フランチェスコ・〈ペコ〉・バニャイア(Ducati Lenovo Team)、2週連続の優勝である。しかも、2戦ともオールタイムラップレコードを更新してポールポジションを獲得し、決勝レースでも終始トップを快走するという堂々のレース内容だ。
一週間前のモーターランド・アラゴンでは、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)がピタリと後方につける緊張感に充ちたレース前半を経て、ラスト3周では14回もトップを入れ替える激烈なバトルに転じる、という〈静〉から〈動〉へのダイナミックな転換がじつに鮮やかなレースだった。
そして今回のミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリでは、ポールポジションスタートから一周目であっさりと抜け出して独走状態を築いていたところから、後半になってファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が猛追を開始。最終盤には0.1秒前後の僅差にまで追い詰める、という激烈な追い上げで、レース展開は一週間前と異なるけれども、やはり心臓をわしづかみにする緊迫感に充ちた高密度のレースだった。
そして、これらふたつの戦いを制したバニャイアに対しては、「強い」という賛辞がなにより相応しいように思える。競り勝ってバトル、詰め寄られて隙なし……、などというとなにやら志水辰夫の小説の一節みたいだけれども、前回のアラゴンと今回のミザノは、それぞれ独立した戦いでありながら、ふたつを並べてはじめて2部作としての全体が完成する優れた映画2部作のような趣すらある。あるいは、前回が〈新・新旧天才対決〉なら今回は〈新・新世代主導権闘争〉とでもいうべきか。
「凌ぎきってみせる」「食らいついてオーバーテイクしてやる」というバニャイアとクアルタラロの意地と技術が真っ正面からぶつかったラスト数周の展開は、両者のタイヤ選択が勝負を演出した要素も大きい。両選手とも、フロントにはハードコンパウンドを装着しているが、リアについてはバニャイアがソフト、クアルタラロはミディアムを選択している。
「ソフトは初期のグリップが良いので、最初から飛ばしていくことが重要だと思った。ファビオはミディアムを履いていたので、きっと終盤に来るだろうと思っていた」
「タイヤをマネージメントしようとしたけど、終盤は難しかった。レース終盤にはファビオが毎周0.4~0.5秒ほど速いタイムで追い上げてきたので、厳しかった」
バニャイアはそのように振り返る一方で、
「ファビオはセクター1とセクター4で速かったけれども、セクタ2とセクター3はドゥカティのほうが速かった。(ファビオを)あまり接近させないように心がけた。最終ラップは、どのブレーキでもパーフェクトにできた」
とも述べているところからも、最後まで終始動じず、自信に充ちた走りでクアルタラロの猛追を振り切っていたことがわかる。彼がそれだけの落ち着いた走りを実践できたのは、一週間前のアラゴンでマルケスとの激戦を凌ぎきった事実が大きな自信を与えていたからだろう。
「アラゴンの勝利はモチベーションを高めたし、さらに勝とうという気持ちが強くなった。今回はホームGPだし、地元の観客もたくさん来てくれていたので、うれしさはさらに格別。クールダウンラップではゆっくりと走って、スタンドの皆にあいさつをできた」
第13戦アラゴンのレースでは、マルケスは激烈な接近戦を終えて「いままでに何回もドヴィツィオーゾとはバトルをしてきた。ペコはドビと同じだけど、コーナースピードがもっとある」と、バニャイアの旋回性を高く評価していた。今回も、クアルタラロはレース後のパルクフェルメで
「勝ちたかったのでペコに迫ろうとしたけど、レベルが違っていてムリだった。とてもよく旋回していて、どうやって曲がっているのかわからない」
と賛辞を送っている。
ドゥカティのデスモセディチといえば、以前から旋回性の悪さが課題として常に指摘されてきた。アンドレア・ドヴィツィオーゾもバレンティーノ・ロッシも、強力な動力性能とのトレードオフになるこの泣き所を、解決すべき最優先課題として指摘し続けた。おそらく、歴代のドゥカティライダーで旋回性の悪さに悩まされなかったのは、唯一ケーシー・ストーナーだけではなかったか、という気もする(とはいえ、彼の場合はあくまでも天才的なライディング技術で旋回性の悪さを補完していた、ということなのだけれども)。
今年のドゥカティが旋回するようになった理由については、前回のアラゴンでバニャイアのチームメイト、ジャック・ミラーが「現在のリアタイヤの構造に対する理解と使い方が、今年型の車体でいっそう進んだからだろう」と述べている。とはいえ、そのミラーは今回の第14戦では、
