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レース・イベント

あれから一年が過ぎた。今からちょうど12ヶ月前の11月14日に、バレンティーノ・ロッシはバレンシアサーキットで二輪ロードレースに別れを告げた。それからの一年間で〈ザ・ドクター〉の生活は大きく様変わりした。自身の競技車両はオートバイからクルマへ変わり、MotoGPの世界では自らがオーナーを務めるチームの責任者に専念している。そしてなによりも大きな変化が、3月6日に愛娘ジュリエッタが生まれ、父親になったことだ。それ以降、ロッシがパドックに姿を見せたのはほんの数回。最初は第5戦ポルトガルGPの舞台ポルティマオ。次が5月のムジェロ。このときは彼が現役時代ずっと愛用していたバイクナンバー46の引退セレモニーが執り行われた。そして最後の登場が、最終戦バレンシアGPだ。VR46アカデミー出身選手フランチェスコ・バニャイアのチャンピオン獲得がかかった一戦だけに、ロッシとしても愛弟子の人生最重要レースを外すわけにはいかない。
■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ  ■翻訳:西村 章 ■写真:MotoGP.com

―バレンシアGPの前はニューヨークにいたそうですね。今は一般人としての生活を満喫していますか?

「何が違うって、今は自分の時間がある。年間20レース近く戦う日々をずっと過ごしていた時代は自分の時間なんてまるでなかったけれども、今は自由に旅をできて、行きたい場所や観たいところへいつでも訪れることができる。ニューヨークにはずっと行ってみたいと思っていたんだ。たしかに過去にも行ったことはあったけど、あくまで仕事でほんの1~2日いてすぐに帰る、というスケジュールだった。今回はゆっくりと街を見て回ることができたよ」

―人生が新たな局面にさしかかった、ということですね。

「自分のライフスタイルを大きく変えようとは思っていないんだ。まだ四輪競技に参戦しているし、トレーニングでバイクにも乗る。だから一気に変えるつもりはないけれども、今は時間がある分、いろんなことをできるよ」

ロッシ
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―四輪選手としては、今年はどんなシーズンでしたか?

「良かったと思う。チャンピオンシップは厳しいしレベルも高いから全力で取り組む必要がある。それでも楽しく戦えた。四輪レースはエキサイティングで面白いよ」

―来年はメーカーを変えるんですよね。

「そう。アウディからBMWへスイッチする。所属チームはこの15年間アウディとは合意に達することができなかったけど、来年はBMWのファクトリーチームになるんだ」

―今年の成果には満足していますか?

「表彰台は獲りたかった。ホッケンハイムはチャンスがあったけれども、スタートで失敗してポジションを10くらい落としてしまった。最後は5位で終えたけど、3位が目前だっただけに残念な結果だ。それでもかなりいい走りをできたと思う」

―娘さんのジュリエッタは、最終戦バレンシアGPの金曜に8ヶ月になりました。生まれたのは、開幕戦カタールGPの金曜でしたよね。

「いい日取りに生まれたと思うよ。僕がもはやMotoGPを戦わなくなった最初のレースウィークの金曜なんだから。いいタイミングだったし、とても充実した8ヶ月を過ごせたよ」

―自分ではどんな父親だと思いますか?

「ひと目見たとたんにきっと恋に落ちると思っていたけど、まさにそのとおりだったね。娘を腕に抱いたとき、どれほど自分が父親になることを待ち焦がれていたかということに思い至った。それまでの僕はただ、実際にはありもしない問題についてあれこれ考えていただけにすぎない、ってことがわかったのさ」

―娘さんが生まれてすぐに、ふたりでカタールGPの予選を観ている写真をSNSに投稿していましたね。今シーズンは愉しめましたか?

