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試乗・解説

スパイシーツーリングを約束する YAMAHA TRACER9 GT
活発なネイキッドモデル「MT-09」のカウル付ツーリングバージョンとしてラインナップされていた「トレーサー」が新しくなった。既にサーキットでの第一印象はお伝えしているが、今回は本来の使用環境であるツーリングへと連れ出した。果たして「刺激と快適さの両立」は成されているのか!?
■試乗・文:ノア セレン ■撮影:増井貴光 ■協力:YAMAHA https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/ ■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、Alpinestars http://www.okada-corp.com/products/?category_name=alpinestars




思ったよりもスポーティ

 自分で書いた既報記事を読み返すと「上質でジェントル」と何度も書いているが、サーキット環境のみで、しかも兄弟車の新型MT-09と直接比較してしか乗れなかった前回( https://mr-bike.jp/mb/archives/24143 参照)に対して、今度は公道環境。この、より一般的な環境での第一印象は「上質でジェントル」というより、ツーリングマシンとしては「活発!」の方だった。
 GTの名がついた新型トレーサーはMT-09同様に排気量&パワーアップしたエンジンや新設計された強靭なフレーム、そしてサスペンション含めた充実の電子制御投入が大きなアピール。コーナリングライトや、パニアケースが付けられるステーの充実など、近年急速に復権を果たしているツアラーカテゴリーとして必要十分な内容を持っている。トレーサー9 GTは専用のロングスイングアームや専用のエンジンハンガーを投入したりするなどMT-09とは細部まで違い、ツーリングの快適性からワインディングのエキサイトメントまで「何もあきらめたくないベテランライダーへ」というコンセプトを追い求めている。
 

 
 しかし公道で乗るとこれはやはりMTの血筋であり「マスター・オブ・トルク」体験を確かにさせてくれるのだ。4気筒とは違う低中回転域からの表情豊かで力強いトルクは独創的で魅力的、そして直感的に「速い」と感じさせてくれるもの。サーキットではMT-09よりも30kg重い車重やロングなスイングアームとカウルにより大柄で、「ジェントルで上質」に感じたトレーサー9 GTだったが、公道環境では「いやいや、コレ、本当に速いな!」という印象に代わり、むしろこういったツアラーとしてはかなり「活発でスポーティ」というイメージとなった。
 

 

「GT」では……ないかもしれない

 GTとは「グランドツアラー」の意味であり、どこまでも快適に走り続け、一日の走行距離が数百キロに届こうとも疲れ知らず、というのが一般的なイメージだろう。ヤマハにはかつてFJシリーズ、そして今はその後継になるFJR1300が現役で、これはまさにGT的な超長距離走行何のその!なシリーズだ。しかしトレーサーはそんな感じではない。エンジンのキャラクターがかなり活発なのに加え、エンジンから発せられる振動やメカニカルノイズ、排気音、それぞれが決して脇役に徹することなく、強めにアピールを続けてくるのだ。
「ほら、こんな低い回転域でもパワー、あるよ!」
「これが3気筒ってもんよ、良いトルクだろ!?」
「このサウンド、酔うでしょう??」
「上はもっと凄いんだから! 回してごらんよ!」
といった具合であり、例えばホンダのNC750Xや400X、スズキのVストローム650のように「淡々とした」感じではなく、常にバイクとのコミュニケーションを楽しむような設定なのだ。

 そもそものコンセプトがツーリング先でのエキサイティングさを犠牲にしない、というものなのだから、そういう意味ではぴったり合致しているだろう。街中でも高速道路の移動でも、そしてワインディングでも常に「バイクがエンターテインメントしてくれる」という意味でまさにコンセプト通り。しかしそれがGT的かと言えばまたちょっと違ったような気もする。「GグランドTツアラー」というよりは「GガッツリT楽しむ!」といったイメージだ。
 

 

