約4ヶ月の休止期間を経て再開した2020年シーズンのMotoGPは、ドラマチックな第2戦(7月19日)と疾風怒濤の第3戦(7月27日)、とでもいうべき展開のレースになった。
Covid-19(新型コロナウイルス感染症)対策として、今年はいずれの会場でも厳格な衛生管理体制を敷くことが決定している。今回の第2戦スペインGPと第3戦アンダルシアGPが開催されたヘレスサーキット(正規名称:シルクィト・デ・ヘレス・アンヘル・ニエト)も、例年の大観衆と裏腹に、今年は観客の立ち入りが一切禁止された状態の〈無観客開催〉である。しかし、レースウィークが始まってみれば、人の姿のない味気なさや物寂しさといった雰囲気とはいっさい無縁で、次々といろんなできごとが発生し、日曜の決勝レースも、いつものように昂奮と緊張感が充ちる戦いになった。
第2戦ではMotoGPクラス2年目のファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)が独走で優勝。第3戦も同様に、クアルタラロが序盤から後続を一方的に引き離す展開になった。最高峰クラス初勝利を挙げた最初のレースでは、まさしく「スタア誕生」といった雰囲気でキラキラしていたけれども、2週連続2回目の優勝では、もはや勝ちかたを知悉した優勝候補常連トップライダー、といった風格すら漂っていた。
2位は前戦同様にマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)、3位は昨年第3戦オースティン以来の登壇となったチームメイトのバレンティーノ・ロッシ。ヤマハが表彰台を独占するのは、2014年オーストラリアGP(ロッシ-ロレンソ-スミス)以来の快挙である。
2連勝を挙げたクアルタラロは21歳。そして3位表彰台のロッシは41歳。「レースが終わってパルクフェルメに戻ってきたとき、まず最初にやったことは(ロッシと)記念写真を撮ることだったんだ」と、クアルタラロは少年時代のヒーローと表彰台を分かち合ったことを、ファンのように喜んだ。そういえば、ロッシが前回に表彰台を獲得した2019年のオースティンでも、優勝したアレックス・リンスが「子供時代からのヒーローに勝ったんだぜ!!」と昂奮した口調で語っていたことをご記憶の方もいるだろう。
クアルタラロの場合はというと、「記憶に残っている最も古いレースは、バレが最終コーナーでセテを抜いたここのレースなんだ」という。2005年の開幕戦だから、いまから15年も前のできごとである。「あのレースはとてもよく憶えている。あれを見て、『自分もMotoGPで走りたい』という大きなモチベーションになったんだ」というだけに、その憧れの存在と同じ表彰台に登壇した感激はひとしおだったことだろう。
2位のヴィニャーレスは、クアルタラロから引き離されたものの、ロッシの直後で虎視眈々とチャンスを狙い、終盤になって勝負を仕掛けた。表彰式後の質疑応答では、2戦連続の2位にまずは納得、といった表情を見せた。
「バレンティーノの背後につけているときは、距離を少し開いてタイヤをあまり加熱させないように心がけ、終盤になってから全力で抜きにかかった。後ろにつけているときはなかなかリズムを作れなかったけれども、最後に前に出るといいリズムで走れた。今日は、20ポイントを獲ることが重要だったのでがんばったよ。ヘレスではいつも苦労していたので、2戦連続で20ポイントを獲得できてよかった」
3位のロッシも、じつに15ヶ月ぶりの表彰台にひとまずはホッとした様子で、
「先週はとてもフラストレーションの溜まるレースで、そもそも2019年の大半が序盤2戦の表彰台を除けば、ずっと同じ問題を抱えていた。多少良くなったりもしたけど、レース結果はずっと悪かったので、チーム全員で努力を続けてきた。今回も、諦めずに金曜からがんばった甲斐があって、レース序盤から気持ちよく走れた」
と満足そうに述べた。
「高い水準を保つために厳しいトレーニングを続けてきたけど、表彰台に上がったことで報われたよ」
今回の結果を受けて、発表は時間の問題とも言われる来季に向けた契約の詰めにも弾みがつきそうだ。
と、ここまで続けてきたかぎりではヤマハが総じて好調で、いまのところ他陣営を凌駕しているようにも見える。だが、よくよく見てみると、じつはそうとばかりもいえなさそうだ。
