ひとつのアクシデントをきっかけに、2輪の免許を取り上げられ、バイクに乗ることすらできなくなる、そんな障がいを負ってしまった元ライダーに「再びオートバイを運転する」“夢”と“希望”を応援する一般社団法人サイドスタンドプロジェクト(SSP)。青木拓磨のライダー復帰計画を契機に、青木宣篤・治親を中心としたメンバーにより立ち上がった非営利支援団体である。
昨年から大々的な展開となったこのSSPの活動について、まず青木治親が答えてくれた。
「拓ちゃん(拓磨)が走ったことは、ぼくら兄弟もうれしかったし、家族ももちろん、そして周囲の関係者もみんな喜んでくれました。
あれから、ハンドシステムを搭載したミニバイクレース用のバイクも製作したんです。以前は、拓ちゃんが走ることなんて考えられなかったし、彼が主催しているレースに出られたらどんなにいいかと思っていたけれど、今じゃ、どんどんレースに出てて、一般の人と一緒に混じってレースしているんです。本当に楽しそうに乗っているし、すごくいろんなことが変わったなと思います。
拓ちゃんが全国各地でやっているレースを回ってて、それに参加した人はもちろん、見に来てくれている人も『拓磨が走っている』ってことは刺激になるだろうし、その友人に障がいを持つ方がいれば、『拓磨が走るのなら同じように走れるんじゃないの?』って話になると思います。昨年拓ちゃんが走ったときも、あの大勢の観客の皆さんの中には障がいを持った方々もいらっしゃって『自分も乗ってみたい』っていう話が実際にありました。
健常者なら『バイクに乗りたい』と思ったら、どこかのメーカーの試乗会とか、免許持ってて、ヘルメット一つ持っていけばすぐに乗らせてくれる。でも、同じように障がい者が『バイクに乗りたい』と思っても、乗せてくれることはありません。だったら、我々がバイク、そしてヘルメットからツナギまで用意して、体験してもらえる機会を提供するよ、ということでこのプロジェクトが始まりました。
今回は第一回目ということもあって、もともとバイクを経験していて、現在レーシングカートをやっていて、スピード感覚もしっかりあって、そういった外での活動も経験している、というところで参加してもらいました」
と今回の開催のいきさつまでを語ってくれた。
SSPが製作して持ち込んでいるのがハンドシステムを搭載したバイクである。具体的には左足でのシフト操作をステアリング左ハンドル側に装着しているボタンやレバーで行なう。ブレーキは右ハンドルのレバー操作(フロントブレーキのみ)となる。ブーツとステップには自転車のビンディングを装着加工してあり、これで足を固定。さらに大腿部をベルトで押さえることで下半身の挙動を押さえることとなる。
今回の体験走行会は、まずパドックの広いスペースを使って直線だけの走行をしてもらって、きちんと走行ができることを確認した後、コースでの走行となる。最初の走行確認ではSSPが独自に製作した転倒防止用の補助輪の付いたミニバイクを使用する。次にサーキットのコースを走行する際に使用するのは、大型車両となる。これはシフトミスがあった際でも駆動が抜けて転倒するようなことのないように、ということで、トルクでカバーできる大排気量車というチョイスとなっている。
それぞれの走行で車両一台につき3~4名のスタッフが付いて、バイクへの移乗の手伝い、そして車両の走り出しおよび停車の際に車両を支える。また、走行セッション前後には、このSSPの理事も務める理学療法士の時吉直祐さんがライダーの様子をチェックする。ケガや火傷といったものへの対応はもちろん、自律神経の反射作用が弱く体温調節が難しい脊椎損傷の参加者は、熱中症になりやすいことから、そういった面にも注意を払っている。走行の時間についても長時間の走行ではなく、こまめにピットに戻りつつ、の走行を重ねる。走行には毎回パラモトライダーの前後に青木兄弟の2名が並走して走り、ペースを一定に保ち、そしていざというときにこの2名がコース上にすぐに駆け付けられる体制としている。
今回この初開催となる体験走行会に参加したのは、生方潤一さん、野口忠さんの2名。青木兄弟から生方さんに声が掛かり、野口さんはその生方さんから誘いを受けてこれに参加したという。二人は現在ハンドドライブのレーシングカートを楽しむ仲である。
生方さんは、国際A級ライダーとして活躍していた1991年、23歳の時に鈴鹿サーキットでの事故で脊椎を損傷。80年代中ごろ筑波でノービスライダーとして競技に参戦経験がある野口さんは26歳の時に仕事中に建屋の下敷きになったことで車いす生活となった。
昨年の「Takuma Ride Again」の活動については「動画とかでも見ていた。頭おかしいんじゃないか? こんなに乗れるのか? って正直びっくりしました。改めてバイクって頭とか振るだけでも乗れる乗り物なんだと思いましたね。正直あれを見て、身近には感じなかったですけど」と野口さん。
生方さんは「もちろん見てましたが、外野で見てる感じですね。ケガしないように走ってほしいとか、すごく客観的な、ね。多分30代の頃ならオレも走りたいってことになったんだろうけど、この歳になってくると、他のことを考えちゃうんで。まったく自分が乗るとは想定してなかった」と、当時は二人ともが他人事という捉え方であった。
「でも、そこからいろんなことを調べたり、教えてもらったりして、自分でも乗れるんじゃないの? ってところまではわかってきてました。もちろんバイクに乗りたいってずっと思っていましたよ。でも車いす生活になると、2輪の限定解除なんかの免許ももってかれちゃって、それが悔しくてね」という野口さんはこの誘いを快諾。4半世紀以上ぶりに実際にバイクに乗ってみて「これまでイメージはいろいろしたんですけど、全然想像つかなくて…。でも実際乗ったら、あぁこうだったな~と思い出しました。走り出す前は自分でドキドキしてて手が震えてて、クラッチをつないで走り出した瞬間っていうのは、本当に懐かしい感じがしました」とコメント。本コースでの走行も積極的に時間の許す限り何度も行なっていた。
一方、走行確認の後1周のみのコース走行でこの体験走行を終えた生方さん。「やっぱバイクいいなぁ」とコメント。ただ「楽しみは取っておく」と楽しいからもっと乗りたいと思う気持ちを敢えて自制し、この日の走行をかみしめている様子であった。
「ゆくゆくはネットとかで希望者を募って、事前に出してもらう申し込み書で理学療法士の先生に判断してもらって安全面に配慮しながら進めていけたらいいなと思っています」と治親は語る。
今後の展開については、「まずは、我々のSSPに手ぶらで来てもらってバイクに乗ってみてバイクの楽しさを体感してもらいたい。乗りたいけど心配っていうことなら、見に来てもらえればいいし、もっとハードルを下げて全国に展開していきたい。バイクに乗れるってことがわかったら、バイクを購入してそれを楽しむ環境もできたらいいし、ちゃんと走れることをSSPとして認証して、サーキットでの健常者と一緒にスポーツ走行をできる機会を設けるのもいいだろうし、フランスのように障がい者によるレースというのもありだと思う。我々と同じようにバイクを共通の趣味として楽しむ世界を作っていきたい」と、夢は膨らむ。これからのSSPの活動にも注視したい。
(レポート:青山義明)