思ったよりもスポーティ
自分で書いた既報記事を読み返すと「上質でジェントル」と何度も書いているが、サーキット環境のみで、しかも兄弟車の新型MT-09と直接比較してしか乗れなかった前回( https://mr-bike.jp/mb/archives/24143 参照)に対して、今度は公道環境。この、より一般的な環境での第一印象は「上質でジェントル」というより、ツーリングマシンとしては「活発!」の方だった。
GTの名がついた新型トレーサーはMT-09同様に排気量&パワーアップしたエンジンや新設計された強靭なフレーム、そしてサスペンション含めた充実の電子制御投入が大きなアピール。コーナリングライトや、パニアケースが付けられるステーの充実など、近年急速に復権を果たしているツアラーカテゴリーとして必要十分な内容を持っている。トレーサー9 GTは専用のロングスイングアームや専用のエンジンハンガーを投入したりするなどMT-09とは細部まで違い、ツーリングの快適性からワインディングのエキサイトメントまで「何もあきらめたくないベテランライダーへ」というコンセプトを追い求めている。
しかし公道で乗るとこれはやはりMTの血筋であり「マスター・オブ・トルク」体験を確かにさせてくれるのだ。4気筒とは違う低中回転域からの表情豊かで力強いトルクは独創的で魅力的、そして直感的に「速い」と感じさせてくれるもの。サーキットではMT-09よりも30kg重い車重やロングなスイングアームとカウルにより大柄で、「ジェントルで上質」に感じたトレーサー9 GTだったが、公道環境では「いやいや、コレ、本当に速いな!」という印象に代わり、むしろこういったツアラーとしてはかなり「活発でスポーティ」というイメージとなった。
「GT」では……ないかもしれない
GTとは「グランドツアラー」の意味であり、どこまでも快適に走り続け、一日の走行距離が数百キロに届こうとも疲れ知らず、というのが一般的なイメージだろう。ヤマハにはかつてFJシリーズ、そして今はその後継になるFJR1300が現役で、これはまさにGT的な超長距離走行何のその!なシリーズだ。しかしトレーサーはそんな感じではない。エンジンのキャラクターがかなり活発なのに加え、エンジンから発せられる振動やメカニカルノイズ、排気音、それぞれが決して脇役に徹することなく、強めにアピールを続けてくるのだ。
「ほら、こんな低い回転域でもパワー、あるよ!」
「これが3気筒ってもんよ、良いトルクだろ!?」
「このサウンド、酔うでしょう??」
「上はもっと凄いんだから! 回してごらんよ!」
といった具合であり、例えばホンダのNC750Xや400X、スズキのVストローム650のように「淡々とした」感じではなく、常にバイクとのコミュニケーションを楽しむような設定なのだ。
そもそものコンセプトがツーリング先でのエキサイティングさを犠牲にしない、というものなのだから、そういう意味ではぴったり合致しているだろう。街中でも高速道路の移動でも、そしてワインディングでも常に「バイクがエンターテインメントしてくれる」という意味でまさにコンセプト通り。しかしそれがGT的かと言えばまたちょっと違ったような気もする。「GグランドTツアラー」というよりは「GガッツリT楽しむ!」といったイメージだ。
ペースを上げてこそツジツマが合ってくる
そんな性格だからこそ、のんびりした走りでは本来の楽しさがもう一つ伝わってこないとも感じる。低速域が苦手ということはないし、取り回しもスムーズで豊かなトルクも表情がある。ただ、低回転域ではメカニカル音の大きさや4気筒比ではかなり太い常用域トルクをもったエンジン、固めタッチのミッション、電子制御のはずなのに低速域ではコシの強すぎるとも思えるサスペンションなどに、最初はいくらかとっつきにくさに感じることもあるかと思う。FJR1300的、そしてGT的な包容力よりも、ダイレクト感、操作する充実感といった、より積極的な印象が先行し、リラックスして「さーて、今日は800kmぐらい走るかな~」というマインドよりは「ヨシ! 行くぜ!!」といった感じなのだ。
