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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:Aprilia/Ducati/Gasgas/Honda/KTM/Yamaha

  
 2023年の開幕戦は、2006年以来のヨーロッパ開催。2006年はスペイン・ヘレス、今回はポルトガル・ポルティマオ。いずれも決勝日が3月最終日曜にあたるので、デイライトセイビングタイム(いわゆるサマータイムというやつです)の開始に応じて未明に時計を1時間進める必要がある。つまり、土曜から日曜にかけて体感的には1時間損をすることになるわけで、ただでさえ慌ただしいレースウィークのせわしなさにさらに拍車がかかる、という点も2006年と今年の共通点。このあたり、いかにも欧州生活文化の反映ではあります。

 2006年と今年の違い……というよりも、今年はグランプリ史上最大のレースフォーマット変更が導入されて、土曜午後にMotoGPクラスのスプリントレースが実施される。1949年のグランプリ初年度から昨年まで連綿と続いてきた「レース実施は日曜日」(アッセンは土曜に決勝が行われていたので「レース実施はイベント最終日」と言った方が正確かもしれないけれども)、という長年の慣習を終了し、土曜午後に決勝レース半分の周回数のスプリントレースを行い、そして日曜に決勝、というスケジュールになる。それに伴い、従来は土曜午後に行われていたMotoGPクラスの予選Q1Q2は土曜午前へ前倒しになり、予選の組分けは金曜の走行結果で決定されることになった。

 つまり、金曜、土曜、日曜とレースの週末すべての日に緊張感の高まる何かしらの見どころがある、というわけで、レースを観戦する側にとって今まで以上にイベントの興趣が大きく盛り上がるスケジュールになっている。

 ただ、そうやって観る側の昂奮を盛りたてる趣向は、ライダーたちの負荷を高めることにもなる。金曜のセッションは午前午後の2回で、このベストタイムを総合したうちの上位10名が翌日午前の予選Q2へ進む。残りはQ1に振り分けられてそのうちの上位2名がQ2へ進出、という流れは従来どおり。

 で、土曜午前には予選の組分けと関係しない30分のフリー走行が行われる。セッションの位置づけとしては、昨年まで土曜午後の予選前に行われていたFP4が午前に繰り上がった格好だ。昨年までのFP4は午後1時30分からの開始で、日曜の決勝とほぼ同時刻であることからレースシミュレーションとしての意義が大きいセッションで、ここの内容によって翌日のパフォーマンスを見極めることができた。

 それが午前へ繰り上がってしまうと、午後とコンディションが異なるため、決勝を想定した見極めはゼロとは言わないまでも、午後に行うよりもある程度微妙なものにならざるをえない。そして、フリー走行に続いてQ1とQ2の予選を実施。この予選で決定したグリッドに基づいて午後3時からスプリント。そしていよいよ日曜に決勝レース、という流れになる。ちなみに、決勝レースのグリッドはスプリントの結果にかかわらず、土曜午前の予選結果に応じたものにする。つまり、予選結果はスプリントと決勝のふたつのレースに効いてくるわけで、予選の重要度は今まで以上に大きくなっているといえるだろう。

#ポルトガルGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 また、決勝レースを行う日曜は、午前10時から「MotoGP Fan Parade」という、選手たちが車でコース上を移動しながらコメンテーターと質疑応答を行い、その後パドックの所定のケージに移動して、そのケージを囲むファンたちと触れあう機会を設けるという、いわば「動くピットウォーク」のようなイベントを実施するため、MotoGPクラスのウォームアップセッションは昨年までの20分間から10分間へと短縮されている。

 昨年までウォームアップが20分間あったときは、選手とチームは決勝に向けて最後の変更を加えてトライしてみる、ということもできていたが、それが10分間になるとマシンの状態や自分自身の調子を確認する程度のことしかできない、というが選手たちの声だった。バレンティーノ・ロッシが現役だった頃は「朝のウォームアップで最後に変更を加えて試してみたけれども、それがすごく良かった」というコメントをよくしていたことをご記憶の方も多いと思う。ああいった「レース直前のギリギリで試すセットアップ変更」は、10分の短い時間枠ではもはやほとんど不可能、というわけだ。さらにいえば、この「MotoGP Fan Parade」の導入で大きなしわ寄せを受けているのがMoto2とMoto3で、両クラスのウォームアップ走行は今年から廃止されることになってしまった。

「MotoGP Fan Parade」の開始で、サーキットに来場するファンと選手の接触機会が増えることは間違いない。MotoGPというメガスポーツイベントにとって、レースファンは人気の基盤を支える重要な存在で、選手たちも自分たちの活動を支え応援してくれる人々と接することの重要性を充分に理解しているからこそ、人々と触れあう機会にはプロフェッショナルとして可能な限りいつも積極的に応じるのだろう。

 とはいえ、それはMoto2とMoto3クラスのウォームアップ走行を廃止、すなわち安全を確認する貴重な最終機会と引き換えにしてまで行うほど、価値と意義があることなのか、という疑問も感じる。現行の新スケジュールでは、Moto2やMoto3の選手が土曜予選で転倒しマシンが大破した場合、彼らは修復の最終確認をできないまま決勝のグリッドにつかなければならないことになる。個人的な印象だが、競技の安全性と引き換えにしてまでこのようなイベントをやる意義を見いだせない、というのが正直なところだ。選手とスマホでツーショットを撮りたい、記念にサインをもらいたい、と考える人々には暴論に聞こえるかもしれないが、このような茶番はできるかぎり早くやめてしまったほうがいいのではないか。

