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ジャーナリスト・西村 章さんのZoom(Web会議サービス)取材による選手のインタビュー、鋭い考察をお届けする「続・MotoGPはいらんかね? ―仁義なき社会的距離篇―」。ル・マンのブガッティ・サーキットで行われた、例年なら初夏の5月に開催されるフランスGPは、雨が降ったり止んだりの寒く路面温度が上がらない状況の中、またまた2020年シーズン新たなウィナー誕生!
●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 ダニロ・ペトルッチ(Ducati Team)が活躍すると、穏やかで和やかで微笑ましい気持ちになるのはいったいなぜなのだろう。彼のMotoGPクラス優勝は、昨年第6戦イタリアGP以来、今回が2度目。9年間をMotoGPクラスで戦ってきた選手としては、けっして豊富な優勝回数ではない。見た目や雰囲気も、ずばぬけた才能やきらびやかなスター性で多くの人々を惹きつける、といったオーラを持ち合わせているわけではない。どちらかというと、体格がでかくて髭の濃い、もっさりとした風貌のあんちゃん、と表現するほうが彼の雰囲気をよく表している。

 なのに、というか、だからこそ、というべきなのか、いかにもその〈普通〉然とした彼の人柄に対して批判めいた陰口や中傷などは、すくなくともパドック関係者からは一度も聞いたことがない。難しいコンディションで波瀾のレースになった今回のフランスGPで、彼が達成したキャリア2回目の優勝に対しても、多くの人が本当に心からの祝福を贈っていた。

 日曜の決勝レースがドライコンディションで推移していたならば、もちろんレース展開はまったく異なる様相を呈していただろう。だからといって、今回のペトルッチの優勝は不安定な雨のコンディションに救われた結果たまたま勝てた、というような〈僥倖〉や〈偶然〉によるものではけっしてない。各セッションの推移やレース展開を見てみると、週末を通じて安定した強さと速さを発揮していたことがよくわかる。今回の優勝はやはり、彼が勝つべくして勝ったレース、というべきだろう。

 もちろん、ペトルッチが雨で比較的いつも強さを発揮してきたのは、一面の事実ではある。今回も、ウェットセッションになったFP1では走り出しから速さを見せていた。しかし、ドライでも安定した強さを披露し、土曜午後の予選ではQ1からQ2へと勝ち上がって、フロントロー3番グリッドを獲得した。ドライでの強さに自信を抱いていたのは明らかで、日曜の決勝グリッドでスタート直前に雨が降り始めたときには「ドライで速さを発揮できると思っていたので、雨が降ってきたのを見てすごく残念に思った」のだという。「雨を残念だと思ったのは、おそらく初めてのことで、今朝のウォームアップではドライで調子が良かったし、優勝も狙えるかもと思っていた」

 全員が慌ただしくスリックからレインタイヤへと交換し、ウェット宣言でレースが始まった後は、「ややこしい混乱に巻き込まれたくなかったので、序盤から前に出ようと思った」とレース後に話したとおり、一周目からトップグループで快調に周回を重ねていった。

 先頭集団を構成していたのは、チームメイトのアンドレア・ドヴィツィオーゾとジャック・ミラー(Pramac Racing/Ducati)。ル・マンを不得意としていたドゥカティ3台がトップを走行し、一方、このサーキットで圧倒的な強さを発揮していたヤマハ勢がことごとく低位に沈んでいるのは、皮肉と言えば皮肉な風景ではあった。

ダニロ・ペトルッチ
ダニロ・ペトルッチ
来季はKTMサテライトチームへ移籍が決定している。





 ヤマハ勢は、土曜午後のFP4で上位を独占するほど、ドライコンディションでは安定したペースを刻んでいた。予選でも、ランキング首位のファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)がポールポジションを獲得し、ホームグランプリでシーズン4勝目を挙げそうな勢いも見せていた。しかし、昨年に最高峰クラスへ昇格したクアルタラロは、MotoGPクラスでウェットコンディションのレースを経験していない。それは、ランキング2番手につけるジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)にしても同様である。参考までに、ウェットコンディションのレースは、2018年の最終戦バレンシアGPが最後。また、フラッグトゥフラッグの展開になったのは、2017年のチェコGPが、直近では最後のレースになっている。

