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MoToGPはいらんかね

スペイン・アラゴン州にある県の名前が冠せられた第12戦となるグランプリの舞台は、2戦連続開催となったモーターランド・アラゴン。今回のMotoGP決勝レース、多くの皆さんがいつも以上に結果に大きな期待を抱いていたのではないでしょうか? さあ、ジャーナリスト・西村 章さんのZoom取材によるレポートをどうぞ!
●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 レースは自分が応援する選手やメーカー等によって、同じ結果や内容でもその見えかたや評価がまったく異なる。それが、レースに限らずそもそもスポーツというものの面白いところでもあるだろう。

 今回の第12戦テルエルGPについて言うならば、少なくとも日本のファンはここ数年でかつてないほど期待に胸を高鳴らせて、決勝レースの日を迎えたのではないかと思う。最高峰MotoGPクラスで、日本人選手がこれほどまでに高いパフォーマンスを披露して、誰がどう見ても優勝候補筆頭、というゆるぎのない状態で決勝日を迎えるのは、この十数年久しくなかったことだ。

 それくらい、テルエルGPの決勝レースを目前に控えた中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)のパフォーマンスと存在感は群を抜いていた。

 ちなみに今回の第12戦は前回第11戦から2週連続で、スペインのモーターランド・アラゴンで開催されている。前週の第11戦アラゴンGPでは、中上は優勝選手から4.7秒差の5位。インディペンデントチーム最上位の結果でフィニッシュを果たした。好結果を得て掴んだこのいい流れは、そのまま翌週のテルエルGPでさらに勢いを増し、セッションを重ねるごとに着々と戦闘力を高めていった。

 初日金曜午前のFP1は2番手、午後のFP2はトップタイム。

 二日目土曜午前のFP3では2番手、この結果により、午後の予選はQ2へのダイレクト進出を決めた。また、予選前のFP4でも研ぎ澄まされたハイレベルのレースペースを刻み、順位こそ2番手だったが、一貫して高水準のラップタイムを刻む様子からは、日曜の決勝ではどうかすると誰も近づけないほどの強さと速さを発揮しそうな雰囲気も漂わせていた。

 その後に行われた予選Q2でポールポジションを獲得したことに意外さはまったくなく、これは予定調和と言っていいくらい、大方の予想どおりだったといっていいだろう。

中上

中上
中上
艱難汝を玉にす、と言いますからね。必ずやひとまわり強くなってくれるでしょう。※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





 日本人が最高峰クラスでポールポジションを獲得した直近の記録は、2004年最終戦バレンシアの玉田誠。16年も昔の出来事である。中上自身、予選を終えて「皆が玉田さん以来16年ぶりの快挙だと言ってくれるのですが、そのレースのことは、じつはよく憶えていないんです」と苦笑を漏らすほど過去の出来事である。このような仕事を長く続けていると、様々なレースの印象深いあれこれが一瞬で脳裏に甦って、つい最近のことのようにも勘違いしてしまいがちだが、16年といえばそのとき生まれた赤ん坊が高校生でそろそろ微分積分を習おうかという年齢になるくらいの時間なのだから、かなりの昔であることはまちがいない。

 そしてその間にも、のべ何十人もの選手たちが連綿とポールポジションを獲得してきた。にもかかわらず、日本人選手はそこにずっと届くことができなかった、という事実に対しては複雑な気持ちにもなるが、ともあれ16年続いたその〈ポールポジション日照り〉も、中上の力強い走りでようやく終止符が打たれたわけだ。そして、その終止符を打つさまが、ただの勢いや偶然によるものではなく、いわば真っ正面から堂々と、誰もかなわない安定感でトップグリッドを取りに行った姿が、今回の中上の強さをさらに感じさせた。

 予選を終えた段階で、ポールポジションの中上に続くフロントロー2番グリッドのフランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT)と3番グリッドのアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)、そしてチャンピオン争いの首位につけるジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)とランキング2番手のファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)たちはいずれも、翌日の優勝候補筆頭に中上の名を挙げていた。