 Moto2Moto3クラスのしわ寄せということでは、土曜午後のプレスカンファレンスは今年から「フロントロープレスカンファレンス」ではなく「スプリントプレスカンファレンス」という位置づけになり、スプリントでトップスリーに入った選手たちのみの会見となったために、昨年まで土曜のPCに出席していたMoto2とMoto3のポールシッターは、出席機会がなくなってしまった。MotoGPのショーイベント化がどんどん進む一方で、中小排気量クラスはメディアに露出する機会も減らされ、安全性の担保もないがしろにされ、どんどん刺身のツマのような扱いになっていく傾向にみえる。なんなんだこれ。

 さて、ともあれ以上が今年から導入されることになった新スケジュールの概要だ。

 で、その進行で行われた土曜午前の予選では、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)がポールポジションを獲得。ホンダの皆さんには申し訳ないがマシン面での劣勢は誰の目にも明らかだっただけに、このポールポジションは皆を大いに驚かせた。おそらくホンダの人々もビックリしたのではないか。

 引き続き午後3時にスタートした12周のスプリントは、下馬評どおりにペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が勝利。2位にホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)、3位がマルク・マルケス。

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 決勝レースの半分の周回で争うスプリントは、予選のような乾坤一擲の走りが続くためにかなり「ワイルド」になるのではないか、ということをプレシーズンテスト段階から選手たちは指摘していた。勝利したバニャイアは強さ速さ巧さが三位一体になった盤石の走りでまったく危なげがなかったが、後方集団ではヒヤリとする出来事や接触、転倒がいくつか見受けられた。その一方で、スプリントのレース後に、メインストレートのコース上で行う1位から3位のメダル授与式と優勝セレモニーはとてもいいと思いました(小並感)。

 史上最初のMotoGPスプリントを終えた印象は、ショートディスタンスレースならではのスリルと醍醐味が大きい一方で、リスクもやはり大きいように見えた。ミシュランの二輪モータースポーツマネージャー、ピエロ・タラマッソとスプリント後に話す機会があったのだが、彼も概ね似たような印象で、リスクについては「今回は初めての実施だったので選手たちも手探りの側面があっただろうから、ややワイルドな傾向になったのではないか。レースを重ねれば、もっと落ち着いた展開になってゆくと思う」とのことだった。

 で、日曜の決勝レース。こちらもやはりペコが優勝。死角がない、というのですかね、こういう強さは。2位はマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Rasing)。3位にマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。ドゥカティ勢の強さは前評判どおり、アプリリアの躍進もおおむね予想どおり、という結果。

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 この決勝レースでは、序盤にマルク・マルケスがマルティンに接触してオーバーランさせ、その直後に後方からミゲル・オリベイラ(CryptoDATA RNF MotoGP Team/Aprilia)に後方から追突して転倒させるという事態が発生。

 これでマルケスには次戦アルゼンチンGPでロングラップペナルティが科されることになったのだが、右手を負傷して手術をしたために次戦欠場が決定。ペナルティの処分申し渡しには「アルゼンチンGPに於いて」という文言が記されていたため、マルケスの欠場でこの処分は自動的に流れることになってしまった。

 おそらく今回の事態のように選手の欠場で処分が水に流れてしまうのは、処罰を規定する原典になるレギュレーションおよびレースディレクションの判断が想定していなかった事態、ということなのかもしれない。

 ペナルティ、というものをいわゆる応報刑的な処罰と考えるなら、欠場で最高25ポイントを獲得する機会を失ったことにより、ダブルロングラップペナルティ(順位の降格によるポイント獲得機会を逸失させる処分)の目的はある意味で達せられたと見なす、ということになるのだろう。しかし、ペナルティを教育刑的処分と位置づけるのであれば、再び罪を犯すことがないように教育指導する目的は達せられていないことになる。

 さらにいえば、オリベイラは日曜夜段階では右腰打撲で大きなケガはなく、アルゼンチンに出場する方向と発表していたが、レース翌日に精密検査を行ったところ、腱を傷めていることが判明。次戦は欠場すると月曜午後に発表された。ということは、オリベイラのポイント獲得機会逸失という事態に対する応報刑的な措置という観点でも、マルケスのペナルティ不処分はバランスを欠くことになるのではないか。

 結局、今回のポルトガルGPが終わってみると、ポル・エスパルガロ(金曜プラクティス2)、エネア・バスティアニーニ(スプリント)、マルク・マルケス(決勝)、ミゲル・オリベイラ(決勝)の4名が負傷して、第2戦の参加を見送ることになった。開幕戦で4名がケガで次戦参戦を見送るという事態は、ちょっと過去にも記憶がない。それでもレースは続く。第2戦は今週末にアルゼンチン、テルマス・デ・リオ・オンド。では。

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#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


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2023/03/28掲載