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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Honda/VR46/Aprilia/Yamaha/KTM/Husqvarna Motorcycles

 第14戦日本GP、決勝日の日曜は早朝以降にやんでいた雨がMotoGPクラスのスタート時にふたたびぱらつきはじめ、やがて車軸を流すほどの大降りになって13周目の途中で赤旗中断。その後、クイックプロシージャでレース再開の進行に入ったものの、走行は危険との判断で中止になり、12周終了段階の順位でレースが成立した。

 モビリティリゾートもてぎへ観戦に訪れた皆様、厳しい環境のなかお疲れ様でした。どうかお風邪を召しませぬよう。

 さて、今回の週末は走行前の木曜と金曜が今年の猛暑をそのまま引きずったような蒸し暑いコンディションでスタートした。が、土曜には日差しが和らいで、やや過ごしやすい温度条件になった。午後3時から12周で争われたスプリントは、ホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が一等賞。二等賞の銀メダルはブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)で、三等賞にランキング首位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)という結果になった。マルティンはスプリント3連勝で、午前の予選Q2ではオールタイムラップレコードを更新。チャンピオンシップポイントでも、バニャイアとの差をさらに縮めて8点差として、明らかにノリにノっている勢いの良さを感じさせる。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 一方、前戦インドGPで転倒ノーポイントという手痛い失策を犯したランキング首位のバニャイアは、前戦まで抱えていたブレーキングの課題がほぼ解決した様子。日曜午後の決勝レースは、バニャイアが欧州ラウンドで見せていた強さを取り戻すのか、あるいは勢いに乗るマルティンがさらにバニャイアに肉薄し、状況によってはランキングを逆転することもあり得るのか、というところに注目が集まった。

 そして、今回のスプリント結果を見てもわかるように、カーボンファイバー素材を使用したニューシャシーの手応えが上々のKTM勢が、バニャイアとマルティンのバトルに割って入ることでチャンピオン争いのキャスティングボートを握りそうな気配もそこはかとなく漂う……という具合に、戦いの様相はじつに微妙な雲行きを呈しはじめている。

 日曜午後の実際の雲行きも、不安定な状態で推移した。決勝レースの赤旗中断とその後の再開停止は選手たちが揃って「適切で妥当な判断」と口を揃えるほどのコンディションで、12周終了時のポジションに基づき、優勝はマルティン、2位はバニャイア、そして3位にマルク・マルケス(Repsol Honda Team)という結果になった。

「フル周回を走ったわけではないのでレースに勝利したふうには見えないし、気持ち的にもちょっと同じではないけれども、ポイントをしっかりと獲得できた、ということが何より重要」

 と述べたマルティンの言葉からもわかるとおり、いつもとなんか違うかんじ、というのが正直な感覚なのだろう。とはいえ、どのような状況であっても抑えるべきところはしっかりと抑えておくことがシーズンの要諦で、それを確実に実行できているところが、現在のマルティンが掴んでいる「流れ」の良さであり、勢いというものであるのだろう。

「(最初に雨がぱらつき始めたときの)ウォームアップラップが微妙な状況で、際どい思いをしたように見える選手は何人もいて、自分も何度かヒヤリとした。こういう状態でのレーススタートはとても微妙で、判断が難しかったので、ペコとジャックをあえて前に出したことで状況が少し把握しやすくなった。彼らが(フラッグトゥフラッグで)ピットへ戻ったので、自分も戻ることにした。

 ウェットでは、いつもならとても力強く走れるけれども、今回は3コーナーで際どい瞬間があってはらんでしまい、それで6番手くらいまでポジションを落とした。でも、コーナーの立ち上がりでしっかり加速できていたので、どんどん追い抜いていった。そして、ペコに1秒の差を作れたことが今日の勝因になった」

 この言葉を見ても、勢いの良さと自信がさらに的確な好判断を招く、という好循環を作っていることが想像できる。自分はファクトリーライダーではないので勝たなければならない責任というものがなく、その分、プレッシャーを感じずにのびのびと戦える、と平素から述べている彼の自由闊達さも、「追われる者より追う者のほうが強いんで。そがあな考え方しとったら、隙ができるど」(『仁義なき戦い』)をまさに地で行くような感もある。

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 さて、マルティンに追われる側のバニャイアは2位でゴール。マルティンは25ポイント、バニャイアは20ポイントの獲得で、これによりふたりの差はついに3ポイントになった。

「とてもリスキーでアクアプレーンがかなり激しくなっていたので、赤旗の提示は適切だったと思う。残念ながら途中で終わってしまったけれども、リアタイヤをうまくマネージできていたので、レースを最後まで走りきる時間があれば終盤にいい戦いをできていたと思う。とはいえ、今回は万事これでよかったかな」

