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 ルカ・マリーニが飛躍の年を迎えようとしている。コンフォートゾーンの外に出た彼は、大きな挑戦を開始する。常勝軍団のドゥカティを離れ、近年苦戦が続いているホンダを選択したのだ。最終戦バレンシアGPを終えた11月28日(火)、マリーニは新型RC213Vのデビューを果たした。大幅に見直しが計られたというこのバイクは、マリーニの新たなチームメイトになるジョアン・ミルによればあらゆる面で改善が施されているということで、あるメディアによれば8kgもの軽量化を果たしているともいう。
 この日のテストをマリーニは、数日前のバレンシアGP予選で記録したタイムよりもわずかに遅い程度の10番手で終えた。ピットボックスに詰めるホンダの技術者たちを観察していても、自社バイクとバレンティーノ・ロッシの弟のファーストコンタクト、そして彼から戻ってくる分析的で繊細なフィードバックに満足している様子が窺えた。契約等の事情により、マリーニは2024年の新年が明けるまでこの日のテスト内容やインプレッションについて公に口外できないが、このテスト終了後に我々が彼と交わした一問一答は以下のとおりである。

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章 ■写真:VR46/Honda

―人生の重要な一章が終わり、新たな章が幕を開けましたね。満足のいく一日でしたか?

とても満足している。新しいチームに自分がどう溶け込んでいくか、ということも興味津々だ。今のRC213Vは最高のバイクじゃないけれども、チームとともにがんばってホンダを本来あるべき位置に押し上げたいと思っている。

―うまく行きそうですか?

僕がここに来たのはあれこれあったことの結果で、マルクが移籍を発表したときにこのチャンスも現実のものになった。彼が10月に移籍を表明してから様々なことがあり、多くのライダーたちがホンダにオファーしたようだけれども、(VR46)アカデミーと僕は、自分が成長する大きなチャンスだと考えたんだ。僕はずっと、ファクトリーチームでレースをすることを目標にしてきた。アカデミーも、チャンスがあるなら全力で助けてくれるという姿勢だった。ホンダが僕に大きな期待をしてくれているのは、2年契約という事実にも明らかだと思う。

#1

―HRCの渡辺康治社長が2年契約を提示してくれたのでしょうか。

そうだね。MotoGPの今のカレンダーでは、メーカーを替えるのは簡単なことじゃない。適応できるまでに何戦もかかる。昔はテストも多かったので適応する時間の余裕もあったけれども、今はいきなり実戦を走るような状況になっている。そこでいきなり結果を求められて、ライダーとしての成長も開発も共倒れになってしまうようでは元も子もない。

―ヨハン・ザルコ選手が抜けたあとのプラマックへ移籍するという選択肢はなかったのですか?

それはない。サテライトチームに所属するなら、僕のプライオリティはVR46残留だった。ドゥカティとの話し合いでは、ファクトリーバイクを支給してくれることが可能か交渉した。バイクの違いはやはり無視できない要素だから。僕は自分が強いライダーだと自負しているし、ペコやマルティンと互角の環境で戦いたい。それだけの実力を示すことができたとも思っている。

―8台のドゥカティ勢で、自分はさほど重要なライダーではないと思わせるリスクを冒すことになったのでは?

いや、僕はそう思わない。ジジ(・ダッリーニャ)やドゥカティの人たち全員と、とても良好な関係で、自分が軽んじられていると感じたり不愉快な思いは一度もしたことがない。でも、やはり結果がすべての世界だから、いいリザルトであればそれだけドゥカティからの支援も手厚くなる。今年の僕は運に恵まれなかったりミスがあったりして、自分が望んでいたランキングでトップファイブに入るという重要な結果を残せなかった。

―かつて、誰もドゥカティには乗りたくなくて皆がホンダに憧れる、という時代がありました。今はその状況が真逆になっています。自分をとことん信じることに加え、勇気もまた必要になりますね。

そうだね。ただし、昔はバイクの差が非常に大きかった。今ではコンマ数秒しか差はないけれども、そのわずかなタイム差がトップと18位という大きな違いになってしまう。逆に言えば、このコンマ数秒をなんとかできれば、18位から一気にトップへ返り咲けるということでもある。それだけの仕事をしっかりとできるかどうかが、カギを握ることになるだろう。

―状況は違いますが、バレンティーノは2003年末でホンダを去って、前シーズンに1勝もできなかったヤマハへ移籍しましたね。

あなたの言うとおり状況がまったく異なるので、比較はできないよね。

―マルケスのいなくなったシートに座るチャンスがあるとバレンティーノに話したとき、どんな反応でしたか?

