―緊急事態宣言が解除された現在はともかく、自粛期間の最中は外に出ることがほとんどできなかったと思います。その時期は、おもにどんなふうに過ごしていましたか?
「基本的に、家のなかでトレーニングをしたり英語の勉強をしたりしていましたね。自分のために使う時間をたくさんとれました」
―自粛期間中には、インスタライブやYouTubeライブなどを積極的に実施していましたね。二輪界でもロードレース系・オフロード系にかかわらず多くの選手や関係者が様々なオンライン企画を行っていましたが、日本国内ではおそらくもっとも早く開始したのが長島選手で、このような企画の先鞭をつけたひとりではないかと思います。
「そうでしょうね。たぶんそうだと思います」
―どういうきっかけで始めたのですか。
「世の中でコロナの蔓延や活動自粛がここまで大ごとになる前に、開幕戦で優勝して帰国したとき、加賀山さんや(高橋)巧くんたちに祝勝会をやってもらったんですよ。その様子をインスタライブで配信したら、思ったよりも反響が大きくて、『また皆で集まってこういう企画をやりたいね』という話をしていたんです。その後、外出自粛などになって、イベント等もなくなってゆき、『イベントをできないのなら、じゃあこういう形でやってみよう』と、やらせてもらったのがきっかけですね」
―いろんな企画を続けていったのは、やはり最初の反応が良かったからですか?
「そうですね。最初の企画はすごく反応がよかったし、そもそも二輪界にそういう企画がなかったので、ファンの人たちもこういうものを欲しているのかな、とも思いました。自分と加賀山さんが率先してやっていくことで周囲にも浸透し、二輪レースの普及に少しでも貢献できればいいかな、とも思っていました」
―これからシーズンが始まると、そのようなオンライン企画はなかなか時間をとれなくなると思うのですが、たとえばシーズンオフに再開するような意図やプランなどはあるのですか?
「シーズン中も、スペインでの生活の様子や移動の様子なんかを伝えたり、今年はパドック内にGPルームを借りてレースウィークをそこで過ごす予定なので、普段は見ることができないものを動画に撮ったりすることができるのなら、そういったものも配信を続けていきたいと考えています。また、シーズンオフにはいろんなライダーを集めて、たとえば座談会形式のようなものを全日本の選手たちと一緒にできれば面白いかなあ、とも思っています」
―GPルームというと、モーターホームを4部屋に仕切って部屋貸しするヤツですよね。
「そうそう、それです」
―当初の予定では、2020年は家族と一緒にスペインに移って生活の拠点にしたい、と話していたと思うのですが、その計画はやはり、このパンデミックの影響で変更せざるを得なかった、ということですか?
「そうですね。もともとの予定では、家族や双子の妹と一緒にスペインで暮らす予定だったんですが、こんな状況なので家族には日本で待っていてもらうことになります。ただ、双子の妹は一緒に来てもらいます。こういう状況なので彼女はサーキットには入れないのですが、スペインに滞在してことばが上達すれば、来年家族が来たときもいろいろと助けてもらえるだろうし」
―さて、新しいカレンダーが発表になって、いよいよ7月19日のスペインGPからレースが再開します。かなりタイトなスケジュールなので、一度出国すると、バレンシアまでずっと欧州に滞在しっぱなしになりそうですね。
「そうですねえ」
―日々の健康管理やサーキットを出入りするときの感染有無をチェックする手続き等は非常に厳しくなると思うのですが、生活や健康指導の面でなにかアドバイスなどはありましたか?
「マスクを大量に持ってくるように言われました。パドックでも移動でも、とにかく大量に必要になるからたくさん持ってきた方がいい、と言われました。それ以外は特にないですね」
―チームから、健康管理面で気をつけることの指導などは?
「特にないですね。年齢的にも『特に言わなくてもわかってるでしょ』ということだと思うんですよ。(鳥羽)海渡のところには、けっこう(指導が)あったみたいですけど」
―レースウィークが始まると、ずっとサーキット内のGPルームで過ごすわけですね。つまり、7月15日の事前テストからスペインGP、そして翌週のアンダルシアGP、と2週間以上ずっとサーキットで暮らすことになりますね。
「そうですね。自分としては、ずっとサーキットにいることができるのは最高ですけど(笑)」
―通常のカレンダーなら2週間ごとに1回のレース開催で欧州を転戦しますが、今年の場合は非常にタイトなスケジュールでほぼ毎週のレース、しかもおそらくヨーロッパ内で終始しそうな見通しです。いつもとはリズムが違うなかで、ライダーの立場からすると戦い方やシーズン戦略などへの影響はありそうですか?
「正直なことをいえば、開幕で勝った勢いと流れでそのままシーズンを戦いたかった、というのがひとつ。あと、ヘレスやバレンシア、ミザノなどが2戦開催になっていますが、これはスペインやイタリアの選手が走りこんでいるサーキットなので、日本人の自分からすると、ちょっと『うーん……』と感じてしまう部分はありますね。これがたとえば、オーストリアだとかマレーシアだとかタイだとか、誰もあまり走りこんでいなくて皆の条件が同じ場所だと、去年も僕は調子が良く走れていたんですが、そういうサーキットよりは少しやりづらくなるかもなあ、とは正直、ちょっと思います。さらに、2週連続で同じサーキットのレース、というのは初めて経験するので、モチベーションをどう保つかというところにも注意をしたいですね」
―2週連続の同一会場、さらに全体のスケジュールが非常にタイト、ということで、シーズンの戦い方も例年とは違うアプローチになっていくのでしょうか。
「自分の気持ちとしてはそれほど大きな変化はないんですが、レースが始まって、じっさいにやってみないとわからない部分はありますね」
―先ほど言っていた「開幕戦で勝った勢いと流れ」ですが、それを自分のもとへ引き戻すために重要なことは何ですか?