 日曜の午前に20分間行うウォームアップ走行でも、中上はトップタイム。ここまでくればもう、午後のレースに向けてもはや死角はどこにもないようにすら思えた。

 だが、絶対、というものはこの世にはあり得ない。

 現地時間午後1時00分32秒、レッドシグナルが消灯してレースがスタートした。

テルエルGP

 ポールポジションの中上がホールショットを奪い、2番グリッドのモルビデッリがその背後に続く。アラゴンのスタートラインから1コーナーまでの距離は短い。中上がモルビデッリを抑えて左に曲がる1コーナーを抜け、右がふたつ続く2~3コーナー。切り返して左の4コーナーも当然、中上が前。そして5コーナーの進入でフロントを切れ込ませて転倒。中上とRC213Vは路面を滑走し、そのままグラベルのコースサイドへ転がっていった。

 13時00分52秒。きっかり20秒で、中上の第12戦が終わった。

 コースマーシャルのスクーター後部座席に乗り、ピットボックスまで戻った中上は、ヘルメットを被った頭を両手で抱えてうなだれる姿が国際映像に映し出された。

 それから約3時間後。チームウェア姿に着替えて姿を現した中上は、転倒に至った状況を包み隠さず正直に話した。

「ひとつのミスが致命的に響いてしまって、本当に残念です。スタートから最大限で攻めたけれども、速すぎた、それに尽きます。自分自身をマネージできなかった、ということです。愚かなミスというほかありませんが、この失敗を今後の糧にして学びたいと思います」

 1コーナーから5コーナーへ至るまでの詳細は、中上によると以下のとおりだ。

「1コーナーから4コーナーまで、インに入られないようにしていました。それで4コーナーでは少しイン側につきすぎたので、5コーナーのブレーキングでは、ほんとうにごく少しだけ、アウト気味でした。その瞬間に自分自身の気持ちをコントロールできず、そこでのブレーキ入力がシャープすぎたんですね。それでフロントが切れて、転んでしまった。あの瞬間になんでそんなことをしてしまったのか自分でもわからないけれども、ただ言えるのは、速すぎた、ということ。スピードもブレーキングも、コントロールできなかった。それに尽きます」

 自分が犯した痛恨のミスを直視して己の過失を認めるのは、人間の性能が結果を左右する世界だけに、精神的に苦しく、辛い作業であることはいうまでもない。しかし、それを正面から捉えて乗り越える努力をしなければ、その過ちに至った弱点を克服できないこともまた、事実だ。

 この過失は、かつてないほど感じた大きなプレッシャーによるものだった、と中上は正直に明かす。

「普段はプレシャーをあまり感じないほうなのですが、今日は初めてのポールポジションだったこともあり、とても大きなプレッシャーを感じていました。グリッドで自分の前に誰もいないのは非常に気分が良かったのですが、スタート前の心拍数は、ひょっとしたら200くらいに跳ね上がっていたかもしれませんね」
 そう言って、やや寂しそうな笑みを泛かべた。

「大きなプレッシャーを感じたことも愚かなミスをしたことも、今回の経験はすべて今後に活きてくると思います。今日はプレッシャーをコントロールできなかったけど、これをコントロールできるようになれば、今後は何戦も勝てるライダーになれると思います。今回は本当にがっかりしたけど、自分自身もチームも、きっと克服できると信じています」

 今回の中上に限らず、多くの選手がプレッシャーの存在を口にする。彼らは、それをコントロールして乗り越えることにより、勝利を掴んできた、とも話す。たとえば現在欠場中のマルク・マルケスに以前、この話を訊いたとき、彼は、あえて自らにプレッシャーをかけることでモチベーションを高めてゆくのだ、と述べた。

