今週末からMotoGPが再開する。季節的には、例年なら前半戦最後のレースを終えて3週間のサマーブレイクに入るところだが、今年の場合はCovid-19の世界的蔓延により、カレンダーが大幅に変更され、この時期からシーズンがスタートすることになった。
ここ数年は、シーズン前半戦を締めくくる会場はドイツGP、ザクセンリンクサーキットであることが多い。ドイツGPはホッケンハイムとニュルブルクリンクを経て、1998年以降にザクセンリンクへ開催地を移した。21世紀のMotoGP時代になると、ドイツGPといえばザクセンリンク、というイメージが完全に定着した。
ドイツ南東部のザクセン州に位置するこのサーキットは、もっとも近郊のドレスデン空港からだとアウトバーンで1時間少々。ニュルンベルクから北上してくるルートを取る場合は2時間半程度、といったところだろうか。サーキットにもっとも近い街はケムニッツ。旧東ドイツ時代はカールマルクスシュタット、という名称で呼ばれていただけに、2000年代初頭は街のなかにもそれとなく旧東っぽい雰囲気がまだ残っていた。サーキットは、そのケムニッツからクルマで走れば下道を行ってもアウトバーンから行っても30分程度の郊外にある。
シーズン全戦でもっとも短い3671mのコースは、前半区間と後半区間でくっきりとレイアウトの特徴が分かれる。前半区間は1コーナーで小さく右へ旋回したあとはずっと左左と周りながら勾配をくだってゆき、もっとも低くなる通称オメガと呼ばれるポイントで右へ回ったあとはずっと左コーナーが続く。徐々に勾配を上げてゆき、高度がもっとも高くなるあたりで右へ倒し込みながら急峻な短い直線を一気に下る。そして、最後のふたつの左コーナーを経て上り勾配の直線からゴールラインへ、というレイアウトで、全13コーナーのうち右は3つだけ、という非常に極端なコーナー構成になっている。まさにタイヤメーカー泣かせのコースデザインで、とくに、左左左……と続いたあとに右へ倒して一気に下る11コーナーは、今も昔も転倒が多い箇所だ。
また、このコースはホンダが圧倒的な強さを発揮することでも有名だ。2002年から2019年までの全18戦で、ホンダは14勝を挙げている。一方、ヤマハは3勝(2005、2006、2009)、ドゥカティは1勝(2008)しかできていない。なかでも、2010年以降はダニ・ペドロサが3連勝を挙げ、2013年にマルク・マルケスが最高峰に昇格してくると、昨年まで毎年ポールトゥフィニシュを飾るという比類のない強さを見せつけてきた。その強烈な印象がすべてを上書きしてしまって他の出来事はすべて霞んでしまいそうだが、いろいろと記憶を辿っていけば、当然ながらこのサーキットでも過去にはいろんな出来事があった。
たとえば、2003年にアプリリアがコスワースエンジンで参戦していた当時、コーリン・エドワーズがバイクの不調でコースサイドにマシンを停めたとき、いきなりマシンが炎上してエドワーズも一瞬炎に包まれるというアクシデントがあった。幸い大事には至らず、エドワーズ自身も後年には笑い話にしていたけれども、一瞬とはいえヒヤリとするできごとではあった。
この年に優勝したのは、セテ・ジベルナウ。バレンティーノ・ロッシと息詰まる攻防を繰り広げ、最終ラップ最終コーナーの立ち上がりを制して劇的な勝利をもぎ取った。ジベルナウがもっとも輝いていたのは、この年と翌2004年だったことに誰も異論はないだろう。
日本人選手も、印象に残る激しいレースを戦っている。
高橋裕紀は2006年の250ccクラスでアレックス・デ・アンジェリスと激闘を続け、2003年のジベルナウのように最終ラップ最終コーナーで前に出て緊密な戦いを制した。2007年には、同じく250ccクラスで青山博一が優勝。この年は、125ccクラスでも小山知良が2位表彰台を獲得している。小山は2010年にも2位を獲得。このときの小山の2位を最後に、最小排気量クラスの日本人選手は表彰台に届かないレースが8シーズンほども続いた。だが、2019年は開幕戦で鳥羽海渡が優勝し、以降のレースでも鈴木竜生の優勝や小椋藍の表彰台獲得等々、日本人選手たちが着実に存在感を発揮するようになってきた。ドイツGPについていうなら、2019年のレースでは佐々木歩夢がキャリア初のポールポジションを獲得している。今後も、彼らの活躍にはいっそうの期待がかかることだろう。
最高峰クラスに目を向けると、上述のとおり2010年以降はホンダが勝ちっぱなし。というよりも、ペドロサ(3連覇)+マルケス(7連覇)と、Repsol Honda Teamが10年連続優勝という圧倒的な戦績であるために、ともすれば他陣営の存在感は薄れてしまいがちだ。たとえば2015年のレースでは、スズキが(グローバルでの)GSX-R発売30周年を記念したスペシャルカラーで臨んだのだが、言われてはじめて「ああ、そういえばたしかそうだった……」と思い出す人が多いのではないだろうか。
中小排気量クラスでは、2016年のMoto3クラスでカイルール・イダム・パウイが雨のなか独走を飾り、ルーキーにもかかわらずアルゼンチンに次ぎシーズン2勝目。雨の強さを決定的に印象づけた。レースの後、パウイに「なんでそんなに雨で速いの?」とあらためて訊ねてみたのだが、本人も照れたような笑みをうかべながら「なんでかな……、自分でもよくわかんないんだけど……」とうまく説明できない様子だったが、勝つときというのは、えてしてそういうものなのかもしれない。
2018年には、セッションに先だつ木曜に、ダニ・ペドロサがその年限りでの現役引退を発表した。シーズン初頭に負ったケガの影響等もあって思うような成績を残せないなか、熟慮の果ての決断で、発表後には会場にいた全員から大きな拍手が贈られた。
2019年は、中上貴晶が前戦アッセンで負傷した足首の痛みに耐えながら健闘。まともに歩くこともままならない状態だったが、決勝レースは14位で完走。2ポイントを獲得した。この足首を傷めた前戦での転倒の際に、中上はじつは肩も痛めており、シーズン終盤の3レースを欠場して手術を敢行するに至る。2020年のプレシーズンテストでは、まだ痛みが残る状態だったようだが、現在では完治といっていい状態までコンディションを戻していることだろう。今週末のレースも、おそらく万全な状態で臨むことができるのではないかと推測される。
というわけで、冒頭にも記したとおり、いよいよ今週末からMotoGPのレースが再開するにあたり、レース停止期間中に続けてきたこの「Revisited」企画はひとまずここでお開き、といたします。今週末以降はカレンダーどおりにレーススケジュールが無事に進行し、「Revisited」企画を再開させる必要がないような、あらまほしき世の中であり続けてくれることを願っております。では。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
[第7回 オランダ|第8回|第3戦 アンダルシアGP]