ペースを上げてこそツジツマが合ってくる

 そんな性格だからこそ、のんびりした走りでは本来の楽しさがもう一つ伝わってこないとも感じる。低速域が苦手ということはないし、取り回しもスムーズで豊かなトルクも表情がある。ただ、低回転域ではメカニカル音の大きさや4気筒比ではかなり太い常用域トルクをもったエンジン、固めタッチのミッション、電子制御のはずなのに低速域ではコシの強すぎるとも思えるサスペンションなどに、最初はいくらかとっつきにくさに感じることもあるかと思う。FJR1300的、そしてGT的な包容力よりも、ダイレクト感、操作する充実感といった、より積極的な印象が先行し、リラックスして「さーて、今日は800kmぐらい走るかな~」というマインドよりは「ヨシ! 行くぜ!!」といった感じなのだ。
 

 
 ところが「ヨシ! 行くぜ!!」マインドで臨み、スタートから良いペースで走り出せばこれが面白いようにバランスしだす。ちゃんと高回転域まで使っていれば先ほどまでシブく感じていたミッションもスコスコと変速できるようになり、大きめに感じていたエンジンサウンド&排気音も後方に置き去れる。ペースを上げて何よりも素晴らしく感じたのはサスペンションだ。高速道路のハイスピード区間でゼブラ舗装がなされている所など、まるでゼブラのデコボコがないかのようにズバーッとイケてしまう。これは電子制御サスのおかげかもしれないし、車体の安定感やロングスイングアームの恩恵でもあるかもしれないが、いずれにせよ高い速度域で凹凸のある路面を深いバンク角で何事もなかったかのように通過するその性能は素晴らしい。低速域では固めでゴツゴツした印象のサスペンションだったが、速度域を上げてその真価を知らされた思いだ。

 エンジンもまた6速固定で淡々と走るよりもミッションを駆使してマスター・オブ・トルクを楽しんだ方がいい。一番気持ちが良いのは6000~7000RPM、それ以上は回してもそんなに上り詰める印象は無いため、この回転域でアクセルを大きく開けるのが最も気持ちが良いだろう。唸る吸気音を聞きながら元気に加速していくのはツアラーらしからぬエキサイティングさである。
 

 

ユーティリティはGTスタンダード

 これだけスポーティで活発な走りを楽しんだ後にトレーサーから降りると「あっ! 箱付いてたんだっけ!」と驚く。今回の試乗車はオプションのサイドケース及びトップケースも付いた仕様。しかし走っている間、(渋滞路は気を付けたものの)この箱の存在が煩わしいと感じたことがなかったのには驚きだ。通常、箱を3つも付けていると大なり小なり操作性に影響するもの。ましてやハイスピード域も楽しむとなるとフレに発展するようなことも起こりかねず、例え純正オプションでも箱装着時の推奨最高速などが記されていることが多い。しかしトレーサーGTはハイスピード域でも箱が悪さをしている感覚はなく、本当にその存在を忘れてしまっていた。
 

 
 日本国内では速度上限が時速120キロだが、欧州などではもっと高い領域で走ることも多い。こういった環境でも左右パニア&トップボックス、さらにはタンデムなどでどこまでも突き進んでいくツーリングが、トレーサーGTならば可能だろう。なおリアサスのプリロードはダイヤル式で簡単に調節可能である。
 ただ、もう一歩先を期待するなら、純正オプションである3つのケースはワンキーとして欲しかったのと、ETCが純正装着されていないのは残念ポイントである。逆に多機能で見やすいメーターやとても設定しやすく非常に暖かいグリップヒーターは素晴らしいプラスポイントだ。
 

 

アクティブツアラーに捧ぐ

 300キロと少しを走って初めて給油し、その時の燃費は決して燃費走行せずむしろかなりアクティブに走って19.8km/Lを記録した。油種はハイオク。300キロ走った頃にはかなりの充実感を得ていて、結果「やはりGTというよりは活発なツアラー。一泊二日か、二泊三日ぐらいが適度な距離ではないだろうか」という結論に達していた。やはりトレーサーGTの本領はアクティブで活気のある走り。特に撮影の帰路はパニアとトップケースを外して素の状態で元気よく走ってきたため、その性格を再確認することになった。