「ペコのデータを見て、自分もフロントタイヤの使い方がうまくなってきた。去年は11コーナーでペコよりも15km/hくらい遅かったけど、今年は5km/h程度遅いくらい」
とも笑いながら述べている。これらのことばを併せて考えると、いまのデスモセディチを巧みに曲げているのは、やはりバニャイア独特の技術によるもの、ということであるようだ。
そういえば、彼がMoto2クラスのチャンピオンを獲った年、初めてMotoGPマシンをテストする最終戦終了後のバレンシアテストで、ある陣営の日本人技術者とピットレーンで立ち話をしているときに、その技術者氏が
「そういえば、今回からドゥカティで走っているバニャイアっているじゃないですか。彼、初めてMotoGPに乗ると思えないくらいの旋回をしてるんですけど……」
と驚いていたことがあった。
「ホントに最高峰初体験なのかどうか、イタリア人の知り合いに尋ねてみてくれません? もしそうなら、あの選手、天才ですよ」
彼のこの疑問を明かすべく、バニャイアを昔からよく知るイタリア人に訊いてみると
「初めてだよ。でもそういえば、AsparのMoto3時代に、シーズン中に優勝したご褒美かなにかで、バレンシアテストで何周か走らせてもらったことがあったっけ」
とのことで、たしかにそういわれてみれば、Moto3時代に数周程度のぎこちない走行をしていたような記憶もある。いずれにせよ、MotoGP昇格に際していっさいコソ練などをしていないことは間違いない。昇格が決まった当初から、彼は天才性の片鱗を見せていた、ということだろう。バニャイアの優れた旋回性、というとこのエピソードをなぜかいつも思い出す。
話を現在に戻すと、バニャイアは現在のデスモセディチがよく曲がっていることに関しては、とくにブレーキングから一次旋回の走らせかたについて以下のように説明している。
「このバイクはとても安定している。高速コーナーでも高い速度で入っていける。バイクの振られがないので、速く走れる。フロントのフィーリングもとてもいい。セットアップは去年と同じだけど、フィーリングがとても良い。きっと、フロントタイヤの扱いがうまくなってきたから、進入速度を高くしていけるのだと思う」
今回のレース全体に関しては、前回のアラゴンよりも厳しかった、と述べた。
「ミザノは短くて周回数も多いし、肉体的にキツく休むヒマがない。アラゴンはコースが長いので、バックストレートで息をつける。しかも、今回は差が広がっていたところからどんどん詰めてこられたので、ずっと集中していなければならなかった。序盤にプッシュしたので、後半はグリップが落ちてくるとわかっていたから、(ギリギリまで追い上げられた)今回のほうがキツかった」
また、前戦のレースでは、最初から最後まで完璧なように外野からは見えていたものの、バニャイア本人は「4回ミスをした」と述べていた。今回もミスらしきミスはないように思えたが、「1コーナーで1回ミスをした。ブレーキが少し早かったので、そのあとは少し深く入っていくようにした」とのことである。いずれにせよ、ミスをしていたようには見えないのだけれども。
バニャイアが優勝して25ポイントを獲得した一方で、クアルタラロは2位で20ポイントの加算。ランキング2位のバニャイアにチャンピオンシップポイントで5点を詰められるだけで済んだので、被害は最小限で食い止めることができた、といえるだろう。
「もちろん勝利は別格だけど、正直なところ、2位ではじめてハッピーだと思った」
とレース後に述べた。その直後には、
「チャンピオンシップということではなく、全力で走ったから」
とも付け加えているのだけれども。
序盤からトップを快走するバニャイアに対して、クアルタラロは10周目に2.8秒以上の差をつけられ、その差がしばらく継続していたものの、上のバニャイアのことばにもあるとおり、後半のラスト10周では、1周ごとに0.3秒、0.4秒、と差が詰まっていく。追い上げられるほうにしてみれば、まさに真綿で首を絞められるような思いだっただろう。最後まで肉迫し続けた、クアルタラロの追い上げもたいしたものだ。ラスト1周前の26周目には、0.135秒という僅差に迫っている。
「自分はペコよりもセクター1とセクター4が速かったけど、向こうはセクター2と3が速かった。セクター1で背後に追いついてもセクター2とセクター3で引き離され、レースを通じて、追いついては離れ、を繰り返した」
そうレース展開を振り返り、
「最終ラップの12コーナーでは、彼のリーンアングルはタイムアタックのときみたいだった。それを見て、落ち着いて走ることを心がけた」
と述べ、最後はポジションキープに切り替えたことを明かした。
