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MoToGPはいらんかね

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 第2戦インドネシアGPの決勝は雨。東南アジア特有の豪雨が日曜午後のロンボク島マンダリカサーキット一帯を襲い、ちょっと予想しなかった格好の波瀾万丈な決勝になった。

 金曜と土曜は早朝に大雨に見舞われ、午後に向けて路面が乾いていく、という展開だった。一転して決勝日は、昼過ぎまでは晴れを維持したものの、Moto2クラスの決勝が終わると雨が降りはじめ、あっという間に雷鳴を伴う土砂降りになってMotoGPのレース進行を大幅に遅延させた。2月のプレシーズンテストのときに指摘され、今回のレースに向けて再舗装が行われた路面の保全に関しては、結果論だがこの雨が奏功したともいえるかもしれない。

#インドネシアGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 それにしても、今回の第2戦は語るべき内容の多い週末だった。話題があっちこっちに飛んで内容が散漫になるかもしれないけれども(いつものことではありますが……)、順を追って論点を五月雨式に紹介していくことにいたしましょう。では、しばらくお付き合いのほどを。

 まずは当地に関する情報から。インドネシアGPは1996年と97年にジャカルタ郊外のセントゥールサーキットで開催されて以来、25年ぶり。1997年の最高峰クラス500ccのリザルトは、優勝が岡田忠之、2位はミック・ドゥーハン、3位にアレックス・クリビーレと、レプソル・ホンダ勢が表彰台を独占した。250ccのトップスリーはマックス・ビアッジ、宇川徹、オリビエ・ジャック。125ccは優勝バレンティーノ・ロッシ、2位が坂田和人、3位はホルヘ・マルチネスという顔ぶれである。

 東南アジアは総じてMotoGP熱が高い地域で、マレーシアやタイもびっくりするくらい大勢の観客を集めるが、インドネシアの人気もまたすさまじいものがある。量産車販売にとって重要な地域でもあることから、各メーカーがマレーシア・セパンテストの前後にプレシーズンのキックオフイベントをジャカルタ等で開催することも、パンデミック以前は通例になっていた。そのイベント紹介記事ですら、新聞を大々的に2面も割くようなお国柄である。レースの熱狂も推して知るべし。

 週末のレースに先立つ16日(水)の事前イベントでは、選手たちはジャカルタをパレードランし、ムルデカ宮殿のジョコ・ウィドド大統領を表敬訪問した。大統領は決勝日にサーキットを訪れ、MotoGPクラスの表彰台プレゼンターも務めている。この事実をもってしても、インドネシアでMotoGPが国家的なメガスポーツイベントとして重要視されていることがよくわかる。

 それだけに、開催地のマンダリカサーキットは、観光地ロンボク島再開発の起爆剤的位置づけとして認識されているようだ。世界を覆うパンデミックがやがて収束し、宿泊施設の整備や関連産業の誘致が進めば、近隣諸国のオーストラリア等から当地へ大きなインバウンド需要を見込んでいるという話もある。

#インドネシアGP

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 マンダリカサーキットは2019年2月にMotoGP開催を正式に告知し、完成後には昨年のSBK最終戦を開催している。ただし、このサーキットの竣工前には、国連人権理事会が現地住民たちを十分な補償のないまま強制的に立ち退かせたとして、ITDC(Indonesia Tourism Development Corporation:インドネシア観光開発公社)に対する批判文書を発表している。一方のインドネシア側は、この批判は誤解と誇張によるものだとして、公式に反論を掲載した。

 今回のマンダリカ初レースでは3日間総計で10万2801人の観客を動員(参考までに、2019年日本GP観客数は8万8597人)するほどの巨大イベントなのだから、サーキット建設に際して立ち退きを迫られた現地の人々に対しては、国営開発当局から十分な補償が与えられてしかるべきだし、それが達成される(された)かどうかについては、今後もしっかりと監視をして見極めていく必要があるだろう。「自分たちはレース観戦を楽しんでるだけなんだから、地元のそんな問題なんて知らないし関係ないよ」という態度は、あまりに悪しき20世紀的態度で無責任というものだろう、ということも付言しておきたい。

 さて、今回のMotoGP第2戦に話を戻すと、2月のプレシーズンテストでは、最終セクションの舗装に問題があり、路面から剥がれた石跳びが激しいという声が上がっていたため、今回のレース前には最終17コーナーから序盤セクションの5コーナーまでが葺き直された。走行初日の選手たちの話では、グリップ感が他の部分とは多少異なるものの、総じて大きな問題や違和感はない、という話だった。

 金曜のFP1とFP2で大きな注目を集めたのは、ドゥカティ陣営がファクトリーマシンに投入したフロント用ライドハイトデバイスを今回から取り外した、という話題だ。今シーズンのチャンピオン候補と目されているペコこと、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)は、開幕戦カタールGP終了後に、「同じ仕様でセッションを2回続けて走ったことがなかった」と話し、バイクをいじりすぎてコロコロ変えていたことが苦戦の理由だったと明かしていた。バニャイアはマンダリカ初日の走行を終えて、「カタールのFP4からバイクをまったく触らずに、ひたすら走り込んで馴染んでいくことに集中した。今は、去年の後半戦と同じようにブレーキできて、去年と同じように立ち上がれて、去年と同じようにタイヤをマネージできている」、と話して好感触を得ていると述べた。