 3ケースを付けて、パートナーを乗せて、1日目はどこか素敵な遠い地へと高速移動。同じ宿に2泊し、2日目は3ケースを宿に残して一人で早朝ワインディングを楽しんでも良いし、パートナーと身軽にワンデー散策を楽しんでも良し。3日目には再び3ケースをつけて帰路につく、といった使い方が最も楽しめるんじゃないか、と想像した。もしくはベースモデルであるMT-09の活発さは好きだが、スピードが出る大排気量車はカウルが無いとツライ!と思っているライダーもこちらを選んで間違いないだろう。
 トレーサー9 GTはGTという名前こそあるが、積極的にトバしてこそ楽しい、アクティブな乗り物。コンセプトにある「何もあきらめたくないベテランライダーへ」の「何も」とは、主に「活発な走り」を指しているのだな、と改めて感じた公道試乗となった。
(試乗・文:ノア セレン)
 

ライダーの身長は185cm。写真の上でクリックすると両足着き時の状態が見られます。

 

MT-09と共に新設計されたエンジンはユーロ5に対応しつつ120馬力を発揮。さらに軽量化の恩恵もあって燃費も向上させている。なお馬力やトルクの発生回転数や圧縮比等々、エンジン本体のスペックはMT-09と全く同じだ。フレームも新設計され、特にピボット部に大きな変更がなされた。これまでフレームの外側にスイングアームが接続されていたのに対し、新型ではフレーム幅が大きくなりスイングアームはより一般的な内側に接続される構造になって大幅に剛性向上。シートレールはスチール製とし、パニアケースやタンデムライドでの重積載を考慮し大きく剛性を上げている。またエンジンをフレームに接続するブラケットも、MT-09では肉抜きされているのに対してトレーサーはより強度を高めるなど、細部に変更がなされている。

 

製造工程を工夫することで、鋳造でありながら鍛造品と匹敵する強度と靭性バランスを達成しているという「スピンフォージドウィール」を採用。先代モデルよりも軽量で運動性能に貢献。サスペンション周りに大きな変更はなく、ブレーキはラジアルマウントされたスミトモ。マスターシリンダーはラジアルタイプとなった。

 

MT-09比で60mmも伸ばされたスイングアームがMT-09との基本的な性格の違いを生んでいると感じる。これと、ピボット周りの根本的な構造変更によりサスペンションはリンク方式から新しくされた。タイヤはブリヂストンのツーリングタイヤT32に専用チューニングを施して採用。

 

3ケースを装着していても高速の安定性と無積載から変化の少ない旋回性を両立している、と謳われていたが、こんな大きな箱を3つも付けた姿を見たらにわかには信じられない。しかしこれが今回最も驚いたところかもしれない。高速域でもまるで3ケースの存在が気にならなかったのだ。フレーム構造の変更や専用のシートレール、さらには電子制御サスペンションが効いているのだろう。また3つの箱はワンタッチで着脱するのもストレスなかった。ただ、3ケースの鍵がそれぞれ違うのには難儀した。ワンキーを求む!

 

宇宙映画に出てきそうな鋭いツリ目は実はバンク角に応じで点灯するコーナリングライトであり、ヘッドライトはその下のコンパクトなLED。それぞれがハイビームとロービームで、ハイビーム時に両方点く。スクリーンは内側のレバーを握り込んでワンタッチで上下に動かせる(5mm間隔で10段階)。ただ新車ということもあってかなかなか動きが硬く、走行中の調整は難しかった。ナックルガードの純正装着は優秀なフリップヒーターと共に冬のライディングを強力サポート。

 

