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レース・イベント

■取材・文:エンリコ・ボルギ ■翻訳:西村 章  ■写真:MotoGP.com

 2022年のMotoGP界でパワーバランスの変化を考察するとき、ダビデ・ブリビオほどこの事態に関する疑問を投げかけるにふさわしい人物はいないだろう。広く知られているとおり、ブリビオはヤマハに20年在籍し、その期間中にはバレンティーノ・ロッシを獲得して最強時代を築き上げた。やがてロッシと別の道を進むことになった彼はTeam SUZUKI ECSTARをゼロから立ち上げ、2020年にチャンピオンの座に就いた。タイトル獲得後の2021年にはF1に転身し、アルピーヌF1チームのレーシングディレクターに就任、現在に至る。

Davide
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 ブリビオはこれら数々の経験をもとに、50年続いた日本勢優位の状況をヨーロッパメーカーが覆し、勢力関係を大きく塗り替えようとしている現在のMotoGPについて、非常に興味深い視点で洞察する。鋭い分析と含蓄のある言葉に耳を澄ませば、今のMotoGPを巡る多くの状況を読み解くことができるはずだ。たとえば、ブリビオの観察と指摘は次のような言葉から始まる。

「まずハッキリさせておくと、重要なのはカネではない。方法論だ。要するに、メンタルな部分だ。明白ではあるけれども、ヤマハと、そして特にホンダは認めたがらないかもしれないけれども、日本企業的な手法はすでに時代遅れなんだ。だから、そこを変えなければならない。しかも、できる限りすみやかに。なぜなら、2022年シーズンを見ればわかるように、欧州勢はすでに先を行っていて、今もどんどん進み続けているのだから」

―つまり、MotoGPで進化を続けるテクノロジーの要素は二の次、ということですか?

「そう。技術というものは、我々がそれをどう組織だって使っていくかということの結果にすぎないのだから。重要なのは、ヨーロッパ企業はレースのアプローチが積極的で、新しいレースの方法を確立したということだ。ヤマハとホンダも、そのやり方に適応していく必要がある」

―その方法とは、F1に由来するものですか?

「そうとも言えるけれども、F1だけにこだわると視野を狭めてしまう。イタリアメーカーは組織作りなどの面でF1の影響を受けたかもしれないけれども、アプローチのしかたは異なる。あらゆる局面に対応できるように、バイクのパフォーマンスをどんどん向上させてきた。試せることは全部試し、新しいソリューションを絶えず求めて改善を続けてきた」

Davide

―しかし、イタリアメーカーはずっとアグレッシブでした。ようやく最近になって効果が現れてきた、ということなのでは?

「確かにそうだ。しかし、そこが重要なところだ。近年のイタリアメーカーは、技術開発の手法でもかなりアグレッシブだ。一方、日本企業は歴史的に見ても、いわば『標準的なもの』にずっとこだわってきた。そうやっていい車体を作り、いいエンジンを作り、電子制御に取り組んで、安定した操縦性やブレーキや加速を実現してきた。そうこうしているうちに、ドゥカティはずっと先に行ってしまった。エアロダイナミクスやリアのデバイスのことを言っているわけじゃないよ」

―結果としてそれらの技術に結びついた、ということですね。

「ドゥカティが空力やシェイプシフターでアドバンテージがあるという事実だけにこだわりすぎると、全体を見失ってしまう。手法とアプローチの違いがそういうモノとして現れた、ということにすぎないのだから。つまり、それがレース全般、ひいては現代のMotoGPに対する取り組み方だ、ということだ」

―アグレッシブである、とはどういうことでしょう。

「イタリアメーカーは絶対に満足することがない。リサーチを続け、新しい発想を追い求め、研究に研究を重ねて、どこでコンマ数秒を詰めることができるか追い求め続ける。ときにはリスクを取らなければならないこともある。このコンマ数秒がレース全体では大きな差になっていくのだから。ごくわずかな重量を削って軽量化する、ごくわずかなコンマ数秒を詰めるために研究を重ねて投資をするというやりかたは、まさにF1のメンタリティなのだろうね」

―つまり、我々はすでに新しい時代にさしかかっているのだ、と?