「とても面白かった。チャンピオン争いも3位争いも非常に接近した戦いで、最終戦で決着するという展開だったので、充実したMotoGPシーズンだったと思う」

―そしてなんともロマンチックなことに、あなたが引退した翌年に、あなたの育てたライダーが世界チャンピオンになりました。完璧な世代の継承ですね。

「まったくだよ。僕が最後のイタリア人チャンピオンだったから、その次のチャンピオンにペコが就いてくれたのは格別な気持ちだ。ペコはとても気持ちを揺り動かされるライダーなんだ。だから、何か力を貸してあげたいと思って、成長の過程でずっと支えてきた。その彼が完璧な仕事をしてくれた。ブラボーだね」

ロッシ

―最初に彼をアカデミーに入れようと思ったとき、どんなライダーだと思いましたか?

「ペコはとても速かった。本当に速かった。他のライダーたちと同様に自分が走りやすくて気持ちよいゾーンに持って行く必要があったけれども、バイクとフィーリングが噛み合うとホントに速かった。性格的にもとても良い人物で礼儀正しく、ご家族がしっかりと育てたんだなということがよくわかった」

―ペコを彼と同時代の選手たちと比較してみると、あなたのレース戦略やレースに対する備えかたが彼の中にも息づいていることがわかります。

「そうは思わないな。ペコはいつも最初から飛ばすことが好きなようだけれども、僕の場合はそうじゃなくて少し様子を見るほうだからね。でも、MotoGPは昔とは変わったから、僕のやりかたで今でも勝てるかどうかはわからないけどね」

―ペコは91ポイント差をひっくり返してチャンピオンになりました。歴史上、これはかつてなかったことです。あなたは2006年にニッキー・ヘイデン選手と50ポイント以上開いていた差を詰め寄って最終戦の前に逆転しましたけれども……。

「でも、あのときは最後に負けちゃったもんね(笑)。ペコについては、ずっと『大丈夫だ、できる』と言い続けてきた。91ポイントなんてたいしたことない、だってキミは速いんだから、ってね。最初の数戦はまだバイクが決まっていなかったけれども、いいバランスが見つかるとペコとドゥカティはあっという間に速さを発揮していたよね」

―ペコはあなたとケーシー・ストーナー氏によく相談したと言っていました。レース前にはペコとどんなことを話しましたか?

「いろいろと話したよ。タイヤなどのテクニカルなアドバイスもしたけど、今回は厳しいウィークになるだろうから、特に週末に向けたメンタル面でのアプローチについて話をした。ペコはいつも、自分は大丈夫で落ち着いている、と返答するんだけど、そこについてはあまり正直ではないようで、僕の見たところではあまり落ち着いていないようだった。どんな状況にも対応できるよう、特に精神面で備えておくように、とペコには話そうと思っていたんだ。たとえばクアルタラロが自分の前にいてレースで優勝するような場合にも備えるように、とね。じっさいにペコはファビオとレース序盤に激しく戦ったよね」

ロッシ

―クアルタラロ選手はシーズンを通して渾身の走りを続けましたが、ヤマハのバイクが限界だったようです。

「最後が彼らふたりの対決になったことは良かったと思う。今はこの両名が最強のライダーだろう。あとはホルヘ・マルティン。予選では誰のスリップストリームも使わず、単独で素晴らしいファステストラップを記録する選手だ。ヤマハはいつも非常にバランスのとれた良いバイクだけど、今はドゥカティの馬力やエンジンに比べると差が大きい。あの状態でドゥカティ勢を相手に戦うのは、クアルタラロでも容易ではないだろう」

―ヤマハのバイクについては、あなたやロレンソ氏やヴィニャーレス選手がずっと問題を指摘してきました。それでも課題は今も相変わらずです。

「私見では、近年のドゥカティは今までと違うアプローチで、全員にハッパがかかった状態だったのだと思う。ほんの数年前まで日本の技術は卓越していたけれども、現在はもはやそうではない。今の時代に重要なのは、ドゥカティがやっているような、常に限界まで試そうというイタリアンスタイルのアグレッシブなアプローチだ。一方で日本的な方法論は、特にヤマハに顕著なようにかなり慎重だ。ドゥカティは、投資に対する考え方もアグレッシブな方向へ振っている。ヤマハやホンダが今後もここで勝つつもりなら、もっと予算を増やす必要がある。彼らにはその意志があると思いたいね」