 クアルタラロとミルは、この微妙なコンディションでのスタートを充分にうまく決めることができず、序盤周回から中団グループもしくはそれ以下の位置に呑み込まれてしまっていた。トップグループの顔ぶれと比較すると、ウェットレース経験の有無が、このあたりの機微を左右した要素は否めないだろう。

 このドゥカティ3台のトップグループに猛烈なペースで追い上げてきたのが、リンちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。リンちゃんの雨の猛烈な追い上げは、2007年にクリス・バーミューレンが優勝したときを彷彿させた。17周目には2番手に浮上。その直後に、ミラーのバイクにメカニカルトラブルが発生。リタイアを余儀なくされたのは不運というほかないが、この出来事もリンちゃんには追い風となったように見えた。さらにペースを上げてペトルッチを追いかけるかに見えたのだが、運悪く20周目の3コーナーでフロントを切れ込ませて転倒。13年ぶりのスズキのル・マン制覇という夢もまた、流れ去っていった。

 このときのペトルッチは、自分の後方がどんな展開になっているのか、コースサイドに設営されたメガスクリーンのモニターをチラ見して状況を察知していたという。じつは今回のレースは金曜と土曜は例によって無観客開催だったのだが、日曜日のみ5000人の観客を収容して決勝レースが行われた。そのために、通常の無観客なら設営されないスクリーンにレース映像が映し出され、それを見ることでペトルッチは状況を判断できた、というわけだ。

「(メガスクリーンの映像を見て)後ろに何人もいるのがわかったので、『よし、ここで勝負だ』と思って、がんばって差を開いていった。アレックスがものすごい勢いで来ていたから、『ここで負けちゃダメだ』と思ってひたすら攻めた」

アレックス・リンス
転倒後再スタートしたものの残念ながらノーポイント。
ドヴィツィオーゾ
ドビの明日はどっちだ。

 懸命のプッシュを続けるペトルッチの背後には、ドヴィツィオーゾがピタリと張りついていたが、終盤にはリアタイヤの摩耗が激しくなり、ペースを維持できなくなって少しずつ差が開き始めた。ペトルッチも、リアタイヤは厳しくなっていたようだが、その難しい状況は乗り方の工夫で巧みにカバーした。

「コーナーの中で(無理をして転倒する)リスクを冒したくなかったので、できるだけブレーキでがんばって突っ込み、出口では早くバイクを引き起こしてしっかり加速しながら立ち上がっていった。ウェットでいいトラクションを稼げたことが、今回は有利に働いたと思う」

 そして、そのころに最速タイムを連発しながら猛追してきたのが、アレックス・マルケス(Repsol Honda Team)とポル・エスパルガロ(RED Bull KTM Factory Racing)だ。

 マルケス弟は、予選18番グリッド。わかりやすくいえば、後ろから5番目の場所である。そんな後方からレースをスタートしながら、1周目では10番手にジャンプアップ。その後も安定したリズムでひたひたと追い上げて、終盤にはペースの上がらないドヴィツィオーゾをパスして2番手に浮上した。雨のレースどころか、ウェットセッション経験がほとんどない状態でこのパフォーマンスは見事、というほかない。

 金曜のFP1は雨のコンディションで、それがマルケス弟にとってはMotoGPクラスで初めて経験するウェットセッションだった。

「雨で走行したのは、昨年11月のヘレステスト以来だったので、ウェット用のベースを出すことに集中した。雨に慣れるセッションとして、とても有意義だったと思う」

 そう話していた2日後にはこのような追い上げを見せるのだから、さすがである。Moto2とMoto3のチャンピオン獲得はダテじゃない。

「ドビやポルを抜いてどんどん前に出ていくまでに、少し時間がかかってしまった。それがなければ、ひょっとしたら勝つチャンスもあったかもしれない。それくらい、バイクはよく仕上がっていた」

「MotoGPでは初めて経験する雨で、電子制御やセットアップなど、やらなければならないことがたくさんあった。チームが完璧にバイクを仕上げてくれて、タイヤチョイスでもいい判断をしてくれた」

 そしてその結果、マルケス弟は2位でチェッカーフラッグを受けた。ルーキーとして素晴らしい結果であることはもちろんだが、これは苦戦が続いていたホンダ陣営の今季初表彰台でもある。昨年までならイヤというほど見慣れたはずのRepsol Hondaのレザースーツを表彰台で見る風景の、それにしてもなんと新鮮であることか。

