-新しいファイヤーブレイドの感触はどうでしたか?
「モンメロ(カタルーニャサーキット)で乗ったんだけど、そのときの第一印象は『これ、マジで量産車?』って感触だった。ピットから出て走りはじめると、ごくふつうに攻めることができたので、純正状態でこれなの、って尋ねたくらいだったよ。公道で走ればとても楽しいし、サーキット走行でも、足りないものはなにひとつないね」
-レースに話題を移しましょう。今シーズンはキャリア8回目のチャンピオン獲得で、ほぼ完璧な形でシーズンが推移しましたね。開幕から10連勝を達成した2014年がベストシーズンだという人もいますが、あなたのパーソナルマネージャーのエミリオ・アルサモラ氏は2016年がベストだと言っています。あの年のホンダはヤマハよりも劣勢だったのに、それでもタイトルを獲得したことを高く評価しているようです。
「どのシーズンがベストか、ということは、いつもよく尋ねられる質問だね。2014年は4名のライダーがチャンピオン争いをしていて、僕が勝った。今年は8台くらいのバイクがトップ争いをしているようなシーズンだった。でもたしかにエミリオの言うとおりかもね。2016年は僕たちよりも強力なバイクが2~3台いたけど、僕が勝ったんだから」
-あなたは心理戦にも長けていましたね。自分自身はけっして諦めることなく、ライバルたちに少しずつ猜疑心を植えつけていきました。
「実際にサーキットで速さを見せなければ、マイクの前で何を言ったところで意味はないよね。2014年にローレウス賞(訳註:世界的に優れた活躍をしたスポーツ選手に与えられる賞)を受賞した際にミック・ドゥーハンに言われたことがあるんだ。『ライバルを打ちのめしたければ、コース上でやることだ。批判や陰口や嫌味を言いたいのなら、いくらでも言えばいい。だが、己の力を存分に見せつけることができる場所はコース上しかないんだ』ってね」
―挫折を実感するのもコース上ですよね。
「それはしばらく感じてないけどね(笑)。でも僕もいつか負ける日が来る。今年はオーストリアとシルバーストーンで惜敗した。2位だけれども、僕にとってあれは敗戦なんだ。とはいえ、長年戦ってきた結果、一番大事なのは最後に勝つことだ、と考えるようになったよ」
―1回負けたくらいで泣き騒ぐのは子供だ、ということですね。
「子供時代なら僕も泣いて大騒ぎしていたし、成長してもしばらくは、2位で終わるなら転倒するほうがいいと思っていた。でも今は、最終的に勝つためならバトルに負ける局面もある、と理解できるようになったんだ」
―ライバルたちはあなたのことをどう見ていると思いますか?
「倒すべき存在、かな。だから僕は何事にも注意深くする必要があるし、いつも最大限に努力し続けなければならないんだ。新しいシーズンが始まると、皆が前年度のチャンピオンを倒しにかかってくる。僕は、2020年シーズンの皆の標的なんだ」
―皆がハングリーに牙を剥いている、ということでしょうね。
「ハングリー? うん、そうだね。僕たちは勝つために、誰よりも前を走るためにここにいるんだ。ただバイクに乗るのが楽しいからここにいる、なんてのは本物のレーシングライダーじゃないと思うな。ライダーであるためには、ハングリーでなきゃいけない。ハングリーなライダーなら、一度でも勝利を味わってしまうと、二度とその味を忘れられないよ」
―自分自身をひと言で表すとすれば、どういう表現がいいですか?
「ハングリー、負けず嫌い、勇敢。自分に根性があることを、僕はいつも証明しようとしているんだ」
―マルク・マルケスがいなければ今年のホンダは大変だったでしょうね。
「マルク・マルケスがいなくても、ホンダならきっと誰かを見つけていたと思うよ。僕はこのバイクでチャンピオンを獲得するために誰よりもがんばった、という自負はあるけどね。今年のバイクはマルケス用だという意見もあるけど……、僕のコメントはロレンソやクラッチローと同じだよ。HRCは僕だけに限らず、皆の戦闘力を上げるバイク、より良いバイクを作ろうとがんばってくれている。でも僕が勝てるなら、僕自身は他の選手のことはあまり気にならないけどね」
―もちろんホンダとしても負けるわけにはいきませんからね。
「そこは当然だよね。早い時期から交渉を開始すれば、いろいろ話もできる。もちろんこちら側から要求することもあるけど、最優先するのは競技レベルのことなんだ」
―契約金もあなたの言い値どおりなのでは?
「まあね。でもそこは優先事項じゃない。たしかにお金は大切だよ。でも、僕がまず最重要視するのは競技レベルのことなんだ。そこに合意ができれば、必要なものは万事与えられるし、プロジェクトも自信を持って進めることができる。僕の第一選択肢は、ホンダだよ」
―あなたはいつも最高のバイクを選ぶ、と言う人もいますが、ホンダは今現在で最高のバイクだと思いますか?