ところが「ヨシ! 行くぜ!!」マインドで臨み、スタートから良いペースで走り出せばこれが面白いようにバランスしだす。ちゃんと高回転域まで使っていれば先ほどまでシブく感じていたミッションもスコスコと変速できるようになり、大きめに感じていたエンジンサウンド&排気音も後方に置き去れる。ペースを上げて何よりも素晴らしく感じたのはサスペンションだ。高速道路のハイスピード区間でゼブラ舗装がなされている所など、まるでゼブラのデコボコがないかのようにズバーッとイケてしまう。これは電子制御サスのおかげかもしれないし、車体の安定感やロングスイングアームの恩恵でもあるかもしれないが、いずれにせよ高い速度域で凹凸のある路面を深いバンク角で何事もなかったかのように通過するその性能は素晴らしい。低速域では固めでゴツゴツした印象のサスペンションだったが、速度域を上げてその真価を知らされた思いだ。
エンジンもまた6速固定で淡々と走るよりもミッションを駆使してマスター・オブ・トルクを楽しんだ方がいい。一番気持ちが良いのは6000~7000RPM、それ以上は回してもそんなに上り詰める印象は無いため、この回転域でアクセルを大きく開けるのが最も気持ちが良いだろう。唸る吸気音を聞きながら元気に加速していくのはツアラーらしからぬエキサイティングさである。
ユーティリティはGTスタンダード
これだけスポーティで活発な走りを楽しんだ後にトレーサーから降りると「あっ! 箱付いてたんだっけ!」と驚く。今回の試乗車はオプションのサイドケース及びトップケースも付いた仕様。しかし走っている間、(渋滞路は気を付けたものの)この箱の存在が煩わしいと感じたことがなかったのには驚きだ。通常、箱を3つも付けていると大なり小なり操作性に影響するもの。ましてやハイスピード域も楽しむとなるとフレに発展するようなことも起こりかねず、例え純正オプションでも箱装着時の推奨最高速などが記されていることが多い。しかしトレーサーGTはハイスピード域でも箱が悪さをしている感覚はなく、本当にその存在を忘れてしまっていた。
日本国内では速度上限が時速120キロだが、欧州などではもっと高い領域で走ることも多い。こういった環境でも左右パニア&トップボックス、さらにはタンデムなどでどこまでも突き進んでいくツーリングが、トレーサーGTならば可能だろう。なおリアサスのプリロードはダイヤル式で簡単に調節可能である。
ただ、もう一歩先を期待するなら、純正オプションである3つのケースはワンキーとして欲しかったのと、ETCが純正装着されていないのは残念ポイントである。逆に多機能で見やすいメーターやとても設定しやすく非常に暖かいグリップヒーターは素晴らしいプラスポイントだ。
アクティブツアラーに捧ぐ
300キロと少しを走って初めて給油し、その時の燃費は決して燃費走行せずむしろかなりアクティブに走って19.8km/Lを記録した。油種はハイオク。300キロ走った頃にはかなりの充実感を得ていて、結果「やはりGTというよりは活発なツアラー。一泊二日か、二泊三日ぐらいが適度な距離ではないだろうか」という結論に達していた。やはりトレーサーGTの本領はアクティブで活気のある走り。特に撮影の帰路はパニアとトップケースを外して素の状態で元気よく走ってきたため、その性格を再確認することになった。
3ケースを付けて、パートナーを乗せて、1日目はどこか素敵な遠い地へと高速移動。同じ宿に2泊し、2日目は3ケースを宿に残して一人で早朝ワインディングを楽しんでも良いし、パートナーと身軽にワンデー散策を楽しんでも良し。3日目には再び3ケースをつけて帰路につく、といった使い方が最も楽しめるんじゃないか、と想像した。もしくはベースモデルであるMT-09の活発さは好きだが、スピードが出る大排気量車はカウルが無いとツライ!と思っているライダーもこちらを選んで間違いないだろう。
トレーサー9 GTはGTという名前こそあるが、積極的にトバしてこそ楽しい、アクティブな乗り物。コンセプトにある「何もあきらめたくないベテランライダーへ」の「何も」とは、主に「活発な走り」を指しているのだな、と改めて感じた公道試乗となった。
(試乗・文:ノア セレン)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,175×885×1,430mm ■軸距離:1,500mm ■シート高:810 / 825mm ■車両重量:220kg ■燃料タンク容量:18L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,452,000円
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