偶然と言ってしまえばそれまでだが、2020年シーズン第9戦カタルーニャGPの決勝は、世代間で明暗がくっきりと分かれる結果になった。
例年のカタルーニャGPは6月上旬頃の開催で、欧州大陸独特のカリッと乾いた暑さが心地良いレースウィークになる。しかし、今年は9月下旬開催ということもあって、かなりの肌寒さでウィークが進んでいった。金曜の初日は風も強く吹いて難しいコンディションになり、土曜日曜とスケジュールが進行するにつれて風はおさまったものの、週末を通じて低かった温度条件は、レースの成否を左右する重要なカギになった。
そんななかでおしなべて強さを発揮していたのがヤマハ陣営だ。
金曜の走り出しから快調で、午前のFP1でまず最速を記録したのはファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)。午後のFP2はチームメイトのフランコ・モルビデッリ。土曜午前のFP3ではふたたびクアルタラロが最速で、レースペースを確認する重要なセッション、土曜午後のFP4ではマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)が最速タイム。引き続き行われた予選では、モルビデッリ がポールポジション、2番手にクアルタラロ、3番手にバレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP)、とヤマハ3台がフロントローを独占した。しかもフロントローを逃したヴィニャーレスでさえ2列目5番手、というパフォーマンスを見れば、やや冷えたコンディションになった今回のカタルーニャ・サーキットでは、ヤマハ有利という状況で日曜の決勝レースも推移していくように見えた。
しかし、FP4の内容を見るかぎり、ジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)もヤマハ勢に比肩しうる安定した高水準のラップタイムを刻んでいた。ここ数戦の彼の走りも勘案すれば、レース後半に面白い存在感を発揮するであろうことは充分に予想できた。
そして、日曜の決勝はまさにそのとおりの展開になった。
序盤にリードしたヤマハ勢に対して、スズキ勢の2台、ミルとチームメイトのアレックス・リンスが猛烈にぐいぐい追い上げて、トップを独走していたクアルタラロを脅かす猛チャージ。ラスト2~3周でスズキのふたりが揃って表彰台圏内に到達する、というじつに見応えのあるレース内容だった。
優勝したクアルタラロは、久々の6戦振りとなる3勝目。表彰台の頂点に立って、今季3回目の「ラ・マルセイエーズ」を響かせた。
「正直なところ、とても難しいレースだった」
と、レース後開口一番に述べたとおり、この冷えたコンディションで皆がリア用に選択したソフトコンパウンドタイヤのマネージメントが勝負の機微を大きく左右した。
クアルタラロをはじめとするヤマハ勢は、序盤に飛ばしてその貯金で最後まで走りきる、という展開になった。一方、2位と3位に入ったスズキのふたりは、安定したペースのタイムを淡々と刻み続けてレース中盤から後半に追い上げてゆく、という流れ。これは追われる側にしてみれば、いわば真綿で首を絞められるような状況だろう。じっさいに、クアルタラロは
「このふたり(ミルとリンス)は、レース終盤がぼくよりもずっと速かった。だから、レース前半にベストコンディションで走ることが重要だった」
と語った言葉からも、このレース展開を彼が充分に予測していた様子が窺える。
一方のミルは、土曜の予選が終了した段階で、決勝中盤以降の追い上げに自信を見せており、まさにそのとおりのレース運びで2位に入った。「終盤にはファビオのペースが落ちてきて、ぼくは最後は彼よりもいいタイムで追い上げていたので、あと1周あったら……、と思うとそれが惜しい」と話し、さらに「レース後半は多くの選手がリアタイヤのマネージメントに苦しんでいた。自分たちも厳しかったけれども、彼らほどじゃなかった」と、安定したペースで追い上げることのできた成果を振り返った。
ミルは3列目8番グリッドからのスタートで、周回ごとにひたひたと追い上げて行ったが、3位のリンスは5列目13番手からの強烈な追い上げである。MotoGP緒戦の第2戦スペインGPで肩を脱臼し、以後のレースも治癒状況とにらみ合いながら最善の結果を探るレースが続いた。今回の表彰台は、ドラマチックな優勝劇になった昨年第12戦のイギリスGP以来、久々のポディウム登壇である。ここ数戦は非常に高いレベルで結果を出し続けているジョアンの存在が、チームの先輩であるリンちゃんには非常に良い刺激になっているようだ。