上でも説明したとおり、ライダー同士のタイトル争いでは、首位クアルタラロの234ポイントに対して、ランキング2番手のバニャイアは48点差の186ポイント。4戦を残してこの48点差は、なにかあれば一気に差が縮まる可能性を残す微妙な点差とはいえ、じっさいにはかなりクアルタラロ有利に傾いているのも事実である。
コンストラクターチャンピオンシップでは、首位のドゥカティに対してヤマハは13点背後。一方、チームチャンピオンシップは、Monster Energy Yamaha MotoGPが首位で、Ducati Lenovo Teamは3点ビハインド。これら両タイトルはどちらが勝つかまったく先を見通せない状況だが、コンストラクターに関してはドゥカティ有利、という感が強い。ヤマハ陣営は事実上クアルタラロの孤軍奮闘状態であるのに対し、ドゥカティは、バニャイアをはじめ、ミラー、そしてヨハン・ザルコとホルヘ・マルティンのPramac Racing勢、と表彰台を狙えるライダーが複数いる。さらに、今回の第14戦では、エネア・バスティアニーニ(Avintia Esponsorama)が3位に入る大活躍を見せた。マルティンとバスティアニーニの最高峰ルーキー勢が揃って表彰台に上がり、ファクトリー両名も高い水準の成績を残していることを併せて考えると、今シーズンもっとも安定した高い水準の走りを発揮しているマシンはドゥカティ、ということに異論はないだろう。
今回3位に入ったバスティアニーニの場合は、2年オチの2019年仕様なのだが、ライダーの順応とも相俟って決勝レースでは強烈な速さを披露した。
「19年型でも速く走れるコースやレースはあるし、今日もそのうちのひとつだった。旋回性や低速コーナーは苦労をするけど、ブレーキはとても強いし、今日はソフトコンパウンドのリアタイヤがとてもいいトラクションを発揮した」
12番手スタートのバスティアニーニは、6周目には4番手に浮上。猛烈な追い上げで最速タイムを連発し、19周目にはファクトリーのミラーをオーバーテイクしてついに3番手に浮上した。最速タイムを連発しているときには
「こりゃ勝てるかも」
とも思った、と笑いながら振り返っている。
「最後の6周は、ペコとファビオとのギャップを詰めようとしたけれども、中盤に攻めすぎた影響でフロントタイヤがかなり厳しい状態になっていた。だから、内心で『3位で充分だよね』と自分を納得させて、スロットルを少しゆるめた」
そう快活に話す〈ベスティア〉(イタリア語でビーストの意)の表情は、話を聞いている側もなぜか愉快な気分にさせる。いつもニコニコ笑みを絶やさない平素の穏やかな物腰と激しい走りの落差は、Moto3時代から彼の大きな魅力で、この小排気量時代から彼は、マルティンやジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)と激しい戦いを続けてきた。昨年は参戦2年目でMoto2のタイトルを獲得し、今季から最高峰クラスに到達したのは周知のとおり。シーズン前半はそれなりに苦しいレースが続いたが、前回のアラゴンで自己最高位の6位を獲得。
「アラゴンでは、前に誰もいない状態で単独で走りに集中し、ライディングの理解も進んだ」
と、このときの経験が大きく活きたと話し、
「ここ3戦で、乗り方をだいぶ変えるようになった。挙動に対して優しく対応できるようになった。ペコやジャックのデータも、バイクは違うけどDNAは似ているので参考にした。いまは、だいぶリラックスして乗れるようになってきた」
と自らの成長と進歩について述べた。
最高峰ルーキーの同じドゥカティ陣営では、マルティンが開幕早々に活躍しはじめたために、しばらくはその陰に隠れている感もあった。だが、初年度の表彰台獲得が快挙であることは明らかで、次代のMotoGPを担ってゆく一翼となることはまちがいないだろう。
「〈MotoGPのボス〉マルクをオーバーテイクするのは、ファンタスティックだった」
バスティアニーニがそう笑顔で言及するマルケスは、4位でゴール。
「バスティアニーニの後ろにいると、アニマルのように止めてしっかり減速し、加速もすごかった。コーナー立ち上がりはまるでロケットみたいだった」
「抜かれたときには、『このルーキーは才能があるな』と思った。少し後ろについていったけれども、自分は限界だったのでそのまま前にいかせた。とてもうまく乗っていて、ドゥカティをしっかり理解している。ブレーキも深いし、立ち上がりもトルクがあってグリップが良い。なにか特別なことをしているわけじゃないけど、すべてをちゃんとやっている。だからラップタイムもついてくる」
このように述べて、その習熟度を高く評価している。自身の走りと結果については、