 もうひとりのファクトリーライダー、ジャック・ミラーは、フロント用ライドハイトデバイスの有無を尋ねられると、「それについてはあまり話したくない。デバイスやいろんなものを試しているということで、特に話すようなことはないんだよね」と言うにとどまった。

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 とはいえ、ドゥカティはこのデバイスを完全に放棄したわけでもないようで、どうやらヨハン・ザルコ(Pramac Racing)でテストを継続することにした模様だ。ファクトリーと同じ最新仕様のバイクを支給される一方で、パーツの実戦開発なども担当するのは、ダニロ・ペトルッチがこのチームで走っていた時代からの慣例である。

 このフロント用ライドハイトデバイスに関しては、グランプリコミッションの話し合いにより来シーズン(遅くとも再来年)から禁止されることになるだろう、とも言われている。早ければ、今週中にもなんらかの発表があるかもしれない。

 また、金曜と土曜の走行では、ミシュランがこの週末に向けて用意したタイヤも大きな話題になった。2月に当地で実施したテストのデータをもとに、約20℃ほど蓄熱温度を下げる必要があるという判断から、タイヤのケーシングを2018年のオーストリアとタイで使用したものに変更した。酷暑の中での27周、という長丁場のレースを持たせるためにスタンダードよりも硬めのケーシングにすることで温度上昇を回避する、という狙いで、ミシュランのモータースポーツ2輪マネージャー、ピエロ・タラマッソによると、じっさいに15℃以上の温度低下に成功したという。

 しかし、硬い構造になるということはそれだけグリップが低下することにもなるわけで、そこの合わせこみに苦労を強いられたホンダ陣営が、この〈新〉タイヤのワリを食うことになった。3回のフリープラクティスを終えて、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)とポル・エスパルガロ(同)、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)、アレックス・マルケス(LCR Honda CASTROL)の4名全員が予選Q1スタート。しかもQ2への進出もならず、全員が予選グリッド低位に沈んだ。

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 また、マルケスについては、日曜朝のウォームアップ走行で大きなハイサイド転倒を喫する一幕があった。その際に頭を強打しているため、決勝の走行は見合わせることになった。これは、今シーズンから厳格化されたMotoGPの脳震盪に関する指針に基づくもので、今年のレギュレーションで大きな改訂が施されている(2022年レギュレーション”MEDICAL CODE” 5.2.3 e “MEDICAL FITNESS TO RACE”を参照)。

 近年のスポーツ界は総じて脳震盪に対する対応が厳しく、たとえ軽い発症の疑義でも競技復帰までに入念な診断と経過観察、段階的な復帰プログラムを用意している。一方、MotoGPの場合はハイサイドで振り飛ばされて頭を路面に打ちつけた場合でも、即座に走り出すようなケースが少なからずあり、以前から対応の甘さを指摘されていた。このような悪習を改めるという意味でも、マルケスに対して施した今回の措置は極めて妥当なものだったといっていいだろう。

という事情からマルケスにはレース走行不可との診断がくだされ、残るホンダ勢3名はエスパルガロ12位、弟マルケス13位、中上は19位、という厳しい結果に終わった。


#35

 話は少し前後するが、この決勝日はドライコンディションでスタートした。Moto3、Moto2、MotoGPのウォームアップセッションはドライで推移し、Moto3の決勝が現地時間午後12時にスタート。このMoto3は当初に予定していた23周でレースが行われたが、その直後にMoto2とMotoGPのレースは周回数を2/3に減らしてそれぞれ16周と20周で行われる、と発表された。FIMセキュリティオフィサーのフランコ・ウンチーニによると、「アスファルトの状態を勘案し、路面コンディションを保全するために決勝周回数を減らすことにした」のだという。なかでもとくに不安視されたのは、2、3、17(最終)コーナーだったようだ。

 16周で争われたMoto2の決勝は、4番グリッドスタートのソムキアット・チャントラ(IDEMITSU Honda Team Asia)がホールショットを奪うと、一気に後続を引き離して独走モードに持ち込み、クラス初勝利を達成。タイ王国に初のMoto2クラス優勝をもたらした。

#ソムキアット・チャントラ
#ソムキアット・チャントラ

 タイ人の選手は2015年にラタパー・ウィライローがWSS600で優勝したことがあるが、MotoGPの中排気量クラスでは2010年の4位が最高だった。東南アジアという観点で見ると、優勝はマレーシアのカイルール・イダム・パウィがMoto3クラスで2016年に劇的な2勝(アルゼンチンGP、ドイツGP)を挙げて以来の快挙である。ちなみにチャントラのチームメイト小椋藍は、7列目20番グリッドスタートながら6位フィニッシュ。これもまた、なかなかのレース内容といっていいだろう。