―同じヤマハのモルビデッリ選手の場合はどうでしょうか。

「今シーズン残念だったことのひとつだね。もっと戦えると思っていたけど、じっさいには苦労してしまった。驚いたよ。フランコはすごく速い選手だからね。バイクが充分に戦闘力を発揮しなかったのは事実だけど、チームメイトは速さを見せていたわけだしね」

―リン・ジャーヴィス氏は、2024年のヤマハは4台体制に戻したい、その際の選択肢としてもっとも妥当なのはあなたのチームが加わることだ、と話しています。

「それは確かに理にかなった話だね。でも、僕たちのチームは勝ちを目指して戦っている。だから、必要なのは速いバイクなんだ」

―ということは、現状ではドゥカティを離れる理由はない、と?

「そのとおり」

―今シーズン、VR46は最高峰のデビューイヤーでしたが、いい一年でしたね。

「素晴らしいシーズンだった。チームは期待以上にとてもよくがんばってくれた。皆で強い組織を作るために努力し、ウーチョ(アレッシオ・サルッチ:少年時代からのロッシの親友でVR46のチームディレクター)が良いチームにまとめ上げてくれた。バイクは戦闘力が高く、ふたりのライダーも強力だ。上々の一年だった」

ロッシ

―マルコ・ベツェッキ選手は前評判どおりの才能を発揮しました。将来のチャンピオンの片鱗は見せているでしょうか?

「人間的にもライダーとしても強い選手だから、彼ならできると思うよ。さらに高みを目指そうというチームの雰囲気もいい。ベズとルカ(・マリーニ)の間にはいいライバル関係があるから、お互いに切磋琢磨しながら向上していくことができる。この雰囲気をずっと保ち続ければ、ふたりともさらに強い選手になっていくだろうね。僕とヤマハ時代をともに過ごしたスタッフや、VR46のMoto2時代のスタッフが今のチームを構成しているのもいいと思う。まさにそういうチームにしたかった、というとおりの方向へVR46チームは進んでいる」

―あなたの弟のマリーニ選手も、着実に実力を伸ばしています。

「今年はいいレースがいくつもあった。表彰台を逃したのは残念だったね。ルカなら獲れると思ったけど」

ロッシ
ロッシ

―今のドゥカティに乗ってみたいと思いますか?

「ある面ではイエスだね。多くの人たち、とくにウチのチームの連中は乗らせたがっているよ。でも、MotoGPマシンに乗るためには何かしらの目標が要る。なんとなくちょっと乗ってみる、というのは……どうなんだろうね。正直なところ、あまり食指は動かない」

―では、MotoGPバイクが懐かしいとは思わない?

「懐かしいよ。でも、すっかり乗らない時間もいいものだよ。すでにだいぶ乗ったし」

―ダッリーニャ氏がボスなら良かったと思いますか?

「そうだね。ドゥカティの中にあった大いなる可能性の流れを正しい方向へ向ける、という卓越した事業を成し遂げた人物だからね。彼と僕の人生はもう少しで交差するところだったのかもしれない、と思うこともある。僕がドゥカティを去ったのは2012年の暮れで、彼はその翌年にドゥカティへやってきた。あのとき僕はすでに若くなかったから、もう待てなかった。でも、ドゥカティは2015年から勝ち始めた。ほんの少しのことで僕たちは行き違った。それが残念だよ」

―最後の質問なんですが……これは訊ねてもいいのかどうか。

「そう考えるのなら、聞かないほうがいいと思うよ」

―いや、訊ねてみましょう。先日のマレーシアGPの際に、スペインの新聞ASのインタビューでマルケス選手は、2015年と同じことが起こったとしても同じように振る舞うし、あなたに対して改めて親しくしようとも思わない、と回答しているんです。

「彼の立場からすれば、そう答えるのは当然だと思うよ。とはいえ、あそこで何があったのかは皆が知っている。だから、たとえ何を言おうとも、それが真実でないのならばその言葉はそのまま自分自身に返ってくるんだよ」

ロッシ


【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


[第28弾ジャコモ・アゴスチーニに訊くへ]





2022/11/28掲載