 そして、ポイント差の接近で緊迫度が増してきた今後の戦いについては、このように述べた。

「面白くなってきた。戦いは激しくなって緊迫感も増し、難しくなってくる。ホルヘは勢いに乗っているけれども、僕たちもがんばって昨日いいところを見つけ出して、今日はさらによくなった。だから、僕たちの側にも勢いはある。ホルヘや他の選手たちと戦う次戦のマンダリカでは、しっかりとトップを目指していきたい」

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 そして、3位に入ったマルケスだが、決勝レースの入賞は昨年第18戦オーストラリアGP(2位:2022年10月16日)以来、まるまる1年ぶり。RC213Vが戦闘力の面で厳しい戦いを強いられているのは周知の事実で、今回は雨の中でマルケスの技術がもたらした表彰台、ということになるのだろう。

「今年はずっと表彰台を獲りたいと思っていて、かなりシーズンが深まってからの獲得になったけれども、天候の状況を活用しながらホンダのホームサーキットでようやく達成できた。最高の形でレースをマネージメントできたと思う。1周目にタイヤを交換したときから、これは長いレースになるなと思った。序盤は難しくて苦労したけれども、タイヤをマネージして路面が充分なウェット状態になるとアタックを開始して、どんどん速くなっていった」

 自分の前を走っていたマルティンとバニャイアについては、

「チャンピオンを争う彼らのファイトは壮烈で、あそこまでリスクを負って勝負するのは生半可なことではない。こういったコンディションでタイトルを争うことの厳しさはよくわかっているので、彼らの戦いには本当に敬服する。並外れた集中力で並外れたプッシュをしていた。その強烈なバトルを後ろから観戦するのは、とてもよい眺めだった」

 とエールを贈った。

 また、ここ数戦ずっと世界中から注目を集めている自らの去就については以下のように述べた。

「今日の表彰台やインドのリザルト、ミザノやカタルーニャの結果はともかく、自分の気持ちはハッキリしているので、何があろうとなるべくしてなるようになる、ということ。今日は、言ってみれば〈ロマンチックな表彰台〉なので、とてもよかった」

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 様々なゴシップや根拠のあやふやな憶測と固有名詞などがこの週末も飛び交ったなか、今のホンダとマルケスの関係を「婚姻関係が冷え切った夫婦のような状態」と喩えた人物もいたが、それだけに、ロマンチックな表彰台、というマルケス自身の口から出た表現はじつに言い得て妙、という感がある。そのような状況下で、HRCでは10月1日付けで開発室長に佐藤辰氏が就任した。ホンダ関係者によると、前任の国分信一氏は本田技研でオフロードを含む二輪レース活動全体を見るポジションへ移ったとのことで、「国分も佐藤も、ともに昇格で、欧州などで憶測されているような懲罰人事などではありません」という。

 さて、レースに話を戻すと、4位はマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team・Ducati)。

「雨のなかでも気持ちよく走れた。でも、他のライダーたちの方が、自分よりも少し速かった。特にペコ。レースでは最後になると視認性が厳しくなってほとんど見えなかった。フロントのスクリーンに問題があって前が見づらく、それでタイムを損してマルクに抜かれた。その後に赤旗が出たので、これは表彰台を逃したな、とわかった。こんな雨でバイクを走らせたことがなかったので、この結果は仕方ない。セットアップはよかったし、制御も非常によかったので、総じて悪くはなかった。うまく乗れたと思うし、ハッピーだけど、4位という結果はやっぱり厳しい」

#73
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 5位にはアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)。アプリリアは、フライアウェイシリーズに入って昨年同様にバイクの熱問題が顕在化しつつあったが、今回の決勝はコンディションに少し救われた恰好になった、といえそうだ。今回の日本GPでは、人気自転車ロードレースマンガの『弱虫ペダル』とコラボレーションしたヘルメットが話題になったが、様々なスペシャルヘルメットがあるなかでも、ライダーの個性とマンガの特徴がピッタリと噛み合うこのような試みは類例がなく、大きな存在感を発揮したことは間違いない。 チームメイトのマーヴェリック・ヴィニャーレスも風神・雷神をモチーフにしたスペシャルヘルメットを使用しており、こちらもクールなデザインで好評を集めた模様。レースでは、スタート直後の1コーナーで、他車2台にサンドイッチされる恰好で行き場をなくし、オーバーランして転倒。残念ながら好結果を残すことができなかった。

#12
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 一方、ホンダ同様に苦戦を続けるヤマハは、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が10位、チームメイトのフランコ・モルビデッリは17位、ワイルドカード参戦したテストライダーのカル・クラッチロー(Yamalube RS4GP Racing Team)が13位。

 クアルタラロは、大半の選手がピットインしてウェットタイヤのマシンを交換した1周目はコースにステイして次の周回にピットへ戻ったのだが、その理由については以下のように説明した。

「まだ雨はさほど激しくなかったので、もう1周ステイすることにした。路面は濡れてきてうまく走れず、数秒ほど損することになった。とはいえ、10位でも14位でも大きな違いがあるわけではない。ウェットのフィーリングは悪くなかったけれども、改善すべき弱点はドライのときと同じ。