 チーム監督の青山博一氏は「チャントラは天才肌タイプ、小椋は慎重な性格。ともに違うキャラクターで、それがお互いにとって良い刺激になっている。ふたりとも、表彰台争いをできるだけの資質はある」と開幕前に述べていたが、まさにそれをチャントラがさっそく体現した格好だ。両選手の今後の活躍に、さらに期待をしながら見てゆきたい。

 そして、Moto2の決勝レースが終わってほどなく、雨が降りはじめた。

 冒頭で述べたとおり、びしゃびしゃの豪雨で、雷もコース上に落ちるようなすさまじい状況である。いつスタートできるか時間の見当もつかない状態のなか、ピットレーンに登場したのは地元のシャーマン、インドネシア語で”Pawang Hujan”と呼ばれる祈禱師である。レインハンドラーとして雨雲を操るとされるこの人々は、結婚式や大規模なコンサート会場などでも活躍することが多いのだとか。

#祈禱師

 その祈禱が功を奏したかどうかはともかく、MotoGPの決勝レースは当初の予定より1時間15分押しの現地時間午後4時15分にスタート。フルウェットコンディションでも周回数は20周。結果的にドライコンディションで走るよりも路面を傷めないことになった、といえそうだが、それでも最終コーナーの石跳びはかなり激しかったようだ。りんちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)は「レースを終えて、ツナギを脱ごうとジッパーを下ろしたら、胸のところからボロボロ石がこぼれてきた」と明かした。

 さて、レースはというと、3列目7番手スタートのミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)がスタートをバチッと決めて2番手で1コーナーへ。その後、少し他選手の背後で様子を見てから5周目にトップへ立つと、一気に独走状態へ持ってゆき、あとは後ろとのギャップをコントロールして優勝。

「気持ち的には、ジェットコースターみたいなレースだった。スタートは完璧だった。こういうウェットでは限界を見極めるのが難しいので、数周はジャック(・ミラー)のうしろについていった。状況がわかると、もう少し速く走れそうだったので前に出て、5周ほど集中して全力で走った。差を開いてからはレースをコントロールしていったけど、それでも簡単なレースじゃなかった」

 と、圧勝のレース展開を振り返った。

#ミゲル・オリベイラ
#ミゲル・オリベイラ

 2位はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。

「予想以上の出来。いつもウェットでは苦労していたけど、今日のウォームラップではさらにもうひと押し行けそうな感覚だった。フルウェットでグリップがあったし、思ったよりもよく走れたので、とても重要なポイントを取ることができた。フルウェットでは初めての表彰台なのですごくうれしい」

 厳密なことをいえば、クアルタラロはフラッグトゥフラッグになった昨年のフランスGP で、初めてのウェットコンディション表彰台となる3位を獲得している。ただし、あのときは、マシン交換の際にピットへ戻る場所を間違えて、その罰としてロングラップペナルティを課され、ゴールしたときは2位まで10.5秒差という、ややとっちらかった内容だった。そのフランスGPのときでさえ、「このコンディションでは初めての表彰台なのでとてもうれしい」と言っていただけに、今回の〈フル〉ウェットでの2位は、かなり大きな自信になったのではないかと思われる。しかも、一度順位を下げてから終盤に挽回してどんどん追い上げていく好内容の戦いだったことも、気分よくレースを振り返る要素になっているようだ。優勝したオリベイラも「ファビオは強いペースだったので、(最初の予定周回数どおり)あと7周あったら肉薄されていたと思う」と振り返っている。

 クアルタラロが上で述べているとおり、ウェットコンディションでも路面のグリップ状態はかなり良好だったようだ。最終コーナーの舗装が剥がれる問題は別として、ウェット路面のグリップの良さは、金曜日段階から選手たちが総じて高く評価していた。予選のベストラップ(1’31.067:F・クアルタラロ)と決勝レースのベストタイム(1’38.749:F・クアルタラロ)を比べると、差は7秒少々。これを見ても、ウェット路面のグリップの良さは十分にわかる。

#20
#バスティアニーニ

 猛追といえば、3位に入ったヨハン・ザルコも、いかにもこの人らしいしたたかな追い上げを見せた。

「路面のグリップ状況を把握するのに時間がかかり、バイクのバランスもいまひとつで加速が良くなかったので、進入で追いついても立ち上がりで抜くことができなかった。最後の2周でファビオを追いかけたけど、2周では足りなかった。ほんの少しのミスで表彰台を逃したかもしれないので、今回は表彰台を獲れてよしとすべき」

 加速面の課題については、

「ドゥカティは加速がいいバイクなのに、レースではそれを発揮できていない。そこを達成できれば、勝てるマシンになると思う」

 と述べた。

 以上、水曜の事前イベントから日曜の決勝レースまで、じつに様々な話題が満載だったインドネシアGPを総花的に振り返ってみました。今回のMVPは、表彰台を獲得した選手たちを措いておけば、レインハンドラーの地元祈禱師に決定、でどこからも異論はないと思うのですがいかがでしょうか。じっさい、レース後には地元メディアにひっぱりだこだったようです。次戦はアルゼンチンGP。火事で焼失したピットビルディングが、果たしてどんなふうに再建されているのかも気になるところではありますね。では。

#インドネシアGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/03/22掲載