第2戦のスペインGPでは、土曜のFP3でヴィニャーレスのマシンにトラブルが発生。決勝レースではロッシがリタイア。原因はともにエンジンから来るものだったと見られている。今シーズンは選手1人あたりのエンジン使用基数は5基と定められているが、ヤマハファクトリーの両選手はともに、問題のあったエンジンを第3戦以降のアロケーションから取り下げている。
そして今回の決勝レースでは、もうひとりのヤマハ陣営・フランコ・モルビデッリ(Petronas Yamah SRT)にトラブルが発生した。
モルビデッリは序盤にヴィニャーレスやロッシのグループからやや引き離れていたが、6~7周目あたりにはトップを独走するクアルタラロとほぼ同じペースで走行。ぐいぐいと前を追い上げ始めていた。しかし、表彰台グループに割って入ることが確実に見えた17周目のストレートで突如スローダウン、コースサイドにマシンを停めてリタイアとなった。
レース後、モルビデッリにこのときの事情について訊ねてみた。
「いいレースだったよ。トップに迫っていくことができたし、気持ちよく走りながらバレたちにも追いついていけた。最後にラストスパートをかけようとしたら、問題が発生してしまった。でも、レースではそういうこともあるし、それまでは安定して走れていたので、(自分のパフォーマンスを)前向きに捉えて次のレースに向かいたい」
ポジティブな様子で話すフランキーに、エンジンのトラブルは突然発生したのか、それとも何らかの予兆が数周前からあったのか、と質問してみると
「何が起こったのか、今はまだ原因がわからないけど、ストレートで突然シャットオフしたんだ。いきなり発生したので、バイクをコースサイドに停めざるを得なかった」
とのこと。
ヤマハ勢でこの問題が発生していないのは、2連勝してランキング首位のクアルタラロのみだが、これらの事象が自分の身にも発生するという心配はとくに感じていない、と話す。
「ヤマハのエンジニアたちはがんばってくれているはずだし、次のレースまでまだ2週間ある。だから、きっと究明してくれるよ。いまのところは、自分のエンジンには問題が起きていないし、ライダーの仕事はコース上で全力を尽くすことだから、走りに集中する」
そして4位には中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が入った。表彰台まであと一歩、というこの結果は、中上にとってMotoGPの自己ベストリザルト。日本人選手としては、2011年にここヘレスで、青山博一が4位に入って以来の好記録である。
ホンダ陣営は、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)が第2戦の決勝で右上腕を骨折し、土曜に走行をトライした。だが、手術直後の肉体ではやはりあまりに厳しく、以後のセッションを断念している。また、中上のチームメイト、カル・クラッチロー(LCR Honda CASTROL)も左手舟状骨を骨折しており、中上がホンダ勢の最上位結果を獲得した。
じつは今回のレースウィークで、中上はマルケス(兄)のデータと比較して、マシンセットアップをマルケスのそれに近づける方向で進めてきた。また、ライディングスタイルもマルケスの乗り方をコピーすることを心がけ、とくにコーナー進入からエイペックス(クリッピングポイント)までがだいぶ良くなってきた、という。決勝レースでも、その乗り方が大きく奏効したようだ。
「今日のコンディションはとても暑くてグリップも低く、非常に厳しかったのですが、先週よりも速く走れました。決勝中は、マルクのスタイルに適応しようとしたんですが、結果が示しているとおり、かなりうまく行ったと思います」
上機嫌でレースを振り返る口調も、心なしか軽やかだ。
「先週の段階では、まだこの19年型マシンをコントロールする方法を理解していなかったのですが、今は少しずつ、バイクのこともタイヤをマネージする方法もわかってきました。次のレースではマルクも復帰してくると思いますが、彼のデータをしっかり見て研究し、理解を進めていけば、表彰台もきっと遠くないと思います」
一方、中上のチームメイト、クラッチローは先週の負傷後に左手を手術し、完調からはほど遠い状態で今回のウィークに臨んだが、レースは13位で完走。3ポイントを獲得した。決勝後のZoom取材ではニコニコした笑顔を見せており、クラッチローといい、手術直後に連続腕立て伏せで回復を誇示して見せたマルケスといい、この人たちの(とくに精神的)強靱さはいったいどうなっているんだろう、と畏れにも似た感慨を抱いてしまう。