 中上の場合は、今回はそのステージに至る前の段階で躓いてしまった、ということだろう。自分自身の精神的な弱さを素直に認めるのが辛い作業であることは、いうまでもない。しかし、逆説的なことを言うようだが、己の弱さを認めることができるのは、それだけの強さを備えている、ということでもある。弱さを認めない人間に弱さを克服することはできないが、今回の中上のように大きなプレッシャーがそこにあることを自覚してしまえば、あとはそれを対処する方法を身につけるだけでよい、ともいえる。中上自身が感じたのであろうこの惨めな辛い経験を直視するのも、そこから逃避するのも、すべては自分自身の姿勢次第だ。だが、少なくともそれを直視する強靱な精神を備えている人間にとっては、この辛い経験は今後の大きな糧になるだろう。

「今回のノーポイントで、自分はタイトル争いから事実上もう関係なくなったと思うので、残り3戦はチャンピオンの行方を気にせず、もし勝つことができればうれしい、という気持ちでレースを楽しめると思います」

モルビデッリ

モルビデッリ
モルビデッリ
この勝利でランキング4番手、トップと25点差で一躍主役のひとりに浮上。

 さて、中上が早々に転倒したレースのその後の展開だが、モルビデッリが圧倒的な強さを見せ、最後まで一貫して揺るぎのない速さで優勝。今季2勝目を挙げた。2位はみんなのリンちゃんことアレックス・リンス。3位にはチームメイトの加藤剛、じゃなかった、パックン、じゃなかったジョアン・ミル。リンちゃんは前回が優勝で今回は2位。ジョアンは前回と今回はともに3位。ということで、スズキが2戦連続のダブル表彰台である。参考までに、スズキが2戦連続でダブル表彰台を獲得するのは、1981年のイギリスGP―フィンランドGP(J・ミッデルバーグ&R・マモラ / M・ルッキネリ&R・マモラ)以来だとか。

リンス
直近6戦で5表彰台というハイアベレージ。終盤3戦ではぜひ1勝を!!
ミル
チームメイトに32点差。スズキの両選手がチャンピオン候補になるなんて……。

 で、2020シーズンはいまや終盤3戦を残して、ランキング首位のジョアン・ミルと2番手ファビオ・クアルタラロの差は14ポイント。まだまだ二転三転する状況は続くだろうが、どのコースでもまんべんなく速さを発揮するスズキと、速いときはずば抜けて速いけれども、ダメなときはかなりしんどい状態になってしまう今年のヤマハを比較すると、これは本当にスズキが「再起」してしまったのかもしれない、という予感もそこはかとなく漂いつつある(宣伝くさくてゴメンナサイ)。

 まあそれはともかく、シーズン最後の三連戦も、エンタテインメントという観点で見るならば、今年のMotoGPはどんな娯楽よりも気持ちを沸き立たせ、驚かせ、愉しませてくれることは間違いないでありましょう。

テルエルGP

テルエルGP
テルエルGP

 Moto3クラスについても少々。今回のレースでは、佐々木歩夢(Red Bull KTM Tech 3)が2位、鳥羽海渡(Red Bull KTM Ajo)が3位を獲得した。

 鳥羽はアジアタレントカップ(ATC)初代の2014年チャンピオン、佐々木はその翌年の2015年ATC王者で、2016年にはレッドブル・ルーキーズカップのタイトルを獲得した。そしてともに2017年にそれぞれホンダ系チームからMoto3クラスのフル参戦を開始した。佐々木も鳥羽も思うような結果を出せない苦しい時期を経て、2020年にKTM陣営へスイッチし、現在に至る。

