Facebookページ
Twitter
Youtube

試乗・解説

YAMAHA TRACER9 GT 世界中に良質な快感を。 新型3気筒GTで、その極みを味わう。
MT-09を母体に生まれたツアラー、トレーサー。その新型、トレーサー9 GTがデビューした。エンジン、サスペンション、そしてフレームにこのクラスらしいアジリティーとツアラー力を巧妙にバランスさせた作り込みがなされ、実際にクローズドコースに走りだせば、乗り続ける悦びにが妥協なく設計されたことが伝わってくる。電子制御の進化とともに新しく開かれたトレーサー9 GTの新たな章はさらに広く、深くなるはずだ。
■試乗・文:松井 勉 ■撮影:渕本智信 ■協力:https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/ ■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、56design https://www.56-design.com/




詰め込まれた進化の足跡。

 トレーサー9 GTはスポーツ、ツアラーとして両方の才能を兼ね備えたクロスオーバーマシンだ。アドベンチャーというより、ダート路は移動程度ね、とクッキリ舗装路重視の線引きをした守備範囲に、逆にしっかりとした多様性が描かれているように思う。パッケージなどは先代から引き継がれているが、各部は惜しみない改善を受け魅力はしっかりと引き上げられている。

 まずエンジン。直列3気筒DOHC4バルブという様式はそのままだが、先代からボアはそのままにストロークを3mm伸ばして排気量を拡大。845㏄から888㏄へとなり、最高出力は3kWアップの88kW/10000rpm、最大トルクは6N.m増加し93N.m/7000rpmに。
 一番のトピックはその出力特性だ。特定部位からグンと盛り上がりを見せていた先代から、よりフラットでなだらかにミドル域とトップを結んだカーブを描き、最大トルクの発生回転数を1500rpm下げるなどドライバビリティーにも新たなるトライがなされている。

 車体も多くの革新が盛り込まれた。新設計のアルミダイキャストフレームを採用。そして全長を伸ばしたスイングアームはアルミパネルのボックス構造。軽量さと高剛性を両立している。特に、トレーサー9 GTで重視された「旅力」。パニアケース、トップケースといったラゲッジケースを搭載することを前提で車体バランスを作り込んでいること。MT-09系とは異なるスチールフレームを採用している。
 

 
 足周りも最新の装備を盛り込んだ。KYB製の電子制御サスペンションを採用。ヨーロッパのプレミアムクラスでは、IMUの信号などをベースに減衰圧を適宜走行中にアジャストするセミアクティブサスペンションの存在が浸透し始めて久しい。その多くは上級機種に限られ、ミドルクラスではまだ多数派ではない。

 移動中は荷物を積んでいても、ホテルについたら荷物を下ろし、ケースは付けたままだけど、中身を下ろした分、車体後部が軽くなるということはよくあること。そんな時はもちろん、高速道路を快適に移動する場面と、ワインディングを気持ち良いペースで駆け抜ける時で、ソフトとハード双方の減衰が欲しい時にも、車体の動きを察知しサスユニットが自動で減衰圧を変えてくれるのが電子制御サスのうま味だ。仮にフルアジャスタブルのサスを装備していても、調整がマニュアルであれば、場面どとにライダーが調整するのは面倒だろう。その点、電子制御サスはまさに走りの悦びを献身的に貢献してくれる。

 足周りのトピックがもう一つ。鋳造のアルミホイールを継続採用しつつ、その製法を刷新。リム部を圧縮しながらローラーで伸ばすことで鍛造のように強度を上げつつ厚みを減らし、ハブ部分から遠いところを軽くすることに成功したのだ。効果的な方法でバネ下を軽くするなど生産技術でも攻め込んでいるのも特徴だ。

 その他にもグリップヒーターやクイックシフター、オートクルーズコントロールなども同様。旅のアメニティーとして一度体験したら手放せないものをキッチリと搭載しているのもトレーサー9GTが「GT」としての矜持だろう。
 

 

3気筒のうま味と
扱いやすさの共演。

 ルックスはトレーサー9 GTが先代までに築いたものを継承している。それでいてヘッドライトの搭載位置などをがらりと変え、目に見えるライトはコーナリングライトとなる。ここでもしっかりと新しさを主張する。スクリーンなど快適性を向上させる部分など細かく手が入っているのは車体周り同様だ。
 また、スロットル制御系が変更されアクセル操作に軽さが出た。クラッチレバーの操作力、タッチの良いチェンジペダルなど一連の動作からもバイクとの一体感が伝わってくる。

 跨がってみるとジワジワと新型の魅力に包まれてくる。今回、このバイクをコース上にシケインを設けたサーキットでテストをしたが、結論から言えばMT-09にも増して様々な場面で走りを楽しめる完成度に驚くことになった。

 車重は220㎏とそれなりにあるのでMT-09と比較すると身軽な印象を走り出す前に想像するのは難しかった。しかし、クラッチを繋ぎ、スルリと動き出したトレーサー9 GTは、次第にその「重さ」の感覚が薄れていくのがわかる。目方より走ると軽いタイプだ。
 

 
 乗り心地から察すると粘着感のあるハンドリングかと思いきや、アスファルトの風合いを見事に滑らかにしてくれる足周りでありがなら、ロール方向への動きは一体感があるなかで素早く、それでいて安心感のあるものだった。ライダーの意思に素直な印象なのも、電子制御サスのなせる技だろうか。減速時に感じるノーズダイブも姿勢変化に要する時間を自然に掛けてくれるので、あまり気にならない。

