気がつけば9月中旬。早いものです。グランプリ史上最多タイの20戦で争われている2023年シーズンはヨーロピアンラウンドを終え、9月24日決勝の初開催インドGPから欧州域外の、通称〈フライアウェイ〉シリーズに入る。
というわけで、今回の当欄は「ここまでのあらすじ」として2023年の流れをざっと振り返ってみることにしたい。ちょっとした特別編的な扱いではありますが、まずは第12戦サンマリノGPの振り返りから。
この第12戦のウィークでは様々な話題が行き交ったけれども、最も大きな注目を集めたライダーのひとりがKTM開発ライダー、ダニ・ペドロサ(Red Bull KTM Factory Racing)だったことに、おそらく誰も異論はないはずだ。なので……、
日本全国2600万人のダニ・ペドロサファンの皆様、おめでとうございます。
と、まずは言っておきましょう。
今回のワイルドカード参戦は、注目を集めたカーボンファイバー製の車体をはじめ、種々の意欲的なアイテムを実戦投入してレーシングスピードでの感触を確かめることが大きな目的だったと思われるが、週末を通して実戦テストとは思えない高い戦闘力を発揮したことは周知のとおり。
前回のワイルドカード参戦だった第4戦スペインGPでは、土曜スプリントで6位(+1.738秒)、日曜の決勝レースでは7位(+6.371秒)とういう結果だった。このときも大いに存在感を発揮したが、今回はさらにそれを上回るリザルトのスプリント、決勝ともに4位(+4.772秒:土、+4.481秒:日)。
この現役感に充ちた驚くべき走りについては、レースを3位で終えたチャンピオンでランキング首位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が、決勝後の会見で端的にすべてを言い尽くしている。
「ダニは、彼の業績がすべてを物語っているので、ことさら自分が何かを言う必要はないと思う。ずっと印象深い走りで、いつも高い戦闘力を発揮してきた。ダニがテストをしているときも自分はレースを戦っていたわけだから、今、これだけの力を発揮するのは本当に驚くべきことだ」
「(このレースウィークに)彼の後ろについて走るチャンスはなかったけれども、ダニのライディングスタイルはこの世でベストのひとつだと思う。どのコーナーでもキレイに旋回し、引き起こすときのラインも完璧。いつも、それに感心する。本当に魅力的な走りだ」
当のペドロサは、決勝レース後に「いい週末で、レースをとても楽しむことができた」と振り返った。
「ずっと4番手で走っていた。トップスリー同士がバトルになると、前との距離が近づいて表彰台を狙うチャンスがあるかもしれないと思った。終盤になるとペコが苦しそうにしていたので、最後にもうひとがんばりして直後につけたけれども、それを察知したペコが最後のエネルギーをふり絞ってポジションを維持したので前を狙えなかった。昨日のスプリントと同じような展開で、とてもいいレースだった」
テストライダーとして実戦に参加した成果については、ドゥカティと比べて自分たちにはどこが足りないのかを見ることができた、と話し、特に注目が集まったカーボンファイバー製の車体については、
「バイクはとてもよく走ってくれた。スリップストリームについて他のライダーの走りと比較することが今回の最重要項目のひとつで、やるべきことはまだたくさんあって、ごく初期段階とはいえ、今回の週末でいろいろなことがわかってとてもいい機会になった」
と述べた。
このカーボンファイバー製車体を試すようになった時期について、ペドロサは具体的に明らかにしていないが、初日金曜の走行後には、テストを開始してまだ間もないアイテムだと話している。慎重に何度も確認を取って吟味を重ねた結果の実戦テスト、というよりもむしろ、耐久性や安全性など最低限のチェックをしたうえで早々に投入した、ということなのだろう。要するに、業務管理用語でいうところのPDCAサイクル(Plan、Do、Check、Action:計画・実行・評価・検証)を可能な限り高速で回すことによって、迅速な品質向上を図っているのであろうことが容易に見て取れる。おそらく、このように小回りのきいた意欲的な機敏性が、ここ数年大いに戦闘力を向上させてきた欧州メーカー勢の強みなのだろう。
