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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:Aprilia/Pramac Racing/Ducati/Husqvarna Motorcycles


  
 レース終了のチェッカーフラッグで新たな歴史が刻まれた瞬間を見届けた人たちは、おそらく全員が惜しみない祝福の気持ちに充たされたことだろう。第11戦カタルーニャGPは、アプリリアファクトリーのアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)が優勝、チームメイトのマーヴェリック・ヴィニャーレスが2位、というライダーとチーム双方にとって最高の結果になった。

 例年なら初夏に行われるカタルーニャGPだが、今年はスケジュールの調整上、9月上旬の開催になった。舞台は当然、バルセロナ郊外モンメロのバルセロナ-カタルーニャサーキット。市内からのアクセスも非常に良く、レイアウトも、長い直線や高速コーナーから左右の切り返しまでバランスがよく彩り豊かで、ライダーからも観客からも人気が高いコースだ。近年は路面の滑りやすさと再舗装の必要性がたびたび指摘されているが、過去にはいくつもの名勝負や印象深いレースが繰り広げられてきた。2023年のレースも、その歴史に鮮やかな1ページが加えられた。

 優勝を飾った兄エスパルガロは、金曜の午前午後ともトップタイムで、走り出しからすでに調子の良さを見せていた。土曜午前の予選Q2では2番グリッドを獲得。午後のスプリントでも危なげのない勝負展開で一等賞。そして日曜の決勝レースでも優勝して、土日ダブルウィンを達成。決勝のレース中盤では、トップを快走していたヴィニャーレスに1秒程度の差を開かれたものの、安定感の高い走りでその差を詰めて、終盤の1コーナー進入で前に出ると、一気に差を開いた。

 終盤近くまでレースをリードしていたヴィニャーレスは、最終的に兄エスパルガロに抜かれて2番手になったものの、こちらもレベルの高い安定した走りを続けて2位でゴール。

 兄エスパルガロの優勝は第9戦イギリスGPに続き今季2回目だが、ヴィニャーレスとともにアプリリア1-2フィニッシュを達成するのは今回が初めて。アプリリアにとっては、MotoGPに復帰した2015年以降で初めてなのはもちろん、RS Cube時代のMotoGP初期やそれ以前の500cc時代を振り返っても、最高峰クラスで優勝と2位を占めるのは今回が史上初。まさに歴史的快挙である。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 
「この優勝は、アプリリアとぼくたち自身が持ち続けてきた信念と努力へのプレゼントのようなもの。ふたりの強いライダーが協力し、チームワークがこの結果をもたらした。ひとりでやるよりもずっといい。 それを今日証明できた。 ロマーノ(・アルベッシアーノ:テクニカルディレクター)とマッシモ(・リヴォラ:Aprilia Racing CEO)、そしてノアーレ(本拠地)で働く皆への贈り物だ」

 兄エスパルガロは落ち着いた口調でそう話し、2位のヴィニャーレスも

「レースをずっとやってきたなかで、今日が最高の日」

 と笑顔で述べた。

 今までのレースキャリアでは、最高峰クラス初優勝やレース展開を完全に支配した勝利など、感極まる喜びをおぼえたことは何度もあっただろう。だが、今回は優勝ではなく2位だったにもかかわらず、「最高の日」と話すのは、それだけ現在のプロジェクトに賭ける努力と強い気持ちが報われた達成感が、何よりも大きいからなのだろう。つまり、アプリリアでの1-2フィニッシュ達成は、彼にとってそれほど重みのある出来事、というわけだ。

「2015 年の土曜日に、ここで1-2 を達成したのは本当に素晴らしい出来事だった、といつも思いかえす。今日も 1 番と2 位だったけど、これはメインレース。人生のつながりというものは面白い、とつくづく思う。本当にハッピーだ」

 このヴィニャーレスのことばにもあるとおり、兄エスパルガロとヴィニャーレスはスズキの復帰初年度2015年に、予選で1-2グリッド獲得を達成している。そのときのことを懐かしげに語る様子は、聞いていても微笑ましい。