「開幕戦の優勝は、シーズンオフに積み重ねてきたテストを経て、カタールの最終テストとレースウィークでチームと組み上げてきた流れがあったうえでのリザルトで、偶然ではなく自分たちの実力で結果を残すことができました。そこについては自信を持っているので、いままでどおり開幕戦のように進めていけば決勝に向けていい状態に持っていける、と考えています。だから、そこはとくに気にしていないし、『ちゃんとやればちゃんと結果が出る』という自信もあるから大丈夫だと思います
―長島選手のレースキャリアプランでは、今シーズンにしっかりと結果を出して、できるだけ早くMotoGPに上がりたい、という希望を以前から言っていましたよね。ところが、今年はCovid-19の影響でシーズンが中断してしまいました。しかし、レースをやっていないなかでもMotoGPクラスではそれなりに水面下の動きがあり、選手の移籍も少しずつ表面化してきています。そういったニュースを見聞きしていて、どんな印象を持っていますか?
「いやー、ショックでかいですよ(笑)」
―やはり、心中はかなり穏やかならぬものがあるだろうと思うのですが。
「今後のキャリアを考えて行くうえでは、自分の年齢的なこともあるので、正直なところやっぱり来年にMotoGPへ行きたかった、という思いは強いですね。契約のタイミングとしても、来年はベストだったんですが、コロナの影響などでそれが少し変わってしまった。僕の場合はとくにメーカーがバックアップしてくれるわけでもなく、すべて自分で交渉しないといけないんですが、日本からアキ(・アヨ/チームオーナー)さんに電話をして『MotoGPに行きたい』ということも何度か話をしたんですが、それでも直接に会って話をできる環境ではないので、全部もっていかれちゃったなあ……、という印象が大きいですね」
―これは長島選手に限らず、Moto2からMotoGPにステップアップを狙うとしても、「自分にはこれだけのポテンシャルがあります」とアピールして示せるものが、今はだれもなにもない状態です。
「そうなんですよね。そこがやっぱり一番大きい。たしかに開幕戦では優勝したけど、自分はキャリアも長いのでコンスタントに結果を見せなければいけないと思っています。でも、それをできる場がなかっただけに、これはしようがないのかなとも思います」
―さきごろ発表されたKTM勢の2021年ラインナップは、たしかすべて単年契約でしたよね
「そうですね」
―では、いまは自分の今後のレースキャリア形成をどんなふうに考えていますか?
「今年はチャンピオン争いをして、最低でもランキング三位以内。来年もそれを継続できれば、再来年はMotoGPが見えてくるかなと思っています。自分にできることは、開幕でやったことをいかに今後も再現できるか。それをできれば、おのずと声もかかってくると思うので、それを目指すしかないですね」
―シーズンが始まると、今年はサーキットにずっといっぱなしになります。しかも無観客開催なので、パドックもいつもとはすこし違う雰囲気になりそうですね。
「カタールがちょっとそんな雰囲気でしたよね。MotoGPクラスがいなくて、パドックに人があまりいなかったので、自分の時間を多く取れてリラックスできました。そういう雰囲気なら、自分としてはある意味、やりやすいのかな、とも思います」
―サーキットに入ることができるチーム人員の数も絞るようですが、それに対する影響は何かありそうですか?
「レースに必要な最低限のメカニックたちとチームオーナーは入ることができるようですが、僕のマネージャー役をしてくれる人がいないのはちょっと厳しいですね。愚痴をいう相手がいないというか(笑)。気持ちを切り替える会話やガス抜きをできないのが、ちょっとつらいかもしれませんね」
―ライダーとしては、レースに集中しやすい環境になるんですか? あるいは、ガス抜きをできないからストレスがたまる影響は大きい?
「たとえばお客さんがいると愉しいし盛り上がるけれども、レースということになると誰もいなければその分だけ集中もできます。MotoGPは映像関係がしっかりしていて観られているという緊張感も常にあるし、だからそこはあまり気にならないです」
―7月19日にスペインGP、翌週はアンダルシアGPというスケジュールです。先ほども言っていたように、出鼻をくじかれてしまった開幕戦優勝後の勢いを取り戻すためにも、この2連戦は重要ですね。
「そうですね。開幕戦の優勝がまぐれじゃなかったことを示さなきゃいけないし、周りからの警戒度も上がるだろうから、今までとたぶん雰囲気は違うだろうなあ、とは予想しています。でも、あまり気にしてもしかたないので、気負わずに表彰台を狙い、コンスタントに走っていい結果を目指します」
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
[<ドラフト外>からグランプリ参戦を実現、優勝を掴み取った男 開幕戦で優勝の長島哲太についてジャーナリスト・西村章が綴る]