アレックス・マルケス&ポル・エスパルガロ
アレックス・マルケス&ポル・エスパルガロ
ポルでーす、アレックスでーす、ダブル弟ズでーす。

 3位は、マルケス弟とともにレース後半に猛烈な追い上げを見せたエスパルガロ弟。

「バルセロナで転倒してから、チャンピオンシップの可能性はほぼなくなってしまった。雨が降ってきたときには、『もう失うものはないんだから、やるだけやろう』と自分に言い聞かせて攻め続けた」
 のだとか。

 終わってみれば、2位はマルケス弟、3位がエスパルガロ弟、と次男勢ダブル表彰台。この表彰台をマシン面から見ると、優勝―ドゥカティ、2位―ホンダ、3位―KTM、と、いわば動力性能に強みのあるマシン(≒後輪で走る特性のバイク)が表彰台を占め、旋回性や取り回しの良さが特徴的な陣営(≒前輪でタイムを稼ぐバイク)はおしなべて苦戦する結果になった、という傾向が見えてくる。

 結果論、と言ってしまえばそれまでだけれども、ミシュランが提供する今シーズン用リアタイヤのコンストラクションが持つ特性と、ドライやウェットでのル・マンの路面変化、10月という冷えた温度条件、レインコンディションのグリップレベル、といった様々な要素が絡み合ってこのような傾向がリザルトにあらわれたのだろう。

 昨年までなら、どれほど環境条件や特異性の違いなどがあったとしても、そんものに関係なく横紙破りのようにいつでも無茶な勝ち方をする選手がいたために、このような条件変化によるレース結果への影響は、少なくとも表面的には覆い隠されていた。しかし、その〈攪乱項〉がいなくなったことで、ある種の傾向がこのようにハッキリと顕在化するのは、面白いといえばたしかに面白い。

 さて、チャンピオンシップに目をやると、ランキング首位でポールポジションスタートだったファビオ・クアルタラロは、ランキング2番手のジョアン・ミルと9位争いを繰り広げ、クアルタラロ9位、ミル11位でチェッカーフラッグを受けた。

 この9位争いのバトルで、クアルタラロは年間ランキングを初めて強く意識したのだとか。

「ゴールしたときは、ジョアンとマーヴェリック(・ヴィニャーレス)の前で終われてホッとした。トップを見てみると1位はダニロ、2位はアレックス、3位がポルだったので、(ドヴィツィオーゾが大きくポイントを獲得せずに)良かった、と思った」

 一方のミルは、レース後にこう述べている。

「(クアルタラロも自分も)良くない内容のレースだった。ドライなら、彼が勝っていたかもしれない。ぼくもトップファイブは狙えたかもしれないけれども、その場合はもっとポイント差が広がっていただろう。1回のダメなレースはまだ許容範囲内。これを繰り返してはいけない。だから、次のアラゴンではいいレースをしたい」

 現在、ランキング首位のクアルタラロは9戦を終えて115ポイント。2番手のミルは105ポイント。そして、3番手のドヴィツィオーゾが97、4番手のヴィニャーレスが96、と続く。

 ポイント差がごく僅差で接近していることは間違いない。ただ、これを「緊迫するチャンピオン争い」と安易に表現しても、はたして良いのかどうか。ぐだぐだ、とはいわないまでも、もうちょっと、この〈わや〉な状況を的確に表せる日本語があるような気がする。それが何なのか、次回までに少し考えておきます。

ファビオ・クアルタラロ
9位で7点を獲得しました。
ジョアン・ミル
11位で5点を獲得しました。

*   *   *   *   *

 Moto2クラスについても少しだけ。

 現在、Moto2クラス絡みでもっとも注目を集めている、バレンティーノ・ロッシの異父弟ルカ・マリーニ(SKY Racing Team VR46)が来季、MotoGPへステップアップするかどうか、ということだ。Moto2からの昇格組は、今までのところ、ホルヘ・マルティンとエネア・バスティアニーニがともに、ドゥカティサテライトチームから参戦することが明らかになっている。余談になるが、彼らふたりがMoto3で優勝争いを繰り広げていたのは2018年。当時彼らと争っていた日本人選手たちが今もMoto3クラスにいる一方で、彼らと同様にMoto3のフレッシュなヤングライダーとしてパドックでよく話を訊いていたマルティンやバスティアニーニがこんなふうにあっという間に最高峰へ昇格していく姿を見ると、少し複雑な心境になる。