 鳥羽は2019年開幕戦のカタールGPで優勝を飾ったものの、それ以降は一度も表彰台に登壇できず低位に沈む苦しいレースが続いた。佐々木も、2017年にルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、高い資質に将来を嘱望されていたものの、なかなか結果がついてこず、KTMへ移籍した今年も、トップ争いを繰り広げながら、様々な不運のために好結果を逃し続けてきた。ふたりのデビュー以来、彼らが懸命に努力する姿や意気消沈して肩を落とす背中は、それこそ何度も見てきた。ともにまだ20歳だが、心が折れそうになる辛い状況は同世代の若者たちよりもはるかに多く経験してきただろう。そのふたりに、精神的に厳しい局面をどうやって乗り越えてきたのか訊ねてみた。

 〈クレイジーボーイ〉のニックネームでパドックの人々に愛される佐々木は、今回がグランプリ初表彰台である。

「厳しい4年間でした。ルーキーズでチャンピオンを獲ってグランプリの世界へやってきた当初は、もっと行けると思っていました。ホンダで3年間を過ごしたあとKTMへ移籍して、その3年間ではいい結果を出せずに自信を喪いかけていたのですが、Tech3チームの皆がメンタルな強さを鍛えてくれました。今年は運が悪いことも多くて、厳しいシーズンが続きましたが、自分たちに強さがあることは信じていたし、先週のレースでも力強く走れていました。終盤にグリップが落ちてきてしまったのですが、2週連続のレースなのでしっかりと積み上げて、今回はタイヤを最後までうまくマネージできました。いい戦いをできて2位で終わったことで、自信を取り戻すことができました」

 結果が出ない時期は特に精神的に追い込まれてしまうことも少なくないが、佐々木の場合は、チームの支援が大きな支えになったという。

「精神的な強さを維持するのは、とても難しかったですね。唯一の方法は、とにかく自分自身を信じること。毎日毎日、チームの皆が、『おまえはきっとできる。今までも、そうやってやってきたんだろ』『自分を信じるんだ』といつも励ましてくれました。いつも何かがうまく行かなかったけど、朝、目が覚めるたびに『自分はできるんだ』『いつも強くあれ』と言い聞かせ、時期が来るまで我慢して、最後にきっちり噛み合ってきました。毎日ポジティブに、前向きな気持ちで臨むことで、やっと表彰台に上れました」

佐々木
佐々木
ついに表彰台に登壇した”Crazy boy”。この勢いで突っ走れ!!

 一方の鳥羽は、昨年のカタールGP以来、じつに30戦ぶりの表彰台である。

「昨年後半から今年はずっと厳しいレースが続いて、特に昨年はメンタルで厳しく、今年はKTMへの順応に苦労をしました。でも、だんだんKTMの乗り方がわかるようになってきて、メンタル面でもうまく対処できるようになってきました。(来季の移籍を発表したことで)心配することがなにもなくなって、走ることを楽しめる状況になったので、レースに集中できました。表彰台に上がれて本当にうれしいです」

 がんばってもがんばっても結果につながらない一時期の空回りは、やはり自らをコントロールすることによって乗り越えた、と話す。

「昨年のカタールで優勝して以来、ずっと厳しい期間が続きました。カタールの後も、自分では毎戦優勝を目指して戦っていたのですが、『あそこで勝ったんだから、もう一度勝てるはずだ』と思いつづけて、それでかえって自分にプレッシャーをかけることになってしまいました。でも今は少しずつプレッシャーをコントロールできるようになってきたし、余計なことを考えずレースを愉しむことに集中するように心がけました。そうしたら、少しずつ結果がついてきて、やっと表彰台に上れました」

鳥羽
鳥羽
来季はCIPへの移籍が決定。終盤3戦はトップ争いの常連となるか!?

 ふたりとも、今後もこの調子で激戦のMoto3クラスを盛り上げ、表彰台争いを繰り広げつづけてください。

 というわけで、次戦は一週間のインターバルを置いて、バレンシアで開催されるヨーロッパGP。欧州ではここにきてまた新型コロナウイルス感染症が大きな流行を見せており、予断を許さない状況が続きますが、ともあれみなさま、なにとぞご安全に。

テルエルGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。


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2020/10/26掲載