「それは難しい質問だよ。『隣の芝は青く見える』っていうでしょ? 隣の芝生は自分のところよりも美しく、傷もないように見えるものなんだよね。ヤマハやドゥカティやスズキにも、もちろん長所もあれば欠点もある。僕はこのバイクで勝ってきた。このバイクとプロジェクトとチームと、そしてそれらに通底する哲学が、僕は本当に好きなんだ」
―アルサモラ氏の話では、ドゥカティがあなたにアプローチしてきたようですが。
「そうするのはまあ、当然なんじゃないかな。どのメーカーだって、僕が興味を示すかどうか、話をしようとするのは当たりまえなんじゃない? 互いに敬意を持って接すれば問題はないよ。他にも、チャンピオンを獲得するために勝てるライダーを欲しがっている陣営がある、という話は聞くよ。さっき言ったように僕のプライオリティはもちろんホンダだけど、話をしてくれれば聞きはするよ」
―次戦のバレンシアでは全力で戦わなければなりませんね。ドゥカティはホンダにわずか2点差でチームタイトルをリードしている状態で、全力であなたを抑えにかかってくるでしょうから。
「そうだよね(笑)。だから勝つために、僕たちも全力で戦うよ。チームメイトにも頑張ってほしい。ホルヘは厳しい状況だからね」
―ロレンソ選手の長引くケガは、予想外でしたか?
「ものすごく予想外だったよ。僕にも彼自身にも、そしてチームにもね。世界チャンピオンを獲得した選手がこんな状況に苦しめられるなんて、誰も想像していなかった。この状態を来年まで持ち越してほしくない。きっと彼は今の状態から抜け出すために全力で頑張っているだろうし、懸命に闘志を掻き立てていると思うよ」
―彼は来年も継続すると思いますか?
「契約ではそうなっているからね。僕は継続すると思うよ。彼の決めることではあるけれどね」
―最近では、表彰台であなたが最年長、ということも珍しくないですね。
「まだ26歳なのにね。最近は、MotoGP昇格の若年齢化がどんどん進んでいて、中小排気量のタイトルを獲らずにどんどん上がってくる。もうちょっとじっくり構えたほうがいいんじゃないか、と個人的には思うんだけど。僕は確かに早い年齢でMotoGPへ上がってきたけど、125ccとMoto2のタイトルを獲ってステップアップしてきた。弟には弟のやりかたがある。彼は今、23歳で、歩みは遅い方かもしれないけど、すでに2クラスのタイトルを獲得している。MotoGPでは、どのタイトルも獲っていない選手もいるからね」
―過去を振り返ると、たくさんの強烈なライバル関係がありました。ロッシ対ビアッジ、ロッシ対ストーナー、ロレンソ対マルケス、マルケス対ドヴィツィオーゾ。今度はマルケス対クアルタラロの時代になるでしょうか?
「どうだろう。マルケス対ヴィニャーレス、という戦いもあり得るよ。彼もすごく強い選手だからね。あるいはリンス。ひょっとして将来はマルケス対マルケス、なんてこともあるかもしれない。でも、自分がいつもその戦いに加わっているように努力をしていたい。いろんな世代の選手がやってくるだろうけど、自分も勝ち抜いていつもそこで戦っていたいんだ」
―ロッシ選手は2021年も現役を続けると思いますか?
「今のレベルで走れるなら、現役は続けられると思う。マレーシアでは表彰台を争っていたよね。あの水準で走っているのは、すごいことだと思う。それこそ、僕が今言っていたことそのものだよ。ライディングスタイルの違う若い世代がどんどん台頭してきても、彼は勝ち抜いていつもそこで戦っている。選手は皆、ある程度のところまで常に上昇を続けるけど、その先はかならず下り坂が待っている。それをどこまで緩やかなものにできるのか。バレンティーノの下降線はすごく緩やかだし、闘志も未だに衰えていないね」
―ミザノ(第13戦サンマリノGP)の優勝は、今季数々の勝ちのなかでもっともうれしそうに見えました。セパン(第18戦マレーシアGP)でのアレックスのタイトル獲得の際も、すごく喜んでいましたね。
「ミザノはシュピールベルク(第11戦オーストリアGP)とシルバーストーン(第12戦イギリスGP)で連続して負けた後だけに、うれしかったよ。あと、あのレースはクアルタラロと初めて直接対決でいいバトルをしたレースだったしね。それから、弟の勝利は僕自身が勝ったときよりもうれしく感じるんだよね」
―アレックス選手はいつMotoGPに昇格しそうですか?
「彼はMotoGPマシンに充分乗れる、と僕は思っているんだ。Moto2のタイトルを獲得したし、ライディングスタイルもクリーンだ。バイクの挙動もとてもよく理解している。MotoGPはスピードが速いだけじゃなくて、バイクのことや電子制御をしっかりと理解したうえで成り立つものなんだ。家では弟が僕を助けてくれるし、僕も弟を助けるし、そうやって一緒にトレーニングする。サーキットでは各自それぞれのチームがあって、独自の仕事の進め方や問題解決の方法がある。将来、アレックスがMotoGPに昇格してきたら、それがどのバイクであれ、僕たちはお互いにプロフェッショナルとして向き合うことになるだろうね」
―あと一戦を終えれば、ホリデイですね。ルシアさんとどこかへ行く予定は?
「ルシアは大切な彼女なんだ。チャンピオンになると休日も少なくなるけど、どこか素敵な場所に出かけたいね」
【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。
[第十二回 バレンティーノ・ロッシ インタビュー3]