興味深そうな様子だった。バレンティーノはこの件について最初に相談した人物で、じっくりと話し込んだ。バレはチームオーナーだけれども、チャンスがあればそれを最大限に活かすべきだという考え方の持ち主なので、立場的にとても難しかっただろうし板挟みになったと思う。僕たちは素晴らしいチームで戦ってきたし、最高のチームワークでタイトル獲得を目指してきたので、そこを去るのはとても難しい決断だった。

表彰台

―アルベルト・プーチ氏とはどういう話をしたのですか。今後の具体的な展望は?

そのあたりについては、まだ明確に話したわけではない。なにぶん一気に移籍の話が進んでいったので、この冬の間にものごとを筋道立てていくことになると思う。

―あなたはMoto2時代にKalexの車体開発も担当していたので、彼らのことはよく知り尽くしていますよね。KalexはHRCにあなたを推薦していたそうです。ご存じでしたか?

それは知らなかった。でも、それはうれしい話だね。アレックス(・ボームゴーテル:Kalexの共同創業者)とはずっといい関係で、Moto2時代も素晴らしい仕事をしてくれた。MotoGPでも、さらにいい仕事をして卓越した性能を発揮してゆきたい。

―RC213Vはどんな印象でしたか?

コーナー進入でも立ち上がりでも、グリップが少し足りない。トラクションと加速にも課題がある。それらの問題がどこから来るのかはわからないけれども、ウィリーしてリアのトラクションが稼げていないので、フェアリングは改善の余地があるのかもしれない。とはいえ、美しいバイクだし乗っていてとても愉しい。ホンダは決して大きく引き離されているわけではない。でも、さっきも言ったけれども、そのわずかな差で18番手になってしまうんだ。

―ホンダがあなたを選択したのは正しかったと多くの人が思っているようです。

皆にそう言ってもらえて僕もうれしいよ。

―お母様のステファニアも喜んでいるそうですね。

将来的にさらに喜んでもらえるようにがんばらなきゃね

―結果を出すまでにはどれくらいかかりそうですか。ホンダが最後に勝ったのは第3戦のオースティンです。

じつはあのレースで僕は2位だったんだよ。ホンダのバイクがよく走ってくれるコースはたくさんある。僕が思うに、問題はレースでの安定性、そして予選が少し足りないところだ。ドゥカティの場合は、いつもあと少しの余裕を残しているのでレースでもいろんなアプローチができる。フロントローからスタートできれば、仕事の60パーセントは終わったようなものなんだ。

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misano
mugello

―長年過ごしてきたVR46は、あなたにとってどんな時代でしたか?

素晴らしい、かけがえのない日々だった。もっといい成績をたくさん残せなかったことだけが心残りだ。最高のチームで、今年は組織としてさらに大きな成長を遂げた。居心地の良い場所を離れるのは、いつだって辛いものだよ。

misano
mugello

―この新しい道へ進むことは、バレンティーノの影から自らを解き放つことにもなりますね。もちろんいつも自分自身で選択をしてきたことはよく存じ上げていますが、これはあなたが成長したからこそ踏み出せる一歩なのでしょうね。

そうだと思う。そして、どうしても必要な一歩でもあったんだ。MotoGPライダーとして自分自身が成長するためのね。ファクトリーチームで走ることは、僕の夢でもあり目標でもあった。だから、その道が自分の前に開けたときに一歩踏み出すのは当然のことでもあった。バレンティーノ・ロッシの弟であるかどうかは、自分にとってまったくどうでもいいことなんだ。

―マルク・マルケス選手は、彼の報酬(約2500万ユーロ)分をホンダがバイク開発に回せるようになるのではないか、と言っていました。

そうであってほしいね。でも、その金額ではけっして充分ではなくて、もっと必要だろうね。

―HRCはF1の技術者たちを多数MotoGPへ連れてきたそうです。ノウハウや技術の蓄積という面で、他陣営の技術者たちには脅威のようですね。

必要なのは明確な方向性だと思う。バイクの開発が迅速に進むように、自分が方向性を指し示せる存在になりたいとも思う。簡単なことではないだろうけれども。レースの週末にテストをすれば成績が犠牲になるし、成績を優先するならバイク作りを諦めなくてはならない。これは難しい状況だよね。

(■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章 ■写真:VR46/Honda)

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【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


[第32弾 ジジ・ダッリーニャに訊く]

2024/01/01掲載