今回のレースウィークでは、さらにもうひとり、アレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)もケガを抱えながら走行に臨んだ。前戦の予選で転倒して右肩を負傷したリンスは、今回は欠場するかにも見えたものの、彼の場合も痛みを押して参戦を決意。肩を庇うセットアップに変更するなどの工夫を凝らしながらセッションに臨んだ。
「メディカルでは、ぼくとマルクとカルが3人並んで横になって、痛み止めの注射を打ってもらってたりするんだよね」
と本人は笑ってみせるけれども、それ、聞いているこっちは笑えませんから。
結果は10位で6ポイント獲得。じつに意義のある、そして内容の濃い6点といえるだろう。
チームメイトのジョアン・ミルは5位。土曜の予選後には「序盤は厳しいかもしれないけど、特にレース終盤はいいペースで走れるので、我慢をしながら後半にチャンスを狙えばいい結果を得られると思う」と話し、自信を持ってレースに臨んだ。
結果的には、ひとつ前を走っていた中上のペースが最後まで安定していたために、オーバーテイクこそできなかったが、それでも納得のレースになったようだ。
「スタートがちょっと失敗したけど、今日は表彰台圏内を狙ってとても愉しめたよ」
と明るい表情でレースを振り返った。
「表彰台や中上までの距離はコンマ数秒で、最後までうまくマネージできた。単独ならもっといいラップタイムで走れたかもしれないけど、この暑さではフロントが厳しく、後ろについて走っているとあれが限界だったかな」
ちなみにこの5位は、ミルの自己ベストタイリザルトである。
Moto2クラスは、開幕戦カタールで優勝し、先週の第2戦では2位に入った長島哲太(Red Bull KTM Ajo)が金曜午前から好調さを発揮したが、土曜午前に転倒。その影響で午後の予選は15番手に沈んでしまい、決勝レースは5列目からのスタートを強いられた。決勝は、中断グループに揉まれながらも少しずつ順位を回復。最後は11位でゴールして5ポイントを獲得し、ランキング首位をひとまず守りきった。
Moto3クラスでは、ポールポジションスタートの鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)が今季初優勝。前の2戦ではいずれもポールポジションからスタートしながらも表彰台を逃す悔しいレースが続いていただけに、3戦目にしてようやく本領を発揮した格好だ。
予選後には「決勝はとにかくアグレッシブに攻めて、とくにラスト5周は順位や結果のことを考えず、先頭の位置を死守して走りぬくことに集中したい」と話していたが、レースは序盤からまさにそのとおりの展開になった。
ホールショットを奪うと、終始トップグループの先頭を走行。前に出られても、次のコーナーで即座にトップを奪い返した。
「先週はとても悔しかったけれども、今日はとてもうれしい結果になりました。シーズン序盤の出足はあまり良くなかったけど、この勝利をきっかけに、もっとアグレッシブに、そしてもっと安定して走るように、次戦以降もがんばります」
その他の日本人選手は、山中琉聖(Estrella Galicia 0,0)が9位、鳥羽海渡(Red Bull KTM Ajo)は11位。國井勇輝(Honda Team Asia)はポイント圏内目前の16位で完走を果たした。序盤からトップグループにつけていた小椋藍(Honda Team Asia)は、他車の転倒の煽りを受けてリタイア。佐々木歩夢(Red Bull KTM Tech 3)も、他車のクラッシュに巻き込まれて残念ながら転倒リタイアとなった。
ところで、今年のMotoGPは冒頭に記したとおり、Covid-19の感染対策の一環として、いずれの国や地域のジャーナリストもパドックへの立ち入りを許可されていないため、今回の第2戦スペインGPと第3戦アンダルシアGPは、代替的に用意されたZoom等を利用した遠隔取材になっていることをお断りしておく。
次の第4戦はチェコ共和国のブルノサーキット。というわけで、現地時間の8月7日(金)午前のフリー走行にズーム・イン(古い、古すぎる……)。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
[MotoGPはいらんかね? revisited 第8回(最終回) ドイツ|第3戦|第4戦]