「今回の4位は(得意コースで左周りの)アラゴンの2位よりも意義が高い」
としながらも、
「自分の目標は勝つことだけど、体はまだ100パーセントじゃなく、そこからまだ遠いのは事実で、バイクにも大きな弱点がある。その弱点が出なければ速く走れるけれども、自分が求めているのはホンダのトップになることではなくて、チャンピオン争いをして勝てるレベルになること」
とも正直に話した。
一方、2020年チャンピオンのジョアン・ミルはマルケスやミラーと4位争いの激しいバトルを最後まで続け、6位でゴール。
「もっと行けると思っていただけに、今日は残念だった。序盤からポジションを上げていくことができなかった。フロントタイヤの選択をミスったので、生き残るためのレースみたいになってしまった」
参考までに、ミルはフロント用にミディアムコンパウンドを選択してレースに臨んだ。ある程度結果論の側面はあるとはいえ、今回のレースではシングルポジションでゴールした選手たちは、ミル以外の全員がフロント用にハードコンパウンドを使用している。ちなみに、チームメイトのアレックス・リンスはミル同様にフロント・リアともミディアムを装着している。
そして、6位でゴールし10ポイントの加算に終わったことにより、ミルとランキング首位クアルタラロとのポイント差は67点になった。
「チャンピオンシップは終わった、ということだと思う」
と認め、
「辛い日だった」
そう正直に述べた。
「今年の自分のポテンシャルをわかっていただけに、悔しい。バイクにもうまく乗れるようになっていたし、ミスも減っていた。だから、チャンピオンを狙えるとも思っていた。その意味では悔しいけれども、でも、(今後に向けて)スズキと同じ方向性を目指し、進んでいるのはハッピー。
次のレースからはプレシーズンのようなもので、これからすべてのレースがバイクを改善していくヒントになる」
チャンピオンシップを考慮する必要がなくなったことで、次戦以降はレースの戦い方が少し変わってくるだろう、とも話す。
「いつものようにリスクを取って走るのは、なにも変わらない。速く走るために危ないことをする、というわけじゃなくて、勝つチャンスがあればミスも辞さない、ということ。そこが違う。だから、勝負を仕掛ける作戦なども変わってくるかもしれない」
タイトルを諦めたところから活き活きしたレースが甦ることも、往々にしてある光景である。そして最後には、快活な笑みをうかべながらこう述べた。
「正直、今日のレース終盤は愉しかった。ジャックとマルクとの4位争いのバトルをとても愉しめた」
残念ながら2年連続王座とはならなかったが、そのジョアン・ミルのインタビューを、早ければ今週の半ばか後半、おそくとも来週前半にはお届けする予定である。乞御期待。
さて、ヤマハファクトリーを抜けて前回のレースからアプリリア陣営に飛び移ったマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Racing Team Gresini)は13位。アラゴンGP前にテストを実施した地とはいえ、移籍2戦目で3ポイント獲得である。
バレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha MotoGP)は17位。ポイント獲得を逃したが、決勝日に入場した2万5000人の観客の多くが黄色い旗を振って、スーパースターへの惜別を表した。とはいえ、ここミザノでは、10月にさらにもう一戦が行われる予定である。
ヴィニャーレスの離脱に伴いファクトリーへ移ってクアルタラロのチームメイトとなったフランコ・モルビデッリは、膝の手術後休養期間から復帰し、ファクトリー初レースを18位で終えた。そして、モルビデッリのファクトリー「昇格」で空いたサテライトのシートに収まったアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Petronas Yamaha SRT)は10ヶ月ぶりのレース復帰で21位完走。
決勝レース翌々日の9月21日(火)と22日(水)には、当地ミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリで二日間の公式テストが行われる。その後は第15戦アメリカズGP。MotoGPパドックは、2年ぶりにテキサス州オースティンへ向かう。では、スティーヴィー・レイ・ヴォーンとライトニン・ホプキンスによろしく。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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