 感心したのは加速時の所作だ。フェアリングやスイングアームを伸ばしたことによるフロント分担荷重の充実したせいだろう。粗暴に感じる場面もあったこの3気筒エンジンが、元気さそのままに手の内に入った印象なのだ。むしろ純度の高い加速の突き抜け感だけを楽しめる。他のエンジン形式では真似できない並列3気筒だけが持つ浮遊感とでも言おうか。

 フル加速をした時の状況をもう少し解説すると、フロントタイヤが路上数㎝の高さをキープしながら滑空しているような無重力感。それをともなう突進が快感以外なにものでもない。クイックシフターによるシフトチェンジも相まって、加速トルクの途切れは極めて少ない。ナンという快楽だろうか。
 

 
 ブレーキのタッチはあらゆる路面でコントロールの幅を持たせるよう尖った制動力を持っていないから、加速に酔いしれているとコーナーの手前で少々慌てることになる。いや、それほど増速力が凄いのだ。無理さえしなければスポーツツアラーとして全体のバランス感は上々。今回、巡航性などを試すことは出来なかったが、高速道路での扱いやすさ、快適性、そして狭い峠道を走った時の一体感なども想像がつくものだった。

 こればかりは改めて試してみるしかないが、様々な部分でレベルアップが確認できたトレーサー9 GTである。最後にライディングモードとトラコン、ウイリーコントロールの制御マップについてひとこと。そのナチュラルさに介入度を悟らせないなかでしっかり仕事をする高い完成度を感じることができた。だからこそ慌てることなく繰り返し全力加速が楽しめたし、電子制御サスも相まって弦に弛みを一切感じさせないような綺麗なチューニングが生む走りを楽しめたのだから。
(試乗・文:松井 勉)
 
 

 

ライダーの身長は183cm。写真の上でクリックすると両足着き時の状態が見られます。

 

直列3気筒エンジンにはフリクションロス低減のための様々な手法が採用されているのは先代通り。ギアレシオの変更とドライバビリティーの変更により魅力をさらに引き出しやすいエンジンとなった。排気量アップ、パワーアップよりも扱いやすさがことさら印象的。
フレームとエンジンマウントの位置の変化などによってシフトレバーの配置、デザインには苦労があったそうだ。クイックシフターを備えそのタッチなどは良好。ステップ位置、ハンドルバー周りと併せてポジションのパーソナライズが可能。

 

リム部分の肉厚を3mmから2mmへとしたことでハブ部分から遠い部分の慣性マスを軽量化できたホイール。その効果はてきめん。それでいて安定感に不安なし。

 
 

スピンフォージド製法で軽量高剛性化されたホイール。タイヤはブリヂストン バトラックス スポーツツーリングT32GTスペックを採用。ここからもタンデム、積載を強く意識したことがうかがえる。MT-09と比較して60mm全長が長いスイングアームを採用する。

 

前後ともスプリングイニシャルプリロードは手動での調整が必要。
減衰圧の調整を走る場面に併せて自動的にしてくれるKYB製電子制御サスペンションを備えるトレーサー9GT。減衰圧調整はソレノイドバルブを用いている。

 

メーターパネルは左右シンメトリーに配置された2枚の3.5インチTFTカラーミニターが備わる。ハンドルバーはアップライトだが幅そのものは広くなく、スポーティーなライディングでも対応可能なもの。ETCインジケーターも追加された。

 

スクリーンは5mm幅、10段階でスライド調整が可能。もっとも低い位置でもその風防効果を感じた。シート位置が変更出来ることや、ライダーの身長の違いを考えたら様々な場面で威力を発揮してくれそうだ。

 

表皮にも高級感のある仕立ての前後シート。先代より40mmシート高が下げられている。またポジションもロー/ハイの2つから選択可能に。尻の納まりはよく長距離での快適性も想像できた。リアシート下にはETC車載器を搭載できるスペースも確保されている。

 

スタータースイッチ/キルスイッチ、メニュー選択用のホイールスイッチが備わる右側スイッチボックス。
ウインカー、光軸切り替え、ホーンなどのスイッチ以外に、シーソー型のメニュースイッチ(右側の歩ホイールスイッチと同様の機能を持つ)、クルーズコントロールの設定スイッチが左スイッチボックスに備わる。

 

シートからタンク、シートからフレームへのつながりもスムーズ。シートとオーバーラップする部分を細身に仕立て足付き感も上々。
グラブバーもトップケースを付けることを前提にした拡張性を持たせている。純正かつディーラーで乗り出しから準備が整う、というフローはツアラー選択の強い味方。

 
 

ヘッドライトはミッドフェアリング内側に。ロービーム時は右側のみが点灯。ハイビーム時は両側点灯になる。従来のヘッドライトの位置に見えるのはコーナリングランプ。
パニアケース等の搭載を前提にデザインされたリアフレーム周り。グラブバー下に見えるシルバーのパーツにケース側のステーを引っかけるスタイル。着けても外してもスタイルに影響が出にくい手法だ。また、このステーにはダンパーが備わり、パニアの重みがダイレクトにフレームに伝わるのを防ぎハンドのリングへの影響を下げる効果も持つ。

 

マフラーエンドは後輪前側に置かれたコレクターボックスの下向き、左右から排出される。

 
 

YAMAHA TRACER9 GT Specification
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,175×885×1,430mm ■軸距離:1,500mm ■シート髙:810 / 825mm ■車両重量:220kg ■燃料タンク容量:18L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,452,000円

 



| 新車詳報へ |


| ヤマハのWEBサイトへ |





2021/08/24掲載