「今のMotoGPが10年前や20年前とは大きく姿を変えていることにまだよく気づいていない、ということが日本企業の課題なのかもしれない。グランプリが日本メーカー勢同士で争われていた時代は、バイクの開発は日本企業のルールで決まっていった。長期計画と何ヶ月も続く作業を経て、手堅くチャンピオンシップを勝ち取っていった。だから、斬新なことはなかなか進まない。新しい車体がいる? 3ヶ月かかるな。特性の違うエンジンがほしい? じゃあ来年まで待ってもらわないと、という具合にね」

―一方、イタリア企業の場合は作業スピードが速い。

「そう。特にドゥカティの場合は。でも、アプリリアもその方向へ進んでいるし、KTMも徐々にそうなりつつある。だから、ことはイタリア一国の話ではなく、欧州企業勢、ということだね。欧州企業はいつもアグレッシブだったけれども、私見ではちょっと混乱してもいた。しっかりとテストされていない部品までときに投入して、性急にイノベーションを進めようとする、といった具合にね。それが悪い方向へ行ってしまってなかなか勝つことができなかった。しかし、そのアグレッシブなスピリットを常に胸に秘め、問題を解決していった。解決すれば、それはしっかりと定着する。そしてそれが今、勝利のメンタリティになったんだ。たとえ小さなモノでも、いつも必ず何か新しいものを導入し、バイクの改善を絶えず図ってゆく。このアグレッシブさがあったから、バワーバランスをひっくり返すことができた、というわけだ」

―そしてその一方で、日本はずっと同じようなメンタリティだった、ということですか。

「まさしく。これらの点において日本はずっと古いやり方で、しかもそれがずっと続いてきた。すべてをしっかりとテストしたうえで、いいところがなければ使わない。テストチームがパーツをテストしなければ、レースライダーには届かない。そうやって昨日と同じような今日が続いていく。バイクが一度できあがれば、少しだけ改良して、残りは翌年のバイクに繰り延べになる。そうやってずっとやってきたんだ。さらにいえば、ドゥーハンの時代からバレンティーノ、マルケスに至るまで、バイクは充分に勝てるモノだった。特に急いで改良する必要はないし、何か新しいアイディアがあったら翌年のバイクに盛り込めばいい。しかし、現代はレースのアプローチでたゆまざる開発と進化が必要になる。そしてここから先の話はさらに、テクノロジーの領域にも踏み込んでいくことになる」

Davide

―どうやって上手く使いこなしていくかが勝負を左右する、ということですか。

「以前なら、今ほど大量のデータを必要としなかった。今は、洗練されたデータ解析システムと優秀なエンジニアが科学的な精密さで問題を突き止め、解決法を探っていく。リーダーの立場になっている古参兵には、この進化についていくのはなかなか厳しいと思うよ。だから、現代ではたくさんの技術者たちが必要になる。しかも、若ければ若いほどいい。というのも、彼らはひと昔前のような先入観を持っていないから。バイクに何が起こっているのかを正確に理解するためには、ファクトリー内部だけでなく、週末のサーキットで行われるたくさんのデータ解析が必要になる。ひょっとしたら、これが日本ではあまり行われていないのかもしれない」

―なぜですか。

「ファクトリーで起こることとサーキットで起こることは違うし区別しなければならない、という考え方は今も変わらない。とはいえ、問題が発生し、ライダーが不満を伝えるのはレースの現場だ。そこで何が起こっているのかを常に迅速に分析し、そこからマシンの開発と進化を進めていかなければならない。

ファクトリーとサーキットは別物だと思いがちだけれども、そうではない。今ではコース上で様々なことが進化していくんだ。ドゥカティはもちろん、アプリリアやKTMも、より高度なデータ解析をレース現場で行うようになった。一方、日本企業はいまだに15年前のようなやりかたでレース現場の仕事をしている。これでは、サーキットで集めてきた情報は、明瞭で包括的なものではなくなってしまう。日本のファクトリーにいるのと同レベルの技術者が現場にいなければ、そこで獲得した情報をもとにどんな問題や弱点があるのか理解したいと思っても、その欲求やニーズは満たされない。だから、サーキットの作業はファクトリーの作業と補完しあうものでなければならないんだ」

―どういうことですか。

「ひとつは、なぜその問題が発生するのか突き止めなければ、問題は迅速に解決できない。そして、データだけでは翌年の開発方向性を見極めることができない」

―つまり、現場とファクトリー両者の連携の問題である、と。

「そういうこと。欧州メーカーは、サーキットとファクトリーの間にダイレクトで緊密な連携ができあがっている。サーキットで優秀なソフトを使って細密なデータ解析を行っているので、チームは問題解決とバイクの改良に関して非常に正確な情報をファクトリーに提供できる」

―そこが、日本メーカーの後手に回っている部分、というわけですか。

「日本勢はまだ、サーキットに行ったチームが本国のファクトリーに対して十分に正確なデータや詳細な情報を提供できていないのかもしれない。この限界のツケを今、ヤマハやホンダは払っているのだろう。結局のところ、日本メーカーの場合は、ファクトリーが問題点を把握してどう解決するかを考え、現場のサーキットでは最終的なセッティングを行うチームがいて、そしてレースに勝とうとする。昔は、『日本人がバイクを作って、ヨーロッパ人がレースをする』と言われていたけれども、今の時代はそのやりかたでは通用しない。だから、日本メーカーも欧州メーカー勢と同じように、サーキットとファクトリーがともに同じメンタリティで、同じノウハウと専門知識を持って協力していかなければならない、ということなんだ」

Davide

―では、そのやりかたはどうやってうまく機能していくのですか?