「レースでまず勝つべき相手は、自分のチームメイト。だから、ジョアンに勝つためにいつもがんばっている。今年の彼はとてもコンスタントでいい仕事をしている。つまり、僕たちスズキのバイクがいい仕上がりだということなんだ」
そう話すとおり、今年のGSX-RRは、年々地道に水準を上げてきたまとまりの良さが奏功して、どのサーキットでもまんべんなく好リザルトを獲得し続けている。その成果のひとつが、今回のリンちゃんジョアンダブル表彰台、という形になってあらわれた、ということだろう。
スズキのライダーが2名とも表彰台を達成するのは、活動を再開した2015年以降では今回が初。活動休止前のGSV-R時代にサンマリノGPで、クリス・バーミューレンが2位、ジョン・ホプキンスが3位に入ったとき以来の快挙である。さらにひとつ前のダブル表彰台はというと、2001年のバレンシアGPでセテ・ジベルナウが優勝し、ケニー・ロバーツJrが3位に入ったときになる。近年のレースでは2018年のアラゴンGPなど、何度かその寸前まで行った惜しいレースもあったが、今の若い両ライダーのラインアップで表彰台を獲得したことが、なによりも意義深い。
昨年のイギリスGPでリンちゃんがシーズン2勝目を挙げた際に、チームマネージャーのダビデ・ブリビオに、これでスズキも強豪チームの一角に入ったと思うか、と訊ねた際には、「いや、まだまだ。我々はそこまでのレベルじゃない。でも、これからはさらに自信を持って強豪陣営に挑戦していける」と話していたのだが、今回のダブル表彰台、そしてミルの安定した3戦連続表彰台、という成果を見れば、現在のスズキは誰が見てもまちがいなく、強豪陣営の一角といえるだろう。
ふたたびブリビオと直接に話をする機会があれば、ぜひともそのあたりについて訊ねてみたいところだ。これはあくまで想像だが、たとえそう訊ねたとしても、うれしそうに相好を崩しながら「いやー、まだまだ。ウチらはあくまでチャレンジャーだから」という言葉が返ってきそうな気がする。そのあたりの妙な謙虚さもまたじつに、ある意味では非常にスズキらしい態度なのだろうけれども。
さて、表彰台を獲得した3名については以上のとおりだが、土曜の予選を終えた段階で強烈な速さを見せてポールポジションを獲得したモルビデッリはというと、ホールショットを奪ってレース序盤をリードしたものの、最終的にリンちゃんよりも1秒遅れの4位でチェッカーフラッグを受けた。
「4位という結果はすごく悔しいけど、でもそれはポジティブなことだと思う。悔しいと感じるのは、僕たちが高いレベルで戦っていることの証拠なのだから」
と、いつもの冷静な口調でレース結果を振り返った。今回のレースは表彰台3名の走りにも顕著なように、後半のタイヤマネージメントが結果を大きく左右した。この点についてモルビデッリは、「タイヤマネージメントを考える余裕はなかった」と述べた。
「ストレートでパワーがあればうまくマネージメントできるけれども、自分は他のヤマハより直線で6km/hほど遅かったし、ドゥカティと比較すれば12km/hも遅かった。なので、戦略を立てる余裕はなく、ただ全力で走るしかなかった。それが自分と自分のパッケージでは最大の作戦だった」
ちなみに今回のレースウィークで各選手が記録した最高速を見てみると、トップはペコ・バニャイア(Pramac Racing/Ducati)の352.9km/h(FP3)。2番手がアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)の351.7km/h(FP3)。3番手がジャック・ミラー(Pramac Racing/Ducati)の350.6km/h(WUP)、とトップスリーはいずれもドゥカティ勢が占めている。350km/hを上回っていたのはこの3台のみで、いっぽうのヤマハ勢はというと、トップがクアルタラロの346.1km/h(FP3)で全選手中の15番手。そしてモルビデッリはといえば、全選手中最下位の340.6km/h(WUP)。「全力で走るしかなかった」という彼のことばもたしかにうなずけるほどの大差ではある。
このトップスピード面で優れたパフォーマンスを発揮していたドゥカティ勢のミラーが5位、バニャイアが6位。優勝から順に、ファビオ、ジョアン、リンちゃん、フランキー、ジャック、ペコ、という6位までの顔ぶれを見れば、全員が若い選手、すなわち今後のMotoGPを背負っていく新しい世代のライダーたちばかりである。一方、旧世代(というとなんだかまるで昔の新日本プロレスの世代間抗争みたいですが)はというと、前戦終了段階でランキング首位だったドヴィツィオーゾが、1周目の2コーナーで巻き添えを食って転倒リタイアのノーポイント。過去に何度か見られた〈悲運のドビ〉を、またしても繰り返すことになってしまった。