 もしも1周早く戻っていれば、いくつかポジションは上だったかもしれないけれども、7位より上ではなかったことは間違いない。最後の2周では2回ほどミスをして2、3秒ロスしてしまったので、おそらくせいぜい7位から9位といったあたりだったと思う」

 テストライダーで参戦したクラッチローは、現役時代から忌憚のない直言に定評のある人物だが、この週末にもストレートかつ示唆的な数々の提言があった。要約すれば、たとえ他陣営の方向性を追随してみたところで、所詮は真似以上のことができないのだから、エアロパーツなどをやたらと装着するのではなく、もっとヤマハ本来の特性を活かす方向で開発を進めて、自分たちの特性を武器として磨き上げていったほうがいいのではないか、というような内容で、競争と開発という課題の本質を突く正鵠を射た指摘だ。

 レースを終えたクラッチローは、週末に述べてきた指摘を自ら総括した。

「ここ数日述べてきたように、進むべき方向性を我々(テストチーム)は理解していると思う。技術者たちを信じているので、その方向へヤマハが進んでほしい。多くの技術者たちは進むべき方向を明確に捉えているので、来年は大きな前進を果たしたい。

 今日のレースは、自分の好みではないけれどもエアロパーツを装着して走った。それがヤマハのプランなのだし、ヤマハが自分に求めることをするのが自分の仕事でもあるのだから、もちろん喜んでやらせてもらう。自分の順位は問題ではなく、重要なのはデータを収集することなのだから」

#20
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 総論として日本GPを振り返ると、やはりドゥカティ勢が高い安定感と戦闘力をコンディションを問わず発揮した週末で、ホームGPのホンダとヤマハ陣営はともに、今年の苦戦がそのまま反映される結果になった。また、彼らの苦戦を左右する様々な要素や今後の勢力関係などについては、今回のウィークでさらにいろいろなことが見えてきたような気もする。これについては、近日中にどこかのコラムで改めて考察することにしたい。

 Moto2クラスでは、金曜の走り出しからソムキアット・チャントラ(IDEMITSU Honda Team Asia)が頭抜けた速さを発揮。週末を通して全セッションを有利に運んで、決勝レースではスタートから一気に飛び出してポールトゥウィン。チームメイトの小椋藍も、2番グリッドからスタートして2位でゴール。IDEMITSU Honda Team Asiaが圧巻の1-2フィニッシュを達成した。

 天然の陽キャ、チャントラは、

「土曜の夜は、興奮してあまりよく眠れなかった」

 と笑いながらレースを振り返った。

「なぜかわからないけど今日はスタートがバツグンに決まって、誰にも抜かれなかった。その後も落ち着いて走りきった。後ろから藍が迫っているのもわかっていたけれども、集中を欠かさずにいいレースをできた」

 また、週末を通して圧巻の速さを披露できた理由については、

「昨年のセットアップをベースにして、ギアリングを少しだけアジャストした。それがすごく良くハマって、いい走りをするカギになった」

 と明かした。

#35
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 また、3位にはチャンピオンシップをリードするペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)が入り、ランキング2番手のトニー・アルボリーノとのポイント差を50に広げた。シーズン残り6戦で、この50ポイントというギャップをどう捉えているのかアコスタに尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「チャンピオンシップにしてもレースそのものにしても、他のライダーたちを相手に戦っているときに、余裕のある差、というものはないと僕は考えている。たとえば今日みたいに、全力で頑張っても勝てないことだってあるわけだから。とはいえ、自分がいい調子で走れていることは間違いないので、これからもこの勢いを維持して行きたい」

 この沈着冷静さで高水準の安定感を発揮し続ける限り、アコスタが今後も有利な戦いを進めていくことはほぼ間違いなさそうだ。

#37
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 Moto3も、チャンピオン争いが熾烈な状況を迎えている。今回の日本GPでは、佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)が2位。佐々木は毎戦、トップグループで表彰台争いを続けており、今回のホームGPでも優勝の期待がかかったが、2位という結果に手堅さを感じさせるところは、今の戦闘力の高さと実力をよく象徴しているといえそうだ。

#71
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 優勝はジャウメ・マシア(Leopard Racing)、3位がダニエル・オルガド(Red Bull KTM Tech3)で、彼ら3名のポイント差は、マシア~佐々木が6、佐々木~オルガドが3、という状況。残り6戦でさらに緊迫の度合いを増していくであろう彼らのフェアで激烈で溌剌とした戦いを、これからも存分に目撃させていただくことにしましょう。

 次戦は10月15日決勝のインドネシアGP。今年はレインハンドラーさんが登場しなくても済みますように。では。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Honda/VR46/Aprilia/Yamaha/KTM/Husqvarna Motorcycles)

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#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/10/02掲載