「サーキットのチームは、MotoGPプログラム全体をまとめ上げる部分になるわけだから、ファクトリーとチームの間には大きな相乗効果が必要になる。それぞれ独立したグループであってはいけない。サーキットとファクトリーは、ともにバイクを製作し、ともにそれをコース上で最高の形で走らせる。これはドゥカティとアプリリアが導入したコンセプトで、KTMもそれに追随している。KTMは、ドゥカティから優秀なエンジニアたちを引き抜いたくらいだからね」

―日本勢はそのシステムが上手く機能していない、ということですか。

「日本勢すべてがそうだとは言わない。スズキは違っていたと思う。私たちがチームを作り始めたとき、まず考えたのがそのことだった。私たちは、このメンタリティ変化のいわば原型のようなもので、とてもうまくいったと自負している。たとえば年に2回はイタリアからチームのエンジニアたちが日本へ行って、コース上で発生している問題に関する自分たちの考えを説明した。こちらから何かを命令するような意図ではもちろんなくて、バイクを良くしていくための自分たちの意見を開陳し、翌年の方向性も話し合った。『我々の見るところでは、ここをこうする必要があると思う』等と意見を述べて、日本側の技術者たちはこちらの提供したデータを研究して状況を見定める。日本の人たちは最初こそ懐疑的だったけれども、やがてこちらにデータをどんどん要求するようになり、常にそれを使用するようになっていった。彼らはもちろん、自分たちが最善だと考える方向で開発を進めるのだけれども、こちらから提供するデータがなければもっと苦労をしていたと思う。じっさい、少しずつ勝てるようになって2020年にはタイトルを獲得した。よそのような潤沢な予算はなかったけれどもね。だからつまり、私たちは旧弊なスタイルのチームではなかった、ということはいえると思うね」

Davide

―では、旧弊なスタイルのチームはどういうやりかたなんでしょう。

「私は技術者ではないけれども、ちょっとがんばって説明してみようか。たとえば、旧弊なスタイルのチームにいるライダーが『ドゥカティのようにブレーキできない』、と言ったとする。チームは日本人技術者に『ブレーキを改善しなければならない』と伝える。しかし、どんなふうに改善しなければならないかということまでは伝えられなくて、技術者にはデータがない。だから、週末の作業はチームに任せて、問題の性質を自分で調べなければならない。ところが、技術者のところに行って、『ドゥカティとの比較をしてみました。自分たちのデータとその分析では、平均で 7 メートルの差があります』 といって充分なデータを示せば、それで一目瞭然。そしてたとえば、『我々の分析では、あっちはこういう技術的な優位があって、それをなんとか埋め合わせる必要があります。我々もここで同じようにできれば、彼らとの差をもっと詰めていくことができると思います』、と説明をしていけば、理解も早いし、解決も早い。でも、そういった会話を実現するためには、高いレベルでの解析とそれを使いこなしてしっかり説明できる技術者がこちら側にも必要になる」

―つまり、かつては唯一無二の神聖なものだったライダーのコメントだけではもはや充分ではない?

「現代のMotoGPでは、充分ではないね。ライダーにはまったく問題がない。なんといっても、バイクに乗っているのは彼その人なのだから。しかし、そのライダーの判断やフィーリングは、さらに正確な科学的データで支える必要がある。そこからリサーチが始まる。ライダーが述べるコンプレインも調査の対象だ。これが進化ということだ。 現代のMotoGP は技術に取り囲まれていて、新しい技術がどんどん導入されてゆく。グリップがない、加速しない、進入でフィーリングがない、とライダーはいつも同じようなことを述べるけれども、こちらはその理由をつきとめなければならない。しかし、緻密で先進的なデータ解析を行うことによって明確になっていく。今のMotoGPはそこが勝負を分ける。そして、それを実行しているのが欧州メーカー勢なんだ」

Davide

―それがあの有名な〈チームパフォーマンス〉ですか?

「まさにそのとおり」

―テストチームとはまた違う、スペシャルなチームだと聞いたことがあります。

「データ解析エンジニアたちから成る技術者集団のことだ。チームの一部として機能し、レースウィークにファクトリーチームを支えている。様々な問題をデータ面から解析して解決し、日曜のパフォーマンス向上に貢献する。〈チームパフォーマンス〉はバイク開発に関して、ファクトリーのレース部門にも力を貸す。実際のところ、サーキットで働くチームの成果向上は、彼らのデータ解析に依るところが大きいといえるだろうね」

―彼らはドゥカティで活動しているのですか?