さらに象徴的だったのが、バレンティーノ・ロッシだ。
今回のレースウィークはPetronas Yamaha SRTからの来季参戦を正式発表し、土曜の予選では今季初のフロントローを獲得。日曜のレースは最高峰クラス350戦目で、これで表彰台を獲得すれば最高峰200表彰台、という記念すべき一日になるはずだった。じっさい、レース序盤からトップグループにつけ、モルビデッリが順位を落としてクアルタラロがトップに立ってからも安定したラップタイムでピタリと背後につけていた。
しかし、16周目の2コーナーで転倒。記念すべき大きな節目となるはずだったレースは、ノーポイントで終えることになってしまった。新旧世代の明暗差、と冒頭に述べた所以である。
ことほど左様に、2020年シーズンは先の見えない波瀾のレースが続いている。
チャンピオンシップポイントとランキングの推移を見ても、クアルタラロが序盤2戦を連覇した際には、この勢いのまま2020年を突っ走るかとも見えた……のだが、あにはからんや、以後のレースでは浮沈の激しいリザルトが続き、しかも第4戦チェコGP以降は入れ替わり立ち替わり異なる選手が優勝して、シーズン展開はまったく先の見えない様相を呈しはじめた。その結果、チャンピオンシップポイントでも誰かひとりが大きくリードする状態にはならず、有力選手がそれぞれにどこかのレースで取りこぼし、その結果、前戦終了段階では4名が4ポイント以内にひしめく、いわば「どんぐりの背比べ」ともいった得点状況になっていた。
この、いわゆる関西弁で言うところの〈わや〉な状況が、今回のレース結果を経て、クアルタラロ108ポイント、ミル100ポイントで、ランキング3番手で90ポイントのヴィニャーレス以下を微妙に引き離しそうな勢いも見せている。
そんななかで、毎回トップテンフィニッシュを続けて安定した成績を残しているのが、じつは中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)なのである。しかも、毎戦ポイントを獲得しているのは、全選手中でも中上ただひとり。今回のレースは7位でチェッカーフラッグを受けた。優勝したクアルタラロからは3.6秒差で、充分に前が見える位置でのゴールだっただけに、「なんといっていいのかわからない」くらい悔しさも一入だったようだ。
「レース終盤は誰よりも安定したペースで走れていたので、今回は場合によっては勝つチャンスのあるレースだったと思うし、それだけに7位という結果は本当に残念です」
安定した上位フィニッシュを続けていることに関しては
「そこはあまり意識していなかったのですが、トップテンで毎戦終われているのは好材料だし、特にこういうシーズン展開だと転倒をせずに安定してフィニッシュし続けることはとても重要だと思います。でも、とにかくまずは表彰台に上りたいので、今後もこの調子で毎戦いい成績を残せるようにがんばります」
Moto3クラスに目を向けると、ほぼ毎戦表彰台を獲得してランキング争いで僅差の2番手につけていた小椋藍(Honda Team Asia)が、今回はパッとしないウィークで、土曜の予選を終えて8列目24番手、という目眩のするようなグリッド位置になってしまった。しかし決勝レースでは、この状況下で可能な限りの挽回を見せてなんとか11位でゴール。これはこれで、ものすごいリカバリーではある。一方、ランキングを争う選手が転倒したこともあって、小椋がMoto3クラスのポイント首位に浮上した。今後の6戦は、いかに取りこぼしをなくすかがタイトル争いの成否を左右することになるだろう。
というわけで、今回はここまで。一週間のインターバルを経て、次は第10戦フランスGP。ル・マンサーキットはヤマハに有利ともよくいわれるが、今年は例年以上に温度条件が低くなるであろうことを想定すれば、未知の要素もまた多い。ホームGPのクアルタラロがいまの勢いを駆って連覇するのか。あるいはここでスズキが表彰台の頂点に立つようなことにでもなれば、今年はひょっとしたら本当になにかが起こるかもしれない。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
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