ここはドゥカティの強いコースで、強みを活かせてよかった」
 とも述べているが、彼は今回がカタール初表彰台とは少し意外だった。

 ポールポジションからスタートしたバニャイアは3位。
「去年はシーズン後半に苦戦していたので、ファクトリー初レースを表彰台という最高の形で終われてうれしい」
 と話し、
「来週は少し作戦を変えて、レース前半はあまり自分からプッシュせず、誰かの後ろにつけて様子を見るようにしたい」
 とこのレースから得た教訓を述べた。

 日本人選手の中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は、4列目11番グリッドのスタートながら、日曜のウォームアップ走行で5番手につけて期待を抱かせた……のだが、決勝レースでは7周目に転倒してリタイア。

 その他の日本人勢は、Moto2クラスデビュー戦の小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が17位。Moto3クラスでは、優勝争いを繰り広げていた佐々木歩夢(RedBull KTM Tech3)が最終ラップに転倒リタイア。新型コロナウイルス感染症に罹患してプレシーズンテストを欠場していた鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)は、回復して開幕戦に間に合わせ、決勝も8位でゴール。鳥羽海渡(CIP Green Power)は走行初日から好調な走りで、決勝でも最後までトップ争いに加わり、9位。Moto3クラス2年目の山中琉聖(CarXpert PruestelGP)と國井勇輝(Honda Team Asia)は、それぞれ14位と16位。次戦の健闘を期待します。

 第2戦ドーハGPは、ひきつづきロサイルインターナショナルサーキットで今週末の開催。開幕戦同様のナイトレース興業で、入念な感染予防を施したMotoGPバブルのなかで行われる。皆様も新型コロナウイルス感染症には充分に気をつけてお過ごしください。合い言葉は手指消毒。では、現場からはひとまず以上です。

中上
LCRはともにノーポイント。
ポルにい
予選までは好調。課題はレース距離。
ポル弟
ホンダ初戦は8位でゴール。

開幕トップ3
26年目のシーズン緒戦は12位。
小椋
ポイント獲得ならず。
グレシーニ黙祷
日曜16時15分に1分間の黙祷。

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。 最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は4月16日発売予定。


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2021/03/30掲載