 そのスズキと同じ年にMotoGPへ復帰したアプリリアは、しかし、長期間にわたって苦戦を強いられ続けた。兄エスパルガロとヴィニャーレスはともに2016年限りでスズキを離れ、兄エスパルガロはアプリリアへ、ヴィニャーレスはヤマハへ移った。ヴィニャーレスがヤマハを離れてアプリリアへ合流したのは2021年のシーズン半ばだったが、それまでの期間もずっと、兄エスパルガロはいわば孤軍奮闘のような状態で陣営を支えてきた。

 そして今回、スズキとの契約更改をできずに行き場のない状態でアプリリアへ移った兄エスパルガロが、文字どおり地元サーキットでふたたびチームメイトとなった後輩ともに初めての1-2フィニッシュを達成した。一方、彼らがそもそも一緒に戦うきっかけになった陣営は、もはやパドックにその姿がない。まさに禍福はあざなえる縄のごとし、である。

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 兄エスパルガロにしてみれば、今回の結果はなおさら感無量だろう。

「ライバルメーカーとの差は、まだ埋まっていないと思う。でも、今回のようなコースだと、アプリリアは非常に高い戦闘力を発揮できる。しかも、成長しつづけている。この調子で努力を続けるし、今はクラッチの改良にもエンジン開発にも取り組んでいる。 次の月曜には、新しいマテリアルがたくさん届く。アプリリアのライダーであることを、今はとてもうれしく思う。そして、いつの日か、誰かがアプリリアでタイトルを獲得するまで、この調子で努力を続けていきたい」

 兄エスパルガロはまた、この苦しかった期間を乗り越えることができたのは「レジリエンス(諦めずに再起する力)」だと述べた。

「自分たちが達成したことをとても誇らしく思う。ファクトリーと力を合わせて頑張りつづけてきた。ノアーレの技術者たちには、本当に脱帽する。僕はこのプロジェクトの最初期から関わってきて、何度も転倒したし、エンジンが壊れたときには泣きもした。でも、このプロジェクトを信じていた。だからパルクフェルメで、マーヴェリックに言ったんだ、『オレたちがどれだけデカいことを成し遂げたか、わかってる?』って。だって、3年前は優勝選手まで1分もの差があったのに、今日は1-2でゴールしたんだから」

 この優勝と2位に続き、レース中はアプリリアサテライトのミゲル・オリベイラ(CryptoDATA RNF MotoGP)が3番手を走行し、あわや表彰台独占の大快挙達成か……、とも見えたのだが、途中からペースを落として最後は5位でゴール。オリベイラは土曜のスプリントを終えた際に

「フロントの、特に右側の摩耗が激しい。リアも辛い」

 と話していたのだが、日曜の決勝でも同様の症状に悩まされたようだ。

「周回ごとにリアがグリップしなくなり、フロントも右側がまたしてもかなり摩耗した。とはいえ、昨日よりはタイヤが長く保ったので、ちょっとは良くなった」

 そう話して、総じて良いレースだった、と振り返った。

 オリベイラの挙動を後ろで見ていた3位のホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)は、そのときの状況をこんなふうに話した。

「ミゲルはかなり攻めていたけれども、リアタイヤからスモークが上がっているのが見えた。だから、『落ち着いていこう。2~3周すれば、きっと向こうのペースが落ちてくる』と自分に言い聞かせた。そして、まさにそういう展開になった」

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 アプリリアの1-2-3は次回以降のお預けとなった恰好だが、終わってみればスペイン選手の1-2-3。地元ファンには最高の結果だ。

 表彰台関連の話題の締めくくりに、兄エスパルガロのこの言葉を紹介しておこう。

「ファクトリーの進歩を見てほしい。僕たちは遙かに後塵を拝していたけれども、今ではかなり接近している。まだタイトルを狙える状態ではないけれども、確実にそこへ近づいている。マーヴェリックは大きな才能の持ち主だ。しかも、貪欲さにかけても天下一品だ。だから、きっと僕を打ち負かそうとしてくるだろう。でも、それが僕をさらにいいライダーにしてくれる。今年、2勝を上げることができたのは、彼が僕の力を限界まで引き出してくれたからだ。もしも僕たちがタイトル争いをする日が来るのなら、まるで夢のようだ」