スペインGPとサンマリノGPの2戦に参戦し、両大会で土日ともに入賞を果たした結果、スーパーテストライダー、ペドロサの年間獲得ポイントは32になった。苦戦が続くホンダ勢のマルク・マルケス(Repsol Honda Team)よりも1ポイント多く、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)よりも1ポイント少ない点数で、年間ランキングは18番手。
この第12戦決勝レースで優勝を飾ったのはホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)。土日ダブルウィンで、日曜の勝利は第7戦ドイツGP以来で今季2回目。ちなみにこのドイツGPでもマルティンは土日ダブルウィンを達成している。この結果、ランキング首位のバニャイアとランキング2番手マルティンのポイント差は36まで接近している。ランキング3番手は、サンマリノGPで2位に入ったマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team・Ducati)で、バニャイアとのポイント差は65、直前のマルティンとの差は29ポイントとなっている。
ランキング4番手には、ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)がつけているのだが、バニャイアまでのポイント差は110、とかなり大きく、いかにスーパーテストライダーのペドロサを擁する陣営とはいえ、ドゥカティ勢の高水準な安定感と戦闘力を考えると、KTM勢がトップスリーに追いつくのはちょっと難しそうである。まだこれから先は8戦もあるとはいえ、おそらく事実上のチャンピオン争いはバニャイア、マルティン、ベツェッキの3名に絞り込まれていると見てもいいだろう。
なにせ現在のドゥカティ陣営は38戦連続表彰台記録を伸ばしている最中で、決勝の表彰台独占も今年はすでに5回(アルゼンチン、フランス、イタリア、ドイツ、サンマリノ)達成している。KTMとアプリリアも進境著しいとはいえ、総合的な戦闘能力レベルでいえば、やはりドゥカティに一日の長があることはまちがいない。
で、この欧州メーカー陣営に比して、日本企業のホンダとヤマハはかなり厳しい戦いを強いられ続けている、というのが今年の「ここまでのあらすじ」である。ヤマハの場合は、2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が昨シーズン最終戦まで一応はチャンピオンを争い続けた事実があるので、見た目としては今年になって苦戦傾向が顕著になってきたといえなくもない。一方、ホンダの場合は第3戦アメリカズGPでアレックス・リンス(LCR Honda Castrol)が優勝したとはいっても、その「ポジ」を打ち消す「ネガ」の印象は昨年からずっと継続している。しかも、その長いトンネルから抜け出す気配は、いまだ一向に見られない。ちなみに、コンストラクターズランキングは第12戦を終えた段階で、首位ドゥカティの416に対し、ホンダとヤマハはともに105で同点最後尾である。
チームランキングは、Monster Energy Yamaha MotoGPは全11チーム中6番手で、ホンダファクトリーのRepsol Honda Teamは最下位の11番手。しかも、首位のPrima Pramac Racingが394ポイントを獲得しているのに対して、Repsol Honda Teamはわずか36ポイント。
総獲得ポイントが首位チームのわずか1/10というのもすごいが、今年のレースフォーマットでは土日にダブルウィンを達成すると37ポイント(12+25)を稼げることを考えると、Repsol Honda Teamの場合は12戦24レースを終えてもなお、1回の週末で稼げるダブルウィン獲得ポイントにも達していない、というわけだ。なんということでしょう。マルク・マルケス離脱の噂がずっと囁かれ続けるのもむべなるかな、という成績である。
ちなみに、この噂については、8月上旬にホンダレーシング社長・渡辺康治氏に単独インタビューを実施した際に直接問いただしたところ、
「彼も我々も『でも、今は最後まで諦めずに力を合わせて一緒に頑張っていきましょう』というところに共通の目標を見いだしているので、今、(契約を)辞めましょうというような話はまったくしていません」
と言明している。ただし、この言葉の前には