「そうだね。おそらく最初に始めたのはドゥカティだろう。やがてスズキもこの手法を採用した」

―それでスズキは他陣営に先んじることができた、というわけですか。

「まあ、そうだね。私たちがスズキでこれを始めたのはレースに復帰して2年目、2016年のことだ。日本メーカー勢では私たちが最初で、だから欧州勢とも互角に争うことができた。とはいえ、スズキもやはり日本企業だから、ある種の日本的特徴は残していたよ。つまり、欧州と日本のメンタリティを両方併せ持っていたということかもしれない。サーキットでのアプローチは非常に欧州的で、バイク開発の進め方は伝統的かつ保守的な日本的手法、というわけだ

Davide

―とはいえ、それが成功して2020年の成果に結びつくわけですね。

「だから、今もパドックに残っている日本メーカーはアプローチのしかたを変える必要がある。私たちはスズキでそれを実践していたけれども、経営陣がレース活動を辞めてEVや自動化技術に投資を振り向けることにした。別にレースを辞めなくとも企業としてすべての活動を行うことは可能だったはずだと私個人としては思うので、納得はいかないけれども、まあ、そうしたものなのだろう」

―その結果、現在もパドックに残っている日本メーカー勢はホンダとヤマハだけになりました。

「しかも、どうにも事態をうまく改善できていないように見える。大切な問題は、今後どんなふうにしてプロジェクトを前進させていくのか、という手法の見直しだ。2、3ヶ月で結果は出ないからね。何をすべきか、どこに予算を使えばいいか、レースの部署とチームにどういった技術者たちや新しい発想を持ち込めばよいのか。ただ人数を増やせばいいということではない。全体がうまく調和し、機能的なチームとして仕事を進めていけるしっかりした組織を作り上げていく必要がある。数年単位の長期的視野でね」

―マルケス選手も、サーキットと本国のファクトリーが一体となって連携し、ひとつのチームとして機能するレースプログラム作りの重要性について述べていました。レースに復帰してまだ数ヶ月ですが、彼の唱える手法は少しずつ動いていくのではないでしょうか。

「しばらく前にマルケスが、『どうしてこのパーツをテストするのかチームに訊ねたけれども、明快な返事はなかった』と言っていた、という話を聞いたよ。そこから推測できるのは、ホンダもおそらくまだ古い手法のままでいるのだろう、ということだ。よそがやっていることをコピーして、それが果たして自分たちにどんな効果をもたらすのだろう、と探るようなことを続けていても、あまりいいことはないと思う」

Davide

―マルケス選手と言えば、ライダーの好みに沿ってバイクを作っていくやり方は今も有効でしょうか。

「さほどではないと思う。それが、今日的MotoGPのひとつの面でもあるだろうね。たとえばタイヤのグリップを最大限に活かせる効率的なバイクに仕上げるためには、データと最先端技術が従来とはまったく異なるような作業を要求してくる。もはや、特定のライダーに合ったシャシーや、ライダーの特徴を生かしたバイクを作れば解決するという時代ではないのだと思う」

―まさにF1がその方向へ進んでいったように、ということですか。

「うん。今までのやりかたはもはや通用しない。ファクトリーとサーキットの作業を組織だてて構成し、すべてを調整してゆく。そこから作業が始まる。ホンダとヤマハはMotoGPプロジェクトの見直しと再構築をすでに始めているだろうけれども、結果が出るまでには少し時間がかかるかもしれない。数年越しの長期計画として捉えなければならないからね。しかし、そうすることによってサーキット側から企業側へ送る的確な情報は効果を発揮し、ファクトリーとコースの双方も、それぞれやるべきことや必要なツールがさらに明確になっていく」

―あなたはヤマハ時代に古沢政生氏と一緒に仕事をしていました。あの当時、ヤマハは古い考え方から脱却し、それですべてが変わっていったのですよね。

「私見では、古沢さんが聡明な人物だったから迅速な改革を達成できたんだ。でも、それはもはや古い昔の話だよ。当時は、それを使った者が勝負を制する、という今のような最先端コンポーネントは存在しなかった。さらに言えば、今は欧州メーカー勢が強くなっている。彼らは最新技術を使いこなしている一方で、ホンダとヤマハはこれからそれに対応していかなければならない。この潮流はすでに5~6年前から始まっているものだけれども、ヤマハは依然として古沢さん時代の発想で仕事をしている状態なんだろうね

Davide






2022/12/12掲載