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 さて、今回のレースでは1周目のスタート直後にマルチクラッシュが発生。ドミノのようなからみ方でドゥカティ勢の5台が立て続けに転倒した。さらにその前方で2コーナーから3コーナーにかけてトップを走行していたフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が転倒。後方から来たブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)のタイヤに、脚を轢かれるアクシデントが発生した。

 再スタート後のレースに参加せず、サーキットのメディカルセンターでチェックを受けたバニャイアは、バルセロナ市内の病院で診察を受けた結果、幸いにも打撲のみで骨折はなかった模様。一方、1コーナーのマルチクラッシュに巻き込まれたエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)は、左足くるぶしの骨折と左手第二中手骨複雑骨折が判明。患部を固定してイタリアに帰国後、モデナの病院で手術を受けることになった。

#23
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 1コーナーのマルチクラッシュは以前から起こる事案で、その結果として負傷者も少なからず発生する。古くはツインリンクもてぎでも類似の出来事があったし、それこそこのバルセロナ-カタルーニャサーキットでは、昨年も1コーナー進入で大きなクラッシュがあったことをご記憶の方も多いだろう。特に近年では、ホールショットデバイスの導入により、選手たちが1コーナーへ突っ込んでいく際のスタート加速が大きくなっており、さらにエアロデバイス等の効果もあって、今までにないほどクリティカルで負傷の危険性も大きくなっていることは容易に想像できる。これを、技術進歩に伴うモータースポーツにつきもののリスク、と見なすのか。あるいは、ルール面での規制や技術的な対応などによってリスクの逓減を図ることができる、と考えるのか。後者の姿勢で真剣な検討があってもいいように思う。

 Moto3クラスでは表彰台の常連、佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)が、今回は表彰台を逃して4位。しかし、ランキング首位の選手がノーポイントで終えたことにより、13ポイント差に迫っている。シーズンはまだ半ばを折り返したばかりだが、この僅差は大いに頼もしい。

 小排気量の日本人チャンピオンは、1998年に坂田和人が王座に就いて以降、宇井陽一や東雅雄たちが目前まで迫りながら獲得できず、その後も高い資質に期待が集まった小山知良も掴むことができなかった「近くて遠い」タイトルだ。そこに今、佐々木が手を伸ばそうとしている。これからの9戦では、佐々木を含むタイトル候補の選手たちにはきっと、ひと波瀾もふた波瀾も、あるいはそれ以上の誰にも想像できないシーズン展開が待っていることだろう。人間到る処青山あり、男子三日会わざれば刮目して見よ、である。

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 Moto2では小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が7位でチェッカー。

 で、以下はあくまで一般論。

 高い資質の選手がグランプリで長く活躍できるかどうかに関しては、ライダー自身の能力と魅力もさることながら、その能力や魅力を上手にプロデュースしてくれるエージェント(代理人)を抱えているかどうか、が、じつは大きな要素であるような気もする。信頼できる優れた専門家に交渉ごとを一任できれば、ライダーは余事に気をとられる必要がなく、純粋に走ることに集中できる。じっさいに、MotoGPのトップライダーたちはいずれも、したたかで優秀なエージェントたちにそういった仕事を一任しているように見える。契約更改や移籍などが話題になるたびに、いつもそんなことがふと脳裏をよぎる。あくまで一般論、とはいってもこの話題を子細に検討しはじめるとどうしても長くなってしまうので、ひとまず今回はこのへんで閑話休題。

 さて、2週連続開催の第12戦はサンマリノGP。はたしてどんな波瀾万丈が待ち受けているのか。じっくりと見守ることにいたしましょう。では。

(●文:西村 章 ●写真:Aprilia/Pramac Racing/Ducati/Husqvarna Motorcycles)

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#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/09/04掲載