 で、そのふたりの昇格が決まったことにより、未確定のシートは現在ブラッドリー・スミスが暫定的に座っているアプリリアのひとつだけ、となっているはず……なのだが、ここにきてドゥカティ陣営のEsponsorama Racing(Avintia)で2021年まで契約があるティト・ラバトの去就が微妙な状態になっている。ドゥカティとしてはラバトにSBKのシートを用意し、ここを開けてマリーニを収容する、というプランを考えているようだ。ロッシのSKY Racing Team VR46がまるごとチームを買い取るという噂も一時出回ったが、2021年にチームが最高峰クラスまで手を広げることはどうやらないようで、ロッシ本人が「ルカのためのシートを交渉しているようだ」と言明している。

 それにしても、2021年までの契約を締結していながら、〈政局〉のようなものの影響のために確保しているシートから押し出される状況は、いったいなんといえばいいのやら。もちろん、契約内容の詳細には成績不振や自己都合などの付帯状況が特記事項として記されているのだろうが、ライダーの心境を思うと、なんともいいようのない複雑な気分にもなる。ちなみにラバト自身は、己の境遇が今後どうなるのか、「まったくわからない」と述べている。

 この件についてさらにいえば、Esponsorama Racing(Avintia)はどうやら2021年かぎりでMotoGPクラスから退くことになるようだ。このチームの母体は、もとをたどれば中小排気量クラスで長年活動していたBQR racingで、CRTというルールがMotoGPに適用されたときに、最高峰への参戦を開始した。ここがいなくなるとすると、そのチームのスロットをはたしてどこが手に入れるのか。あるいはSKY Racing Team VR46と入れ替わることになるのか。SKY Racing Team VR46は、ロッシとの関係でおそらくヤマハのサテライトチームとして活動を開始することになるだろうから、そうなれば各ファクトリーとサテライトの関係が、その節目に大きくシャッフルされる可能性も考えられる。

ルカ・マリーニ
ふとした表情がすごく兄に似ているときも……。
ジョー・ロバーツ
疾風怒濤と波瀾万丈を1レースで経験。

 ……とまあ、かくのごとく、世にゴシップのタネはつきまじ、というわけである。

 Moto2についてはもうひとつ。フランスGPのMoto2クラスは、レースのスタート前に非常に珍しい椿事というか、世にも珍しい「ライダーおいてけぼり事件」が発生した。

 ポールポジションを獲得したのはジョー・ロバーツ(Tennor American Racing)で、スターティンググリッドでちょっといろいろごたついて、レース前のサイティングラップはピットレーンからスタートすることになった。ウェット宣言のなか、サイティングラップに出た選手の後方からは、BMWのセーフティカーが追走。

 そして、本来なら全選手がグリッドに整列したことを確認した後にスタートのレッドシグナルが点灯し、消灯とともに決勝レースがスタート!!……となるはずなのだが、このフランスGPMoto2クラスでは、ちょっといままでに見たことがないような珍しい事態が発生した。全選手のタイヤが冷えてしまってはいけない、というレースディレクションの判断だったのかもしれない(だとしても、その判断がレギュレーション的に妥当なのかどうかは、ルールブックをざっくり見た範囲では該当する記述が見当たらず、なんともいいようがない)のだが、それにしてもあれではちょっとジョーがかわいそうだろう……、というのが、あのレーススタートを見た個人的な印象である。ともあれ、それでも強烈な追い上げで6位でゴールしたのだから、ジョー自身の気魄とライディングは、じつにたいしたものである。

 で、この出来事、じっさいにはどういう事態がMoto2クラスのスタートで発生していたのかについては、皆さん各自MotoGP公式サイトの映像などでご確認をいただきたい。

*   *   *   *   *

 というわけで、今回はここまで。次は今週末からのアラゴン2連戦。それまでしばらくの間、ごきげんよう。

フランスャ GP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。


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2020/10/12掲載