「『あなたにもあなたのタイムラインがあるだろうから、それと我々が合わないことがもしもあるのならば、そのときにはそれぞれの判断もあり得るのかもしれませんね』ということは話しています」
とも渡辺氏は述べている。マルケス離脱の噂が再燃するたびに、渡辺氏のこの微妙な留保のような言葉を思い出す。そして、喉に引っかかった魚の小骨のような、どうにも妙な違和感をおぼえる。
第12戦サンマリノGPのウィークでは、噂の再燃に対してマルケス自身が妙に気を持たせるような言葉遣いで去就に関する姿勢を明らかにしなかったことが、さらに様々な憶測に火をくべるような恰好になった。決勝レース翌日の事後テストでは、各陣営がそれぞれに2024年のプロトタイプ等を走らせ、マルケスも2024年のプロト車体等を試したようだが、この事実をもってしても、くすぶり続ける噂の火を鎮めるには至っていない。
一般的に、翌シーズンに別陣営へ移籍することが明らかな選手に対して、メーカーは翌年仕様のバイクをテストさせない。次の年に敵に回るライダーに、わざわざ自分たちの手駒を見せて手の内を晒すようなことはせず、そういう場合には、現行マシンのセットアップに終始してお茶を濁すのが通例だ。つまり、翌年仕様のバイクを試していることで、通常ならばマルケスの移籍は否定されることになる……のだが、それはあくまでも一般論で、しかもメーカー側がライダーに対して強い立場に出られるだけの大きな裁量を持っている場合の話だ。
現在のホンダは、「ウチから出て行くなら、あなたは来年のバイクに乗せませんからね」と強気な姿勢を見せることができるほど、高い戦闘力を発揮しているわけではなく、それどころかむしろ、酸鼻を極める現状を打破するためならできるかぎりたくさんのデータをほしい、というのが偽らざる本音だろう。しかも、マルケス自身が、「2024年に向けて、ホンダが真摯に改善する姿勢を見せることができるどうか」を去就に関する大きな判断基準としているため、ホンダ側に来年用のプロトを出さないという選択肢はない。どちらかというと、一所懸命用意してきた試作機に乗ってもらったうえで、残ってもらえるかどうかを判断してもらう、というような、いわばオーディションで審査される側の立場である。
いずれにせよ、マルケスは第13戦インドGPか第14戦日本GPあたりまでに結論をハッキリさせたい、という立場のようだ。事後テスト終了後などのタイミングではなく、インドもしくは日本、と決定を引っ張っているのは、レースがフライアウェイになって取材陣の数がヨーロッパラウンドの半分以下に減ることが、要因のひとつでもあるような気もする。発表内容がどちらに転ぶにせよ、厳しい質問を投げかける取材陣の数が少ない方が、ライダーにもチームにも、そして当然ながらメーカーにとっても、レースウィークの集中を妨げられずにすむわけだから。ではインドか日本のどちらなのか、ということを考えると、やはりホンダの本拠地である日本GP前後のタイミング、というのが妥当な推測なのではないか。知らんけどね。
フタを開けてみれば発表内容が〈泰山鳴動して鼠一匹〉、という結果になることも大いに考えられるけれども、当初の契約どおりに2024年は残留すると表明した場合でも、現状のホンダ陣営の戦闘力だと、マルケスが2025年以降の契約を更改することはおそらくなさそうだ。だとすると、インドGPで残留を明言して、日本GPでは2025年以降の契約更改がないことを明らかにする、という二段階発表もあり得るのだろうか。広報の段取り的にわざわざそういうめんどくさい二度手間のようなことはしないか。さて、どうなんでしょうね。
ともあれ、次戦はMotoGP初開催のインド亜大陸、ブッダ・インターナショナル・サーキットである。そういえばホモロゲーションはいったいどうなっているんだという話もちらほらと聞こえつつも、おそらくはRRR的なというか、バーフバリ的なパワーで乗りきってしまうのでしょう。それでは、アイシュワリヤ・ライによろしく。
(●文:西村 章 ●写真:KTM/MotoGP.com/VR46/Ducati/Yamaha/Honda)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!
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