十分な座面積とクッションを備えたタンデムシートが好印象だが、ライダーのシートはいくらか前に傾斜しているように感じ、座る場所を特定されてしまう印象があった。高さ調整が2段階でできるというからチャレンジしたが、シートを外すこと自体がパズルのようで、限られた時間でもう一方のシート高さは確認できずじまいなのが惜しい。シート下は最小限、純正装着されていないETCを収める程度だろう。

 

リラックスしたポジションを生むハンドル位置は好印象。さらに上に4mm、前方に9mm位置を変更することもできる。なおステップ位置も上に14mm、後方に4mm動かすことができるため、自分の体格や趣向に合わせて変更するといいだろう。
一見「静かなるドン」のサングラスに見えるような、変わったデザインのメーターではあるが、しかし使いつけるとこれがとても優秀。基本的な情報は左側にあり、その中でも特に気にしておきたいものは右に配置させておくことができる。スマホの中で、お気に入りのアプリをホーム画面上の親指が届きやすい位置に配置しておくのと似た感覚だ。今回はトリップ計や燃費計、外気温を右に表示させ、とても使いやすかった。またこれら操作が基本的に右スイッチボックスにあるダイヤルでできてしまうのも最高。親指でクリクリッと回転させ、プッシュして決定。モードの切り替えやクイックシフターのオン・オフも直感的にできて、メーター関係はとても印象が良い。

 

各種モード設定やクルーズコントロール設定のためいくらかごちゃごちゃ感は否めない左スイッチボックス。冬用の厚手グローブではウインカースイッチを探り当てるのに苦労したこともあったが、それでもストレスに感じるほどのことはなかった。緊急性が求められるホーンボタンは即座に押せたし、ハザードはメインキーをオフにしても点滅を続けてくれるのが4輪的でありがたい。右スイッチボックスには先述のクルクルボタン。これが超優秀。グリップヒーターの設定なども気軽に変えられ、すっかり気に入ってしまった。

 

MT-09の14リッターに対してこちらは18リッターを確保している燃料タンク。今回は遠慮なく高回転域も使ったアクティブな走りでワンタンク300キロを達成。油種はハイオク。
本文中にもあるが、ミッションはいくらか渋いというか硬いような印象もあった。まだナラシが終わったばかりということもあるかもしれないが、クイックシフターの設定も「どうなんだろう?」と思い、クイックシフターを解除して丁寧にクラッチを使って変速するといくらか良いようだった。クイックシフターはいまや当たり前の装備になっているが、低回転域でも十分に機能するシステムはメーカーを越えてまだあまりないように感じる。

 

タンデムステップの根元にはヘルメットホルダーが標準装備されていてありがたい。こちらは3ケースとちがってワンキーである。なおリアサスのプリロードはこのダイヤルで気軽に変更できこれまたありがたい。
アドベンチャーモデルやツーリングモデルには是非とも標準装備してほしいセンスタを、トレーサーはしっかりと装備。荷物の積載や限られた駐車スペースで重宝するだけでなく、チェーン周りのメンテナンスなどにもありがたい装備。

 

トレーサー9GTは海外ではスタンダードなサスペンションのモデルもあるのだが、日本市場に投入されるのはこのKYB電子制御サスペンション搭載の上級バージョンのみ。ダンピングを自動で調整してくれる他、コンフォートのA-2、スポーツのA-1と二つのプリセットモードを選択できる。ただ、正直そこまでの違いが感じられなく、また本文中でも触れたが低速域ではいくらかゴツゴツした印象もあった。エンジンがそうであるように、というか、トレーサー9GTの性格そのものがそうであるように、アクティブに、積極的に走らせてこそ全てがバランスしてくるようなイメージがある。
シート高はMT-09の825mmに対して810mmと低めなこともあり足着きは良い印象。ただ右側はクランクケースが張り出しており、足を出す場所には慣れが必要。

 

YAMAHA TRACER9 GT Specification
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,175×885×1,430mm ■軸距離:1,500mm ■シート高:810 / 825mm ■車両重量:220kg ■燃料タンク容量:18L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,452,000円

 



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2021/11/15掲載